第5話
夕御飯を済ませ一同は神楽の私室に来ていた。武器の使い方を教わるためだ。その場にはアキトも戻ってきて参加していた。
先刻の戦いについて敵の伝言をアキトが耳打ちで伝えた後、神楽の顔も真剣になっていた。
「昨日貴方達の武器は特別と伝えたわね?翔は既に感じ取ったと思うけれどその武器には強い精霊が宿っているわ」
全員が各々の武器を見つめる。
「アキト、貴方のを見せてあげて」
アキトは黙って頷くと青い刀を翔達に見せる。その瞬間急に寒気が走り全員が身を縮こませる。冷たい風が吹き抜けたと思うと五人の前に白い着物に透き通った羽衣をつけた雪女が現れる。挨拶するように息を吹き掛けるような動きをする。また一段と気温が下がったように感じる。
「こいつは
精霊には個別に名前まであるようだ。周りを冷やして悪戯に笑う雪女をアキトが注意するとスーっと消えてしまった。
「見ての通り氷の精霊だ、まぁお前達の感覚で言うなら雪女か」
アキトの様子を見て四人は凄いものをみて喜んでいた。翔だけは授業で感じた鬼を思い出し不安になっていた。
「そうだ翔、コントロール出来なければ諸刃の剣、不安ならやめておけ」
突き放すようにアキトは話す。その言葉に他の皆も不安になる。
「諸刃の剣って具体的にどうなるんですか?」
河内が恐る恐る尋ねる。
「この氷雨の場合周囲を凍らせ続けるだろうな…下手すればみーんな死ぬぞ、まぁ精霊の性質にもよるが好き勝手に暴れるということだ」
全員が自信を無くしていく、失敗すれば命の危機かもしれないという恐怖に挑戦への二の足を踏む。
「まだ早かったわね…ごめんなさい」
神楽は残念そうに呟く。
「勇気と蛮勇は違う、自分を見つめて思い止まれる事は悪いことじゃない…だが時間は少ない近いうちに挑戦する覚悟を決めてくれ」
時間が少ないという言葉にプレッシャーを感じつつ今日は解散することになった。
皆無言のまま寝室に戻り自分達の武器を見つめていた。
「武器は武器…別に特殊な力なんて…欲しい訳じゃ…」
西園寺が弱々しく皆に語りかける。
「そ、そうだよな!」
猪尾が話に乗るが河内が否定する。
「アキトさんの氷雨だっけ?凄い威圧感あった…あの力無ければ僕らはこっちの普通の一般人レベル、いやそれ以下だろ?」
気まずい沈黙が流れる。
「必ず使いこなして越えてみせる」
アキトの冷ややかな目を思い出し翔は奮起する。
「なんか燃えてらぁ、オレにはそんな覚悟できねぇや」
「翔…頭に血が登りすぎないようにな」
河内も猪尾も翔の並々ならぬ気合いの入りように心配の声を出す。黒姫は黙って四人の会話を聞いていた。結局どうするかの結論を出せずに就寝した五人であった。
翌日、朝の挨拶をしに神鳴がやってくる。
「おはよー!起きろー!」
ムクッと五人は体を起こしていつの間にか用意されていたカーテンで仕切りを作って着替えを行う。どうやらアキトが気を利かせて神楽に用意させたらしい。
神鳴が四人に拙い日本語の文字でメモした予定表を渡して翔をアキトのもとに連れていく。
「今日もアイツとトレーニングか…」
「アイツって言わない!スパルタだけど貴方にも皆にも気遣っているのよ?」
足取りの重い翔を励ますように同じ方向に歩いていた河内が声をかけてくる。
「マンツーマンで訓練なんだろ?授業よりよっぽど凄いことだと思うぞ?」
あんまり励ましにならなかったのか翔は深いため息をつく。
「お気遣いありがと、でも結構、いやマジで疲れるんだよ…ぼろぼろだったろ?」
昨日のぼろぼろの姿を思いだし河内は苦笑いする。
分かれ道で河内とも別れていよいよアキトの待つ中庭にやってくる。
「来たな、刀を持て」
翔も神鳴も目を丸くする。
「昨日はああ言ったが時間がないのは事実だからな」
刀を抜こうとする翔をアキトが止める。
「切り合いじゃない、精霊を使うんだ」
それは…とまだ自信無さそうに翔は刀を下げる。
「甘えるな、暴走したら止めてやる」
アキトが腰に手を当ててぶっきらぼうに言い放つ。どうなっても知らないぞと翔は気合いを入れて神鳴がそろりそろりと物陰に退避する。
「何かあったら本当に止めてくださいよ?」
「何か起きないようにまず努力しろ」
翔は即答されてムッとするが物陰から神鳴が落ち着いてとエールが届き落ち着くように深呼吸する。授業を思い出し目を瞑る翔をアキトも神鳴も固唾を飲んで見守る。
熱気がアキトの横を吹き抜ける。集中し昨日よりも炎のイメージも鬼の形も強くハッキリと感じる。刀をすぐにでも手放したくなる所を歯を食いしばり鬼の姿を捉えようと刀を強く握りしめる。神鳴がアキトに近よりどうなっているのか聞く。
「何が起きてるの?」
「精霊を使役するために支配しようと対話している…と思う、アレが話が通じる精霊かは俺にもわからない」
無言のままの翔を感心するように見つめた後に神鳴は続けて質問する。
「もし話通じなかったら?」
口に手を当て少し考えた後にアキトが答える。
「精神力でねじ伏せて屈服させる…とかか、神楽なら詳しいんだが俺にはこいつしか居ないからな」
アキトの刀の精霊である氷雨を神鳴に説明しながら呼び出す。神秘的な雪女を見て神鳴が少し呆れ気味に呟く。
「こういう女性が趣味なのね…」
「違うわい!」
趣味じゃないのかと相棒の言葉に氷雨は少しムッとする。そして神鳴はニヤニヤする。小馬鹿にされてアキトは腕組みして補足をする。
「精霊の形は使い手が創造する訳じゃないんだ、好みで選べるものじゃない」
そんなワイワイする二人の声も届かない程に集中した翔は精神世界の中で胡座をする陣羽織をした赤鬼と睨み合っていた。赤鬼がため息をして呟く。
「小童が儂を呼び出すとはな…」
「…これ脳内でイメージと会話してるんだよな?」
喋りだした精霊に自分の脳を心配しだす翔、それを聞いていた不機嫌そうに赤鬼は腕を組む。
「なんだと?童、舐めているのか?儂を物言わぬ何かかと考えておるのか!」
凄む赤鬼にビビる翔、しかし刀は離すまいと握る。
「鬼のイメージがあったから怖いものだと思ってたが…いや、こんなに威圧感あるものだったとは…」
翔は考えている事が自然と言葉に出てしまう。
「間抜けめ、考えていることが筒抜けぞ、精神で繋がっているのだから油断するでないわ」
言葉に詰まり何を言うべきか悩む黙る翔に赤鬼が単刀直入に尋ねる。
「童、儂の…精霊の力、使いたいのであろう?」
静かにゆっくりと首を縦に振る。
「ふん、儂も融通の利かぬ性格では無いのでな、使いこなせるか試してやろう」
赤鬼は立ち上がりすんなりと使役を承諾する。
「いいのか?」
呆気にとられ翔の中で張り詰めていた気が抜ける。
「試すと言ったのだ!さぁ行くぞ!儂の名は
「童って言うのはやめてくれ、翔って名前がある」
ワイワイしていた神鳴達を一段と強い熱気が吹き付ける。
「来たか…!」
アキトは熱気に反応しすぐに身構える。神鳴も緊張しながらもワクワクしていた。目を見開いた翔の隣に焰鬼が浮かび上がる。
「おお、なんか凄そう…」
神鳴はその場をスッと離れて隠れる。
氷雨と焰鬼が睨み合いバチバチと火花が散るかのようだったが暴走していない様子を見て氷雨を下がらせる。
「コントロールできていそうだな、なら大丈…」
構えを解いたアキトに焰鬼が一瞬で近付き拳を振るう。アキトは咄嗟に攻撃をかわし目を丸くする。
「っ!危ねぇ、何しやがる」
焰鬼がにやっと好敵手を見るように笑う。
「む、やるではないか、次は外さんぞ」
翔はどうやって止めるか困っているとアキトの後ろの氷雨が焰鬼に息を吹き付け動きを鈍らせる。驚く焰鬼にアキトが刀を構え警告する。
「まだ抵抗するか?それとも斬られるか…」
翔がアキトを謝りながら止める。
「すみません、敵と勘違いしているだけみたいなんです」
焰鬼は隙を見てアキトから離れるように跳ねて下がる。
「なんだヤツは敵ではないのか?戦うのではないのか?」
「…なんか誤解があるみたいだな」
呟きながらやれやれとアキトが呆れ顔をする。
「鍛錬してたんだ、精霊の呼び出し方とか…」
焰鬼は残念そうな顔をして暇そうに腕をぐるぐるさせる。
「実戦の方が為になるわい、儂は寝るから童は肉体鍛えるんだのぉ」
スーっと勝手に消えていく焰鬼を止めようとする翔だったが結局何も言わずに消えてしまった。
「おいおい実戦にしか興味がないとは…好戦的な奴だ…」
アキトが構えを解き氷雨を見ながら呟く。
「あとお喋りだな、まぁ実戦が御所望なら用意しといてやる」
急な話に翔が驚きの声をあげる。アキトはゲラゲラとビビる翔を笑いながら氷雨にお礼を言って刀に戻らせる。
「取り敢えず今日はお前の鬼さんの言う筋トレでもするか?」
「焰鬼って名前らしいです」
そうかと一言だけ言ってアキトは神鳴に翔の筋トレの監視を任せて教室棟に入っていく。
翔はぶつぶつと文句を言いながらも神鳴の言う無茶なトレーニングをテキトウにやらされていた。
―――
数日間は何事もなく授業と稽古と鍛錬が続いた。
そんな折、いつものように朝の支度をしているとアキトがやってきて突然の話を切り出す。
「今日は授業休め、全員実戦だ」
五人が理解できないと言わんばかりに「は?」と聞き返す。
「そろそろ戦い方を体に叩き込んでもらわないとと思ってな、安心しろちゃんと引率してやる」
「いやいや何でまたオレらが…」
当初の目的を忘れているのか猪尾が問い掛ける。
「敵の神様倒すんだろ?じゃあ今のままだと実戦の経験が足りねぇよな?」
図星を突かれた面々は押し黙る。
「安心しろ、お前達だけじゃない、今後は生徒全員にそういう経験が必要になる」
アキトの言葉に河内がすぐに反応し尋ねる。
「なんでまた生徒達に実戦経験が必要になるんですか?」
「最近『客人』が多くてな、安心しろまだ本格的では無い今が鍛え時だ」
客人という言葉に首を傾げつつ五人は着替えてアキトについていく。玄関口では他にも生徒と先生がいた。形式だけの挨拶を翔達がする。アキトが苦笑いしながら謝る。
「お待たせしてすみません、準備できましたので行きましょう」
妙に腰の低い態度に翔達から白い目をされアキトが優しい声で「行きますよ?」と語りかけてくるが目は笑っていなかった。
門を出てすぐの森にやってくる。都市から近いこともあり他の生徒達の不安はなくなりピクニック気分のようだった。その様子に便乗した猪尾が呟く。
「なんだよ、そこら辺の森に行くだけかよーもっとヤバい場所行くのかと思ってたぜ」
「そうね、ビビってたのがバカみたい」
西園寺も猪尾と同意見のようだった。戦闘を経験した翔と黒姫は暗い表情のままでその様子を見た河内が笑っている二人に注意する。
「引率の先生がいるからって遊び気分は止すんだ、翔を見てみろよ」
苦笑いで大丈夫と翔は元気に振る舞うが余計に心配されてしまう。
「命のやり取り…だったな、わりぃ軽く考えすぎてた」
まだ理解は浅いだろうが猪尾は腰ひもをグッと絞め直して気合いを入れていた。
黒姫が翔の横に来て最近の調子やら精霊について聞いてくる。未だに五人のうち精霊を呼べているのは翔一人だったのだ。
「実戦以外は興味が無いらしくて…まだ呼び掛けたら答える程度なんだよな」
黒姫は少し残念そうにする。焰鬼については皆には話していたがどういうモノかは翔自身まだ分かっていないのだ。
「頑張りましょうね」
精一杯の言葉に応えるように頷くと黒姫が立ち止まりキョロキョロし始める。何事かと翔もあわせて周りを見渡す。さっきまで居たはずの河内達含めた一行が居なくなっていた。しまった。と声に出す前に草むらから地球のものより一回りは大きな狼が飛び出してくる。
「俺はよっぽど犬に縁があるのかね、焰鬼!」
翔が刀を構え声を張る。瞬間、焰鬼が刀から飛び出るように現れ勢いよく狼を叩き伏せる。
「他愛ない、終わりか?」
焰鬼は退屈そうに手をパンパンとはたき周囲を見渡す。その様子を黒姫はきょとんとした表情で眺めていた。小さくガッツポーズをする翔だったが刀に戻った焰鬼が翔に語りかけてくる。
(気を抜くな童、なにやら様子がおかしいぞ!)
その言葉に言われるがまま倒れた狼を見ると黒い煙に包まれみるみるうちに骨になりながら起き上がってくる。それを見た後ろで小さく黒姫が悲鳴を上げた。
「な、なんだ…煙…?」
(分からぬ…儂の炎の力を貸す、焼き尽くせ!)
刀は熱を帯び
「殴らないのか?」
(穢らわしいもの等に触れるほど愚かではないわ!)
声帯は無いが狼の唸り声が響いてくる。遠吠えする動きをした後、翔目掛けて飛び込んでくる。それが触れる前に払い落とす様に刀を振るい突き出した前足と頭を砕く。更に刀の軌道に合わせて炎が上がり焼かれながら残った骨がバラバラと地面に落ちる。
自分がやったのかと半信半疑になりながら灰になった骨屑を眺める。
(見事、だがまだ終わりではないぞ)
焰鬼の言葉に驚き周囲を見渡す。黒姫以外誰もいない。しかし、構えを解かない翔に隙を伺っていたのか舌打ちと共にアキトの言う客人と思しき青肌の肥満体の男が現れる。
「なんだよ、油断するお年頃だと思ったんだが意外と用心深いじゃあないか」
へらへらと笑う男を翔が睨むとピタリと止まり不意を突くように口から勢いよく黒い煙を吐く。
焰鬼が警告する前に危険と判断した翔は黒姫を押し倒すように避け焰鬼を飛ばす。
「良い判断だ翔!」
そう言いながら焰鬼は素早く男の右脇腹に一撃と顔面に一撃素早く拳を叩き込む。蛙のような声を上げながら宙に浮いた男の土手っ腹に更に炎の拳で強烈な一撃を入れ地面に叩き伏せる。燃えながら汚い言葉で罵詈雑言を叫ぶ。黒い煙を警戒し焰鬼はすぐに翔の元に下がる。次第に敵が動かなくなるのを確認して翔は地面に転がったまま深く一息入れ立ち上がる。
しかし、隣の黒姫が声をあげる。振り返り足に根が絡み付いていた。何事かとその先を見るともう一本根が伸び翔目掛けて振り下ろされそうになる。すかさず刀を振り上げ焰鬼の力で根を燃やす。熱さと痛みからか木のモンスターが体を揺らしながら現れる。
(先程の避けた煙で作られた物の怪だろう)
「成る程よく燃えそうだな、黒姫大丈夫か?」
黒姫は絡み付いた根をナイフでザクザクと切り裂き足を解放して立ち上がり弱々しく頷く。無視されたのか余裕がある姿を見て怒ったのかブンブン根や枝を振り回しながら怪物は近付いてくる。
翔は少し余裕があるかのような表情をして焰鬼と共に炎を出しながらズバズバと切り流れに乗り本体も切り燃やす。
「まあまあだ、童」
「もう名前呼んでくれないのか?」
少しニヤニヤする翔だったが焰鬼はため息をつく。
「油断が無ければ完璧だったがな」
二人のコンビを見て黒姫がクスクスと笑う。その後すぐにアキトが草木を掻き分けて飛び出してくる。いつになく必死そうな様子だったが戦闘の結果を見て安堵の息を吐き真顔になる。動かない黒焦げの男を睨みながら翔に近付く。
「二人がはぐれたのは俺の注意不足だ、すまなかった」
意外にも最初に出たのが謝罪の言葉で翔がズコッと姿勢を崩す。
「てっきり普段みたいにガミガミ言われるもんかと…」
「ああ、そうだな大声くらい出してくれれば良かったんだがな!」
アキトはやれやれと少し悲しそうな目をしながら小突いてくる。その後死体をチラッと見てまたすまないと呟いていた。
「奴を知ってるのか?」
焰鬼がアキトの様子を見て尋ねる。
「敵さ、だがお前達を…多分人殺しにさせてしまったな…」
アキトは刀を抜きゆっくりと死体に近付き念を入れて首を切り落とす。
「お前はモンスターを倒しただけだ、他は忘れろ」
アキトの不器用な優しさを前に何も言えなかった。
日が沈む前に学校に戻ってきた翔達は誰も欠けることなく戻ってこれた事を神鳴が喜んでいると酷く憔悴した様子の猪尾と西園寺が心ここに非ずという感じの返事をしていた。翔が河内に何があったかと聞くと弱々しく答えてくる。
「ああ、モンスターを倒した時の妙に生々しい感じで精神すり減っているんだ、僕は割りきれてるんだが…」
河内も口では戦いに納得しているようだが気分は良くなさそうだった。そんな面々の様子を見て黒姫が翔のローブを引っ張りながら「私だけ…」と呟いていた。
「アキトさんも言ってただろ、殺すことに慣れるなって、知らない方がいいって事だろう?」
小さく頷く黒姫とその様子を神鳴がニヤニヤと見てくる。空気読めとアキトが神鳴の頭に軽くげんこつをする。
その日は皆疲れてはいたが食欲がそんなに湧かず食事量は少なかった。
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