第5話
とりあえずスクランブルエッグは火から下ろし、皿に盛ると、鍋の火も消す。
「……ごめん、焦げちゃった……」
スクランブルエッグがふわふわと美味しそうに出来ただけに、この失敗はショックが大きい。
落とした肩を、レオーネがポンポンと叩く。
「俺もいたんだから見とくべきだったな。ごめんね、せっかく作ってくれたのに」
「ううん……」
ああ、優しい。彼の心遣いに涙を飲みながら、フィズは、自分の思考を叱咤した。これからは、絶対に彼がしてくれたことに「ありがとう」を言おう。
「……ちょっといい?」
反省するフィズを見て何かを考えると、レオーネはスプーンを出し、スクランブルエッグを一口食べる。それから、破顔した。
「すごくおいしい。こっちはドレッシングだよね?」
小皿を指すので頷くと、彼は指先を上げる。
ダイニングへと繋がる扉や食器棚が開いて、皿や料理が浮いた。そしてそれらは、次々とダイニングへ運ばれていく。
「いや俺さ、手際が良いなと思って、フィズの方ばっかり見てたんだよね。たくさん作ってくれてありがとう。冷めないうちに早く食べようか」
レオーネが、心なしかうきうきとしながら、席につく。焦げたことなんて、全く気にしていないようだ。
胸をなで下ろすと、フィズも席につき、二人でいただきますをした。
レオーネが言う通り、スクランブルエッグは美味しい。それに、サラダやトーストと合わせて食べると、ソーセージやベーコンが多少焦げていても気にならなかった。
何より、ニコニコと食べてくれる人がいると嬉しい。
久しく味わっていなかった感覚にじんわりと浸っていると、今まで黙って食べていたレオーネが話しかけてきた。
「そうだ。今日からは、実際に魔法を使う練習をしようね」
驚いた拍子にプチトマトが落ちた。慌てて拾うと、布巾で拭いてから口に入れる。机の上だし、フィズ的にはセーフだ。
レオーネも、こら、と窘めはしたが、そういう彼が先日ゆで卵で同じことをしていたのを知っているので、スルーして質問をする。
「どんな魔法?」
「魔力を操る練習」
「?」
魔法を使っていれば、魔力を操れるようになると言っていたから、それは分かっているのだが。
フィズが聞きたいこととは、微妙にズレている答えに首を傾げる。
フィズの戸惑いを感じたレオーネは、少し考えると、問いかけた。
「自分に魔力があるとか、フィズは考えたことある?」
「うーん……」
返答に悩む。微妙なところだ。兄が実際に使っているところを見ていたから、魔法が存在するのは知っているし、調べもせずに訓練を受けたから、漠然とそういうものだと思っていた。
でも、全く出来なくて、兄に「お前も魔力があるはずだ」と励まされても、全く信じられなかったこともある。
「……『どうせあるわけない』と思ったことはあるかな」
だからそう答えると、レオーネはふふ、と笑って「そうだよね」と肯く。
「科学が発展したこの世界で、多くの人は、魔力の使い方を分かっていないか、そもそも魔法が使えるなんて考えたことがない。俺達を見たって、
確かに、魔法は何か特別なものの気がする。それこそ、神様に選ばれた人だけが使えるような。
世間では、魔法使い逹は、物語の人物がそのまま抜け出して来たような認識になっている。
雲の上の存在のようで、その実、魔物退治の為にずっと利用され続けていた。
神様のように恭しく扱い、森の中に魔法使いの住み家を作ったのも、魔物が出やすい場所に隔離したとも言える。
科学技術が進んで、誰でも強い力を持つようになれば、大したことはないのではないかと蔑ろにされてきたし、時代遅れの、魔物と戦うだけの存在のようにさえ言われていた。
長い歴史の中、ずっとそんな扱いで、つい五十年程前に、やっと一般の人と違わないのだということが認められたのだ。
しかし、一般市民にその認識が広がっているかというと、実はそうでもなかったりするし──フィズの親はそうでもないが──親の世代まではそういう人が多い。
フィズだって、魔法を嫌いだったのは兄のせいだが、なんとなく自分とは違う存在なのかと思っていたし、レオーネが普通の人で驚いた。認められたと言っても、まだまだそんなものなのだ。
「確かに、使える人口は少ないんだけど、でも気付いていないだけで、もっとたくさんの人が魔法を使えるはずなんだ」
レオーネが言うには、人だけじゃなく、動植物の生き物は、多かれ少なかれ、絶対に魔力を持っているのだと言う。
その中で、単純に魔力が多い人が魔法を使える人ということになる。
ふうん、と相づちを打ってから、はたと止まる。
「あれ。じゃあ、あたしにはあんまり無いってこと?」
あんなに特訓を受けても使えないのだ。全く無い方なのかもしれない。
ここ数日のトレーニングが無駄になるかもしれないと思うと、とんでもない絶望が襲ってきた。
「そうとも言えないな」
しょんぼりするフィズの言葉を、レオーネは間髪を入れずに否定する。
「ほら、初めてスマホを見る人に、電話だから使ってみろって言っても、使い方は分からないだろ?」
「うん?」
「あんな薄い板だけ渡されたって、電源の入れ方すら分からないだろ。やたらと機能があるけど、多くの人は全部を使いこなせてるわけがないし」
「……後で使い方教えようか……?」
もしかして、使い方が分からないのだろうか。
堪えていたが、どうしても口角は上がる。聞いてみると、レオーネはジト目を向けてきた。
「今のは例え話で、俺の話じゃないからね?」
「ほんとかなぁ?」
それにしては妙に熱が入っていた気がする。
半笑いのフィズに「さすがに電源くらいは入れられる」と抗議してくるが、残念ながらそれは当たり前なのである。
「アプリの入れ方とかは知ってる?」
意地悪だとは思ったが、気になって問いかけてみる。レオーネは、訝しげな顔で首を傾げたので、やっぱり知らないらしかった。
勝手になんでも出来そうな人だと思っていたが、料理をあまりしなかったり、機械オンチだったり、結構弱点があるんだな。そう思うとおかしくて、ついに吹き出してしまった。
肩を揺らして笑うフィズに、レオーネは耳を赤らめると、早口で続ける。
「ええとだから、フィズは今、自分の機能さえ知らない感じなんだ。だからまずは、自分の中に魔力がある感覚を掴んどこう。分かった?」
「はぁい」
手を上げて返事をする。レオーネは頬杖を突くと、目を眇めて挑発的な顔をした。
「ここで一番良い返事だね?」
「やる気になったの」
「ほんとかなぁ?」
さっきの仕返しだろうか。フィズの真似をして意地悪に笑う。そんなレオーネに力いっぱい頷くと、堪え切れなかったらしいレオーネは吹き出して、それから口角を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます