第1話 奇妙な女の子


これは人として当たり前の事をしているんだ。

全身黒タイツみたいな怪人を殴り殺すくらい当たり前な事だ。


「あう…」


「動かないで動かないで…」


あの後、銭湯の店主に事情を説明してとりあえず誤解されることなく女の子を連れ帰る事はできたのだが、民族衣装がかなりきどわいのでとりあえず俺の服を着せようとした訳なんだが……

着替えるという習慣がないのか分からないが、着替えさせるのに悪戦苦闘した。

中学生くらいの見た目とはいえ、見た目と年齢は別であったりするこの異世界では見た目は宛にならない。

とはいえ、裸になっても恥じらいなく好奇心を全開で色んな物を持ったり触ったする時点でもしかしたら精神的な病気か何かを患っているのではと思い始めた。


「ふー……なんとか終わった…」


センシティブな所を触らないように着替えさせる、なんてことは初めてだしこれからもそんな事があってたまるかと思う。


「うーあーぱー」


「はいはい、ご飯ね」


冷蔵庫から肉の入ったトレーを取り出して俺に持ってくる姿は、正直言って可愛い。

可愛いが見た目通りならもう少し理性的な行動を取るはずなので、色々不安だ。


「一体、君はどこにいてどんな人なんだろうなぁ……」


「いー?」


男の料理なんてお粗末なものだ。

肉を焼いて塩コショウかけるだけ。

そしてこの世界にもあるお米を炊いたご飯のセットだ。


「いただきます」


「いーたーだー?」


夕飯を食うまでに分かったことを整理しよう。

まず、彼女はどこからかやって来て銭湯に来た。

恐らく、転移魔法か何かで手違いでもあったんだろう。

異世界らしくこの世界には魔法があり、多くの魔法がある。

といっても、結論から言えばイメージできるかできないか、マドがどれだけあるかの問題で、やろうと思えばここら一帯を消滅させる事もできるだろう。

まあ、それができるのは化け物か天才の類だが。


で、件の彼女であるが……

やはり魔法じゃなければ、どうやって銭湯の湯船の上に転移できるというのだろうか?

しかし、一体何の目的でこんなところに転移したのやら。

次に知能レベルが赤ちゃんであり、見た目に反してかなり幼い。

これはもう何か厄ネタでもあるのかってくらい不穏な要素だ。

だが俺の言葉を学ぼうとしている。

なんとなくだが、俺よりかなり頭が良いと思う。


「今のところ、それだけか…」


「まー!うー!」


美味しそうにご飯と肉を食べる少女。

お口にあって良かったが、明日には彼女が一体どこから来たのか魔法局に聞かなければならないな。

マドは魔法を使うにあたって、どれだけの量を持つかによって使える魔法の範囲が増えたり減ったりする。

先天的に多いものもいれば、努力でマドを増やした魔法使いは多くいる。

大体は後者だが、個人によってその伸び幅や成長速度は違う。

俺は努力型で、尚且つ成長速度が遅いタイプという完全に不利なタイプだから……自分で言っておいて悲しくなってきた。


「なあ、自分の名前は覚えてないか?年齢でも種族でも構わないからさ」


ご満悦らしい少女にそう問い掛ける。

ダメ元だけど、もしかしたら覚えているかもしれない。

そんな思惑はほぼ賭けだったが、その賭けに勝ったようだ。


「クナ……」


「クナ…?」


「クナー!」


名前は【クナ】か。

それだけ分かっただけでも良い事だと思おう。

そう思った矢先だった。


「ピッ……しゃー!」


突然、俺を押し倒すクナ。

小柄な身体が出しているとは思えない力に驚くが、それを上回る衝撃の事実が俺の目に飛び込んだ。


「なっ……!?」


「ブルルルン……」


今日、ルカが倒した筈のエレジャマン。

いやしかし、手足に枷のような物がついている。

手に持つジャマダルを振り下ろしていたようで、冷や汗が出るがすぐに距離を離す。

無論、クナも一緒にだ。

一体、どこから現れた…?罅隙警報もなかったのに……


「バオォォンッ!!」


「考えている暇はねぇッ!ゲイザー、変身ッ」


《コマンド確認 CHANGE GAZER》


ビギナルベルトを腰に付けて音声コマンドで変身する。

ゲイザーの変身が音声コマンドである理由は、手動操作は試作アイテムが主で、量産品にはそんなものはむしろ戦闘へ移行する時のタイムロスになるらしい。マニュアルにそう書いてあった。

試作品は変身に至るまでのセーフティ機能として手動操作があるんだとか、ウンタラカンタラとあったが。

軽快な音楽と《GO!ゲイザー!》という台詞と共に白い光が俺を包み、黒い装甲と青い双眸を纏ったヒーローになる。


「クナ!さっきいた銭湯に逃げるんだ!」


「せーとー?」


「駄目か!」


とりあえず、家を壊されたくないので外に飛び出る。

それを見たエレジャマンが追いかけて来る。


「ブラオォォン……」


鼻息が荒いエレジャマンは、次の瞬間ジャマダルを急接近して振り下ろしていた。


「ぐぅっ!?」


装甲が攻撃を無効化する為に火花が散るが、衝撃を殺す機能はない。

鈍痛に俺は顔を歪めるが、反撃にとパンチをかます。


「なっ…!?」


「ブルン…」


胸で受け止めた…?

パンチでも人を殺すことが容易い量産型のパンチを?


「……ッ!!」


「うがぁっ!?」


シュババッ、そんな音と共に俺の身体を切り刻む。

それを俺は認識できていない。


「このっ」


圧倒的な実力差。

格ゲーみたいに足を引っ掛けてみるが避けられた。

そして逆に蹴飛ばされる始末。


「こういう時に、覚醒イベントでも起きねぇかなぁ……!」


愚痴のように零す願望。

だけど、そんなものが俺に来るはずもない。

凡人の俺に来るのなら、今日のショッピングモールで死んだ奴等にだって来ているんだから。


「ガンゲイザー!」


《エラー》


「ゲイザーソード!」


《エラー》


せめてゲイザーの初期武装だけでも使えれば……マドの少ない俺自身が憎たらしい。


「バルォン」


「は、ははっ……」


まるで見せしめに殺す、とでも言うかのように鼻を伸ばして俺の首を絞め上げる。

それに、俺は笑って現実を受け入れるしかない。

死ぬ、頭にその言葉が思い浮かぶと一つの記憶が脳裏に再生される。


「階級ウォール、この名を返上したければ貴方達の価値を示しなさい。この階級は誇りであり、君達への蔑称です」


説明会でいかにもエリートですといった顔の男が語っていた言葉。

当時は内心、腹が立っていたが今は違う。


「所詮、俺は緩衝材にしかならないってか…」


気道が塞がれて次第に呼吸がしづらくなる。

スーツの衝撃緩和機能や絞首に対する装甲硬化が対抗するが、それさえも超える圧力で俺の首を絞める。

その間に次に浮かんだのはルカの言葉。


「ゲイザーに変身するだけでギリギリなのに、それ以上の高望みなんて無謀なんだから」


無謀、それは分かってる。

分かってるけど俺は諦めが悪いんだ、なんてカッコつけてたが結局現実を見てなかっただけだった。


「クソッタレェェェェッ!」


思い出したくもない記憶ばかりが蘇る。

この与えられた二度目の人生は無駄だったと言うのか?

俺の存在を完全否定するためだけの…?

そんな、諦めの境地にいた俺だったが突如として俺とエレジャマンが浮かび上がる。


「ブオッ…!?」


「なに?」


ふと、クナがいる場所を見る。

金眼が爛々と輝き、そして次の瞬間――


「ブモォォッ!!」


エレジャマンの鼻が切断され、派手に血が吹き出る。

周囲には誰もいない、ということはそれをやってのけたのはクナしかいないということだ。


「凄腕の魔法使いだったのか?」


いや、今はそれは後で考えよう。


「次は…どうする…?」


「がーがー」


相手が痛みで悶絶している間に、何か倒す方法がないかと考える。


「ん?」


ふと、下を見るとエレジャマンが落としたのかジャマダルがあった。


「これで…どうにかする!」


拾ったジャマダルで俺は立ち上がったジャマダルに立ち向かう。

普通の剣のように持つのではなく、バスの吊り革を掴むような形のジャマダルの扱いは不安でしかないが使える武器を呼び出すこともできない俺にはこれしかない。


「うおぉぉぉっ!」


「ブルォォォ!」


自分の武器をパクられたことに琴線が触れたのか、激怒するエレジャマン。

そのせいか、さっきまでの余裕そうな動きではなく力任せに振り回してくる。

さっきまでの剣速がどこへやらだ。


「……は、はははっ…!」


なんなんだよ、こんなことで怒るのかよ。

なんでスピア級より少し強いだけのソード級なんだ?


「ふざけるな、こんなのが敵だとかふざけるなッ」


ドスッ、とジャマダルをエレジャマンにぶっ刺す。

素人でも分かりやすい単調な動きで、俺はソード級より上の【ハンマー級】はこれよりも上の存在であることに絶望を感じる。


「ブッ…!?」


「パオンパオンうるせぇんだよ…!」


胸にもう一刺し。

すると心臓に入ったのか、身震いした後に項垂れるように俺にもたれかかる。


「終わった……」


ソード級を初めて倒した。

そんな喜びに震える暇もなく、クナが俺に抱き着く。


「あー!」


「うおわ!?」


まあ、とりあえずこの子を守れて良かった。




でも俺はこのままメナスにいて良いのか。

無意識に考えないようにしていた自分の蛮勇に、俺の思考の片隅に影を落とす事になった。








ーーーー








「ふむ、象がやられたか」


ガイ達のいる場所から数km離れた高層ビルの屋上。

そこから望遠鏡で観察していた小柄な老婆は、エレジャマンが倒されたことに特になんの感想も抱くことなく、ただ漂流者クナに抱き着かれている男に目を向けていた。


「あの娘が彼を選ぶのなら、鍛えてやらねばならぬの」






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