第2話 衣服の問題


あの日の戦いから数日が経過した。

エレジャマンの死体は後程、連絡をして回収してもらったが倒した際の言い訳がとても大変であった。

俺が変身するだけで精一杯な最底辺のゲイザーということが知られているのか、現場監督の人が怪しそうに俺を見ていたのは今でも思い出せる。


「クソッ」


ガシャンと乱雑にダンベルを置いて、今度は瞑想を始める。

自分の中にあるマドを感じ取る……って言われてもそんなものがない世界からやって来た俺には、その感覚が分かるはずもないし実際に触れて体感しなければ分からないものだ。

今はなんとかマドがどんなものかは理解して、自身のマドの量を増やす修行が可能になったが……


「スゥー……ハァー……」


イメージで理解するんだ。

マドというエネルギーが血管を巡り、筋肉に染み渡るイメージを。

そしてこの体だからこそ、ソレを動かしたり増やすイメージを実際にやることができる。

酸素をできるだけ多く取り込み、そして深呼吸。

学校で習った魔法学の基礎的なマドの量を上げる方法だが、成長速度がない俺がやっても微々たるものだ。


「らーらーるー」


何やら歌っている?らしいクナは、古い型のテレビを見て暇をつぶしてもらっている。

名前以外、何もわからない彼女だが段々言葉を覚えてきている。

ほんの一日で理解している、その事実はやっぱりこの娘は才能溢れる少女であると裏付けていてちょっとショックだった。

俺にも彼女みたいに才能があればなぁ…なんて思うのは何回目だろうか。

十回目辺りから数えるのはやめてしまったな。


ぞーぬこー!」


知育番組はどうやら動物の紹介コーナーになっているようだ。

いつもの特訓はひたすら静かだったが、この賑やかさは悪くないと思う。

とはいえ、同衾するのは不味いと思うんだけどなぁ……でも彼女、遠慮なしに入ってくるんだよな。

毛布にくるまって寝ている俺に抱き着いてくるわ、無理矢理布団に引っ張って一緒に寝ようとするのだから。


「スゥー……はぁぁ……」


溜め息になってしまった。

自分の問題も合わさって悩み事が多い。

雑念混じりになった瞑想を切り上げたちょうどその時、ピンポーンと訪問者を知らせる音が鳴る。


「はい?」


もしもに備えてチェーンロックをかけながら扉を開けて応じる。

扉の隙間から見えたのは学生時代の友人だった。


「よっ、ガイ」


「ラオ?ラオじゃないか!」


キリング・ラオ、【大鬼オーガ族】の男で色とりどりの筋骨隆々の鬼達のイメージが定着している種族の一人だ。

ラオもまた筋骨隆々だが、その性格は険しい顔つきに反してゲームが大好きなオタクである。

おかげですぐに友だちになれた、中学校からの友達である。

ちなみに青鬼である。


「ん?誰かいるのか?」


「あー…とりあえず中で説明するから、上がってくれ」


「おう…」


涼しい季節とは言え、冬が近いので冷え込む時期でもある。

風邪をひく可能性も考えて俺は中に入れることにした。












ーーー












「なるほど……つまり誘拐だな」


「はっ倒すぞ」


説明を聞いて開口一番がそれかよ。

冗談はさておき、クナの事に関して俺ができることは俺のお金の事情もあって多くはない。

ぶっちゃけこの子が俺の元にいたいという意思というか行動を見せなきゃ、すぐに世界統一政府ユグドラシルに引き渡して彼女のあるべき場所に送り返すつもりだったのだが。

嫌がる彼女を突き放せるほど俺は非情になれない。


「まあ衣服に関してはアテがある。ただ、家賃とか大丈夫なのか?一応、メナスからの給料は高いって聞くが……」


「半年以上戦い続けて、それなりに貰えたよ。まあ命を張る仕事だからな。でも女性の衣服とか高いって聞くしなぁ…」


「少なくとも衣服に関しては人間族やエルフ族が着ているもので済むのはありがたいと思った方がいいぞ」


そう言ってスマホに表示されている異形種の女性の衣服の値段を見ると、俺はラオに確認を取る。


「ガチ?」


「うん。あと、俺の着てる安物の私服だってそれなりにするんだぜ」


まあ、そりゃあ身体デカいから求められる生地の量も増えるだろうしさぁ……

いや、種族によっては頑丈さも求められるから余計にかかるのか。


「母さんがよくボヤいてるよ。異形種はファションしづらいって」


「あ、あはは……」


とりあえず、クナが元々来ていた民族衣装は保管しておくとして、しばらくは俺のシャツとかで我慢してもらうしかないか……


「だーうー」


っと、テレビも見飽きたのか俺の膝の上に乗って体を擦り付けてくる。

犬みたいで可愛いが、見た目は犯罪臭しかしない。


「慕われてんなー」


「棒読みで言われても」


「げーげーぽー!」


それにしても、俺が買い物に行こうとすると付いてくるのに彼女を役所に連れて行こうとすると嫌々と抱き着いてくるのは、一体どうやって俺の意思を感じ取っているのやら。

エスパー系の能力を持つ種族なのか?

謎は深まるばかりだ。

















1週間後、ラオがまたやって来た。


「寒くなったなあ」


「お前は大鬼族だから寒さは感じにくいだろ」


「それでも寒いもんは寒いんだよ!」


(俺から見れば)少し大きめの袋を手に、やって来たラオを迎え入れる。


「まだシャツ一丁?もう流石に寒くて震えると思うんだが」


「風の子ってやつじゃね?」


「出た、昔ながらの意味わからないヤツ」


軽口を叩きながら袋から衣服を取り出す。

……おいおい、ラオさん?


「ラオ、これはなんだ」


「メイド服と水着です……」


「誰に着せるつもりなんだ?」


「クナちゃんにです」


「………本当は誰に着せるつもりで?」


「……ボクの彼女にです」


「このやろっ!」


「わー!やめっ、やめてぇぇ!脇はッ、脇だけは!ぎゃひぃ!?」


ラオの弱点である脇腹をくすぐり、八つ当たりを開始する。

いつの間にか彼女なんか作りやがって。


「ちなみにお相手は?」


「幼馴染の人間の女の子ッス」


「末永く爆発しろ」


そっかぁ、イリカとかぁ。

クラスのマドンナだったイリカさんとかぁ……

まあそんな感じはあったけど、ようやくゴールインしたのか。

それとは別に末永く爆発してください、お願いします。


「くすぐりー」


「くっクナちゃん喋ったぁ!?」


「まだ片言だけどなー!クナ!やっておしまい!」


「レッツゴォ!」


「ぎゃー!?そこはアカン!アカンて!?あひひひ!」


とりあえず、クナが着るのに良さげな服だけ貰って今後の彼女の服とすることにした。







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