第12話

 アキトの帰還と負傷の報に翔達が街の宿に向かう。宿の一室に神楽が先に到着して甲斐甲斐しく看病をしていた。当のアキトはそこまで重傷ではなさそうだった。


「神楽、ほら全員来たぞ」


「あ、ええ、ごめんなさい」


 あわただしく動いていた神楽が笑顔で翔達を出迎える。


「アキトさん何があったんですか?」


 苦笑いしながら各国の様子と神螺と遭遇した話をする。


「参ったね、襲われちゃって、イテテ」


 殴られた脇腹を押さえながらへらへらとした態度のアキトに心配して損したと猪尾達が呟いていた。アキトはニヤニヤとしながら凄い情報があるんだと得意気に語る。


「神螺の不死の秘密とかどうだ?」


 身内の不死の秘密と聞いて神鳴も神楽も興味津々になる。


「周囲の魔力を吸って傷を治すらしい、致命傷を与えても瞬時に回復するし傷口も凍らせたが無意味だったぞ」


 少し考えて神鳴が結論を出す。


「周囲の魔素って…無敵じゃない!」


 翔が神鳴にどういうことか確認する。神楽が噛み砕いて説明する。


「魔法を使うために空気中に存在する物質よ、まぁ貴方の世界にはなかった物だし無理に理解しようとしなくていいわ」


「この世界にはそれがたくさんあるから実質無敵ってことか…」


 全員が無敵という言葉に絶望する。黒姫が神楽に問いかける。


「な、何か方法はないのですか?」


「正直無い…」


 神楽が半分諦めようとしたところで翔が思い付いたように神鳴に言う。


「魔法が無ければ復活できないなら魔法が無いところへ行けばいいんじゃないか!」


 全員が首を傾げる。


「地球に落とせばいいんだよ」


 河内達が成る程と納得するが神楽も神鳴も首を横に振る。神楽が説明する。


「地球では同じ魔法が使えないということは精霊も使えないの」


「刀や他の武器のみで勝てるかどうかってことか…」


 アキトの負傷した姿を見てそれも難しいと感じる。


「でも警察とか自衛隊がやってくれるんじゃねーの?」


 猪尾が銃があればと提案するがアキトがその意見を笑う。


「頭ぶち抜くにしても自衛隊とかが到着するまでに魔族が世界を感知してやってくる、そうしたら世界に穴作って魔法の力も大きく流れ込むだろうな」


 短期決戦が重要という話も付け加えられて翔が頭を抱える。アキトは絶望的な事を笑いながら言う。


「はは、相手のタネが分かっただけでもいいじゃないか次に生かせ」


 アキトは神鳴に後頭部を殴られる。


「この世界に来たってことは相手は本気で姉さん狙ってるのよ!次なんて無いわよ」


 いてぇと呻きながらアキトが神鳴を睨む。


「ならお前が一番覚悟決めるんだな、まだ手はあるんだろ?」


 可能性を示唆する発言に翔達が希望を見出だすも神鳴が俯く。


「なんで可能性あるってわかるの?」


「うーん、お前ら神様は隠し事が多い、俺なりの考えに基づく結論だ」


 その結論とは?と翔達が聞こうとするもアキトがはぐらかす。


「ヒントならやれる、地球とこの世界の違いそしてその管理者の神様…おかしいことだらけなんだよな」


 神鳴が気まずそうにする。どことなく神楽も辛そうにしアキトはその様子を見てため息をつく。


「なんだ、神楽も知ってんのか…ならいいか、地球を作った神は神鳴じゃあない、こいつはまだ自分の世界を持っていない」


 神鳴が図星を突かれたじろぎ神楽が肯定する。


「そうね、アキトの言うとおりよ、あの星は我々の亡き父…的なのが残した世界、いつ気付いたの?」


「神が世界を築き管理するならこの世界に比べて向こうは複雑過ぎなんだよ、それを神鳴が造り上げたとは到底思えなくてな」


「それ私の要領が悪いって言いたいの!?」


 置いてけぼりだった翔達は唐突な真実の暴露に驚いていると神の父親ということに疑問を感じた河内が尋ねる。


「神様の父親…死んでいるだって?」


 神鳴が渋々語る。


「死んだと言うより世界を私に託して文字通り居なくなったのよ、死んだかも分からないわ、兄弟達は私に受け継がれたことが余程気に入らなかったみたいね」


 喧嘩の根底がそんなとこに在ったとは、と何度目かの驚きが翔達を襲う。


「父の世界は私達が思い浮かべるどんなものよりも複雑で数奇な世界だったのよ、永い年月をかけて作った世界だから当然と言えば当然なんでしょうけど」


 神楽が少し悔しそうに指の爪を噛む。驚き迷う面々を他人事のようにアキトが嘲笑う。


「まぁ奥の手を使えば元の世界を歪める可能性もある、お前達もその覚悟なきゃ無理だろうがな」


「俺らには…選べない、神鳴その時まで決めてくれ」


 翔の言葉に河内達は黙って頷き神鳴を見つめる。神鳴が何かを言いたげだったがシュメイラが部屋に飛び込んできて空気が変わる。


「ア、アキトくん!大丈夫!?」


 アキトの顔が瞬時にひきつりシュメイラが薬を取り出す。


「ひひ、回復薬作ったから飲んで!」


「ああ、後で飲むから…それより魔法を使えなくする薬品とかないのか?」


 突飛な言葉にシュメイラが首を傾げながら考える。


「ふひ?魔法を使えなくする…?」


「そうそう魔力を取り込めなくする感じでさ?」


 全員がシュメイラの知識に期待するが首を横に振る。


「それは無理だよ抑制は多分出きるけど完全な遮断は…」


「抑制は可能なのね…なら可能性はあるんじゃないかしら」


 神楽の言葉にシュメイラは更に首を傾げる。


「シュメイラ先生、それ浴びせても効果出るやつで作れないか?」


「使い道はわからないけど…作ってみるよ、効果時間はあんまり期待しないでくれよ?にひひ」


 アキトの頼みを聞いて嬉しそうに部屋を飛び出す。忙しい人だと翔は呟く。


「抑制しても…ダメージにはならないんじゃ?」


 黒姫がアキトに意図を尋ねる。


「そうだな、だが奴は無敵に慢心している、一瞬でもダメージを自覚すればその時に隙が出来る、神鳴それがその時だ…分かるな?」


 決断の瞬間を作り出すために必要だと言うアキトに神鳴は黙って頷く。

 既に神螺は世界に入ってきている。決戦の時は近かった。


 ―――


 翌日、魔法都市まで数十キロ夜明け前の無人の野原にて神楽の位置を確認していた神螺が現れる。


「俺一人でも全滅させられるが…まぁ余興も大事だな」


 指を鳴らし魔族の一軍が一度に空間に穴を開けてやってくる。その中の一人が神螺に近付きひざまづく。


「強襲しても良いが…ふふふ、戦争を楽しもうではないか、神楽に宣戦布告の手紙を用意してやろう」


 ひざまづく魔族の前に蝋で封をした手紙を落とす。


「すぐに持っていけ!」


 魔族はすぐに手紙を拾い神螺に一礼して一団率いて移動を始める。


「では陣の設営を始めよ!」


 整列した魔族が掛け声を上げ移動を始める。


 宣戦布告を受けた神楽は学校の塔の上階の休憩室から神螺の一軍を遠眼鏡で確認して頭を抱える。まだ全員への報告はしていないが手紙には明朝に開戦すると記載されていた。


「どーしよー、準備なんも出来てない、何からすればいい」


 右往左往している神楽を見て包帯に巻かれたアキトが笑う。


「もう来たか、近場の黒の国潰してからと思ったが直接頭取りに来たぜ?」


「アキト…どうしよう」


 シュメイラの薬飲んで負傷はほとんど治ってはいるが本調子ではないアキトが神楽から遠眼鏡をひったくり覗き見る。


「おお、いるいる…魔族もいるってことはマジで戦争をご所望みたいだな」


 神楽がまた右往左往し始める。そこに神鳴が現れる。


「アキトは出入り禁止でしょ?全く…」


「酷い言われようだな、神様権限ってやつ?まぁ黙って入ってるんだけど」


 神鳴に遠眼鏡を手渡し椅子に腰掛ける。神鳴がドン引きして声を上げる。


「うわぁ…ボスに辿り着けなくない?」


 アキトが頷きながら棒読みで困ったと言う。


「各国への援軍の要請と非戦闘員の避難と…」


 神楽がぶつぶつとやることを考えながら呟いていると翔が到着する。


「何があったんですか?」


 事情を知らない翔が窓際でお通夜状態の神楽に近付きながら確認してると神鳴に無言で遠眼鏡を渡され窓の先を見るようにジェスチャーされる。不思議そうに思いながら窓の外の魔族の軍を見て固まる。


「うわ!なんだよあれ」


「宣戦布告、明日にはあれが攻めてくるんだってよ」


 やれやれと言いたげな手の動きでアキトが答える。


「さてと、仕事に行きますかねー、決戦までには戻る」


 アキトが立ち上がり皆の返事を待たずに去っていく。


「勝手なんだから…」


 神鳴が腕を組み頬を膨らませる。

 翔はアキトの背中を見送って尋ねる。


「神楽さん、仕事って?」


 神楽は分からないと首を横に振りまた右往左往を始める。


「姉さんああなったら使えないから、取り敢えず今日の内にやれることやる、姉さん!少しでも戦える人集めないと」


 神楽の足を小突き正気に戻す。


「そ、そうね!すぐに動かないと!」


 バタバタと忙しそうに部屋を去ろうとする神楽のポケットから神螺からの手紙が落ち神鳴がそれを拾う。


「…あ、姉さん!?忘れ物!」


 神鳴も手紙を渡しに行ってしまう。

 翔は再び神螺の居ると思われる一軍を覗きため息をつく。


「魔族って思ってたよりちゃんと軍備整ってるな…」


 覗き見する翔の手から遠眼鏡を取り河内が声をかけてくる。


「呼んでおいて翔だけとは…」


 河内が翔の見ていた先を見る。そして固まり顔を青ざめ勝てるわけがないと諦めの言葉を放つ。そこに猪尾と西園寺も合流し良くない雰囲気を感じ取ったのか恐る恐る近付いてくる。

 河内は無言で猪尾に遠眼鏡を渡し見るように言う。覗き絶句している猪尾の手からそれを奪い西園寺も見る。


「何よあれ…思っていた展開と違くない?敵のお城に攻め入って倒すとかじゃないの?」


 眼前の光景を信じたくない一心で三人に問うが猪尾が震えながら答える。


「マジだよ…見間違いじゃねぇ」


 西園寺は神楽のように右往左往し始め、へたり込む猪尾、椅子に座り頭を抱える河内。大規模の戦争という想定外な事に絶望仕切った所に黒姫がやってきて普通に窓の外を見る。


「そう…それでも私は戦う、まだ終われない」


 諦めない黒姫の様子に全員が驚き目を丸くする。


「私帰ったらやらないといけない事あるから…」


 元の世界や生活を思い出しながら河内と猪尾が立ち上がる。


「一番頼りなさそうな夜間に鼓舞されるとは」


「地球に帰りてぇ、ここで犬死には勘弁だぜ」


 西園寺も頬を叩き黒姫を見て黙って頷く。


「翔君は?」


 黒姫に名前で呼ばれて驚きでビクッとするが笑いながら勿論と頷き自分の考えを仲間に伝える。


「俺は一人でも最期まで戦うつもりだった、皆の為に…でもさ、やっぱり一人じゃ無理だからさ手伝ってくれるよな?」


 全員が力強く長く。休憩室の外で神鳴がニヤニヤとその様子を見ていた。


 会議室内ではどう対応するかで大混乱に包まれ徹底抗戦、降伏すべき、生徒達の脱出を優先すべきか等と議論を繰り広げていたが向こうが全て滅ぼす意向だと神楽が手紙を公開することで徹底抗戦をせざるおえなくなる。


「魔族に対しての知識はシュメイラ先生がまとめて下さっているのでよろしくお願いいたします」


 神楽はシュメイラを名指しして魔族に対する際の注意点などを事細かく説明する。


「特に注意されたい所は魔物化させる黒いガス、生物、非生物関わらず一定のサイズであればモンスターにさせられてしまいます…しかし魔力を要するのか使用者の能力によって回数が限られます」


 資料を広げて大まかな説明をしていく。


「最下級の兵ならば発動すらできないですが一団を率いる将であれば数回使えます、また一度に複数を範囲に入れられます、すぐには近付いてはなりません」


 いつもの引き笑いも無く真面目に説明する姿に一部教師が驚く中でシュメイラが神螺について触れる。


「また、今回の敵の大将は傷を瞬時に回復する文字通り怪物です、既に交戦したアキト元助教授の話です、非常に危険な為に接敵時は牽制のみを行い決戦に挑まないようお願いいたします」


 追放処分されたアキトの名前が出てざわめく。


「命からがら情報持ってきたアキトくんには感謝してください、ひひ」


 いつもの調子に戻り神楽に話しのバトンを渡す。


「実地での戦闘経験は積めませんでしたが今回の注意点をまとめれば魔族の侵攻は押さえられるはずです、開戦は明日の朝…生徒達への報告、志願者募集よろしくお願いします」


 神楽は頭を深々と下げると背に腹は代えられないと仕方なく全員の了承を得る。


 ―――


 会議が終わり先生が全員出ていった中で椅子に座ったままシュメイラは寝不足なのか大きな欠伸をする。


「大丈夫?もしかしてアキトの無茶振りに答えるために?」


 神楽が心配そうに聞くといつもの引き笑いをして肯定する。


「ひひひ、やっと仇を討てるんだ、頑張って最新式の大規模転送陣…未テストだけど…を使う時が来たよ」


「最新式…未テスト…ヤバくない?」


「ひひ、失敗は無いと思うけどね、六枚は大変だったよ…ふぁー、寝ていい?」


 シュメイラは机に突っ伏してそのまま寝てしまった。


「六枚って…六枚?まさかアキト…」


 その神楽の予感が的中したように夕刻、白の国の一団が魔法都市を訪れる。それを翔達が出迎える。


「門番の知らせに耳を疑ったけど本当に来たのね、国の方は大丈夫なの?」


 神楽がミナを心配していたが本人は以前より快活な雰囲気だった。


「大丈夫です!内のことは年寄りが頑張るって」


 口調も明るく少し乱雑になっている気がすると翔が感じていると河内がポツリと呟く。


「姫様辞めて色々吹っ切れたみたいだな」


「姫は辞めましたが統治者の一人なのは変わらないぞー」


 フレンドリーに話すその勢いに苦笑いするしかなかった。

 ケヴィンが前に出て神楽に挨拶をする。


「一団は若い農夫や志願者ばかりで訓練は受けておりませんが魔族についての驚異はよく理解させております、なんなりとご命令ください」


 統一性の無い装備の一団が隊列を成して敬礼する。その一致団結ぶりに猪尾が感心する。


「数日とはいえケヴィンの教育の賜物です」


 ドヤッと得意気に鼻を鳴らす。明るくニコニコするミナをみて皆つられて笑う。


「来る前まで震えていたのに皆と会って元気付いたみたいなんですよ」


 ケヴィンもミナが元気になって喜んでいた。

 夜、学生達や志願者も含めてもそれでも数百と心許ない軍団であるが士気を上げるために細やかであるが宴会のような催し物が開催される。

 騒がしく酒盛りをする大人達、戦いに震えを鼓舞し合う生徒達、翔はそれらとは混じらず食事を終わらせたら塔の上階で外を眺めていた。


(明日…全てが終わる)


 震える手で窓に触れる。遠くで篝火に照らされる魔族の陣を握り潰すかのように拳を作る。


「翔君?ここに居たんだ」


 一人姿の見えない翔を探していた黒姫がゆっくりと近付いてくる。


「なんか空気が合わなくて…」


 黒姫は笑みを浮かべて私もと同意する。


「帰れたら何したい?」


 じっと長い前髪に隠れた瞳に見つめられて翔は言葉に詰まる。


「決めてない、まずはゆっくり休みたいな」


「私はね、姉さんに会いに行かないと」


「へぇ、親じゃないんだ?」


 黒姫は軽く頷いて窓の外を見る。


「皆の為にも翔君の為にも捨て身にならないでね?」


「そっちこそ死亡フラグ立てまくってるぞ」


 翔が遂に言ってやったと苦笑いしながら思った。黒姫は一瞬ポカンとしていたが意味に気付いて笑う。

 そんな二人の所に神鳴とミナがやってくる。


「お邪魔だったかしら」


「カケルさん、クロさん姿が見えなくて心配されてましたよ」


 静かな方がいいんだがと呟きながら翔は仕方なく移動することにする。


「どうせ冷やかし混じりだったろ?」


 神鳴が笑いながら肯定する。


「やれやれ後で殴っておかねぇと…」


 暴力は駄目とミナが慌てて止める。翔は冗談だと笑っているがちょっと怒り気味なのは事実だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る