第9話

 神楽から集合の号令があり翔達一同は神楽の私室に集まった。


「同志アキトから連絡があったわ!」


 感嘆の声が上がる。


「新しいルームメイトよ」


 神楽が隣にいる白髪ショートヘアの美少女を紹介する。


「ミナちゃんよ、アキトからの紹介だから仲良くしてね」


 深々とお辞儀をして翔達に挨拶をするミナに全員も自己紹介をする。全員の名前を一生懸命反芻してそれぞれを独特な呼び方をしてくる。


「ハマさん、カワさん、イノさん、サイさん、ヤマさん…」


「…なんかスッゴい独特な呼び方」


 翔がつい言ってしまう。


「呼び慣れない呼び方されるとゾワゾワするわね」


 西園寺も二の腕を掴んで顔をそらす。名前で呼んで欲しいと黒姫が苦笑いしている。猪尾も少し違和感があったのか首を傾げ、河内だけ普段通りにしてる。少し呼び方の希望を聞き入れミナが言い直す。


「カケルさん、カワさん、イノーさん、ハルさん、クロさん…でいいですか?」


 全員がまぁいいかと頷き改めてよろしくと挨拶をする。神楽がいつぞやの鞄を取り出す。


「さあ、開けてちょうだい」


 説明もなく渡された鞄をミナが恐る恐る開くと錫杖が出てくる。


「カグラ先生…これは?」


「プレゼントよ、きっと貴女の力になるわ」


 不思議そうに錫杖を見つめ呟く。


「初めて見る杖です、何か不思議な力を感じます」


 自然と目を閉じて錫杖から精霊を呼び出す。それを見て翔達全員がいきなり精霊を呼ぼうとすることに驚き固唾を飲み見守る。

 召喚されたのは白い大蛇だった。チロチロと舌を出し翔達を見る。


「ヤト…よろしくね」


 ミナがお辞儀をすとヤトと呼ばれた白蛇は頭を器用に上げ下げする。嬉しそうにミナが微笑む。精霊との契約まですぐ行えてしまった事に全員驚きながらも祝福する。


「なんの説明もなしに出来るなんてすごい才能なんじゃないか?」


 猪尾が大袈裟に誉め称える。丁度そこに怒り気味の神鳴が入ってくる。


「なんで私を呼ばないのよ!」


 神鳴とミナの目が合いほがらかな笑顔で会釈するミナに釣られて目を丸くしながら神鳴も大人しくなり会釈し返す。


「私の名前はミナと申します、貴女は?」


「神鳴っていいます…」


 大人しくなった神鳴を見て神楽が笑って説明する。


「私の妹よ、仲良くしてあげてね」


「カナリさん、はい!よろしくお願いします」


 完全にペースを握られた神鳴は借りてきた猫のように大人しくなる。その様子に自然と空気が軽くなる。


 挨拶も終わって翔達は自室に戻り新しく増えた部屋奥のベッドにミナが腰掛ける。


「皆様は以前からこの学校に?」


「最近編入したばかりなんだ」


 ミナの質問に翔が答えると河内が付け加える。


「そうそう僕ら受けてる授業も結構バラバラなんだ」


 自分はどういう授業受けようか悩みミナは騎士を選ぼうとする。しかし武器が錫杖なのを西園寺に指摘される。


「杖で騎士はちょっと…打撃武器じゃないし」


「そう…ですね、ではとりあえず全部行ってみます!」


 残念そうに呟くミナを見て騎士に拘る理由が気になり猪尾が茶化すように聞く。


「もしかして騎士の授業に気になる人でも居るのかぁ?」


 ミナは真面目な顔で私の騎士がとつい口走ってしまいすぐに訂正するも全員が聴いていて驚き、西園寺と猪尾がにやけ顔になる。自分の身分を明かすべきか恥を忍ぶべきか悩むミナ唸るのを見て黒姫が話を止める。


「あ、あまりそういうこと聞くのは…良くないと思います」


 咎められた二人は調子に乗ったことを謝罪する。ミナは感謝していずれ色々と説明しないとと心の中で呟いていた。


 翌日、ミナは黒姫と共に一緒に色々な授業を受けて回っていた。昼食の時間、基礎体力をつける授業を受けて一番最初に食堂にやってきた翔が食事を取っていると猪尾が授業を終えてやってくる。肉多めの食事を受け取り満面の笑みを浮かべて翔の正面に座る。


「新任の講師がすっげえ剣捌きでいい訓練だったぜ、ためには翔っちも筋トレとかじゃなくて来てみろよ、黄色い声援も聞けるぜー」


「演武だろ?それに刀向けじゃないだろ…多分、てかお前は声援目当てか?」


 猪尾が残念そうにする。そこに噂の新任先生が現れる。


「ふむ、演武では不満かな?」


「ケヴィン先生、わざわざオレたちみたいなとこで食わなくても…」


 ケヴィンが笑顔で翔の横に座る。


「あー、ほら翔謝っとけって」


 気まずそうに言う猪尾に合わせて翔は素直に謝るとケヴィンは大笑いする。


「本場の訓練に比べれば事実お遊びだから君の言うことは正しいよ」


 そこに西園寺と河内が合流してくる。


「なんかカッコいい男いるんだけど!」


 目をキラキラさせる西園寺に猪尾がケヴィンを紹介する。


「なるほど、君達が…ね」


 意味ありげなケヴィンの言葉に河内が訝しんで目を細める。


「はは、そう睨まないでくれ」


 困ったように苦笑いしながら頬を掻く。そこに遅れて黒姫とミナが合流する。ミナはケヴィンが居ることに驚いて名前を口に出しそうになるところを抑えケヴィンは「姫…」と小声で呟いてしまう。が、二人の正体を知らない全員には違う意味で伝わる。


「おい、翔、大変だ…夜間が狙われてる」


 猪尾が冷や汗を流しながら翔を名指しする。河内も西園寺も渋い顔をして翔を見る。翔と黒姫はツッコミを入れられないくらい固まっている。ケヴィンも失言に訂正をどうするか悩むが逃げることを選択した。ミナが呼び止めようとするが振り返らず去るケヴィンを止められなかった。


「わ、私しーらない」


 気まずい空気に耐えられず西園寺が最初に逃げ出した。それに河内が続く。猪尾も翔の正面の席から横にずれて翔と目を合わせようとしない。

 ミナが固まる黒姫の背中を叩きご飯にしようと言って二人は食事を受け取りに行く。


「なんで…こうなるんだよ…」


 半泣きになりながら食べる翔の横に黒姫が座り何かの間違いだと伝える。ミナが苦笑いしながらそれに同意する。


「なんかすごい惨めな思いさせられたんだが…皆酷くないか?」


 愚痴る翔にミナが疑問をぶつける。


「なんで皆カケルさんを見てたんですか?」


 押し黙る二人のフォローを猪尾がする。


「あー、多分二人の仲が凄くいいからだろ、付き合う一歩手前までいってるんじゃない?」


 頬杖つきながら冗談で言ったつもりだったのだろうが黒姫は真っ赤になって翔が頭を抱える。正直仲間として意識していて自分の運命的に色恋を意識していなかったと気付く。チラリと黒姫を見てそれを伝えるのは悪いと感じ黙ることにする。


「なるほど、悪いことをしてしまいましたね…」


 ミナがケヴィンの代わりに頭を下げる。


「なんでミナちゃんが謝るのさー、翔っち、ケヴィン先生と決闘でもすっか?」


 猪尾が調子づくが翔が黙って睨むと謝りながら食事を急ぎ食べて逃げ出す。


「なんか変な空気になって二人ともごめんな」


 翔も食事を終え席を立とうとする翔の服の裾を黒姫が握り呟く。


「浜松君、違うからね?信じて…」


 今にも泣きそうな震える声に翔は大丈夫と笑って伝える。

 遠巻きに逃げた河内と西園寺が様子を見ていて呟く。


「ねぇ黒姫が占った運命の出逢いって私じゃなくて黒姫の出逢いだったんじゃない?」


「西園寺…それは今更だぞ」


 河内の冷たい反応に少し不満げな西園寺だった。


 ―――


 騎士としての戦術、技術を受けていた猪尾と河内はケヴィンの指導を他の生徒達と一緒に受けていた。とある生徒が噂をしていた。


「魔法の学校で騎士なんてって思ったが新任は本物らしいな」


「なんでも指導要員でわざわざ白の国から呼ばれたんだってさ」


 猪尾がニヤニヤしながら噂を聞いてつい口を挟みに行ってしまう。


「剣の腕前が凄いって話だぜ」


 生徒達のお喋りを聞いたのかケヴィンがニッコリ笑いながら猪尾達を見る。周囲にいた生徒達の姿勢が正され顔がひきつる。


「ふむ、私の腕前に疑問があるのかな?自信ある人誰かいますか?」


 試合の申し出に生徒達がざわざわとする。誰も挙手しないなか河内が挙手する。


(白の国…敵かもしれない。今の僕の実力どこまで通用するか…試したい!)


「カワちゃん!?」


 猪尾が驚き止めようとするがそのまま前に河内が出て訓練用の棒を手に取る。ケヴィンも木の剣を持ち河内に一礼する。


「よろしくお願いします。棒術ですか」


「槍が本命ですが試合ですからね、先生よろしくお願い致します」


 二人は向かい合って構える。間合いは河内の棒の方が有利であったが河内は下手に踏み込めばカウンターで一撃入ると見て攻めれずにいた。ケヴィンも踏み込めば刺される間合いを維持しながら挑発するように河内の棒の先端を剣で叩く。

 見学者の皆は志願しておいて動かない河内にヤジを飛ばすが猪尾が一喝し静かになる。


「静かに!」


 河内が棒を一瞬下げてケヴィンの牽制の動作を避けて突きに移行する。河内とケヴィンが気合いの入った声を上げる。

 河内の渾身の突きはケヴィンの引き付けギリギリの位置の弾きで脇をすり抜けそのまま武器をガッチリ捕まれて動かせなくなる。その華麗な動きに生徒達はどよめく。

 動けなくなった喉元に剣を向けられて河内が降参する。


「ふぅ…私の勝ちだね…本物の槍だったら分からなかったね」


 励ましの言葉と共に互いに握手する。健闘を讃えて生徒達から拍手が送られケヴィンがまた一礼する。河内も固い表情で合わせる。

 事が終わり河内は悔しそうに猪尾の元に戻る。


「良くやったんじゃないか?」


「駄目だ、まるで打ち込む隙が無かった…あの一撃もやりたくてやった訳じゃない」


 猪尾がふーんとよく分かっていない反応だった。


「真剣勝負とかまだまだその段階じゃないな…くそ」


「まぁまぁ、たかが試合じゃん?本気になるなって」


 それでも悔しくて苦い表情をする河内とその反面、試合のおかげでケヴィンの威厳は増して授業も皆大人しく受けていた。


 ―――


 少し時間は遡りアキトは城門前にてどう侵入するか悩んでいた。門番と会話しても抑揚のない言葉で門前払いされる。


「何人もここは通れません」


 どんな質問をしても、どんなにふざけてもその言葉しか話さない。


(まるで昔やったゲームのキャラだな…)


 衆目を集めるわけにもいかないし下手に騒ぎにすれば民衆が危険になると考え適当に城の周りを歩いてみることにする。侵入経路として水路、城壁をよじ登る、穴を掘るなど現実的でない案ばかり頭に浮かぶ。


(姫様達が騒がれずに脱出した経路があるはずなんだが…)


 アキトはピタリと足を止めとある建物に注目する。


「詰所か…」


 街の警備を行う兵士が待機する詰所が目に入る。城門からは離れていてもしかして地下で繋がっているのではないかと考える。


(どうせ既に人じゃなくなっているなら押し入ってもいいか…俺も今フリーだし)


 そう無敵な人のような思考をしながら中に入ろうとするが鍵がかかっている。これじゃ人が困ってても助けに来ないじゃないかと半ば怒りを覚えながら扉をノックする。しかし誰も出て来ない。


「仕方ないな、きっと扉が壊れて開かないんだ、邪魔だし壊すしかないな」


 声に出して正当化しながら木製の扉を蹴破る。扉の壊れる音に道行く人が驚いた顔をして見つめてくる。アキトは誤魔化すように苦笑いしながら頭を下げ勝手に中に入る。


「誰かいますかー?」


 わざとらしく人を呼ぶが返事はない。予想通り地下に続く道があり無言で降りて行く。地下の通路はこれも予想通り城まで続いていた。


(こっからは全部敵ね。あ、しかし鍵かかってたってことは姫様達は別ルートだったか)


 守備が手薄なのか誰もいない、そうこうしている内に登り階段までたどり着く。今なら泥棒し放題だなと邪悪な思考をしながら辺りを見渡しゆっくりと上階を目指す。


(こういう時親玉は玉座か豪勢な王の寝室のどっちか…だよな)


 人気の無い城を我が物顔で堂々と進む。謁見の間まで進んだアキトに何者かが玉座から声をかけてくる。


「貴様どこから来た?」


「気になるならちゃんと見張りくらい立てたらどうだ?」


 青肌の男がアキトの挑発を鼻で笑う。


「こそ泥風情が…死ね!」


 男が指を鳴らすと兵士が文字通り湧いて出てくる。無表情のままアキトは黙って素早く抜刀して兵士が武器を構える前に次々と首を落とし霧散させながら玉座へと歩みを進める。

 魔族が驚きようやっと目の前の相手が普通のこそ泥でないと気付く。


「何者だ貴様!」


「さぁなんだろうな?今フリーだから雇うなら安くしとこうか?」


 挑発に怒り男が黒い煙を吹く。アキトはポケットから露店で買った木彫りの人形を投げつけ黒い煙を吸わせる。敵は秘術をかわされて驚きの声を出す。


「な!貴様我々を知って…!?」


 驚き逃げ腰の敵にアキトは飛び掛かるように近付き氷雨を呼び出して投げつけ変異を始めている人形もろとも男を凍らせて胴を切断し華麗に納刀する。

 敵を撃破した後も警戒するように周囲を見渡しスクロールを取り出す。敵が侵攻するための次元の穴を探す光の球を出す。球がいくつにも割れて光の軌跡を描く。


「こりゃまたたくさん穴が空いてらぁ、ん?まだいるな…」


 王の寝室、光の球が突然飛び込んできて魔族の女性が驚いていると部屋が急激に寒くなる。すぐさま兵を呼び出して様子を探らせようとするがその全てが一瞬で凍りつかされて氷像の間からアキトが現れる。


「みーっけ」


 アキトは素早くコートの内側から空の小瓶を投げつけ魔族が驚き魔法でそれを防いだ隙を突いて氷雨の冷気で凍らせる。


「これじゃ俺が悪者みたいだな…ま、仕方ねえか」


 スパスパと切って光の球が示す次元の穴を一つ閉じる。


(はぁ、まだまだいるな…こいつは参ったな)


 地下の牢屋、キッチン、兵の訓練所、使用人の待機室、客間とモンスターと化した兵士や使用人の影を斬り倒しながら進み次元の穴を幾つも閉じてアキトは最後に中庭にやってくる。


「居るんだろ?全員出てこいよ」


 余裕の表情をするアキトに怖じ気づいた魔族が数人ぞろぞろと出てくる。


「我々は元の世界に帰る。だから命だけは…」


「おいおい今更命乞いか?この城見てみろよ、自分達は命弄んでおいてそれは無いだろ」


 コートの内側からナイフを取り出し光の球に向かって投げ次元の穴を破壊しようとする、穴を庇うように一人の魔族がナイフを腹で深々と受け止める。


「私の命でどうかこの者達を…」


 魔族の一人が負傷した者の名前を叫ぶ。


「キスタス様!」


 学院の生徒として潜入していて連絡係として白の国に戻っていたキスタス出会った。


「早く行け!」


 ナイフが胸に深々と刺さりながらもアキトに頭を下げて攻撃を止めようとするキスタス。一瞬の隙に残った魔族が逃げ出してアキトが氷雨を使い妨害するより先に逃走が完了し仕方なく穴を閉じる。


「っち、取り逃がしたか…」


 キスタスが笑いながらアキトの名を呼ぶ。


「アキト…知っているぞ…貴様を…神楽お抱えの…まさかこんなに早く来るとは」


「ちょっと杜撰な守りだ…もう少し部下の教育はしっかりやるべきだったな」


 血反吐を吐きながら同意するキスタスにアキトは介錯するように刃を振り上げる。


「貴様が来たことでシンラ様は強行手段になるだろう…」


 高笑いするキスタスをバッサリと切り捨てアキトは頭を掻く。


「んな事は知ってるさ…後はあいつら次第だ」


 無人になる城をどうするか頭を抱えながら城を出ることにする。

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