第6話 クナ
「軽いマド欠乏症だね。今日にでも退院できるけど一週間は激しい運動は控えなさい」
「はい」
検査の結果、まあ予想通りの症状であった。
【マド欠乏症】
その名前の通り、体内のマドが枯渇すると起きる症状で体内にあるマドを使うと起きる。
ちょっと使うだけでも全力疾走した時くらいに疲労するのだから融通の効かないエネルギーだと思う。
今回、足に集中してマドを使ったので右足の疲労はそれはもう酷い。
感覚がないのだ。痛覚とか全く感じない。
しかし、怪我の功名というやつなのだろう。
「どうやら君はピンチ型みたいだねぇ。マドが枯渇しないと成長できない、辛いやつ」
と、医者から言われた。
まあなんとなく察してはいたけど……やはり、改めて身体の事に精通した医者に言われるとメンタルにくる。
「あ…そういえば、俺が助けた子は…」
この場になって思い出した要救助者。
白ギャルのあの子は無事なのだろうか。
その問いを予想していたのか、医者はすぐに答えてくれた。
「ああ、君が背負ってた女の子ね。足は駄目だったけど、命に別状はないよ」
「ほっ……」
この後は衣服を着替えて足にギプスを付けて退院である。
ギプスを付ける理由に関しては、感覚が戻るまで足を捻ったり針なんかが刺さっても戻るまで気付かなかった事例もあるらしいからだとか。
体が資本であるメナスでのヒーロー活動、それができなくなれば隊員としての価値はない。
感覚が戻るまでは大人しく付けていよう。
そんなわけでしばらくはメナスからも休暇を貰って特別手当も貰ったし、しばらくは生活費に困ることは無い。
「ほへぇ…特別手当100万ムドかよ。メナスはやっぱ金持ちやなぁ…」
特別手当の額を見て感嘆するラオに、俺は苦笑いで返す。
「年間無休で半分ブラック職場だからなぁ……怪我した時とかのケアはしっかりしてるだけ、ありがたいと思うよ」
メナスという組織は、その相手からして常に備えていなければならない。
毎日のようにやってくれば、まるで興味がないと言わんばかりに現れない日々や場所もある。
完全に異界獣と罅隙の気分次第なのだ。
そんな状況で怪我しても働け、特別手当もなし!なんてほざいていればメナスの社会信用は失われるだろう。
それにそもそも、メナスは各国の政府から大きな支援を受けて設立・維持されている組織。
金に関してはそう困ることは無い……と思う。
「おっふ……」
「クナちゃんはなんか……おばあちゃんみたいだね……」
「だな」
ちょっと前まで赤ちゃんとか、幼児くらいだったのにいつの間にかマッサージ機能のある枕を買ってきて今現在、寝そべってマッサージをしている。
ホニャアっとした顔が何故か老婆を姿を想起させてしまい、笑いを堪えるのだが当のクナはムスッとした顔で「おばあちゃんじゃない」と否定していた。
「聞こえてたか」
「むしろなんで聞こえないと思うの…」
気分を害されたから、起き上がって枕の電源を落とし起き上がるクナ。
「ご主人、ご飯」
「あ、そっか。もうそんな時間か」
「なんか買ってくるよ。二人は家でゆっくりしててよ」
「ごめん、助かるラオ」
後でなんかお返ししないとな、と思いつつ俺はクナを改めて全身を見直す。
急に記憶やら人格やらが戻った、と言われても彼女が本当にクナなのか怪しいところであるのだ。
昔に人に化けて成り代わっていた怪人がいたという話もあるわけだし、ちょっとでもおかしいところがあれば警察……じゃなくてメナスに通報する準備をしておこう。
「ジロジロとなんですか、ご主人。私はご飯じゃありませんよ」
「…ごめん、クナがいきなり普通に言葉を喋ってるから本当にクナなのか確認しててね」
「……エッチ。裸見られた、お嫁行けない」
「誠に申し訳ありませんでした」
マジかよ、仕方ないとはいえ彼女の衣服を着替えさせた事も覚えてんのか。
というかその台詞、どこから拾ってきたんだ。
棒読みとはいえ、そんな事を言われたら謝るしかないよ、俺。
「それでご主人」
「なんだ?」
「私はどうやって恩を返せば良い?」
彼女の綺麗な金眼を向けられ、その目が真剣な目である事を感じた。
恩を返してくれる、と彼女が言うのならそうしてもらうべきなのだろう。
多分、断ったもしつこく恩返しすると言ってきそうだし。
少し考えた末に、俺の口から飛び出たのはまあ無難な答えだった。
「んじゃあ……俺の家の管理、というか炊事とか洗濯とかやってくれるか?」
「……炊事・洗濯、分かんない」
「そ、それは教えてやるから安心しろ」
彼女が不器用とかでないことを祈ろう。
退院から一週間が経過した。
戦場となった繁華街は元通りになり、俺が呑気に休暇を満喫している間も世界の各所で罅隙から現れる異界獣の被害を受けていた。
「今度はクシュウ地方で……怖いわねぇ」
「少し前に繁華街で起きたばっかりだというのにねぇ」
右足の感覚が戻ってきたのでギプスを外して外を歩いていたが、近所のオバサン達の不安がる井戸端会議を耳にして俺はここ最近の事を振り返る。
繁華街での戦いをキッカケとするかのように、頻度の高くなった異界獣の出現はニュースでも話題になっており、俺の住んでいる【日本】に非常に似ている国【ハレルガ】に住んている人達は日々憂鬱な気分である。
いつ襲われ殺されるか分からない日常、というのは人をおかしくするものだ。
罅隙の発生が集中した国は大きく犯罪率が上がると既に統計が取れている故に、メナスと各国の政府が対策するのだが、ヒーローという存在があっても民衆の心が休まるものではない。
「ご主人、足は大丈夫?」
おっと、そういえば念の為とついてきたクナがいるんだった。
病み上がりを一人にさせるな、とかいうちょっとだけ思い出した祖母の言葉があるらしい。
さてはクナのおばあちゃん、ガチの賢者だったりしない?
「ああ、大丈夫。まだちょっと変な感じはするけど、大体感覚は戻ってきたね」
完治すればまた現場に復帰だ。
まあ待ってくれている同僚も同期も一人しかいないのは色々悲しいけど。
しかもその一人はルカだし。
「……クナもヒーローになった方が、良い?」
「え?」
「なんだか寂しそうな顔、してるから」
確かにクナならあのエレジャマンの鼻をぶった斬れる威力の魔法を使えるんだ。
彼女のマドは多いだろう。
ヒーローになれば、新たなレジェンドヒーローとして世界で活躍するだろう。
「……気にすんなよ。俺みたいな奴なんて他にも沢山いるんだから」
「……ん」
正直に言おう、これは嫉妬だ。
俺は彼女に嫉妬したんだ。
そして自分の欲だけの為に、彼女の心遣いを否定した。
もっとこう、彼女の事を考えているのなら、危険だからとかクナには来てほしくない世界だとか、それが先に思い浮かんでいる筈なのに。
「最低だな、俺」
ボソリと漏らした俺の言葉は、幸いにして誰にも届く事はなかった。
それでも、その日は居心地が悪くていやに記憶になった。
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