第4話
寝る前に何か考え事をしたのは初めてだ。
フィズは今まで、友達という存在に飢えたことは無かったし、悩み事といえば、兄の無茶ぶりくらいなものだった。
対人関係で悩んだことなんてないし、いつもなら、気になったことがあればさっと聞けるのに、なぜだかレオーネのことを本人に聞くのは迷っている。
どう聞こう。いつ聞こうと思って、いつの間にか朝になっていた。
「くそう……」
鳥の鳴く声を聞きながら、布団に突っ伏す。おちおち寝てもいられなかった。すでに八時間は寝たけど。
(なんで……!? 引きこもってる間にコミュニケーション力無くなっちゃったとか!?)
こんなことではだめだと起き上がって、そこで思いついた。
習慣が変わって、朝も辛くなくなってきた。ここら辺で、いっちょ朝ご飯でも作って、びっくりさせてやろうではないか。
これでも生活能力はあるのだ。熊はまだ難しいけれど、猪や鹿なら狩れるし、食べられる野草の区別もつく。無人島に漂流しても生き延びる自信はあった。
驚くレオーネに、ふふと笑ってやるのだ。そんな想像をしながら、フィズはキッチンへ行く。意気揚々と中に入って、そこで立ち止まった。
(……勝手に使っていいのかな……)
そういえば、ここは元々レオーネの家である。
そこにフィズが押しかける(飛ばされる?)形で、居候をしているのだ。台所を勝手に使って、嫌がられやしないだろうか。
でも、許可をもらっては、当初の「驚かせてやる」という目的は達成されない。残念ながら、料理を作れるという点でびっくりしてもらう自信はあったが、手料理の味でびっくりしてもらえる自信はなかった。
どうしよう。こうしている間にレオーネが起きてくるかもしれないし、こんな姿見られたら恥ずかしい。
(……やめよ)
悩んだ末、部屋に戻り、昨日までのようにレオーネが起こしに来るまで
くるりと回ると、ダイニングへ繋がる扉を開ける。そこで、フィズは悲鳴をあげそうになった。
なんでって、その先にレオーネがいたからだ。
「あれ、フィズ、早いね」
レオーネがにっこりと笑う。朝から爽やかな人だ。
「もう起きたの?」
「あ、うん……お兄ちゃんがいた時はもっと早かったし……」
「そっか。リズムが戻ってきたんだね」
結局、驚いたのはフィズで、ふふと笑ったのはレオーネであった。
悔しくてむくれていると、レオーネが首を傾げる。
「お腹空いちゃった?」
そういえば、キッチンから出てきたのを見られたのだった。
目尻を赤らめるフィズに、図星だと思ったのか、レオーネは頭を撫でてキッチンに消えた。
しばらく彼が消えた方を見ていたが、ハッとして、呼び止めようとする。そこで躓いた。
(……なんて呼ぼう)
フィズは今まで、彼の名前を呼んだことがない。
「ねえ」とか「あの」とか、もしくは「あなた」とか、そういう呼びかけばかりだ。
昨日はそのことでも悩んでいた。さん呼びが良いのか、師匠とか先生とかが良いのか、いっそ呼び捨てにしようかとか、色々考えて、結局決まらなかった。
「あ、あの」
今回も決まらず、傍に寄って服の裾を握る。返事代わりに振り向いたレオーネに、早口で捲したてた。
「あたしも手伝う。せっかく早起きしたし……あ、でも、魔法使うなら、邪魔かな」
反応を見るのが何となく気まずくて、目線を下げる。
フィズの申し出に、レオーネはしばらくぽかんとしていたが、やがて目を細めると、口角を緩めた。
「ほんと? 助かるよ。俺、あんまり料理しない方だし。ありがとう」
「う、ううん」
なんだか、勢いで、当初恥ずかしいと思ってたことを言ってしまったが、まあ、手伝いだしいいか。
そう思ったが、あ、と何かを思いついたレオーネは、とんでもないことを口にした。
「せっかくだし、メインを作ってもらっていい?」
「え」
「フェリオにフィズの料理はうまいって聞いててさ。一回食べてみたかったんだよね」
なにを言ってるんだ、あの兄馬鹿野郎め。
脳内でフェリオに猛抗議する。固まるフィズに、レオーネは小首を傾げた。
「だめ?」
だから、その目を止めてほしい。そんなに期待に満ちた目をされたら断れるわけないし、プレッシャーだ。
「……いいけど」
気がつくとそう答えて、レオーネが無邪気に喜んでいた。
むぐぐ、と眉根を寄せる。
「……予備知識に差がある……」
「?」
レオーネはフィズのことを知っているのに、フィズはレオーネのことを全く知らない。不公平だ。
拗ねるフィズを見て、レオーネは不思議そうにしていたが、意味を聞かれても困るのでさっさと取りかかることにする。
冷蔵庫の中を確認し、メニューを決める。中身は好きに使って良いらしいので、どうせなら豪華にすることにした。
レオーネにトーストとサラダを作るように指示を出すと、フィズは冷蔵庫からソーセージとベーコンを出す。
鍋にたっぷり水を張ると、火にかけ、それからフライパンをコンロに。油を引き、火をつけて、ソーセージとベーコンを焼く。
焼いているその間に、小皿にオリーブオイルとレモン汁、塩を少し入れて、かき混ぜた。
それから、ボウルに卵を割りいれ、塩と牛乳を入れて混ぜる。牛乳より生クリームの方が好きなのだが、残念ながらなかった。
そこにバターを入れる。バターは無塩がいいが、やっぱりない。どうやら、レオーネは本当に簡単にしか調理をしないらしい。フィズも一人だとインスタント食品ばかりだし、それを思うと、している方だとは思うが。……もしかして、昨日まで無理をさせていただろうか?
昨日までの食事を思い出し、少し後悔した。もう少し、味わって食べれば良かった。それに、自分は、今まで作ってくれていた彼に感謝していただろうか?
そんなことを考えながら卵の入ったボウルをいざ鍋にかけようとして、ふと思い出す。
「あ、ねえ、これ、耐熱のやつかな?」
カン、とボウルを指先で弾く。
しかし、レオーネの顔に疑問符が浮かんだので、「まあいいか」と鍋にかけた。変形したり割れたりする場合があるので、良い子は真似しないでほしい。
「だ、大丈夫だった?」
「大丈夫大丈夫」
心配するレオーネに適当に返すと、ヘラで中身をかき混ぜる。
本当は、鍋とボウルは同じ大きさが良いのだが、ちょうど良いサイズがなかったので、ボウルが一回りは小さい。
くるくると混ぜていると、カンカンと音がして、なんだか水が入りそうなので指で押さえる。直ぐに離した。ボウルが火傷しそうなくらい熱かったのだ。
焼く方にすればよかったなあ。皮膚が触れないように爪先で押さえ、ぼんやり思っていると、そこで思い出した。
「ソーセージとベーコン」
顔から血の気が引く。ちらりと視線を向けると、フライパンから白い煙が上がっていた。
「ですよね!」
慌てて火を消したが、すでに遅い。
今日の朝食は、トーストとサラダ。ふわふわのスクランブルエッグと、片面が真っ黒のソーセージとベーコンになってしまった。
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