第7話

 それからは、二人で食器を片付け、昨日までよりも軽い体力トレーニングをした。そわそわしているフィズに微笑むと、レオーネは手を出した。


「じゃあ、実際にやってみようか」


「!」


 待ってましたとばかりに頷くと、レオーネは自分の手に、フィズの手を重ねるように指示をした。

 言われた通りに重ねたその手を握られる。

 それからレオーネが目を瞑ると、彼から暖かいものが流れてくる感覚がして、手のひらがじんわりと熱くなった。

 目を開くフィズの驚きを、見ていたかのようにレオーネが補足する。


「今、フィズの手に流してるのが魔力って呼ばれるものだよ。手はどう?」


「なんかポカポカする」


「うん、ちゃんと感じてるね」


 魔力って暖かいのか。手をじっと見つめていると、魔力が流れてくるのが止まる。


「じゃあ今のを、俺に返すんだとイメージしてやってごらん」


「ええ?」


 そんなこと言われても、出来るはずがない。

 戸惑ってレオーネを見ると、空いてる方の手でガッツポーズを作る。


「大丈夫。抽象的だから初めは難しいかもしれないけど、フィズなら出来るよ。目をつむってごらん」


 言われて目をつむると、レオーネが動く気配がした。


「フィズ」


 名前を呼んだ声が耳元で聞こえて、膝をもぞりと動かす。彼が呼吸をする度に、耳に軽く息がかかった。


「俺の声に集中してね」


 してますとも。

 ぶんぶんと首を縦に振る。笑った気配がして、顔に熱が集まった。


「まず、手だけでやっていこう。受け取ったプレゼントにお返しをする感じ」


 そう言ってまた魔力が流れてきたので、彼が言う通りの想像をした。


(受け取ったプレゼントにお返し……受け取ったプレゼントにお返し……お兄ちゃんからのプレゼント、本当に要らないんだよなあ)


 特に要らないのは、虫の貯金箱と、でっかいミラーボール、アリの巣観察キットである。

 フィズがこの家にベッドごと移されて来た時、兄は荷物も運んでおいてくれた。

 それは嬉しいのだが、それらは実家に置いておいたのかと思えば、クローゼットを開けたら、兄の写真と一緒に入ってたのだ。あやうく発狂するかと思った。

 あの毎年のプレゼントを、兄に突き返すことが出来たら、どれほど幸せだろう。


「せっかく祝ってくれてるんだから、その気持ちだけでもありがたく受け取っておけばいい」と言われたことがある。フィズもそう思ってはいるが、そう誤魔化すにも、もう限界を感じているのである。


 壊滅的にセンスが無いのだから、大人しく「おめでとう」の言葉だけで済ませほしい。それで充分嬉しいのに。


「フィ、フィズ……待って」


 フェリオとミラーボールでバレーボール(アタックのみ)をしているイメージで、フィズなりに魔力を返していると、突然レオーネが声を震わせて制止してきた。


「ちょ、ちょっと一旦止めようか……」


 上手く出来なかっただろうか?

 目を開けて、レオーネを見る。彼はさっき手を握ってきた時よりも離れた場所にいて、とても微妙な顔をしていた。


「だめだった?」


「うん、まあ、魔力の交換は出来てるんだけどね……」


 歯切れの悪さに首を傾げる。レオーネは繋いだ手を離すと、目線を落とした。


「フィズは、俺がこうやって手を繋いできたりするの、嫌だったりする……?」


「へ?」


 意外な言葉にぱちりと目を瞬かせる。レオーネは眉を下げると、おそるおそるフィズを見た。


「正直に答えてほしい」


 そ、そんな泣きそうな顔をしないでほしい。


「嫌なんて、そんなわけないじゃん」


「本当に!? セクハラとか思ってない!?」


「思ってないよ!?」


 急に何を言い出すのか。

 セクハラって、あれだろうか。部長が女子社員の体を触ったりするやつだろうか。

 確かに結構触られているし、多少驚くことはあるが、別に嫌悪感はない。


「どうしたの?」


 首を傾げると、レオーネはフィズをちらりと見、床にぐるぐると円を書き始めた。


「魔法が想いの形だって話はしただろ?」


「う、うん」


「それと同じように、魔力を流す時、その人に好意があると受け取る側が温かく、敵意があったりすると冷たく感じるんだ」


「へえ……」


 魔法は想いの形。レオーネがそう言う根拠は、こういうところから来ていたらしい。意外な情報が面白くてふんふんと納得して、はたと止まった。


「あれ、じゃあ、さっきのあたしの魔力って……」


「冷たかった……」


「わあー! 誤解! 誤解だから!」


 顔を上げたレオーネに説明をする。考えていることを知られるのは若干恥ずかしかったが、今後二人暮らしを続けるのにそんな誤解があっては、目も当てられないことになるだろう。


「よかった……」


 説明が終わって、レオーネが胸をなで下ろす。どうやら信じてもらえたようだ。フィズもかなりホッとした。


「でも、なんかあったら言ってね、本当に」


「あ、はい……」


 必死なレオーネに圧されて目線を下げる。


 嫌われるのが嫌なんだなぁ。まあ当たり前か。そんなことを思って、ふと思いつく。


 これは、気になっていたことを聞くチャンスなのでは。


「どうかした?」


 フィズの視線に目敏く気付いたレオーネが首を傾げる。指先をモジモジと動かすと、フィズは思い切って問いかけてみた。


「……あの、あたし、ずっと考えてたんだけど」


「うん」


「あなたのこと、なんて呼べばいいかな」


 質問が意外だったのか、レオーネはきょとんとした。


「俺のこと?」


「さん付けとか先生とか考えてたらよく分かんなくなっちゃって……」


 やっぱりこのタイミングじゃなかった気がする。まるでなにかの言い訳のように早口で話すと、レオーネは赤くなった首元をかいた。


「……うーん。そういう、かしこまられるのはなんか困っちゃうな」


「そうなの?」


 思わず聞き返すと、レオーネは首肯する。

 もし聞かれたのが兄だとすれば、彼は先生とか師匠とか呼ばれることを望んだだろう。それを考えると、フェリオとレオーネは、本当にタイプが違う。


「あなたって、なんでお兄ちゃんと友達なの? タイプ違いすぎない?」



「え? あ、ああ……まあ、タイプは違うけど、あいつ良いやつだし、話してて楽しいし……あ、フェリオは俺のことレオって呼ぶよ」


「レオ? あだ名なんだ……」


 フェリオは、話す相手に対していつも気安い。だから分かっていたはずなのだが。

 まず、レオーネとフェリオが話しているイメージが湧かないフィズには、二人仲良しなのが信じられなかった。

 そんなフィズに、レオーネはにっこりと笑う。復活したらしい。


「省略しただけだけどね。うん、あれがいいな。レオって呼んでよ」


「……じゃあ、レオくん」


 兄とまるっきり一緒というのもなんだか悔しくて、敬称をつける。呼ばれて嬉しそうにしているのを見ると、なんだか恥ずかしくて、俯いた。


「じゃあ、さっきの続きしようか」


 そろりと伸びてきた手を握る。不安そうにしていたが、フィズから指先を絡めると、伝わったようではにかんでいた。


「そうだ。ボールを渡してるイメージに……フィズ?」


 だけど、さっきのように近づいてはこなかったので、レオーネの胸に体を預ける。シャツの生地が頬に当たって、彼の心臓の音がドクドクいっているのが聞こえた。


(……思ったより近くなったな)


 フィズの予定では、さっきのようにレオーネの口が耳元にくるようになるはずだった。だが、結構勢いが良かったので、突然甘えだしたみたいになってしまった。

 離れるか迷った。だが、手を繋いでいるおかげで完全に密着しているわけないじゃないし、まあいいかと顔を上げる。

 目が合って、フィズの意図が分かったのか、レオーネは耳元に顔を近づけてきた。


「俺の声聞いて、俺のことだけ考えててね」


 頷く代わりに額を擦りつけると、肩が揺れる。

 そのまま魔力交換をして、互いの全身に魔力を行き渡らせることが出来るようになる頃には、二人とも汗びっしょりになっていた。

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