第10話

 夜、魔法都市にて暗躍しているであろう魔族について神鳴が色々と嗅ぎ回っていたところ河内と出会でくわす。


「神鳴じゃないか、一人で動き回るのは危ないぞ」


「お互い様でしょ?」


 二人はアルトス先生の教室前に来ていた。


「ターゲットは同じみたいね」


 二人はニヤリと笑うと中の様子を窺う。


「流石に夜は誰もいないわね」


 ゆっくりと教室に侵入して神鳴が教壇などを調べる。


「流石にそういう所には証拠は無いだろ、準備室みたいな資料置き場の方が怪しいと思うぞ」


 神鳴は納得したように素早い動きで教室の奥の扉に近寄りドアノブに触れて首を傾げる。どうやら鍵がかかっているようだ。


「鍵か…まぁ当たり前か」


「便利な道具か鍵開け魔法とか覚えてないの?」


 河内は「無い無い」と苦笑いして否定すると神鳴は残念そうにため息を吐く。


「ほぼ黒なら突入してやろうかしら」


「騒ぎになるからダメに決まってるだろ…」


 仕方なく二人は教室を出る。

 河内は神鳴と別れて部屋に戻ろうと廊下を歩いていると西園寺がキョロキョロと警戒しながら誰かを尾行していた。


「目立ってるぞ…」


 河内が西園寺に声をかけると飛び上がる。


「眼鏡ぇ…驚かせるなよー」


 西園寺は静かにと指を口元に持っていき次に廊下の先にアルトスを西園寺が指差した。


「今日は外に定期連絡っぽいわ」


「なるほど、お前も監視してたのか」


 河内が感心したように呟くと西園寺が得意気に鼻を鳴らす。


「でも女の勘が言うのよ、今日は何かが違うって…」


 河内が半信半疑になりながらも西園寺と共に後を追うことにする。


 前回来た酒場を前に横路よこみちに逸れてアルトスが振り返り河内達を呼びつける。


「今日は機嫌が悪いんだ、帰れ。帰らないなら…」


 最近の噂などで荒れながら何かで一線を越えたらしい。


「帰らなかったら何ですか?」


 西園寺が腰に手を当てて挑発するように聞き返す。


「憂さ晴らしさせてもらおうか」


 本気で殺意を向けられて河内が慌てて前に出る。槍を持つ河内をアルトスが鼻で笑い指で弾くように火球を飛ばしてくる。

 ちゃんと対策を考えてなく魔法の攻撃にどう対処すればいいのか河内が困りながら槍で戦おうとすると横から西園寺の精霊のナゴエルが飛び出しバリアを張り火球を防ぐ。


「魔術師相手に対処手段もなく立ち向かうのはマヌケだぞ」


 ナゴエルは顔をクシクシと前足で掻き欠伸をした後にアルトスを睨む。軽く魔法を防いだ精霊にイライラをぶつけるように何発も火球を放つ。


「無駄ぞ、その程度で撃ち破れる吾輩の守護ではないわ」


 全てバリアで防ぎきってナゴエルが威嚇するような姿勢からぴょんと飛び上がり羽ばたき口から光線を放つ。一人と一匹の戦いを呆然と見つめている河内達、何か手助けをと思うが路地が狭く裏回りも出来ず様子を見るしかなかった。


「っな、こんな雑魚に!」


「火遊びは終わりか?煙たいものだな」


 ナゴエルが見透かすように挑発するとアルトスが大笑いして正体を表し青肌の魔族に変化する。


「煙か、お望みとあらば食らうがいい」


 出番だなと河内が部屋の時とは大分大きさの異なる竜のウィルを呼び出し吐かれた煙を羽ばたきの風で返す。


「馬鹿が、己の毒で死ぬ訳なかろうが!」


 煙は路地の樽を包みそれから手足を生やしてナゴエルに向かってくる。


「私のにゃんこに触るな!」


 ナゴエルを一旦戻しながらメイスでフルスイングして怪物と化した樽を文字通り粉砕する。


「素人風情が!しかし厄介な連中だな」


 指笛でアルトスが何かの合図を送る。


「ふはは!尾行に気付いて何も用意していない訳無いだろ、これで終わり…」


 援軍がいると豪語するが姿を現さない援軍に二度目の指笛をする。突然ドサッと目の前に二人の魔族が落ちてくる。


「呼んだかいアルトスせんせー、顔色悪いぜ?」


 建物の屋上から猪尾が顔を出す。アルトスを含め河内が驚いた顔をしていると西園寺が腕組みしてドヤ顔をする。


「言ったでしょ、女の勘よ!私だって手回ししてあるわよ!」


 怒り狂った酷い形相でアルトスは仲間の死体に黒い煙を吹き付けゾンビにする。


「死体ならゾンビにできるのか…おっかねぇ」


 猪尾が河内の横に飛び降りて逃げることを提案する。


「路地じゃあ不利だぜ、広場に出ようぜ」


 ユピテルの雷で牽制しながら店先まで撤退しゾンビを迎え撃つ。しかしなかなかに精霊では致命的なダメージを与えられず三人は武器を握りしめる。アルトスが路地から出て来て火球ではなく周囲に手をかざして炎をばらまく。


「げぇあいつ、作ったゾンビごと全部焼くつもりか!?」


 西園寺がナゴエルを再び呼び出しバリアで炎を防ぐ。焼かれ崩れていくゾンビにアルトスが舌打ちする。

 西園寺が険しい顔で自身の精霊のコントロールが限界に近いと訴え三人に冷や汗が流れる。瞬間、闇夜の合間から黒姫のデスが現れてアルトスを背中から鎌でバッサリと一撃を入れて仕留める。


「はぁー、遅いぜ…」


 ため息混じりに猪尾が地面に座り込む。黒姫が路地からアルトスの死体を避けるように出てくる。


「助かったわ黒姫、浜松は?」


 西園寺が首を傾げ尋ねる、黒姫は首を横に振る。


「ミナちゃんの護衛してます」


「あー、そっちか」


 納得する返答に腕をポンと打つ。夜も更けているのに騒ぎを聞き付けて人が戦い終わった今、何事かとぞろぞろとやってくる。


「うわ、ヤバい早く逃げよう」


 逃げ戻った面々を神楽が笑顔だが怒りに満ちた雰囲気で出迎える。


「とんでもない事してくれたわね…」


 怒鳴りはしなかったが神楽は全員部屋で待機するように言い聞かせる。

 部屋で待機しているとシュンと落ち込んだ神鳴と共に神楽が入ってくる。


「あなた達精霊の力使えるからと少しやり過ぎよ、例え敵でも身近な人を簡単に手を掛けるようになって私は悲しいわ」


 ミナがいったい何の話なのかと聞くと神楽がこれまでの説明をする。


「私の父と城を変えてしまった奴らの仲間がここに居たのですね、私も一緒に戦いたかった」


 好戦的な話に神楽が頭を抱える。全員父と城と言う言葉に反応する。


「あ…えっと」


 ミナが事実を知る神楽をチラッと見て神楽が仕方なく頷きミナは自分の素性を明らかにさせる。全員お姫様だということに驚く。


「皆様に隠していてすみません、ただあのまま城に居れば私もケヴィンも…」


 猪尾が納得したように呟く。


「ケヴィン先生の姫ってミナさんだったのか…よかったよかった」


 色々と納得して話が終わるムードになったところで神楽がようやく怒鳴る。


「よくないわよ!あなた達はしばらく学校で武器の持ち歩き禁止、戦闘も禁止!問題は私が対処することにします」


 全員が姿勢を正して「はい」と答えるしかなかった。


「没収しないだけ温情と思いなさい、あと許可無く遊び歩くのもダメだからね!」


 ―――


 白の国、戦いが終わり一晩寝た後、無人の城についてアキトは城下町のケヴィン達と出会った酒場で頭を抱えていた。


「やっべぇ、思ったよりも被害でかかった…」


 酒は飲まずに食事を取りながら唸るアキトに店主が何があったのか聞いてくる。


「旦那ぁ、何があったんです?」


 真実を言えば絶対街は大混乱になる、そう確信し何を伝えるべきか迷っていると店主が深く聞いてくる。


「もしかして城に入ったんすか?無礼働いて追い出されたとか?」


「だったら良かったんだよなぁ…」


 深いため息をするアキトは店主にだけ聞こえるように伝える。


「誰も残ってないんだよ、王様も兵も誰もかも」


「はい?」


 理解できないという表情で聞き返す店主、一瞬の間の後顔を青ざめてアキトの言ったことをそのまま返す。


「誰も残ってない?人っ子一人?何があったんです?」


「皆消されてた、残ってるのは犯人達の死体だけ、放置してきちまった…」


 めんどくさかったと伝えまた頭を抱える。


「姫様達逃がした後すぐに侵入して敵を全滅させてきたんですか!?マジで!?」


 わざわざ説明するかのように声をあげる。


「そうだよ、警備も何もなかったから殲滅してきたよ、生存者無し、姫様連れ戻さないとだ…思ってたより酷かった」


 店主の叫びを聞いた朝から飲んだくれている客が話に乗って来る。


「敵?って何したんだい?この男は」


「あー、何でもないです」


 店主が止めようとするがアキトが自棄になって全部言ってしまう。店の中は大騒ぎになりすぐに店の外の人が聞き付け話がどんどん広まっていく。


「もう止まんねぇ、終わりだ、終わってたんだ」


「旦那、しっかりしてくだせぇ」


 旅人風情でコントロール出来るわけもなく民衆が無人の城の門前に集まり騒いでいた。開くはずの無い門を叩いたり叫んで居ない兵士を呼んだりしている。その悲しい光景を見て無計画に行動したアキトは自分の行いを悔いていた。


「姫は亡命、城は無人…レジスタンスとか革命起こそうとする人も作られない内に頭取るのはやり過ぎた、これはもう民主主義国家目指そうぜ」


「旦那…民主主義って何ですかい?」


 ヤケクソな精神状態で取り敢えずアキトの知っている稚拙な説明でその場しのぎの案を出す。


「民衆の代表で政治…出来るんですかねぇ」


「やるしかないだろうな、頼んだ」


 渋い顔をする店主にアキトが貴族とかいないと聞くが首を横に振る。ならばとアキトが金貨の入った小袋を手渡して民衆を上手く先導してくれと伝える。


「これだけあれば酒奢れるだろうからそれで煽るなりして一時的に場を納めてくれないか?」


「ありがてぇが店の在庫が無くなっちまう…」


「指導者になれたらでけぇ店じゃなくて領主だぜ?」


 ヤケクソで煽るアキトに仕方ないと乗った店主が店の客引き連れて門の前の民衆に突撃していく。


「姫様すまねぇ…取り敢えず全部正直な話手紙に書きます許して…」


 ―――


「…っていう手紙が届いたんだけど…」


 神楽が白の国での出来事をまとめたアキトからの謝罪文を読み上げる。ミナが卒倒して黒姫が支える。全員がアキト一人で敵を全滅させたことと国がほぼ滅んだ事に驚愕していた。


「何てことなの…あの馬鹿マジでやりやがったの?」


 神鳴が半信半疑で手紙を睨む。神楽が黙って頷く。


「ミナさん、しっかりしてください」


 ふらふらとしながらもミナは立ち上がり亡き父に謝罪し始める。


「まさか当日に本当に全滅させてたなんて…いえ、アキトさんには感謝してますが…まさか誰も残っていなかったなんて、やはり亡命などしなければ…」


 ミナが嗚咽混じりに色々な人に謝罪を始める。


「逃げなかったら死んでいたのなら逃げていいのよ、運がなかったのよ…」


 神鳴が精一杯思い付いた言葉で必死にフォローを入れる。


「そうねぇ、姫様お節介みたいだけど国に帰って対処する?サポートなら出すわよ」


「そうですね、なんとかしないと…混乱したままなのは放っておけません」


 必死に正気を保ちながら自分を奮い立たせる。


「私達アキトしばきに行くわよ」


 神鳴が全員に声をかける。全員久しぶりの外に出られそうと喜び鬨を上げる。神楽は少し困った様子で全員を見渡すが仕方ないかと呟きケヴィンにも伝える事にする。


 翌日、ケヴィンを連れて白の国へ行くことになる翔達一向、送迎にシュメイラが来ていた。


「ひひ、アキトくんが大変なことになってるんだってね」


「出口はどうするんです?」


 猪尾が疑問を投げ掛ける。普段は出口をアキトが作っていたので問題なかったがシュメイラが猫背から背筋を正して胸を張る。


「場所の詳細が分かるなら各国への転送の調節は楽々なのですよ」


 おお、と声が上がりスクロールを開き瓶の中身を振りかける。手際よく魔方陣を開きニヤニヤしたシュメイラが薬を配り始める。不味い薬を知っている猪尾とミナとケヴィンが渋い顔をする。


「シュメイラ先生、味はなんとかならないのか?」


 ケヴィンが辟易とした感じに尋ねる。味を知らない翔達は首を傾げながら飲む。


「何よこれ!スッゴい不味い!」


「け、形容し難い不味さだ!なんだこれ!」


 西園寺と河内が騒ぎ翔と神鳴は咳き込み一人黒姫が口元を歪めるだけで首を傾げる。


「うーん…なんだろう渋みと変な酸味…」


 冷静に分析しようとする黒姫を全員がなぜ平気なんだと思っていた。


 白の国の城下町に到着した一向は一緒に転送されてきたシュメイラを見て翔がツッコミを入れる。


「なんで一緒に来てるんだよ!授業は!?」


「ひひ、今日は休講」


 勝手に決めた休講だった。

 城下町の変わらない雰囲気に少し安堵するミナが城の方角を指差して一向を案内していく。城がとんでもないことになっているはずだがなぜか平穏な雰囲気である。


「アキトさんが頑張って何とかしたのでしょうか?」


 ミナが不思議そうに周りを見渡しながら城門まで来ると立て看板があった。


「何ですかこれ…選挙とは…」


「選挙?…これ、まさか」


 翔が河内達と顔を見合わせる。


「アキトの馬鹿はどこだ!」


 神鳴が声を荒げて周囲を見渡す。すると城門が開く。

 門が開いたことに驚きつつも中にいると確信した一向が殴り込みに移る。

 果たして中でアキトが土下座していた。


「すみません姫様、統治流石に無理でした」


 アキトは一向の冷たい目を我慢して顔を上げシュメイラを見て妙案を思い付く。


「ちょっとシュメイラ先生と姫様と騎士殿にお話が…」


 神鳴が呆れながら自分達はと聞く。


「大丈夫だ、役者は少ない方が楽だし」


 アキトの話を聞いてシュメイラが困り顔になるがアキトが何度も頭を下げて仕方なさそうに首を縦に振る。蚊帳の外の翔達は何を話しているのかと考えていた。


「どうするつもりなんだ?」


「茶番劇でしょ?役者って言ってるし」


 神鳴の冷たい目線に気付きアキトが苦笑いを返してくる。


「私達出番なしかぁ、つまんないなー」


 西園寺が後ろ手に残念そうにする、猪尾と河内が同意する。

 どうやら話がついたのかミナの声が聞こえてくる。


「分かりました、ですが最後は私の好きにやらせてもらいます」


 ミナの決意に満ちた表情にアキトが真面目な顔になり頷く。アキトは準備をする為に街に出ていった。


「ミナさん、どうなったのですか?」


 黒姫が恐る恐る尋ねるとミナはにっこりと笑って説明を始める。

 アキトとシュメイラを悪人に仕立て上げ帰還した生き残りの姫のミナと騎士のケヴィンで討ち取り国の再建をすること、シュメイラの魔族の姿を見せて魔族に対する啓発を行うということ。


「ひひ、もう見せることにならないと思った姿だけれど特別だからね」


 シュメイラが少し寂しそうに言うと神鳴が不安そうに確認する。


「魔族の事を発表するのはいいけど民衆にまだ混ざってる可能性ない?」


「生き残りいたなら既に動いてるんじゃないか?」


 翔が考えながら神鳴の疑問に答える。


「そういう時の為に私達がいるのよ!」


 西園寺が胸を張って言いきる。


「そうそう、任せとけって!」


 猪尾も自信ありげに胸を叩いて鼻を鳴らす。しかし河内が呆れた顔をする。


「もし戦うなら群衆の中での乱戦だぞ?もっと頭使え」


「そうですね、配置は考えないと…」


 黒姫も冷静になってメンバーを見る。

 西園寺のナゴエルのバリアを思いだし河内の案で西園寺はミナの護衛になる。他は二人一組で民衆の警護、城壁の陰で上から神鳴が監視をすることになる。


「戦えないからって私だけ適当じゃない?」


 神鳴が文句を言うが全体把握の大事さを翔に言われて使命に燃えるようになる。

 夜、ミナの提案で城に泊まることになる、人の居なくなった城で数日でアキトが事情を知ってる人に金を払ってある程度掃除をしたようだった。それでも埃が積もる場所をミナが虚ろな目で見つめる。その様子を眠れなかった黒姫が見つけ恐る恐る尋ねる。


「ミナさん、大丈夫…?」


「…!クロさん?はい、大丈夫です」


 作り笑いしながら本心を隠して誤魔化すが黒姫が何か言う前に耐えられなくなり思いの丈を吐露する。


「少し前まであんなに賑やかだったお城が今ではこんなにも空虚…私は生き残って良かったのでしょうか」


 ミナの悲嘆に答えることができず黙るしかなかった。


「辛いなら逃げてもいいんじゃねーの?オレなら逃げるね」


 猪尾が欠伸しながらトイレを済ませて現れる。


「イノーさん…それは無責任では…」


「あ?罪もないし自分の意思で責任者になってないなら逃げてもいいじゃん?」


 ポカンとする二人を猪尾が鼻をほじりながら見て「寝るわ」と言って部屋に戻っていく。


「逃げても…いい?」


「私には、お姫様の立場は分からないから…ごめんなさい」


 あっけらかんとする猪尾に比べ黒姫は困ったように俯いてしまう。


 翌日、閉ざされた城門の前に人だかりができていた。たった半日で情報が流れる程に街の人達は現在敏感になっていたようだ。城門の裏で今や街の情報源でリーダーに近い酒場の店主がアキトに不安そうに尋ねる。


「旦那は本当にいいのかい?汚名を被って死ぬんですよ?」


「このままだと平和に終わらない、道化で済むなら幾らでもやってやるさ」


 ドレスを着たミナと騎士鎧を着たケヴィンがやってきて二人に深々と頭を下げる。


「姫様!頭を上げてくだせぇ」


「街の皆が世話になりましたね、えっと…」


 ミナが店主の名前を思い出そうとすると店主が胸を張って名乗る。


「ヴォルフです、いやぁ姫様の帰還、感無量です」


 ケヴィンがアキトと共に城壁に登りに行く中でミナがヴォルフに感謝ともう一仕事お願いする所に囚人服を着たシュメイラと西園寺が合流する。


「守りは私とナゴエルに任せてバシッと決めてきてよね先生」


「人前は緊張するねぇ…ひひ」


 ミナが西園寺達にも深々とお辞儀をして全員でアキト達の後を追う。西園寺は既に待機してた神鳴と合流して楽しそうに状況の確認をする。


「今のところ問題なし、大丈夫そうよ」


「シュメイラ先生の魔族姿を見せてどう反応するか…ね」


 門前の人だかりを最後列に翔と黒姫が、最前列には猪尾と河内が待機する。猪尾が河内の精霊の最大サイズがどんなもんなのか尋ねる。


「この城壁くらいか…10メートル無いくらいだな」


「でけぇな…最後列の方が良かったな…」


 ぎゅうぎゅうに背後が詰まっていて動けない二人が苦笑いする。

 黒姫は昨日のミナとのやり取りを翔に話して意見を求めていた。


「姫の立場か…分からねぇな、猪尾の極端な意見も分かるが周囲の意見も大事だ、滅私するかどうかはその人次第だろ」


「浜松君ならどうします?」


「はは、アキトさん見ただろ?あの人は俺なんだ、きっと俺も道化になるな」


 苦笑いする翔を黒姫は俯いて聞く。


「友達が…その苦しみに悩まされてたら?」


 真面目な顔で翔が答える。


「友達の苦しんだ末に出した決意を尊重するさ、もし助けを求めるならどんながむしゃらな手でも助け出す」


「ミナさんは…どんな答出すと思いますか?」


 翔は少し考えた後、やっぱり分からないと苦笑いする。

 こうして悪人を裁き生き残った姫の帰還の茶番が始まる。全ての責任を負ってアキトとシュメイラがケヴィンに連れられ民衆の前に突き出される。


「この極悪人により先王と家臣は恐ろしき魔物に変えられたが、今!姫が精霊と共に帰還し悪は倒されこうして捕縛された!」


 ケヴィンの口上のあとミナがヤトを横に呼び出し錫杖を掲げる。ケヴィンは続けて魔族の説明をする。


「人々を魔物に変えてしまう恐ろしき一族が居ることを皆にも知ってほしい!奴等は人々に扮しているのだ」


 シュメイラが立たされ渋々青肌の姿になる。民衆は驚きざわめく。


「あんまりこの姿は好まない、戻ってもいいかい?」


 小声で正面を見ながら呟く。ケヴィンは小さい声で了承するといつもの姿に戻り座る。どよめきを止めるようにミナが街ひいては各地の国民の安寧の約束と弔いの誓いを宣誓する。

 緊張の走る面々、動きがあるなら今かと武器を握る手に自然と力が入る。民衆の沸き立ちのタイミングでケヴィンがアキトとシュメイラを下げる。


「どう思う?敵の気配はあったか?」


 後ろ手の縄を外しながらアキトがシュメイラに尋ねる。


「分からないねぇ、もう白の国から手を引いている可能性もあるから…ひひ」


「ということは他の国が?」


 ケヴィンの発言にシュメイラが黙って頷く。

 城壁の上ではミナが結束の願いを伝え民衆が一丸となって掛け声を上げていた。


「魔族はいなかったか…?これで一安心だな」


 翔が安堵して黒姫を見ると周囲の警戒もせずにミナを不安そうに見つめていた。


「心配か?」


 翔に声をかけられて黒姫が驚き首を縦に振り答える。


「昨日の様子見たら不安にもなります…」


 演説が一通り終わった所でミナが突然国を新たな体制にすることを伝える。

 ケヴィンを含めて全員が驚き一斉にミナの方を見る。


「国を支え続けた家臣も居ない中で現体制を維持するのは不可能です、ですので私は国民の代表を集め権力を分散し議会制の共和国家とすることに決めました!」


「昨日の好きにやるって…こういうことか」


 アキトが頭を抱える。


 全てが終わり全員が今一度集まる。


「勝手な事してごめんなさい」


 ミナが最初に深々と謝罪をする。全員仕方ないという雰囲気で受け入れて今後どうするのかを翔が問う。


「先ずは国の各地の町や村の長を呼び出して今後の方針を立てようと思います、城下町代表はヴォルフ様にお願いしますね」


 当然のように混ざっていたヴォルフを見てただの酒場の店主が凄い成り上がりだなとアキトが笑う。


「半分以上旦那に巻き込まれたんですけどね!」


 冗談と怒りの混じった反応に一同笑顔になる。シュメイラが心配そうにアキトに聞く。


「アキトくんはこの後どうするんだい?学校には戻れないだろう?」


「各国を歩き回って調査を続けるつもりだ」


 全員の白い目に気付き苦笑いしながら付け加える。


「今回みたいな暴走はしないから安心しろ!」


 信じるのが難しい発言に不安を覚える一同、そんな裏でミナは別れを惜しんでいた。


「本当に短い間だったけど楽しかった、仕事が一段落したら必ず皆に会いに行く」


 ミナがニコニコしながら伝え黒姫の手を握る。


「オレはてっきり役目から逃げるもんだと…あいて!」


 西園寺に拳を頭に打ち込まれて猪尾が前のめりになる。


「困ったことあったら何でも言ってね」


 女子がワイワイと別れと再開の約束をしているのを見ながら河内が翔と神鳴に聞く。


「本当に魔族…いや、敵は白の国を諦めたと思うか?」


「今回姿を見せなかったのは何かあるって思うのか?」


 翔の返しに河内は頷き呟く。


「アルトスが学校に居たことも考えると既に狙いは定まっていて今回来なかった理由は準備が終わったんじゃないかと思うんだ」


「考えすぎじゃない?」


 神鳴の前向き過ぎる発言に河内は頭を抑える。


「河内、マジだとしたら狙いはやっぱり…」


「神楽さんじゃないかな」


 三人は今一人だけで残っている神楽を思いソワソワする。シュメイラがそんな様子に気付いたのか帰還の準備に取り掛かろうと言う。


「シュメイラ、ちょっといいかな?」


「ふひひ、大丈夫、分かってるよ」


 アキトがシュメイラに頼み込んで幾つかの薬と資金を手渡す。


「高速移動用の薬と資金、ヒモみたいだね、ひひ」


「…言うな」


 アキトは苦虫を噛み潰したように渋い顔をする。ニヤニヤしながらシュメイラは転送陣を手慣れた動作で開く。


「それでは皆さんお元気で」


 ミナが笑顔で翔達を見送り翔達は白の国とは別れを告げるのであった。

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