第4話

 あまり会話もなく食事を終えて神楽に個々の戦い方の希望を聞かれていた。結局この場では話しにくいこともあるだろうと部屋に一度戻され一人一人別々に呼ばれることになり翔は最後に回された。

 先に各々胸に秘めた希望を吐露し少しスッキリした顔をして戻ってきていた。


(みんなはどんな希望を出したんだろうか、俺はどうすればいいんだろうか…)


 順番が進むにつれてそんな考えが頭のなかを何度も行き来する。

 食事の時まで気まずそうだった西園寺と黒姫は思いの丈を話した後なのか今後の事を話すくらいには関係改善していた。

 四人目の猪尾が戻って来ると翔はスッと立ち上がり神楽の私室を目指す。皆の様子を見て尚落ち着けない翔は何が待っているのか不安になりながら扉をノックする。


「入ってくれ」


 想定外の声に驚きながらも扉を開け中に入る。部屋の中でアキトが仁王立ちしていた。


「他の面子は希望と適正を聞いてたがお前は俺と稽古だ、決定事項なんで異論反論は無しだ」


 机の方から神楽と神鳴が苦笑いしながら翔を見ていた。


「俺だけ?希望とか無し?」


「無しではないが俺に合わせた方がいいぞ」


 アキトはそう言って木刀を振り翔の首もとでピタリと止める。ビクッと翔は体を強張らせ冷や汗を垂らす。喧嘩腰のアキトを見て遠目に見てた二人はひそひそと会話する。


「神鳴、やっぱりダメじゃないかしら?私が言うのもあれだけど教育者としてアキトはあまり良くないわよ?」


「でもアキト直々言われたら試したいじゃない?」


 二人の声が聞こえたアキトは木刀を肩に置き笑いながら答える。


「安心しろって、理解してるつもりだから」


 なんのことか分からないわ翔は首を傾げながら尋ねる。


「今日会ったばかりの俺の何がわかるんだよ!?」


 アキトは口に手を当てて何か思い付いたように答える。


「武器を見て思った、刀なら任せろって事だ」


 また奥の二人がひそひそと話す。


「翔は剣の予定、今までもそう。アキトもそうでしょ?」


「実は彼ねずっと刀使ってるのよ」


 神楽の回答に大きな声で「はぁ!?」と神鳴は怒鳴る。ヒートアップした会話が翔達にも聞こえてくる。


「だって姉さん毎回剣って言ってたじゃない!」


「彼が自分から刀選んだんだもん!刀剣類だったらなんでもいいでしょ!もう!」


 アキトがじとっとした目で二人を見て注意する。


「うるさいぞ、喧嘩するなら後でしてくれ」


 借りてきた猫のように二人は一つ返事で大人しくなる。


「そういう訳だ、明日から宜しくな」


 ニヤリとするアキトにそれなりの恐怖を感じつつ翔は神楽に武器について質問する。


「これの正しい使い方とかもアキトさんから?」


「そうね、お願いできるかしら?」


 アキトは神楽の言葉を聞いてウンウンと頷く。


「わかったな?だが先に基礎訓練だな、以上戻って寝ろ」


 冷たくあしらうように翔は帰らされる。

 扉を出ると部家の中で言い争いが聞こえるがそんな事より明日以降の事を思うとひどく疲れた翔は部屋に戻ることにした。


(最初は軽い人かと思ってたけど凄く怖い人なんだなぁ、気が滅入る…)


 部屋に戻ると既に河内も猪尾もベッドに入っていた。

 ひどく憔悴した様子で戻ってきた翔を見て眠れていなかった黒姫が声をかけてくる。


「浜松君、大丈夫ですか?」


 大丈夫と手でジェスチャーすると黒姫は今日のことを振り返り感謝してくる。


「今日は危ないところを助けてくれて…本当にありがとうございました」


 そして西園寺について聞いてもいないのに説明してくる。


「私、放課後教室で西園寺さんを占って…あの時遊ぶ話ししてた浜松君達を追えば凄い出会いがあるって結果が出て…その」


 言葉に詰まりながら泣きながら少しずつ話していく。


「私だけだったらこんな苦しい思いしなくて…」


 どうやらまだ黒姫と西園寺はちゃんと和解していないようだった。翔はどう励まそうかと頭を掻き黒姫を見つめて勇気づけるように言う。


「神様の都合で選ばれた俺に巻き込まれたんだ、俺が頑張って皆元の世界に帰せるように、その…頑張るさ、約束だ」


 先の見えない戦いに向けて決意を新たにする。それを聞いて黒姫は涙を拭き首を縦に降る。


「もう寝よう、明日も早い…と思う」


 まだ色々と自信はないがなんとかなると気合いを入れながら翔は就寝する。


 翌日、日の出と共に五人が寝る部屋にアキトが勢いよく入ってくる。


「寝坊助ども起きろー」


 何事だと猪尾以外の四人が飛び起きアキトに視線が向く。未だに眠る猪尾を河内が枕を投げる。寝惚けながらも体を起こして周りを見渡し猪尾がため息をつく。


「やっぱり夢じゃねーよな…」


 その一言で雰囲気が一気に暗くなるがそこでアキトが一喝する。


「ここで勉学勤しんでるヤツは実家から離れたここで生活してんだ!今更何ホームシックになってやがる!諦めてお前らも彼らに習ってこい!」


 アキトの気迫に五人はいそいそとベッドから這い出てビシッと姿勢を正す。


「まて、そっちの箪笥の服に着替えろ、いつまでも奇抜な格好じゃまずいだろ、今の服の洗濯は男子は俺が女子は神鳴にやらせるからな、さっさとする!」


 一瞬の沈黙の後西園寺が吼える。


「着替えは男子女子別でやるわよ!男子は出てけー!」


 翔達は部屋を追い出される。その後アキトが顔に青タンを作って西園寺に摘まみ出される。


「男子って言うから俺は含めないものだと…」


 アホな言い訳に男子三人がアキトを蹴る。

 しばらくして二人が出てくる。アキトは「サイテーです」「スケベ」と二人からなじられ翔達も激しく頷く。「変態だな」「デリカシーないな」と猪尾と河内に言われる。翔はこれからの訓練が怖くて何も言えなかった。


 ―――


 朝食を済ませてそれぞれの受けるべき授業に向かっていく中、アキトに中庭の一つに連れてこられる。


「ここらでいいだろう、刀は置いてコレを使え」


 翔の刀と同じくらいのサイズの木刀を渡される。


「まずは基本動作、型とかは教えないから取り敢えず打ち込んでこい」


 アキトも木刀を持ち手をクイクイと合図する。翔は軽く素振りをしてから黙ってアキトに一撃打ち込む。

 乾いた衝撃音が響く、不動で翔の一撃をアキトが受け止め逆に翔がバランスを崩す。


「気迫はあるな、立て、休まず来い!」


 余裕な顔をするアキトを見て翔はすぐに姿勢を立て直して掛け声をあげながら再度打ち込む。バシッと激しい音が響くがまた翔だけ姿勢が崩れる。


「説明はしない!体で覚えろ、今のままだとすぐに殺されるぞ!」


 そうこうして何十回も同じ事をしていると息を切らしながらも打ち込みをする様子を神鳴が物陰から見ていた。


(本当に効果あるのかしら、あんな破れかぶれなモノより型を覚えた方がいいと思うんだけど)


 翔が疲れで動きが鈍ってきたタイミングでアキトが休憩を切り出す。


「よし、休憩しろ、息が整ったらまたやるぞ」


 翔は膝に手を当て呼吸を整えるようにゆっくりと空気を吸って吐くを繰り返す。疲れを見せる翔にアキトが問い掛ける。


「どうしてバランスを崩すか分かるか?」


 翔は顔を上げて答える。


「重心のコントロール…だと思います」


「そうだ、慣れていない動きに体を上手くコントロール出来ていない、圧倒的な経験不足だな」


 当たり前だと言いたげな顔をする翔を見てアキトは笑みを浮かべる。


「皆を元の世界に帰れるように頑張る…願いが叶うのはいつになるかな」


 挑発するように昨夜の台詞を言われ翔の中で何かプッツリと切れ、一段と激しい一撃を打ち込む。余裕だったアキトの顔が真面目なものになり姿勢を崩さずに何度も打ち込んでくるようになった翔の攻撃を受け続ける。

 急に激しくなった打ち込み音にギャラリーが出来はじめる。


「やればできるじゃないか、やはり感情の触れ幅か?ほれほれ」


 それでもまだ余裕で受けきっているアキトを見て神鳴も冷や汗を流す。


(なんであんなに強者感あるのよ…逃げたクセに)


 姿勢を崩さなくなった翔を見てアキトは次の段階に行くぞと声をかけ、翔の木刀にぶつけるように自身の木刀を振るとまた大きい衝撃音と共に翔が宙を舞う。数メートルほど飛んで地面にぶつかり翔はふらふらと立ち上がる。


「落ち着いたか?キツかったら言えよ?」


 アキトの余裕な表情に苛々を隠しきれない翔は地面を蹴って突進して再び激しく木刀がぶつかり翔が押し負け後方に飛ぶ。何度も繰り返し次第に打ち合う度に弾かれる飛距離が短くなり遂に翔がアキトの一撃を受けきる。


「やるな、もう耐えれるようになるなんてな」


 アキトは翔の一撃を避けて距離を置く。その光景にギャラリーの歓声に気付き翔が我に返る。


「成長は素晴らしいが感情のコントロールも覚えないとだな。青いな」


「あんたに…何が…分かるってんだ…」


 息も絶え絶えに木刀を構える翔を見てアキトが木刀を下げる。


「今は休め、十分頑張った」


 翔は怒りながらも足を震わせて膝をつく。それでも木刀を杖代わりに立ち上がろうとする翔を見てアキトはため息をつく。


「無理するな、それ以上は体壊れるぞ」


「強くなるんだ…」


 翔の精一杯の言葉を聞いてアキトはアドバイスを出す。


「ローマは一日にしてならず、焦るな」


「っは、ローマが…この世界にもあるのか?」


 アキトがしまったと頬を掻いて返答に困っていると神鳴が見かねて二人の間に割って入る。


「見てたわ、頑張ったんだから今日は休みましょう」


「あ、おい!まだ日は高いんだ、飯食ったら再開だぞ」


 勝手に今日は終わらせるなとアキトが呼び止めるが神鳴と翔は行ってしまった。一人残されたアキトは休み時間利用して見学してた生徒達を散らせるように一喝する。


「そこの連中!見せ物じゃねぇぞ、さっさと授業に戻れ!」


 ぞろぞろと出来ていた人だかりは解散していく。カグラ先生の助手として働いてた気だるそうな男が実はバリバリの肉体派の凄いヤツだと言う噂は一夜にして広まったのはまた別の話…


 食堂で先にいた友人達と合流したが泥だらけで汗だくな翔を見て全員が引いていた。


「おま!?なんだその格好」


「どんな荒行したんだ?」


 男子は半笑いになる。西園寺は呆れ顔をして黒姫は心配そうな顔を向けてくる。


「大丈夫、ちょっと頑張りすぎただけだ…それより皆はどうなんだ?」


 猪尾が親指立てて問題無いアピールする。


「魔法学校って聞いてたけど意外と他の武術とかもしっかりしててさ、新鮮だったぜ」


 どうやら猪尾はバリバリの肉体派な道を選んだらしい。


「僕らは神楽さんの言う話じゃ魔法は簡単には扱えないらしいからな、まぁ西園寺は勉強してるみたいだが」


 ガツガツ食べる猪尾を尻目に河内が重要そうな事を口走る。


「勉強しても魔法使えないのか…?」


「いや、使えるようになるけど難しいらしい、ほら僕らの世界って元々そういうのとは縁深くないだろ?」


 確かにと思いながら翔も少しずつ食事を喉の奥に流し込む。


「でも聞いてみたらニュアンスでなんとかなると思うのよね!イメージっていうの?」


 西園寺が楽しそうにイメージで押し通して力説しようとしてくるが河内が止める。


「魔法より科学の方が理解しやすいだろ…僕はシュメイラ先生のとこで科学式の魔法、午後は槍使うために騎士の訓練」


「魔法学校とか言うけど騎士道とかあって万能で本当この世界の中心ってやつだな」


 猪尾が口の中のご飯を飲み込みへらへらと笑う。一人黙って聞いていた黒姫に自然と視線が集まる。


「わ、私?…神楽先生のとこで精霊魔法を…」


「へぇー、どんなものなの?」


 あまり視線が集中するのに慣れていないのか言葉をゆっくり選びながら黒姫が答える。


「えっと、精霊って言っても…付喪神みたいなもので…それを使役して戦ったりサポートしたりするの」


 黒姫の言葉を聞き翔達は渡された武器を思い出す。


「なるほど、神楽さんはそれで武器は特別製って言ってたのか」


 河内が納得したように呟く。状況を呑み込めていなかったのは猪尾だけだった。皆の様子をひとしきり聞いた翔は安堵し笑う。


「取り敢えず皆問題無さそうで良かった」


「いや、お前は問題ありそうなんだが?」


 河内はぼろぼろの翔を見て呆れる。翔は空元気に大丈夫と皆に伝え食事を済ませる。

 夜までまた鍛錬かと思っていたがアキトがやってきてそっちは中止だと伝えられる。


「悪いな、用事ができた。神楽んとこで先に精霊術を学んでこい。明日までには戻る」


 そう言ってアキトは学校を出て街の方へと向かっていった。仕方なく翔は黒姫と共に神楽の授業を受けに行く。なぜか神鳴も一緒にいた。


「そろそろ神鳴は帰るべきじゃないか?狙われてるんだろ?」


 翔は鼻歌混じりにご機嫌な神鳴に気になっていた事を尋ねる。


「ひどい!私だって一人で居たら寂しいのよ?それに不死だし狙われても多少なら大丈夫よ」


 神鳴のご機嫌に水を差す言動を翔は謝る。


「姉さんが管理放り投げて先生として人と関わる理由がなんとなく分かったわ、話し相手って大事ね」


 うんうんと神鳴は頭を振る。彼女の中の一つ謎が氷解したようだ。その様子を黒姫はニコニコと見守っていた。黒姫の案内で精霊学の教室に到着して三人は中に入る。


 授業を受けたものの翔は全く理解できず冷や汗を流しながら講義を聞いていた。


(全くわからん、感覚でとかそういうもんじゃねぇなこれ…専門用語とか全く頭に入ってこねぇ!)


 この世界の基本的な知識もない翔には苦痛でしかなかった。

 左右をチラチラと見ると黒姫は独自にメモを取りながら少しずつ理解しようとして、神鳴は爆睡していた。他の生徒達も反応は十人十色で翔は授業参観に来た誰かの親のように一歩引いた視点で辺りを観察していた。


(異世界でも座学なんてわちゃわちゃするもんなんだなぁ、お喋りしてたり居眠りしてたり、やっぱり目立つんだなああいうの…)


 翔は授業より人間観察に夢中になっていると不意に神楽と目が合う。ヤバいと感じて目線を逸らそうとするも無慈悲にも翔は直々に指名を受ける。


「それじゃあそこの編入生君に実践してもらおうかしら?」


 完全に話を聞いていなかった翔は顔面蒼白になりながらも教室全体の視線を集めることになった。ひきつった顔を見て神楽は悪戯に笑う。


「ほーら、あの刀持ってきてるかしら?それを持って前に来なさい」


 にこやかな表情だが妙にプレッシャーを感じる雰囲気である。お喋りしていた生徒も居眠りしていた生徒も緊張で固まっている。神鳴を除いて…

 逃げられそうに無いことを悟った翔は覚悟を決めて刀を持って教壇に立つ。緊張する翔に神楽は優しく何をすべきか伝える。


「目を瞑り道具の声を聞き出すの、さぁ集中して」


 出来なきゃ誤魔化せばいいと腹をくくり翔は言われた通り目を瞑る。


「貴方の手にある道具の形をイメージして、貴方の中でイメージが次第に声を発する精霊の形になるわ」


 そんな馬鹿なと思いながらも言われた通り刀をイメージする。刹那、翔の持つ刀が熱をもったように感じる。イメージも合わせて炎が翔の周囲を囲んでいく。すっかり誤魔化すなんて考えはなくなり熱を帯びた刀から鬼が飛び出す感覚を受け驚き声を上げて尻餅をつく。突然の尻餅で周囲からどっと笑いが上がる。

 恥ずかしさと何が起こったのかという混乱で言葉を失っている翔に神楽が声をかける。


「ふふ、その様子…見えたのね?」


「はい、見えました…俺を取り囲む炎と鬼のような…」


 不意に神楽が懐かしいモノを見るように刀に視線を移す。


「良かった、センスはあるみたいね」


 すぐに表情を戻し転んだままの翔を茶化すようにウインクする。


「席に戻りなさい、あとお隣の寝坊助さんを起こしといてね」


 翔は刀を見つめながら席に戻ると神鳴をつつき起こすも教壇での経験があまりの衝撃に結局授業は頭に入ってこなかった。


 ―――


 暗い森の中、幾つもの霜の付いた木のモンスターの死体の転がる中でアキトは刀を納め瀕死の紫色の肌の男に詰め寄る。


「へ、へへ…シンラ様からの伝言だ、裏切り者も…この世界も消すことにしたってな…」


「言いたいことはそれだけか?」


 アキトが青白く光る刀に手を当てると斬る必要も無く男は笑いながら絶命した。


「気付かれてるか…時間は思ったよりも少なそうだな…」


 アキトは小瓶の中を飲みながら呟き天を仰いぐのだった。

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