第3話 お仕事の時間


《警報 罅隙の発生を確認 警報――》


警報音と共にスマホがうるさくなる。


「夜中に来やがって……」


愚痴を零しつつ、俺は起き上がる。

まだ夜の3時を針が少し過ぎたあたりか。


「がーぐー……」


「寝ぼけても可愛いよなぁ、お前は」


黒のパジャマを着てグッスリ寝ているクナ。

俺の腕を完全に枕にしていて、もう最近は右腕も左腕もよく痺れる。

 

「さて、行くか」


手早く着替えて扉をゆっくり開ける。

クナを起こさないよう配慮してゆっくり、ゆっくりと扉を開閉する。

そして、ダッシュ……となるわけではない。


「壁、薄いしゆっくり、ゆっくりだ……」


出動するのに一苦労である。



































現場はアパートからそれなりに離れた都心部。

そこに輸送してくれるメナス所有の輸送車があるのだが、合流地点まで歩く必要がある。

思ったよりも家に出るのに時間がかかってしまい、最後の輸送車にギリギリ滑り込んだ。


「ゲェ…」


「ゲェってなによ」


先に乗っていたのはルカ。

それに思わず「ゲェ」と出ちまったが、彼女に会う度に小言を言われるハメになると言えば少しは理解してくれるだろうか。


「……今回の現場、アンタは来ない方が良いわよ」


「なんでさ」


「…下っ端には本来、拒否権なんてないんだけどアタシから言ってあげるから―」


「だから理由を聞いてるんだ」


動き出した輸送車の中、俺は目の前に座るルカの目を見る。

同乗している他の人達の事は今は気にしない。


「……ドス級がいるのよ、今回」


「な……はぁ…!?」


【ドス級】

この名称で呼ばれる異界獣は巨体と特殊能力を持っている個体が大半だ。

例えば火を吹くワイバーンみたいなシンプルなモンスター。

これがデフォルト的なドス級になる。

そして、ドス級は現れる際の数はランダムだが大抵は十匹から百匹は出てくることはざらである。


「ドス級……」


話を聞いた周囲の人間達はざわめくが、今更降りることはできない。

スピア級でさえ、一匹放置すれば村一つ簡単に滅ぼせるのだ。

ドス級が野に放たれればその被害は大きなものになる。

それを防ぐのがゲイザー、ウォールと呼ばれる者達なのだ。


「だからってやめる理由にはならねぇよ」


「少し前にエレジャマンを倒したって聞いたけど、それで調子乗ってる?」


「ッ……なんでそれを」


「アンタの事を知ってる回収部門の人が怪しそうって私に相談してきたわよ」


「グッ…」


調子に乗ってるわけではない。

それは本当なのだが、彼女にそれが分かるはずもないし理解してもらうつもりもない。

俺の言葉は、彼女に対して余りにも無力だから。


「……どのみち戻れないんだから変わらねぇよ。輸送車に乗った時点で」


「………」


車内は沈黙する。

先程までに騒がしかったことが嘘のように。


「着いたぞ」


数分後、運転手にそう告げられ俺達は戦場に降り立つ。















ーーーー












少し前までは繁華街だったのだろう。

食事の残り物や辺りに散らかされたジュースのボトルや缶が散乱している。

だが、今は店も含めて一匹のデカいワイバーンに焼き尽くされ、破壊されていく。


「ぐわあ…!」


黒い装甲を纏った人々、ゲイザー達はワイバーンに殴り飛ばされ、炎に焼かれ次々と変身を強制解除されていく。

そんな中に、これから俺は突っ込む訳だ。


「いやいや、流石にこれは無理!」


俺の使えるゲイザーの技は、基礎技の【ゲイザーインパクト】という蹴り技のみ。

というか、マドが変身するので限界な俺ではゲイザーインパクトでさえ足に大きな負荷がかかる。

マドは生物に濃密度で存在するが、空気中にないわけではない。

そして、人は持っているマドの量+プラス限界量の2割まで許容できると魔法学では教えられる。

変身や武器の呼び出し、必殺技の発動などに元々持っているマドの量で資格を得れて、限界量の2割でどれだけ戦えるかが決まると言えば分かるだろうか。


貯蔵タンクと外付けのタンクの図にして考えればより分かりやすいだろう。

俺は貯蔵タンクで変身するくらいの量はあるのだが、必殺技を使うとその十分の二の大きさの外付けタンクでは足りないので貯蔵タンクの分を使ってしまうのだ。

貯蔵タンクのマドまで使えば、身体に肉体的な負荷をかけることになる。

ゲイザーインパクトは蹴り技なので、主に足がマドによって強化され強力な蹴りになる。

その際に自分のマドも使うので体力は大きく消費されるし、強化される足は最悪骨折もあり得る訳だ。


「そもそもゲイザーインパクトでダメージを通せるか…?」


悲しい事に、ゲイザーインパクトは強力だが必殺の一撃、と言うには少々目の前のワイバーンには心もとない。

打撃なのでしっかり狙えば大きなダメージを入れられるが、果たして急所になるだろう頭や胸にゲイザーインパクトを叩き込む隙を晒してくれるのか。


「や、やめろぉぉぉ!!」


グシャ、と許容限界ダメージオーバーで変身を解除された俺と同年代くらいの男がワイバーンに食われる。

他のゲイザー達がスーツの中で吐き出す者達がいるが、それに配慮できるほどワイバーンに理性も心もない。


「ギャオォォォォ!!」


「どいて!アイツはアタシが撃ち抜く!」


ルカ、いやピストルが散弾銃ショットガンの二丁持ちでワイバーンの気を向けさせる。


「通常出力じゃ、ちょっと威力が足りないわね…!」


ジャコンッ、と散弾銃のハンドグリップを二回、前後に動かす。


「行くわよ、【ディスパス】!」


ディスパスって言うんだ、あの散弾銃。

というか英語の言葉をそのまんま使ってるメナスの開発陣のネームセンスは一体どうなってるんだ?

まあ、ヒヨコ丸とかちゅんちゅんライフルと名付けられるより遥かにマシだろうが。

……もしかしてネームセンスないからその名前だったりするんだろうか?

それはともかく、ハンドグリップを動かした回数でタイプが変わるんだろう【ディスパス】とやらは、先程より太めの光弾を吐き出してワイバーンの翼膜に穴を開け、ワイバーンの目を潰す。

そこにゲイザー達がゲイザーソード拳銃ガンゲイザーで畳み掛けワイバーンを殺しきる。

拳で殴るやつはいない。

ドス級になると、大体は素手で殴ってもあまり効果をなさないのだ。

まあ、一部の変態は蹴りだけでドス級を殺しきるヤベェ奴もいるが……


「大人しく、スピア級を相手にするしかないよな……」


ワイバーンの影に隠れて暴れる怪人や【ハウリングドッグ】という犬型のスピア級を倒す地道な戦いをするとしよう。


「ウォンッ!」


「へやっ!」


ちょうど真正面から襲い掛かってきたハウリングドッグ……通称【野犬】の横面に蹴りを入れて倒す。

怪人よりも脆い代わりに、見た目は怪人と変わらず黒いものの犬らしい見た目や高い攻撃力を持つ。

爪や牙による攻撃は、装甲に守られても衝撃が怪人のそれよりも強力でかなり痛い。

とはいえ、コイツらの弱点はハッキリしている。


「真正面からしか攻撃できないなら、なんとかなるッ!」


コイツら、人型よりも知能が低い為か群れで来るくせに真正面からしか襲って来ないのだ。

例え後ろを向いていても、野犬共はわざわざ目の前に回り込んで殺しに来る。

馬鹿なのか、それとも何かの矜持プライドなのか。

それはコイツらにしか分からない。

ただ、そんな奴等でも通常の銃火器と魔法では殺しきれない。

殺戮に特化した身体は、人にとって十分凶器である銃や魔法は役に立たないのだ。


「いやぁ!なんで!なんで私の魔法が効かないのぉ!」


「避難は終わってたんじゃないのかよッ!」


声が聞こえる場所に走って駆けつければ、高校生の制服を着た女子が右足を野犬に噛み付かれていた。

ちなみに、一目でギャルだと分かる見た目だった。


「蹴り飛ばすぞぉぉっ!!」


「キャンッ!?」


横腹を蹴り上げて吹き飛ばす。

強烈な蹴りが野犬を気絶させるには十分だったようで、口を離して吹き飛んだ。

右足の脹脛ふくらはぎの肉がグチャグチャだ。

素人目線でも酷い有り様で、恐らく壊死しないように切断することになるかもしれない。


「意識はハッキリしてるな!?」


「あ、う……」


無惨な有り様の右足を見て呆然している白ギャルちゃんには申し訳ないが、ベルトの医療ホルダーから無針注射器を取り出し注射する。

中身は痛み止めとちょっとした治癒作用のある薬剤。

次に細い紐状の布を患部より上に巻き付けてキツく縛る。


「いつっ…」


「止血しなきゃ死ぬぞ。我慢してくれ」


彼女を早く指揮所のある本陣に運ばなければ。

いや、その前に連絡しなければ。


「こちら、PL226!民間人を発見!右足を負傷しており、救助を求む!」


俺の脳波でAIが指揮所に通信を繋げてくれる。

凄く便利なAIだなぁ、といつも思う。


「こちら、第26移動指揮所。了解しました。すぐに救助の者を行かせます!座標を送るのでそちらへ!」


「了解ッッ!」


俺は、この娘を守り切る事ができるか……?

そんな不安に駆られながらも、俺は彼女を背負って路地を走り抜けた。







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