第4話 叫び、咆えろ



「どけぇっ!」


「グルッ…」


近寄ってきた怪人を蹴飛ばして合流地点まで走り抜ける俺は、背中にしがみついている女子高生に声を掛ける。


「かなり揺れてるが、大丈夫だよな?」


「う、うん……」


やつれてる感じはあるが、まだ意識はハッキリしている。

鎮痛剤を打って、とりあえず素人ながら止血処置はしたが、まだ油断は許されない。


「もし、意識が遠のいてきたら何でも良いから教えてくれ」


「分かった…」


背負いながら戦うとか初めてだが、やらなきゃこの子が死ぬ。

俺のやりたかった事を今やってるだけなんだから。


「ワウ!」


「邪魔だよ、ゴラァッ」


怒鳴りながら近寄ってくる野犬を蹴り飛ばす。

何度も蹴っているから足が疲れてきたが、ここで立ち止まる訳にはいかない。

とはいえ、せめて付近のゲイザーでも誰でも良いから手伝ってくれる人が欲しかったなぁ。


「グルオォォォ!!」


「うわっ!?ワイバーンッ!?」


路地裏を走っていたらまだ暴れ回っているワイバーンに出くわしてしまった。

直ぐ様、そこから離れるがワイバーンの嗅覚はかなり鋭い。


「まっず…!?」


後ろから赤い光。

後ろを気にしつつ走ったものの、ワイバーンの口から吐き出された炎は確実に俺と女子高生を焼こうとしていた。


「うおぉぉぉ!?」


幸いなことに、十字路に差し掛かったので右に身を隠す。

すぐ横を高熱の炎が過ぎ去り、俺の汗は限界突破してるのかってくらいに吹き出す。


「はぁっ…はぁっ…!」


息が荒い。

そりゃそうだ、全力疾走したら身体が酸素を求めて呼吸が早くなる。

ふと、背負っている女子高生が気になって声をかける。


「おい、君!」


「うぅ…」


不味い、意識がない。

これはもうなりふり構っていられない。

俺は全周波で近くにいるはずの味方に声を張り上げて助けを呼ぶ。


「誰か!要救助者がいるんだ!ワイバーンを頼む!」


そんな俺の叫びはワイバーンの建物を破壊する音で遮られる。


「うお…!?」


炎で消し炭にできていないと察したのか、今度は近づいて来ている。

俺は女子高生を背負い直して走り始める。

足はガクガクだが、まだ走れる。


「グルオォォォ!!」


俺を見つけたらしい。

ワイバーンが雄叫びをあげながら建物なぞなんのそので破壊して突き進んでくる。




これは死ぬ、そう思った瞬間だった。


「待たせたなッ」


体長12m、全高4mほどのワイバーンに体当たりをかました緑のロボット。

全高6mのずんぐりとしたボディのロボットは【フットフュー】という、ゲイザーの拡張機能であるパワードスーツである。


「坊主!その嬢ちゃん連れて早く行きなぁ!コイツはぁ!」


「グルァッ!?」


「ここで仕留めるからよぉっ!」


右手でガシッとワイバーンの上顎うわあごを掴み、左腕に装備されているパイルバンカーが〈ドゴォォン!〉という爆音と共にワイバーンの喉を杭が貫く。


「ゴヒュッ…!」


喉に穴を空けられたワイバーンは激痛で大暴れ。

上顎を掴んでいた手を離した【フットフュー】は背中にマウントしていた細長いライフルを手にして、弾丸をワイバーンに叩き込む。

それをボケっと見ていた俺を見かねてか、フットフューが叱咤してくる。


「はよいけぇ!バカヤロー!」


「ッ!はい!」


やっべぇ。

見てる暇なんてないのに、何やってんだ。

背後にはまだ銃声と爆発が聞こえる中、俺は途中でコケかけながら全速力でその場から離脱するのだった。












ーーー













数分後、あと少しで合流地点に到着するところまで来ていた。

だが、残念な事にそこには先着がいた。


「なんでワイバーンがいるんだよッ!」


運の無さに腹を立てるが、そうしたところでワイバーンがどっかに行ってくれるわけじゃない。

俺の方に気付いたワイバーンは貪っていた残飯からコチラに視線を向け、そして咆哮。


「グルオオォォォォォッ!!!」


「グッ…!?」


ゲイザーのAIがワイバーンの咆哮の音を絞って尚も空気が震え、耳をつんざく咆哮。


「おにーさん、私はここに置いていって」


「はぁ!?」


「アレ倒すのにアタシは邪魔でしょ!ここに置いていって!」


意識を取り戻したのは嬉しいが、物陰にいるとはいえそこに置いていくことはもしも怪人や野犬が来たら彼女の死は確定である。

その危険を承知だとでも言うのか?


「駄目だ!もうこうなったら指揮所のある本陣まで!」


「ワイバーンから逃げ切れるの!?」


「あう…」


彼女の反論に俺は何も答えられなくなる。

既に上空では医療機能に特化した輸送機が待機している。

これはもう、彼女の言う通りにするしかないのだろう。


「分かった。だけど、危険が迫ったらすぐに俺を呼ぶか足引きずってでも逃げろ!」


「怪我人に足引きずって逃げろはないっしょ!?」


「死にたくなきゃ死力を尽くせ!今から俺も死力を尽くさなきゃいけねぇんだからな!」


そう言って彼女を残骸の物陰にゆっくり下ろして、ストレッチをしながら俺は笑うようにコチラを見ているワイバーンの身体を見る。

余裕ぶっこいているワイバーン、身体に傷はほとんどなし、右目は閉じているが瞼の上から一直線に傷跡がある。

恐らく、過去にやられた古傷なのだろう。


「殺らなきゃ死ぬ、うし…」


相手は化け物、全力で行かなきゃ何度も見てきた敗北したゲイザー達の末路の様に死ぬだけだ。


「……いや、いつも全力だったな。まあそれでいて、俺は壁にしかならない雑魚か」


自分で言っていて悲しくなるが、それが事実。

ルカにも、エリートメガネにも友人からも言われている事実。

俺は弱い、身体を鍛えても異界獣に対してはネズミどころかミミズだ。


「それでも、それでも俺は夢を追いかけたじゃねぇか。前世と違って、ハッキリと夢に向かって走ったじゃねぇか」


もう、覚悟は決まった。つもりだ。


「行くぞぉぉぉぉっ!!」


走る。

まずは接近して甲殻に覆われていない腹や喉を狙う。

打撃攻撃の利点はどれだけ硬い表皮を持っていても内側へのダメージは防げない為、問答無用でダメージを与えられる事だ。

逆にデメリットは、貧弱な攻撃力では中にまでダメージはいかないし、斬撃攻撃のような部位を切断する行為はできない。

そういう点で見れば、素手で殴るのも一応正解の部類ではあるのだろう。

無論、肉弾戦なんてそういった事への技術があるか才能がなければできることじゃない。


「まあ、俺は無理にでもやらなきゃいけねぇんだけどなぁっ!」


走ってきた俺に噛みついてきたワイバーンの攻撃をスライディングで回避。

そしてゲイザーのパワーで無理矢理、右手で地面を叩くように身体を跳ね上げる。


「カルッ!?」


柔らかい喉にキックが入り、咳き込むワイバーン。

攻撃に成功した喜びに浸る……なんて余裕があるはずもない。

既に次の攻撃に移る。


「もうっ……一回ッ」


懐に滑り込んだ俺は、目の前の白い肌を殴る。

一回、二回、三回、四回……そこまで殴って今度はワイバーンが飛び上がって距離を取る。


「チッ…」


思わず舌打ちする。

確かにダメージを入れられたが、ワイバーンは涎を垂らしながら此方を睨んでいる。

やはり、殺しきれない。

ベルトの右側面にあるボタンを押し込み、俺は構えを取る。


《【GAZER IMPACT】 Ready?》


ベルトに意思はない筈なのに、どこか俺に問いかけてきているように感じた。


【お前は夢に向かって突っ走れるか?】


ただの自問自答なのかもしれない。

だけど、これが俺のやりたい事、俺が目指した人を救うヒーローになる夢を今もう一度、ハッキリと目指すと決められた。


「できてらぁっ!!」


右足が熱い。

マドが右足に集中し、ゲイザーのスーツ内の電力もまた右足に集中する為、スパークが発生する。

致命の一撃、観察者の名を与えられたこの量産ヒーローの武器以外での最強の技。


「グルアァァァ!!」


「うえぇぇぇああぁぁぁぁっ!!」


迫りくるワイバーンに対して俺も走る。

走って、走って、そしてヤツの顔面にキックを叩き込んだ。


「ゴアッ!?」


「ぐうぅっ!?」


右足に激痛。

だが一瞬の痛みで歩けない程ではない。

スーツ内の熱を逃がす為、背中側の装甲が展開して熱気を排出。

プシューと煙が吐き出されるが、まだワイバーンは歯を折られただけだ。


「何回だって打ってやる、蹴ってやるッ!」


もう一回押し込んでエネルギーをチャージ。

その瞬間、呼吸がしづらくなる。

何かに締め付けられて肺を大きくできないような感覚が数秒、俺の身体に到来するがそれも消えて今度は足が燃えるように熱くなる。


「フッ……グ、はぁ…!?」


「グルァァ……!」


自慢の牙をやられてかなりおかんむりのようだ。

今度は近付くのではなく炎を吐く体勢を取ってきた。

それに対して俺は建物に使われていただろうコンクリートの塊を盾にする。


「うおおぉぉ……!?」


垂直に立てるのと同時に炎がコンクリートを焼き焦がす。

何かが焼け焦げる臭いがスーツの嗅覚センサーを通して感じるが、それも微かなもので大部分がワイバーンが溜め込んでいただろう火炎袋にある油の臭い。

口臭のソレも相まってひたすら臭い。

愚痴を叩きたくなるが炎の勢いがなくなり、チャンスを見出す。


「今ッ!」


コンクリを踏み台にして俺は上空に飛び上がる。

まだ右足に収束しているエネルギーはまだ熱さを持って存在している。


「グル!?」


「ああ゛あ゛ぁぁぁぁぁっ!!」


驚くワイバーンの鼻っ面にゲイザーインパクトが叩き込まれる。

かかとまでしっかり踏みつけたそのキックは、踵に仕込まれていた爆裂杭が作動し対象ワイバーンの肉の奥深くに射出される。



この時の俺は知らなかったが、蹴り技を使うヒーロースーツにはほとんど仕込まれているらしく、シンプルに蹴り上げたりしても強いが、踏むように蹴ることでより殺傷力のある爆裂杭が起動するんだとか。


「もう、駄目だ……」


まあ、この時の俺は既に意識が曖昧で頭部が爆散したワイバーンの事なんて頭になかったが。

背中から地面にバッタンと着地した俺は、右足の激痛と疲労、マド不足によって気絶した。









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