第11話
すごい。関心して思わず後ろを向くと、少女は身を乗り出していたから、鼻先が触れそうになった。互いに飛び退くと、フィズはうるさい心臓を押さえる。
(危うく美少女とキスしてしまうところだった……)
女子供に弱い自覚はあったが、まさかこんな感じでも弱いと思ってなかった。美少女って恐ろしい。
若干落ち込みながら、呟くような声で謝る。顔を真っ赤にした少女が首を振った。
「う、ううん……ごめんね、近づかないと魔法をかけられなくって」
「そうなんだね」
二人でラブコメをやっていると、魔物の叫び声がした。ハッとして見ると、口の氷は完全に溶けて、復活している。
「威力も弱くって……」
しゅんとする彼女の視線は、剣に注がれている。おそらく、あまり強度はないのだろう。
気にしないでと肩を叩いたところで、おそらくフィズ達を探していた魔物が、こちらを向いた。フィズは駆け出すと、くるりと回転しながら、魔物の横っ面を蹴飛ばす。
「剣が折れないようにすればいいんだよね!」
「使ってほしいんだけど!?」
それもそうだった。少女のツッコミで我に返ったフィズは、剣を持ち直すと、魔物を切りつける。ザシュッと音がして、魔物が傷ついたが、それは皮膚だけだった。
「固い……」
皮膚が固くてびくともしない。眉を寄せると、魔物が前脚で蹴飛ばそうとしてきた。剣で受け止めるが、フィズの力ではとても堪えきれそうにない。
「ぐ……っ」
力で上から押されて、どんどん潰されそうになる。剣にもヒビが入ってきた。
フィズは歯を食いしばらせる。すると、横から冷気が漂ってきて、発射されたそれは、魔物の横っ面を凍らせた。
「外した……っ」
「大丈夫!」
彼女の攻撃で、魔物が怯んだ。その隙に、フィズは力いっぱい前脚を退かす。
次いで目の前の前脚を切りつけると、魔物は鳴き声をあげて倒れた。
少女が魔法を放ち、後ろ脚が地面にくっついた。動けない魔物を見て、二人は顔を見合わせる。
「やった──」
「まだだ!」
突然声がしたかと思えば、それは上から降ってきた。
どかんと派手な音がして、魔物の上にデカい塊が落ちる。どうやら岩のようだ。フィズが空を見上げると、ふわりと体が宙に浮いた。
手足をバタつかせると、フィズがいた場所に、黒い塊が飛んでいくのが見えた。
喉を引き攣らせる。魔物の攻撃だったらしいそれは、飛んでいった先にある店を塵にした。
「あの子は!?」
ハッとして視線を巡らせる。すると、この前に見た少年が、少女を横抱きにしているのが見えた。
胸をなで下ろす。すると、後ろから肩を叩かれた。振り返って、フィズは目を剥く。
「お兄ちゃん!?」
「頑張ったな、フィズ。もう大丈夫だ!」
ニッと笑うと、フェリオは、フィズを抱っこして地面に降り立つ。
魔物は良いのだろうかと兄を見る。フェリオは、フィズの頭をぐしゃぐしゃと撫でると、後ろを指した。
「ロイがいるから」
後ろを見ると、ロイと呼ばれた少年は、少女を俵抱きに持ち直し、軽々と跳躍した。それから、懐から刀を取り出すと、魔物の額に突き刺す。
ぱりんと音がして、魔物は一際大きく鳴くと、跡形もなく消えてしまった。
「すご……」
「あいつは勇者だからな」
フェリオは簡潔に答えると、フィズを地面に下ろす。
「あの子、そんなすごい子と恋人なんだ……」
喧嘩していたから、もしかしたら、別れたかもしれないが。
強気に見えたかと思えば、魔法を使った時、妙に弱気だったのを思い出して、フィズは後ろ頭をかく。
フェリオやレオーネと、すごい人に囲まれているので、なんとなく親近感が湧いた。
そんなフィズに、フェリオは首を傾げると衝撃の言葉を口にした。
「チェルシーちゃんのこと? あいつらは別に付き合ってないぞ」
「え」
目を見開くフィズに、フェリオは快活に笑うと、あの二人は幼なじみなんだと教えてくれる。
「え、でも、すごい、なんていうか、痴話喧嘩をしてたけど!?」
「フィズもそういうのが分かる歳になったか!」
褒められても嬉しくない。
むっつりと黙っていると、フェリオは笑って教えてくれる。
「ロイが無自覚で、しかも美人を見るとデレデレするからな。年中あんな感じだ」
「好きなのは決まってるの?」
「好きだろ。普段ふにゃふにゃしてるくせに、チェルシーちゃんのことになると、鬼みたいになるからな。お兄ちゃんはいつ気付くのかなと思っている」
なんだそれ。フィズは思わず半目になった。
フェリオもどうせ恋愛に興味もない癖に、彼に言われたら世話ないだろう。
「お兄様わりとそういうのに敏感だぞ!」
「はいはい」
フィズの言いたいことが分かったのか、フェリオが抗議してくるが、軽く流しておいた。
何か言いたそうな顔をしたので身構える。だが、フェリオは少し笑うと、予想外のことを言った。
「じゃあ、お兄ちゃんそろそろ行くな」
「え」
顔を上げると、優しく頭を撫でられた。その姿がレオーネと重なって、フィズは唐突に気付く。
レオーネに頭を撫でられるのが好きなのは、優しい時の兄と似ているからだ。
視線を落とす。久しぶりの再会はずいぶん呆気なく、一瞬だった。あんなに会いたくないと思っていたのに、これでは嫌がる暇もない。
「帰って街が壊れたこと報告しないと、お兄ちゃん怒られちゃうからな。特訓はまた今度な」
「いらないよ。レオくんに教えてもらってるから」
「はいはい。レオのことよろしく」
ふて腐れるフィズの頭をぽんぽんと撫でると、フェリオは本当にさっさと行ってしまった。
いつだって、フィズの嫌がることをする。そんな兄を睨めつけると、フィズは足元の小石を蹴飛ばした。
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