勇者とヒロイン

第8話

 フィズが魔法を習いだしてから、早くも一ヶ月が経った。

 最初は、魔力交換をするだけでも大変だったが、毎日レオーネに習いながら練習していると、「魔力を操る」という感覚がだいぶ分かってきたように思う。もうフィズは、ただ物を浮かせたり、小さな炎や氷は出せるようになってきていた。

 出来るようになってくれば、色んなことを覚えるのが楽しい。フィズはすっかり魔法が好きになっていた。明日はなにをするんだろうと毎日わくわくしている。

 こんな姿を家族見たら、きっと驚くだろう。そう思うと鼻が高くて、面白かった。

 あと二週間程もすれば、フィズは魔法学園へ入学だ。

 出不精なフィズは、このままレオーネに教わるだけでいいと思ったが。色んな人に教わって、自分に合っているスタイルを探すのも面白いと言われて、秒で説得された。

 今日は、学園の準備で街に来ている。

 まだ二週間もあるのだし、「今度でも良くないか」と出るのを渋っていたが、来たら来たで、買い物も楽しんでいる。

 筆記用具や鞄、ホウキなどの道具を一通り用意して、二人で街をぶらぶらする。今まで山奥の田舎に住んでいたフィズは、街に来ると色んなものがあって、面白いけれど、長い間いると疲れる。


「疲れたねえ」


 人混みから逸れて、ふうと息を吐く。フィズの言葉に肯くと、レオーネは三軒ほど先にある喫茶店を指した。


「休憩しようか」


「うんっ」


 二人で連れ立って店に入る。カランという軽い音と共に、いらっしゃいませという店員の声──は、少女の声にかき消された。


「──なによ、馬鹿!」


 その少女は、テーブルをばんっと叩くと、向かいに座る少年を睨めつける。

 一方の少年はというと、頬杖をついて、うんざりした様子だった。


「僕がなにしたって言うんだよ……遅れてきたのは謝っただろ? 君も許してくれたじゃん」


「そこじゃないわよ」


「じゃあどこだよ……」


 どうやら心当たりがないらしい。訝しげな顔でジュースを飲む彼にぐぐっと顔を寄せると、少女は地を這うような声を出す。


「……美人を見てデレデレしてた」


「別にそんなんじゃないんだけど……」


 痴話喧嘩だ。初めて見た。彼らには失礼だが、少しテンションが上がってしまう。

 店内を見渡すと、彼ら以外にも客はちらほらいた。迷惑を考えてか、二人は声をなるべく抑えているようだったが、静かな店内なので充分目立っている。

 あの子も美人なのになあ。店員に案内されながら、さっきの彼女の言葉を思い出す。

 席について、二人からは離れた。

 声は聞こえなくなったが、それでもずっと喧嘩しているようだった。だが、喧嘩というより、少女が一方的に怒っているようにも見える。

 なんとなく気になって、フィズは彼女をジッと見た。

 彼女はくすんだ緑の髪を高い位置で結わえていて、動く度にさらりと揺れていた。

 今は少年を睨む為に歪められているが、ぱっちり二重の瞳は、薄いピンクで、非常に女の子らしい顔立ちだ。

 目の左下にある二つの黒子が特徴的だった。泣き黒子っていうんだったか。なんにせよ、黒子が二つ並んでるのは珍しい。

 スタイルも良く、服もかわいい。美醜やファッションに疎いフィズでも、彼女がそういうことに気を遣って、きちんと手入れしているのが分かった。


(あたしも少しは気にしたほうが良いのかな……)


 自分の跳ねた前髪をいじりながら思う。

 フィズのミルクティー色の髪は、いつもあちこち勝手な方向に跳ねている。櫛を入れるだけで、整えたことなんてないから仕方ないが、結構傷んでいる。外に出ないので、しばらく切ってもいない。

 学園が始まる前に切ろうか。肩辺りまで伸びた髪をつまんで、いやでもなと眉を下げる。

 元気なフェリオと無気力なフィズは、あまり似てないと言われることが常だが、実を言うと、顔立ちは結構似ている。表情が違うからそう見えるだけだ。

 フェリオがイケメンだと称されるだけあって、フィズもまた、目鼻立ちは整っている。だが中性的なので、髪が短いと、男と間違われることが多かった。

 それが嫌なわけではないが、わざと間違われるような格好をする趣味もない。


「──フィズ」


「あ、はいっ?」


 思考に耽って、話しかけられていたことに気がつかなかった。レオーネは不思議そうな顔をすると、メニュー表を出す。


「俺さ、小腹も空いたから何か食べようかなと思って迷ってるんだけど、フィズはどうしたい? 別のところで食べる?」


「今何時?」


「四時半過ぎくらい」


「うわ。微妙な時間」


 二人にとって今の時間帯は、午後のおやつと言うには遅すぎるし、夕飯と言うには早すぎる。

 二人とも大食いなわけではないので、今食べると夕飯は食べられないだろうし、かといって、じゃあ夕飯にしようと思って食べたら、夜中にお腹が空いてしまいそうだ。

 うーん、と悩んで、メニューに目を落とす。

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