第8話
侵略の一手を阻むために学校内の怪しい人物の調査を授業を受けながら行うことになった翔達、元スパイのシュメイラの話を聞くに化けている場合はこの世界の住人と殆ど違いがわからないという事である。化けていない場合は基本は青肌だったりで人類的に見ると悪魔っぽいらしい。
「という事でこれからは敵を魔族と呼ぶことにするわ!」
夜、自室での定期報告で神鳴が唐突に提案してくる。突然なぜと翔が問い掛ける。
「敵って言ってもちゃんと伝わらないだろうから相手を名前付ける事で分かりやすくするのよ」
そうしたいならどうぞと全員気疲れからか適当な雰囲気で採用されることになる。
「ちょっと!やる気出しなさいよー」
ここ数日調査の進展もなく周囲を疑い観察することに疲れた翔達は一人一人愚痴り始める。一人元気な神鳴を見て全員深いため息をする。そんな面々にシュメイラが朗報を持ってくる。
「ふひひ、神鳴ちゃん怪しい情報仕入れてきたよ」
全員が驚き神鳴が喜ぶ。
とある教師が夜中に街に飲みに出歩くという普通の話であった。
「それのどこが怪しいんですか?」
翔がつまらなそうに聞く。
「ふひひ、焦っちゃダメ、そこで何やら密会があるらしいの」
「夜中、酒場、密会…怪しい」
神鳴とシュメイラが喜んでいる横で微睡む猪尾が意外な事にくだらないと一蹴する。
「なーにがくだらないよ、ちゃんと調査すべきだわ!」
神鳴がいきり立つ中で西園寺がニヤニヤしながら呟く。
「プライベートのお忍びデートとかだったらいい笑い話になるわね、恋話ってやつ?」
神鳴もシュメイラも悪い顔になる。西園寺を含めた三人は楽しそうにいくぞー!と楽しそうに部屋を出ていく。
「止めた方がいいかな…?」
黒姫が困りながら翔に聞いてくる。河内が立ち上がり僕が行くと言うので猪尾がどうぞどうぞと呟きベッドに入る。
「俺達が嗅ぎ回っているのくらい向こうも気付いてるだろう…罠かも知れない気を付けてくれ」
「ああ、僕も流石にあの三人ほどマヌケじゃないさ…」
翔の心配に河内が親指を立てて返事を返し西園寺達を追いかけて部屋から出ていく。
翔は河内を見送ったあと口に手を当て何かを思い付いたのか黒姫にとある提案をする。
「そうだ神楽が何か情報を得てるかも…行ってみないか?」
「え?…今から?」
夜も更けて明日の準備をするべきじゃないかと言う黒姫に翔は猪尾をチラリと見て何かを伝える。
「えっと…わかりました、行きましょう」
黒姫は翔の意図を察して二人は神楽の所へ向かうように部屋を出る。
イビキをかく猪尾だけが部屋に取り残され全員が部屋を出ていったすぐ後に何者かが部屋に侵入してくる。
「我が主に何か用かな?」
バチンとユピテルの雷撃が侵入者の背後から首筋を襲う。
「ナイスだユピテル!」
衝撃で気絶した侵入者を猪尾は素早く縛り上げ布で口を塞ぐ。それと同時に翔と黒姫が部屋に入ってくる。
「俺は不要だったみたいだな」
フフンと鼻をならす猪尾、翔達は侵入者の顔を確認するがそれなりの年齢の顔つきで青い肌の男に誰も見覚えが無かった。
「魔族の変化が解けてるからかわからないな」
「翔、やっちまうか?」
猪尾が手斧を構えながら翔に聞く。
「こんな時アキトならどうすると思う?」
「今はアキトさんは関係ないって、それにあの人は別のお前なんだろ?気にせずお前が決めちゃえって」
「とりあえず縛ってるし神楽さん呼ぼう?」
黒姫の提案に二人は賛成して猪尾が呼びに行くことにする。翔が口を塞ぐ布が心許ないと他に何か無いか部屋を見て回る。そんな中で黒姫はナイフを構えてデスを呼び出す。
「黒姫?何やって…」
デスが突然鎌を振り下ろし男を切り裂く。傷はなく血も出ないが男はガクリと力が抜けるように脱力する。
「…何やってんだ!」
翔に詰め寄られるがデスに阻まれる。黒姫は何か瞑想しているかのようだった。
「何をしたんだ?」
「魂を引き裂いて黒姫は今奴の最近の記憶を見ている」
尋問するよりも確実だとデスが翔に伝えると黒姫が頷きながら翔に結果を伝えてくる。
「騎士の訓練生…生徒に扮した魔族、名前はフォッグ」
同時に神楽が到着してその話を聞いて調査で見た白の国の推薦状を思い出して言う。
「白の国の推薦で居るわね、フォッグ・ポゾナス」
白の国かと皆が暗い表情になる。
「…先生じゃないってことはロトスと同じ感じか」
猪尾が死んでいるのかとフォッグを気持ち悪そうに見ながら呟く。
「記憶からは先生内に潜む魔族は分かったか?」
翔達の期待とは裏腹に情報が無かったと残念そうに黒姫は首を横に振る。
「記憶からはそれらしい人は出てこなかったです…横の連携は少ないんだと思います…」
「じゃあ最近の情報から俺達を仕留める指令出てるとかないか?」
黒姫はまた首を横に振る。
「学院が白の国を疑って調査してる事に危機感を持って個人的に動いたみたい…他は読み取れませんでした」
「意外と小心者の集まりなのかしらね…あぶり出されちゃうなんて」
神楽が死体を片付けないとと何やら呪文を唱えて消失させる。
「火葬場に直行させてあげたわ、本人には悪いけどお墓までは用意できないけど」
どこかの炎の中に送られてしまったらしい、あまり先は想像したくないと三人は思うのだった。
別行動で外に出て噂の先生を調査に来た西園寺達に河内が追い付く。
「西園寺、魔族と戦ったことのない君達だけで動くのは危険だ」
「眼鏡君は心配性ね、こんな下らないぼろ出すマヌケが敵な訳ないじゃない」
完全に噂話を作りたい一心で動いているらしい。
「誘い出されてるかも知れないんだぞ?」
女性三人は河内の必死な訴えも笑い飛ばす。しかしそんな三人を見捨てるわけにも行かず渋々見守るように着いていくことにする。魔族で無ければ笑い話で済むけれどもしもの事を考えるとやはり翔か猪尾を連れてくるべきだったと河内は反省しながら街の酒場の前にやってくる。
朝から夕方までは学生も闊歩する城下町のような賑わいのある通りなのだが夜は弱々しい街頭の明かりと人通りの減った静かな街並みに河内は違和感を覚える。
(酒場の前だってのになんて静かなんだ…)
思っていた雰囲気との違いに身震いする。
シュメイラが店の中を指差してとある人物を紹介する。
「彼よ、魔獣学、モンスターについての講義をしてるアルトス先生」
「へぇ、モンスターについての授業あるんだ、今度行ってみようかしら」
西園寺が暢気にそう言うと男は何やら酒を飲みながら手紙をしたため始める。
「んー何書いてるのかしら?」
「ふひ、もしかして…ラブレター?」
河内から見てもスタイルも顔もいい長髪の男だった。女子の喜びそうな話だなと少々納得してしまうが何やら様子がおかしい。
「なぁ物凄く早く…結構な量書いてないか?」
無表情にシャカシャカと執筆をする姿に河内は不気味さを感じ取った。
「ひひ、スクロールでもあんな早く書ける人はそうそういないよ?スゴいね」
シュメイラが好奇なものを見るように言う。
河内がそろそろ店の中に入って本人に詰め寄るかどうか考えていると不意に背後に気配を感じて槍を手に取り振り返る。両手を小さくあげる女性が居た。河内の槍に怯えるような声で女性が話す。
「の、覗き見は良くないと思うなぁ」
「誰だ?!」
河内は女性の言葉には聞く耳持たずで構えながら名前を問う。
「アルトス先生の妹のキスタスよ」
女性三人が少しがっかりした様子で学院のローブを着たキスタスを見る。なんだ妹か、とか禁断の愛等とふざけているが河内は警戒し続けていた。
「兄について変に嗅ぎ回らないで貰えない?あとバカな話はやめな?」
キスタスはそう言い放ちそのまま酒場に入りアルトスと相席する。バカな話と言われ河内が同意しようとすると女性三人がマジギレして西園寺が真面目に語る。
「馬鹿とはなんだ!恋話は女子の活力よ!」
少なくともシュメイラは女子じゃないよなと野暮なことを河内が言いかけた時に河内が三人に睨まれる。
「止めるなよ眼鏡君」
「あれは敵ね!」
「ひひ、やっちゃえ!」
当初の目的など完全に忘れて喧嘩だと突撃を開始する。
「それは本当に馬鹿だからやめろって!」
慌てて河内が止めようとするが時既に遅し、騒ぎを聞き付けたアルトスが声をかけてくる。
「シュメイラ先生、何をしているのですか?全く」
酒場の入り口で仁王立ちしていた。アルトスは店長に丁寧に謝罪すると河内達に注意するため酒場を出ることになる。
「何を調べているのか知らないですがプライベートに首を突っ込むのは感心しませんよ」
「ひひ、すみません、あの一件以来私色々と焦ってまして」
生徒を少数でも死なせてしまったという気持ちから来る言葉にはそれなりの重みがあった。アルトスはやれやれと言いたげに首を振る。
「だからといってなんでもして良い訳じゃないんですよ?」
しゅんとする女性陣を尻目に河内が店内のアルトスのいた席を見る。書いていた書類がなくなりキスタスの姿もいつの間にか無くなっていた。何かあると確信した河内は大事にしないためにもアルトスに謝罪して三人に帰ろうと話す。
「あ、じゃあ最後に彼女とかいるんですか?」
西園寺がふざけて質問する。河内がすぐに西園寺の頭をパシッと叩き無理矢理三人を連れて帰ろうとする。
「さっき来たのが彼女、ソレでいいですか?他に何か?」
アルトスの発言に河内が頭を下げて感謝し騒ぐ三人を押しながら帰る。
学校の玄関口まで戻ってきてから神鳴が文句を言ってくる。
「もぅ、良いとこだったのにー」
河内が三人の集中力の無さに呆れて色々指摘する。
「なにも気付かなかったのか?女が消えたこと、アイツの最後の変な発言」
どうやら最後の発言は河内のせいで良く聞こえなかったようだった。
「アイツ妹を彼女と言ったんだぞ」
「禁断の愛、ふひ」
笑い事じゃないと河内がシュメイラにチョップする。
「その妹だか彼女が書類持って消えたのは気付いたか?」
全員が首を横に振る。河内はため息をして今後どう動くか考えていると良いことを思い付く。
「そうだ、噂流せ」
「眼鏡君もその気になったかー?」
河内が呆れて趣旨を伝える。
「アイツの話の食い違いを利用してボロを出させる、あとは挑発の意味も込めて禁断の愛とかいう話をでっち上げるのさ、得意だろ?」
全員悪い顔になり面白そうだと呟く。かくしてイケメン先生の禁断の愛の噂は翌日には結構な範囲に広まっていった。
―――
一人白の国までやってきた黒いコートを羽織り刀を携えた男が一人、アキトであった。街の人はアキトの鋭い目付きに驚き少し距離を取るように歩く。人通りも多く露店も開かれ行き交う人々には活気が溢れおおよそ侵略されて乗っ取られているとは言い難い。しかし白の国が偽の情報を送り罠に嵌めたのは確実と思い、アキトは情報を求めて酒場に入る。
店主は見慣れぬ客人に注文を伺うと酒ではなく軽食を頼まれる。
「お客さんここいらじゃ見慣れないな、旅人かい?」
世間話程度に当たり障りの無いことを聞きながら店主はパンと小さいサラダとスープが出てくる。アキトは金貨を渡して驚く店長に最近の城の様子を聞く。
「俺この国に仕官しようかと思っていてね、ここ最近の情勢とか城の情報が欲しいんだ、その金貨は情報料って事でよろしく」
思わぬ大金に気を良くしたのか色々話し出す。
「ありがとな旦那、上等な酒を仕入れられます…へへ、最近の国の情報ですね、正直仕官はオススメしませんよー」
店主は城の仕事が忙しくなったのか兵士が城下町にあまり来なくなったこと、街は元気だが税が増えたこと、一部の貴族が逃げ出したか何かで居なくなった等々あまり良くない噂を教えてくれた。
「景気が悪いな、良い情報は無いのか?」
アキトがわざとらしくがっかりした様子で聞くも店主はバツが悪そうな顔で考え込んでしまう。そんな様子を見てアキトに立派な鎧を着た男が声をかけてくる。
「この国は時期に滅ぶ、仕官するなら他を当たるべきだ」
「あんたは?」
男は深々とお辞儀しながら名前を名乗る。
「ケヴィン・マクスター、白の国の騎士をしていました」
「していた…?辞めたのか?」
ケヴィンと名乗った男は酒場の奥からマントで顔と服装を隠した身長のさほど大きくない人を呼ぶ。呼ばれた人は顔を出しその顔に店主は度肝を抜かれつい叫んでしまう。
「ひぇ!姫様!」
すぐにアキトが店主に黙るように言い状況を整理する。どうやら姫様が騎士を辞めた男といるらしい、色々と察したアキトが騎士に尋ねる。
「その…姫様が亡命か?穏やかじゃないな…」
言葉に詰まるケヴィンに代わり姫様と呼ばれた女性がアキトに言う。
「城に行ってはなりません、悪魔が住み着いています…兵士も使用人も皆操られています!」
「その悪魔を退治しに来たって言ったら笑うか?」
騎士も姫も驚いた表情になる。さっきまで仕官と言っていた人が悪魔退治に切り替わったのだからそれもそのはずだ。ケヴィンが慌ててアキトを止める。
「無理です、奴は王すらも操る魔術かなにかを使います」
「なるほど、王様も既にやられてるわけか…ちょっと待ってろ、店長紙とペンを貸してくれ」
店主は勢い良くアキトに言われるがまま筆記用具を取りに行く。
「先にコレを渡す、魔法学院ジャニアスに行けお前らを助けてくれる奴等がいる」
アキトはスクロールを一枚ケヴィンに手渡し急ぎ店主が持ってきた紙に紹介状を書く。
「あの魔法都市…ですか」
姫が複雑そうな顔をしケヴィンがアキトに問題を伝える。
「姫の身分がバレたら国に送還されてしまいます…」
「大丈夫だ、あいつ馬鹿だから必ず通る。特に俺の推薦ならな」
「ば、馬鹿?!」
入学基準のハードルが地の底レベルの神楽の設定を笑い飛ばしながら門番用の手紙と神楽宛の手紙をしたためる。
「ケヴィンは騎士の講師として、姫様…えっと名前は?名前だけでいい」
「私はミナと言います」
アキトは名前にミナと手紙に書き生徒の手続きをするように神楽宛に作る。
「よし、これからは一般人のミナとして学校に行け、さっき渡したスクロールで転送陣が作れる行き先は魔法都市の入り口だ」
アキトは続けてシュメイラ製の不味い薬とスクロール起動の薬を渡す。
「スクロールを街の外で開いたらこっちの赤い薬をスクロールに振りかけろ、んでそっちの緑の薬を飲んで魔方陣に入る、向こうに着いたら魔方陣の端の土を足でもなんでも掘り返せば消えるから」
わざわざ全部説明して手紙を渡す。
「門番に渡せ、アキトからとでも言えば通じる」
ミナとケヴィンが深々とお礼を言うと本当に城に悪魔を倒しに行くのか聞いてくる。
「ああ、ツケを払って貰わないとな…城壊れるかもしれないけどそうなったら許してくれな」
冗談のつもりで言ったのだが真に受けてそれはやめて欲しいと言われる。
二人が店を出てアキトが食事を済ませるとまた金貨を一枚渡し口止め料と伝え店を出る。店主は破天荒過ぎる旅人にひきつった顔をするしかなかった。
(さてと、どんなのが出てくるか…何人潜んでいるのやら…)
城に向かう中、露店で道具を楽しそうに買い漁りながらアキトは思案するのだった。
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