第6話

 口数も少ないまま全員就寝しようとする。しかし翔はなかなか寝付けず頭の中で無駄な思考と自問自答を繰り返す。今日出会った怪物を作り出す奴はなんだったのか、何故アキトは陰湿な事いつも言うのにあの時は狼狽していたのか。くだらない、つまらない考えはやめようと思い、体を横にする。すると扉がゆっくりと開き、誰かが部屋を出て行きパタンと閉まる音がする。誰が出ていったのかとベッドを見渡す。


(黒姫か、そういえば戻ってきてから様子が変だったな…)


 翔もゆっくりと部屋を抜け出し後をつける事にした。果たして彼女は神楽の部屋へと入っていった。

 翔はそっと聞き耳を立てて中での会話を窺おうとする。挨拶もほどほどに黒姫が「強くなりたい」と精霊の使役についてどうすればいいかと神楽へ訴えている。

 盗み聞きする翔の所に河内達三人もやってくる。全員寝付けなかったようで盗み聞きをしていた翔は気まずそうに苦笑いする。そしてそのまま四人全員で盗み聞きを始める。


「私…ずっと守られてばかりで、授業受けても強くなれなくて…だから、私も戦えるように…皆を守れるようになりたい!」


「大丈夫よ、そう願うなら精霊は必ず応えてくれるわ、だって私が用意した子達だもの」


 神楽が指を鳴らすと部屋の扉が開き盗み聞きしてた翔達が部屋のなかに倒れ勢いよく扉が閉められる。自分の思いの丈を盗み聞きされたと知り恥ずかしさで黒姫は真っ赤になる。


「この子は覚悟を決めたみたいだけど貴方達はどうするー?」


 思い通りに事が進んでいるのか中々に意地の悪い顔をしている。翔以外の三人はすぐに立ち上がり自分達も強くなりたいと意気込みを伝えた。頭を掻きながら遅れて翔も立ち上がる。うんうんと神楽は頷きながら黒姫を呼ぶ。


「それじゃあやってみましょう、貴方は翔の様子を授業で見ていたわね?ならすぐに出来るはずよ」


 震える声で返事をしながら黒姫はナイフを取り出し握り締める。次第に呼吸が荒くなる黒姫を皆が固唾を飲んで見守る。部屋の蝋燭の火が揺らぎ弱々しくなり部屋が暗くなっていく。嫌な予感がした翔が黒姫に近寄ろうとするのを神楽が止める。


「信用して、彼女の覚悟を…」


 遂に蝋燭が消え怨霊の唸り声の様な声が聞こえてくる。幽霊の予感に翔が身震いする。暗闇の中で布のはためく音が聞こえてくる。頃合いを見て神楽が指を振って遠くの蝋燭に火をつける。黒姫に呼び出された精霊が姿を現す。

 漆黒のマントに大きな鎌、フードを被りマントの奥はどうなっているかよく見えないが死神と形容するのがピッタリの精霊の威圧感に皆一歩後ろに下がる。疲労で黒姫が肩で息をする。


「思ってたよりヤバいの出てきたぞ…」


 猪尾が冷や汗ダラダラで他の人の顔をキョロキョロと窺う。それぞれに緊張が走る中で翔が白目向いて達ながら気絶していた。


「浜松君大丈夫なの?」


 西園寺が震えながら河内に尋ねる。


「幽霊が苦手なんだよこいつ…」


 黒姫は現れた死神を見上げて呟く。


「よろしくね、デス…」


 直球の名前に改めて死神なのだと震え上がる河内達をゆっくりとデスが振り返る。口元だけが見える表情でにやりとした口を見せ丁寧にお辞儀する。つられてお辞儀をする。翔が猪尾に小突かれて目を覚ましデスをひきつった顔で挨拶をする。


「成功ね、よかったよかった」


 神楽は笑みを浮かべて黒姫を誉める。黒姫が神楽に深々とお辞儀をしてデスを戻し嬉しそうに翔達に寄ってくる。


「やりました!出来ました!」


 何時もより少し大きな声で喜ぶ。その様子を見て猪尾が次は自分だと言うかのように前に出ようとするが斧を持ってないことに気付く。河内も西園寺も武器を取りに部屋に戻っていった。

 残った翔と黒姫をもう何度も見たニヤケ顔の神楽が拍手してくる。


「凄いわ、私が用意したとはいえ中々強いやつだから召喚は難しいと思ったんだけどあっさりだったわね」


 さらっととんでもないことを言われたが今は喜びが上回っているのか黒姫が全身で喜びを表現している。色々と言いたいことはあったが水を差すのは悪いなと翔も賛辞の言葉を贈る。


 武器を持って息を切らしながら部屋に入ってくる三人、誰からやるかと少々揉めていたがじゃんけんで河内からやることが決まった。

 神楽がやり方を説明すると早速河内は集中を始める。すぐに密室の中で風が吹き荒れまた蝋燭の炎がゆらゆらと揺れる。猪尾が得意気に腕を組んで分析する。


「風属性でござるな、美女か!?美女でござるかぁ!」


 西園寺がおかしくなってる猪尾を殴り付けて黙らせる。

 河内が槍を掲げると同時に小さめだがしっかりとした竜が現れ河内の頭の上に乗る。


「あはは!ちっせえ!」


 猪尾は予想外のサイズの竜に腹を抱えて笑ってしまった。ギロリと竜が猪尾を睨み付け羽ばたき飛び上がる追い掛け回す。


「ひぃ!ご、ごめんなさーい」


 背中越しに猪尾達の様子がなんとなく分かる河内はため息をして竜を呼ぶ。


「やめておけ、ウィルその肉は絶対不味いぞ」


 ウィルと呼ばれた竜はじっと猪尾を見つめた後また河内の頭の定位置に戻る。


「小さいのはこの部屋が狭いからって言ってる、あんまりバカにするなよ?」


 そうだそうだと言わんばかりにウィルは大口を開けて一鳴きした後に槍に戻り、ドヤッと精霊の召喚に成功した河内が四人を振り返り四人は祝福し拍手をする。

 一人神楽は部屋が狭いと評されてご機嫌斜めな様だった。


 西園寺が恐る恐る前に出てメイスを掲げる。


「次は私ね…」


 すぐに西園寺の呼び掛けに反応するようにメイスの先端の石が明滅する。直後すぐに天使な翼の生えた茶トラ猫が西園寺の前に着地する。


「あらかわいい」


 猪尾がまた感想を述べる。それに同意するように皆の顔が緩む。


「我が名はナゴエル、よろしく頼むぞ」


 人語を話し厳格な雰囲気にかわいいと言う感想が一瞬で砕け散った。しかし西園寺は嬉しそうに姿勢を屈めてナゴエルを撫で始める。


「やめ、やめるのだ、撫で撫でするでない」


 ゴロゴロと喉をならす声が聞こえてきて再度皆の顔が緩む。


「よろしくねーナゴちゃん」


 ニコニコする西園寺に少し不機嫌そうに鳴くが満更でも無さそうだった。

 しばらく撫で回した西園寺はナゴエルを解放する。威厳がとかなんとか文句を言いながらメイスに戻っていくのだった。


 猪尾の番がきた。自身ありげに斧を持ち目を瞑る。何時にもなく真面目な雰囲気に期待感が高まる。空気も心なしかピリピリする。しかし…


「やめやめ、あんまりよく見えなかったわー」


 残念そうに武器を下げる姿に一同ずっこける。翔は苦笑いしながらツッコミをいれる。


「諦めるんかい!」


 神楽が首を傾げながら武器を新調するか聞くと猪尾は首を横に激しく振り断る。


「何て言うか恥ずかしながら…」


 照れ笑いする猪尾を見て河内が何かを察して聞き返す。


「何か隠したいものでも見えたのか」


「う…察しがいいなカワちゃん、そうだよ見えたよ、話しもした」


 猪尾が取り繕うように言い訳を始める。


「俺の見た目がよくないんかねぇ、お恥ずかしながら協力が得られなかったよー」


 その言葉を聞いて神楽が「やっぱり交換する?」と提案するが苦笑いしながら猪尾は大丈夫と拒否する。

 河内が翔に耳打ちで思ったことを伝える。


「きっと精霊の見た目がよかったから認めてもらいたくて意固地になってるぞアイツ」


「はは、それならそれで目標出て来て良かったんじゃないか?」


 戻ったら手入れしてやるから等とご機嫌とりをするように猪尾が武器を撫でたりしていた。流石にちょっと異常だなと河内は呟いた。


 ―――


 翌日、アキトがバタバタと忙しそうに別の生徒達を実戦に連れていく。


「しばらくは稽古付けれないから神楽んとこに行け、筋トレでもいいぞ」


 同伴した課外授業かと気付いた翔は仕方なく言われた通りに神楽の所で黒姫と一緒に授業を受ける。

 なんで武術とかの授業じゃないんだろうと、疑問に感じていたがすぐに考えを改めて授業に向かうことにする。


 玄関口でアキトが出発する生徒の様子を一人一人黙視で確認する。

 今日の引率担当はシュメイラ、白衣の姿が似合う初日に出会った女性である。寝不足なのか目の下の隈が普段より目立つ。大きな欠伸をして特有の引き笑いしながらアキトに声をかけてくる。


「ひひ、アキトちゃんは人使い荒いんだから…この人数の往復分の転送薬作らせるなんて」


 寝不足の理由はアキトの依頼だったようだ。今度埋め合わせすると手を合わせるとシュメイラはニヤニヤしながら小瓶をアキトに渡す。


「どこの国でもいいけど香り高い高級茶が飲みたいね、麻袋一つ分お願いね」


 苦笑いしながらアキトが了承すると出発しようとすると猪尾がドタバタと走ってきて土下座をして連れていってくれと頼み込んでくる。

 魔法を使うための薬の数の問題もありアキトが突っぱねようとするとシュメイラが薬の入った鞄を指差して余裕があることを伝える。


「割れた時の為に余裕はあるんだよねぇ。ふひ」


 アキトは仕方なさそうにため息をして猪尾の願いを承諾する。

 街を出るまでの間猪尾がアキトに色々と質問をする。


「アキトさんはその刀は神楽先生から?」


「んー。ああ、そうだ氷雨は貰い物だ」


 自分の手斧を眺めながらまた質問する。


「相性か、精霊と性格の折り合い悪いとかあるんですか?」


「知らんな、精霊というより仕事仲間、相棒だ。なんだ上手く行かなかったのか?」


 猪尾は笑って誤魔化そうとするがシュメイラが割り込んでくる。


「少年、もしかして精霊に恋しちゃったか?ふひひ」


 猪尾が首を横に激しく振る。


「ち、違います!イメージが何て言うか…武器と違う気がして…嫌な訳じゃないんですけど自信無くなっちゃって」


 アキトは目を細めて猪尾の斧を見つめる。


「どんな精霊なのか…今日見せてもらおうか、その為に来たんだろ?」


 猪尾は黙って頷く。

 会話も程々にアキト達は門にたどり着き外に出る。門の外でアキトがスクロールを取り出して開き小瓶を取り出して中身を振りかける。スクロールが光だしそれを地面に投げる。すると閃光が走り地面に魔方陣が出現する。

 その作業の横でシュメイラが全員に薬品瓶を配る。猪尾が瓶の中身を覗き込む様子を見てシュメイラが笑いながら薬を飲む。


「ひひ、毒じゃないから安心して、味は…美味しくないけど」


「魔方陣となんの関係が…まずぅ」


 薬の味が思った以上に舌に合わず凄い嫌な顔をして批判する。アキトは知らん顔をしながらイッキ飲みして魔方陣には入らずに地面を蹴る。バチッと音と共にアキトは姿を消す。


「…一体どういう魔法なんです?」


「端的に言うと高速移動ってやつ、空間ごと跳躍してアキトくんは今この魔方陣の出口を作りに行ってるのよ」


 魔法というものを理解できない猪尾の頭にはてなマークが浮かぶ。


「ひひ、彼も魔法を原理を理解しようとして発狂してたわね、同郷のあなたの常識で考えちゃダメよ?」


 首の傾きが強くなる猪尾をよそに魔方陣の光がいっそう強くなる。


「ほら、皆魔方陣開いたから皆入るんだよ」


 生徒が次々入っていく。猪尾もシュメイラに背中を押される形で魔方陣に入らされる。宙に浮くように足元の感覚が無くなり移動先の魔方陣から倒れるように弾き出される。一行は自然豊かな湖の畔についた。


「なにやってんだ…」


 転んでいる猪尾を見てアキトが呆れた顔をする。


「ふひひ、ごめんねぇ、まさか転ぶとは…」


 猪尾はぐぬぬと唸りながら立ち上がり顔についた泥を払う。アキトが生徒にチームを組むこととあんまり離れ過ぎないことを伝える。生返事の生徒を怒ろうとするアキトをシュメイラが止める。


「私が見るから大丈夫、アキトくんはそっちのお弟子さんについてけー」


 気の抜けた言い方に注意しようとするアキトに返事をさせる前に更に畳み掛けてくる。


「ひひ、最近気を張り過ぎ。少しは休むといいよ」


 ため息混じりに返事をして何かあったらすぐに報告するよう伝えてアキトは猪尾と行動することになった。


「さて、召喚してみろ」


 単刀直入に言うアキトに意を決した猪尾が手斧を構えて召喚を試みる。バチバチと音を鳴らし髪が逆立つ。


(ふむ、電撃…)


 様子を見て冷静に分析するアキトだったが現れた精霊を見て呟く。


「斧でこんな精霊とは予想外だったな」


 丸眼鏡をした文学少女風の精霊が浮かんでいた。猪尾が斧と精霊を順番に指差し参ったねっと言った風に手を動かす。


「ユピテルって名前らしいッス」


 ユピテルと呼ばれた精霊は本を取り出して本の角で猪尾を軽く殴る。


「お主…何故私を一度拒否した?」


 不服そうにするユピテルに殴られた箇所を押さえながら猪尾が半泣きになりながら答える。


「いや、オレとどう見たってイメージ合わないだろ!それに斧だぞ」


 アキトが猪尾の言葉を否定する。


「精霊との相性など試さねば分かるまい?そんなにイメージ合わないか?俺は凸凹コンビも悪くないと思うぞ?」


 アキトの意見を聞いてユピテルが腕を組み頷く。


「前衛と後衛でバランスもよかろう?」


 猪尾が口に手を当てながらそういうもんなのか?と呟く。


「左様、さぁ私の力を見せつけてやろう!」


「見た目と性格の落差凄いな」


 二人のやり取りをみて大丈夫そうだなとアキトが安堵する。ユピテルに急かされながら猪尾は草むらへと入っていく。それを見送ったアキトは自分の仕事を始める。

 腰から転移のものとは違うスクロールを取り出して広げる。


(次元の穴はどこですか…っと)


 スクロールから淡く光る球が出て来て辺りを漂う。しかしアキトの思った通りの動きをしない。


「情報じゃここに奴らがいるはずなんだが…おかしい」


 口に手を当て考える。本来この光の球は以前から侵略してきた敵の入り口の場所を見つける魔法であった。しかし情報にあったこの場所には反応が何も無い。


「仕方ない猪尾と合流するか、シュメイラも探さないとだな」


 暫く様子見をしたアキトはガセ情報に溜め息をついてスクロールを閉じて猪尾を探しに行くのだった。


 猪尾は草むらを掻き分け進みながらモンスターを探す。


「ユピテルさん、なんか見えます?」


 浮いて少し高い位置から周囲を観察するユピテルは指差して雷を放つ。


「ふむ、ぶよぶよとしたヤツを倒してやったぞ」


 どうやらスライムを一撃で撃ち砕いたようだ。


「えぇ…一撃?オレの出番は…?」


「お主が不意打ちで負傷されては困る、私に任せておけ」


 眼鏡ををくいっと位置調整してまた周囲を見渡す。そこにアキトがやってくる。


「任務は中断だ、シュメイラと合流するぞ」


 ユピテルが不満そうな表情をするが猪尾が承諾すると仕方なさそうにユピテルが斧に戻る。

 二人は草むらを離れ最初の地点に戻ってくる。猪尾がふとアキトに質問をする。


「アキトさんって先生?やってるのに魔法苦手なんですよね?」


「…誰から聞いた?」


 アキトが立ち止まって威圧感を放つ。


「あ、いや、シュメイラ先生が同郷って言っててさ…あれ?」


 猪尾がふと同郷という言葉に違和感を感じ首をかしげる。


「アキトさんってオレらと同じなんスか?」


 黙ってアキトが走り出す。猪尾が驚いて呼び止めようとする。


「ユピテルを出してそこで待機してろ、何が出て来ても油断するな!」


 ポカンとしている猪尾を勝手に飛び出してきたユピテルが本で猪尾の頭を叩き正気に戻す。

 がさがさとアキトが向かった方向とは違う場所から音がし始め猪尾もユピテルも身構える。


「ど、どうなってんの?」


「ふむ、どうやら何か不味いことになったようだ…」


 シュメイラ達が向かった林の方に入ったアキトの目に入ったのは生徒達の変わり果てた姿で歩く屍の群れだった。片手で形式的な祷りを捧げアキトは氷雨を呼び出し無言で全員凍らせてから首をはねる。

 更に奥からくぐもった呻き声がする。


「よぉ。茶番は無意味だぞ」


 シュメイラが縛られて放置されていた。アキトは鞄を確認してから乱暴に猿轡を外す。


「あひ、アキトくん、違うんですよ」


「単刀直入に聞こうか、なぜ俺の故郷を知ってる、ボロを出したな」


 状況とアキトの冷たい視線に涙目になりながら理由を話し始める。

 シュメイラは敵のスパイとして神楽の学校に教員として監視役を務めていた。しかし次第に生徒達と交流することで人種、世界の垣根について疑問視するようになり先生としての人生を謳歌する決心をしたこと、そのなかで神楽の身辺の調査をする中でアキトを知り怪しく思って調べた結果神鳴の世界から来たらしいという事を何とか知った事を…


「だから、あの世界との縁は切ったんだよ…信じてほしい」


「じゃあ生徒をゾンビにしたのはお前じゃないんだな?」


 刀を突き付けられて激しく縦に振る。


「皆を守れなかった事は本当に…ごめんなさい、私を殺せば学校は許されるかな?家族を失った人達は…」


 悲観的に語るシュメイラに舌打ちして刀を納めてアキトは背を向ける。


「そんな重い謝罪を誰かにやれせようとするんじゃねぇ、心の整理ついたら後で来い」


「アキトくん…ひひ、あの…縄ほどいて…」


 縄を巻かれたまま放置されポツリと呟くがアキトには聞こえなかった。


 猪尾の所に険しい顔をして戻ってきたアキト、それを見て何かあったのか聞く。アキトはいつの間にかチラリと横にいる女子生徒を見る。


「その前にそいつは?」


「逃げてきたんだってさ、名前はえーっと…」


「ロトスです、あの…シュメイラ先生は」


 アキトは首を横に振って嘘をつく。驚く猪尾をよそにロトスは嬉しそうに感謝を述べてくる。


「これで後はお前らだけだな!」


 猪尾の首元にナイフを突き立て人質にする。ユピテルが反応するよりも先にロトスが声を荒らげる。


「豚、お前の精霊を戻せ、あぁアキトせんせーの方が厄介だって聞いてるからな…二人とも武器を置いてもらおうか」


 アキトは隠す気もないのかと呆れて呟き刀を腰から外して左手を挙げながら刀を地面に置く。猪尾も黙ってユピテルを戻して手斧を置く。


「刀から離れてもらおうか?せんせー」


 勝利を確信したロトスが猪尾を盾にしながら前に出てくる。

 油断しているロトスを前に等身が小さくデフォルメされた氷雨が現れフッと息を吹き掛ける。

 突然の事で反応できなかったロトスは体を一瞬で凍らされ口も塞がれる。猪尾は急ぎ斧を拾い離れて。ロトスは固まった体でアキトに目で「なぜ」と訴えてくる。


「秘密、テメェは懺悔だけしてろ」


 アキトは足で触れていた刀を蹴り上げて回収し溜め息混じりに抜刀しロトスの首をはねる。

 事が終わり林からシュメイラが息も絶え絶えに走ってくる。いろいろな事で放心状態だった猪尾がその姿を見て幽霊を見るかのように驚く。


「アキトくーん!どうして縄ほどいてくれなかったんですか!」


「…あー、忘れてたすまんな」


 縄を噛み切るのは大変だったと力説するシュメイラを笑うアキトを見て生きてることに気付き猪尾がアキトに聞く。


「生きてたんすね…なんで嘘を?」


「こいつに罪をおっ被せて俺らを殺そうとしてたんでな。まぁ相手の策に乗っただけだ」


 シュメイラは鞄から薬を取り出して帰ることを提案する。

 猪尾が疲れたと呟きながら薬を飲んでさっさと帰ってしまう。


「お前がしっかりと仕事したから信じたんだからな?全員分の帰還薬と予備の薬…」


 アキトはシュメイラの頭をぐしゃぐしゃと撫でながら自分は高速移動用の薬を飲む。


「ちゃんと学校には戻ってこい」


 惚けたシュメイラがアキトにすり寄る。


「ふひ、これが恋…」


「引っ付こうとするな、お前は自分の不味い薬でも飲んで帰れ!」


 アキトは逃げるように地面を蹴ってその場を離脱するのだった。

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