第12話
「ふーんだ。いいもん。レオくんがいるもん」
下唇を突き出すと呟く。
兄がいなくたって、レオーネが魔法を教えてくれるし、遊んでくれる。魔法も面白くなってきたし、学園に通い始めたら、新しい友達も出来るかもしれない。
フィズは、フェリオがいなくたって充分楽しいのだ。
家路につく為に、振り返る。そうして後ろにあった光景を見て、フィズは顔を引き攣らせた。
なんでって、駆けつけたマスコミや民衆が、こちらに向かってくるのが見えたからだ。
魔物と戦っていたのは、現在フィズだけになっている。きっとフィズになにか聞きに来るだろう。
インタビューとかされても答えられる気がしないし、ないとは思うが、一般人が街中で暴れたとして弁償とか言われたらどうにも出来ない。もう早く家に帰りたい。
踵を返すと、フィズは一目散に逃げた。
「あ、待って!」
その後を、どたどたとたくさん追いかけてくる。鼻をゆがめると、フィズは逃げ道がないか、さっと辺りを見回した。
すると、急に腕を引っ張られて、路地裏に連れ込まれる。咄嗟に抵抗しようとしたが、さっきの男が追いかけてくるのが見えたので、とりあえずは従うことにした。
暗くて見えないが、シルエットからすると女だ。長い髪が動く度にさらりと揺れていた。
ぐいぐいと引っ張られて、反対側に出る。街はずれのその場所は、人通りの少ない店の前だった。
人通りが少ないと言っても、視線を向けた感じだと、その店はちらほら客がいるようである。
壁には蔦が張っており、ところどころ塗装が剥がれていた。
一見すると、廃墟にしか見えないが、窓から中を見た感じだと、予想よりは綺麗だ。
「いいでしょう、この店。穴場なの」
ここまで引っ張ってきた女が、誇らしそうにふんぞり返る。
なるほど、穴場。知る人ぞ知るというやつらしい。
「なんの店なの?」
看板が出ていないから分からない。中を見ると、キーホルダーやネックレスなんかを売っているようだ。雑貨店だろうか?
顔を向けると、女はふふふと怪しげな笑い声をあげた。片手で眼鏡をくいっと上げると、喜色満面で答える。
「魔法を売ってるのよ」
「魔法を?」
「って言っても、特に魔法が使えるわけじゃなくて、おまじないグッズとか、本が売ってたりするの。魔道具は高いからね」
「へえ……」
そう言われてみれば、グッズの中には、五芒星や六芒星等、紋章が刻まれた物が多かった。
恋の魔法やら、頭が良くなる魔法と書いてあるのも見える。
だが、そういった類の魔法はないよとレオーネが言っていた。精神を操るような魔法はあるらしいが、人をどうこうするような魔法は法律で禁止されているので、気休め程度の偽物だろう。
フィズに興味がないと分かったのか、彼女は困ったように笑った。
「いきなり引っ張ってごめんなさいね。私、あなたが魔物と戦ったのを見てて……でも、マスコミに追いかけられそうなのが見えたから、お節介焼いちゃった」
「ああ……ううん」
とても助かった。否定すると、フィズは頭を下げる。
「助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
今度は可愛らしく笑うと、女はするりと近寄ってくる。思わずのけ反るが、彼女は気にした様子はなく、アメジストのような瞳を輝かせた。
「それにしても、すごいのね。魔物と戦うなんて」
「そうかな」
「ええ。とっても格好よかったわ」
そこから見られていたらしい。気恥ずかしいが、そう言われると、悪い気はしなかった。
視線を外すと、フィズは下を向いて、ゆるゆるの頬を隠す。
「大したことないよ。結局あの二人に助けてもらったし」
「そんなことないわ」
フィズの謙遜を即座に否定すると、女は繋いだままだった手を、両手でぎゅっと握ってきた。
木漏れ日が、彼女の銀色の髪を照らす。
「だって私はなにも出来なかったし、他の人だって逃げてるだけだったもの。あそこに駆けつけて魔物と戦う度胸だけで本当にすごい」
(モ、モテてる……気がする)
女子に。
べた褒めされて、フィズの気分は一気に浮上する。柔らかい手に、顔が熱くなるのが分かった。
パタパタと、握られていない方の手で仰ぐ。しかし彼女の次の言葉で、盛り上がっていた気持ちは一気に下がった。
「あの、一緒に戦ってた女の子とか、あの兄さん達とは知り合いなの? 話してみたいなぁ」
「え、あ……」
(だよね……)
他の人のことが聞きたいだけらしい。
いくらか落ち込んだが、首を振る。チェルシーやロイのことは知らないし、兄のことも、知らない人に話すのは嫌だった。あの人は、フィズのお兄ちゃんなのだ。
「ごめん、よく知らないんだ。あそこで初めて会って……」
「そっか、知らないのね……」
しゅんとする姿に胸が痛んだが、知らないものは知らないのである。
フィズの手を離すと、女は眼鏡を上げて、ぶつぶつと独り言を言い始めた。
「魔物が街に現れたから、あのどちらかが勇者様? やだ、もう少し近くで見ておくんだったわ……」
「ええと」
「……もしかして知らない? 魔物と勇者様の関係について」
「え、いや、まあ……」
反応に困っていると、彼女は眼鏡をきらっと光らせる。獲物を見つけたような問いかけに、勢いで肯いてから、後悔した。
彼女のテンションが一気に上がったのだ。
「魔物は基本的に人間が暮らす場所から遠く離れた場所で出現するの。街に魔物が出てこないのは、魔物が出現しやすい場所に魔法使いが住んでるからなのよ。これは有名よね」
「う、うん」
メディアでよくやっている。国から隠され、良いように使われていた魔法使いが、人権を取り戻してから、彼らの活躍は再び民衆にも伝わり、日の目を見るようになってきた。
魔法使いのおかげで、魔物を都市伝説だと笑い、存在さえ知らなかったような人逹も、テレビで見て、創作じゃないことを知ったりするのだそうだ。
とはいえ、フィズはそうなってから生まれたのでいまいちピンときていない。
魔物は存在するし、魔法使いもいると知っている。でも、住処は隠されているし、上の世代の影響で、魔法使いは時代遅れのような、ちぐはぐなイメージが、フィズの世代にはあった。
馬鹿にする人は減ったが、レオーネの言うとおり、特別な人逹が頑張っているんだな、くらいの認識だ。
「騎士も古来は魔物と戦っていたんだけど、住む場所を分ける時、進んで森などに住処を作ったと聞くわ。それは実は、最初の戦いで死んでしまった勇者様が、生前にこの国を守るように言われたからなの。その言葉で、騎士は人から国を、魔法使いは、魔物から国を守るようになったのよ」
「へえ……」
初めて知った情報だ。神話だろうか?
彼女に聞こうかと思ったが、口を挟む暇が無かったのでやめた。
彼女のマシンガントークは続く。
「でも、魔法使いがいても、制御出来なかったり、異常現象で人間のいる場所に魔物が出てくることがある。勇者様は、そうして魔物が多くなってしまうと現れるらしいの。ここ数百年はそんなことはなかったのだけどね。だから、魔物が街に現れたってことは、勇者様が現れる前兆でもあるってことなのよ。逆もしかりね」
「そうなんだ」
と、いうことは、あのロイという少年は、数百年ぶりに現れた勇者さまらしい。
勇者さまというと、世界を旅して人々を救っているイメージがある。
本人を知らなければ、さぞかし神々しいのかと思っただろうが、本人を知っていると、ただの色ボケたガキンチョだったなというのがフィズの感想だった。
「魔物については実は分かっていることが少ないの。それは、死体が消えてしまうから研究が出来ないことにあるわ。分かっているのは、魔物の体のどこかに魔石と呼ばれている宝石が埋めてあってね、それを壊すと体が消滅してしまうってことだけ。でも、それは勇者様にしか見えないらしいわ」
ああ、そういえば、ぱりんと音がしていたなと思う。
ロイがそれを壊して、魔物は消滅した、というのが、さっきフィズが見た事の顛末らしい。
「魔物は本当に謎なのよねぇ……だから様々な説が飛び交っているの」
女は、はあと悩ましげなため息を吐く。とりあえずひと段落したらしい。
フィズを置いてけぼりにしていたことに気付いたのか、彼女は頭を下げた。
「ごめんなさい。私、魔法オタクで……」
「そうなんだね」
いきなりだったのでびっくりしたが、話には一応ついて行けたので構わない。若干疲れたが。
「もしかして、魔法の学園に通ったりする?」
もうすぐ入学式だ。小学校や中学校みたいに年齢は関係ないようなので、もしかしたら、先輩だったり、同級生になるかもしれない。
だからそう問いかけると、彼女は眉を下げて笑った。
「……ううん。私は魔力が足らないらしいの。だから学園には通えないし、ただ魔法が好きなだけよ」
「そっか」
ちょっと残念だ。肩を落とすと、彼女は手を叩く。
「まだマスコミがいるだろうし、こっちの道は通らないほうがいいわ。一人で帰れる?」
「うん。大丈夫。色々ありがとう、お姉さん」
肯くと頭を下げた。
本当は、少し不安だったが、このテンションについていける気もしなかったので、レオーネに迎えに来てもらおうと思う。
顔を上げると、彼女は笑顔で右手を差し出していた。
「コニーよ。良かったらまた会った時にお話に付き合ってくれると嬉しいわ。実は私、ここの店員なの」
なるほど。だからここに連れてきたのか。
穴場と言っていたのを思い出し、苦笑いで握手に応じる。
話自体は面白かったし、色々知っているようだったし、暇な時になら付き合うのも楽しいかもしれない。
少し離れた場所でスマホを開くと、ニュースにさっきの出来事が乗っていて、フィズは頭をかく。
学園にいる誰かが、さっきのお姉さんみたいに、フィズが魔物と戦ったのを見ていたらと思うと、楽しみにしていた学園生活だが、少しだけ億劫になった。
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