第3話

 現在地を把握しようと歩く翔達、民家の影すらも見えない中無言で歩き続けていた。疲労の様子が見える表情の女性二人を気遣い翔は休むかどうか提案していた。


「二人とも大丈夫か?少し休もう」


「きっと、もうちょっとで街に着くわ休むのはそれからよ」


 そんな翔の気遣いをはねのけ神鳴は強がる。


「私も頑張ります」


 黒姫もそう言って微笑む。


「ならもう少し頑張ろう、キツくなったら言ってくれよ?」


 二人は静かに頷いた。

 殺風景な草原が続く中で微かに海の匂いに三人は活気付く。更に家屋の屋根も見えてくる。黒姫が自分の案で路頭に迷わなくて済んだ事に安堵していると自分の役目が来たことに喜んだ神鳴が駆け出す。


「おい、危ないぞー!」


 その様子を心配するも安心で気を緩めた翔が笑いながら注意する。走る神鳴の前に一陣の風と共に黒コートにローブ、顔が確認できない程目深くフードを被った何者かが突然現れて鳩尾に神鳴の頭突きを放ち男の声で苦痛の呻き声を上げながら蹲る。

 神鳴が男の顔を覗き込み追い打ちをかけるように「不審者!」と叫びながら顔を殴る。それに驚いた翔が男に駆け寄り神鳴の頭を押さえながら謝罪する。

 男はフードを外して鋭い目付きの不機嫌な顔をしながらも自分の不注意を謝ってくる。


「神楽の使いでお前達を迎えに来た、断じて不審者じゃないからな!」


 神鳴を睨みながら要件を伝えた。不審者と呼ばれた事に不機嫌になっていたようだ。

 黒姫が遅れて追い付いて頭を下げた後に男を見て首を傾げる。姉の使いと聞いて神鳴は鼻を鳴らしてそっぽを向く。


「姉さんの使いなら悪いのは姉さんなんだから殴られても文句言わないでね」


「出来れば文句も拳もその姉さんにぶつけて貰いたいもんだ」


 男はため息混じりに立ち上がり自己紹介を始める。


「アキトだ、先生やってる神楽の助手…と言ってもそっちの二人にはよく分からんだろうが」


 アキトと名乗った男はコートから小瓶を取り出して割れてないのを確認してからグイッと中身をイッキ飲みする。


「すぐに連れて行けるがどうする?もう少し旅行気分満喫するか?」


 アキトは三人の汚れた姿を見て嫌味たっぷりにニヤリと笑う。修羅場を味わっていた三人は首を横に振りすぐに連れていって欲しいと懇願する。


「なら捕まれ、手は二本しかないからな神鳴は背中にしがみつけ、飛ぶぞ!」


 三人がそれぞれアキトに捕まる。アキトが呪文のような事を呟きながら地面を蹴ると風景が溶けるようにスライドしていく。急な突風で翔は目を瞑り、気付けば森に囲まれた場所で立派な城壁と色んな紋章が刻まれた門が目に入ってくる。

 翔と黒姫がその荘厳な雰囲気に圧倒されていると神鳴がアキトの脚を蹴る。


「なんっ!急に何する!?」


「後で話があるわ」


 喧嘩してるのかと翔と黒姫がアワアワとしていると門番がやってくる。


「お早いお帰りで、その方々が客人でしょうか?」


「ああ、そうだ三人…通して貰えるよな?」


 門番はアキトに敬礼して開門の準備に取り掛かる中でアキトは空いた時間に翔と黒姫の二人に魔法都市と魔法学校の説明をする。


「ああ、そういえば既に神楽のとこに三人到着してたな」


 思い出したかのように河内達の話をされ二人は揃って「良かった」と呟きと共に安堵息を吐き出す。

 大きな音と共に門が開き美しい街並みと大きな建物が目に写る。久方ぶりに感じる街の営みを前に緊張の糸が切れた二人は地面に倒れて気絶してしまった。


「おいおい、マジかよ」


 倒れた二人に駆け寄りアキトは頭を掻く。


「俺が翔を神鳴はそっちを頼む」


「いや、無茶振りしないでよね…引き摺るわよ?」


 体の大きさを考慮して欲しいと呆れながらも黒姫の体を起こしてどう運ぶか思案していた所に颯爽と目の下にクマ、白衣で黄緑のボサボサの髪をしたいかにも科学者な女性が現れる。


「ふひひ、門が開いたから何事かと思ったら厄介事?アキトくん?」


「運ぶの手伝ってくれ、神楽の客人だ」


 嫌なやつに会ったと言いたげに苦笑いしながら黒姫を運ぶのをお願いする。ニヤニヤしながら女性は了承して一行は学校目指して歩き出す。


 ―――


 次に翔が目を覚ました場所はベッドの上で見知らぬ天井が目に入ってきた。窓の外は暗くもう夜になっていたようだ。その様子に気付いた河内の聞き慣れた声が翔の耳に届く。


「大変な目に遇ったんだってな、大体事情は聞いたぞ」


「河内ぃ、本当に無事だったんだな」


 半泣きになりながら再会を喜んでいたのも束の間、河内に急かされ神楽の元へと案内される。

 学校内は神秘的な雰囲気で明かりは蝋燭だけのように見えるが妙に明るい。廊下を行き交うローブを着た色んな年齢の人々はすれ違う始めてみる変な格好の二人に好奇な目を向ける。それを無視して神楽の部屋と思われる部屋に入る。案内された先で猪尾と合流する。まだ神楽はいないようだが興奮冷めやらぬ雰囲気の猪尾が翔に近寄ってくる。


「夜間はまだ寝てるみたいだ、西園寺が付いてるから安心しろよ!大変だったらしいな女神さんが大体教えてくれたぜ、カッコいい活躍だったんだろ!?」


 猪尾が肘でぐいぐいとつついてくる。しかし浮かれる猪尾と対象的に怪物との戦いを思い出して翔が暗い顔をする。


「害虫潰すのとは訳が違うんだ…なんていうか喜べねぇよ」


 ため息をつく翔を気遣うように部屋の外からアキトが声をかけてくる。


「まぁお前のやらなきゃいけない目標の為にも戦うことには慣れろ、ただ殺すことに慣れるな…今のところアドバイスできるのはこれくらいだ、…ほれ」


 アキトは翔の刀を軽く投げ渡してくる。


「ちょいと返り血で汚れてたからな手入れしといたぞ、大事にしろよ」


 去っていくアキトの姿を見て猪尾が憧れるような視線で見送っている。


「ああいうクール?な雰囲気って憧れるよなぁ!オレもあんな感じになりてぇ」


 その言葉に翔も河内も首を横に振り「お前には無理だ」とキッパリ否定する。するとタイミングよく黒姫と西園寺が部屋に来てその後ろから白衣の女性と神楽が入ってくる。

 男子組を見て西園寺も黒姫も手を降る。神楽は全員揃っているのを確認して笑顔になる。


「お待たせ、皆揃ってるわね」


 白衣の女性はその言葉を聞いて満足そうにし神楽に別れを告げる。


「ひひ、じゃあねカグラ先生」


「ありがとねシュメイラ、いつかお礼するわ」


 ニヤニヤしながらシュメイラと呼ばれた女性は背中越しに手を降りながら去っていった。

 神楽は部屋の奥にある書類の束の乗った机に向かって行きドカッと椅子に腰掛ける。


「それじゃあ何から話して欲しいかしら?」


 ニコニコ表情で五人に質問してくる神楽に全員何を聞けばいいか戸惑っていると黒姫が最初に質問をした。


「この世界はなんですか?地球とは違うし…でも言葉は通じる…その、変です」


 翔と河内は確かにと相づちを打つ。


「この世界、いえ星の名前はテセラ、まぁ翔君達にとっては通過点、主戦場じゃないから気にしなくていいわよ、言葉が通じるのは神である私が作ったからよ、神が言葉の通じない世界作ると思う?いるなら相当なひねくれものね」


(いや、まず神様と言葉が通じ合うのも…)


 ツッコミしたい翔だったが神楽は皮肉たっぷりに笑う姿にややこしくなりそうだと追及を諦める。次に河内が尋ねる。


「…まず僕らは何をすればいいんだ?」


「好きにしていいと思うわよ、戦いに身を投じるのも逃げるのも」


 突然の言葉に一同困惑する。


「まぁ元の世界、元の生活に戻りたければ頑張るしかないけどね?」


「敵はどんな奴等なんだ?」


 翔は帰れる可能性を信じ質問をする。


「私や神鳴と同じそれぞれの世界を担う神様よ、兄弟とは言ってもアイツは姿は変えられるから分からないわ」


 少し答えづらそうに、はぐらかすように答える。


「能力とかは?」


「んー私は知らないわ。でも神鳴の不死は知られてるけどね」


 神鳴の不死の話はどうやら聞いていなかった河内達は驚きの表情をする。


「お陰さまで本人は殺せず世界を破壊するように兄弟が動いて秘匿された貴方達の世界を探している訳ね、今のところ無事みたいだけど」


 破壊という物騒な発言に五人がまた驚き猪尾が震えながら呟く。


「逃げたらいずれ地球ぶっ壊されるってか…ウソだろ…」


 その言葉に西園寺が頭をおさえてヒステリックに愚痴る。


「もう最悪、巻き込まれた上にスッゴい嫌な話聞かされて、本当なら今頃家で母さんの料理食べてさ、占いなんて聞かなきゃ今頃!…あ」


 西園寺が黒姫に目を向けてすぐに謝る。


「ごめん、黒姫を悪くいった訳じゃなくてね…」


 ポカンとする翔と猪尾だったが何か知ってるのかばつの悪そうな河内にどういう事か尋ねる。河内は女子に聞こえないように小声で二人に言う。


「夜間って占いが好きみたいでクラスの女子でよくわーきゃーやってたんだよ、この前見たんだ、多分巻き込まれたのもその占いの結果だったんだろうな…」


 成る程と猪尾が頷いている中で神楽が淡々と他に質問は?と問いかけてくる。気まずい雰囲気を払拭しようと翔がアキトから渡された刀を握りしめて質問する。


「どうすれば強くなって…戦えるようになれますか?」


 翔の質問で五人全員が顔を強張らせ返答を待つ。


「どう強くなりたい?それぞれの意志があるはずだから後で一人一人聞くわ、共通して皆には渡した武器の使い方を知って貰う必要があるけどね」


 そう言って翔の刀を指差す。


「皆が持ってる武器は普通のモノではないの、この私が調整した特別製でね、細かい使い方は明日教えて上げる」


 神楽の明日という言葉に気が抜ける。


「今日は食事にして後で個々に話してまた明日、お腹空いちゃったわー」


 マイペースな食事の提案に全員のお腹が鳴る。

 神楽が立ち上がり食堂に案内すると神楽を先頭に皆出て行く中で翔は両親を思い出す。ポケットにいつの間にか壊れた携帯を手に取りため息を吐く。


(急だったとはいえ結局母さんに連絡出来なかったな…明日には大騒ぎになってるんじゃないか?)


 翔も遅れないように皆に着いてく…


 その頃、教室棟の屋上で神鳴が夜景を眺めている所にアキトがやってくる。


「神鳴、話ってなんだ?」


 神鳴にゆっくり歩み寄るアキトを神鳴がじっと睨む。


「芝居はやめて欲しいわ、いくつ前のなの?」


「いくつ前?何を言って…」


 真剣な顔をする神鳴を見てアキトは降参するように手を上げて答える。


「何度もリセットしたのはそっちだ、何人目かだなんて知らないさ」


「やっぱり翔なのね」


 アキトは髪をくしゃっとして今の翔と同じ形にする。


「まぁ逃げた存在さ、忘れてくれ…今はアキトだ」


 前髪を戻しながら神鳴の横に立ち夜景を眺める。


「ずっと姉さんのとこで?」


「まぁな…あ、聞いたぞ前の俺はあとちょっとだったんだって?」


 アキトは話題が無く無理やり思い付いたことを聞く。


「ダメよ、奴は斬ってもすぐに傷が塞がって…まるで…」


「お前みたいにか、なるほどな…」


 アキトは夜景に背を向け神鳴に一つ提案する。


「勝てないなら逃げてもいいじゃないか…お前の世界って思ってる以上に強いんじゃないか?この世界に生きてる人を見てそう思うようになったよ」


 皆を解放して世界の人々に命運を託す、そんな話だった。


「…翔が毎回選ばれる理由は知らないが…毎回犠牲にするのはおかしいと思わないか?ん?繰り返してるなら犠牲じゃないか?」


「彼を選ぶ理由ね…あなたは知りたい?」


 神鳴の悲しそうな目を見てアキトはなにかを察して断る。


「本人にその話をしてやれ、俺にはその権利はないさ」


 しばらくの沈黙の後にアキトはその場を離れて呟く。


「今まで仲間なんて居なかった…もしかしたら今回は何かが変わるかもしれないな、運命もお前も…」


 自分の孤独の境遇を笑った後に神鳴の方を振り向く。


「そろそろ飯の時間だ、お前も食うだろ?行くぞ」


 話を切り上げられ深い溜め息をして神鳴は渋々アキトに着いていく。先程までの会話は忘れて話題は食事の内容になっていた。


 広いホールにいくつものテーブルと長椅子が規則的に並んでいる。

 神楽が給仕係に説明して六人分の料理を用意してもらい同じテーブルにつく。相変わらず西園寺と黒姫は気まずそうにしていた。気をつかうように男子も無言で配膳された食事を見る。


(多分地球でいうパンとスープとサラダ、健康的だけど肉が欲しいな…)


 翔が苦笑いするがどうやら猪尾もそう感じたらしく物足りなそうな顔をして言った。


「なんていうか質素だぜ…」


 隣に座る河内が肘で猪尾を小突く。


「タダでありつける飯にしては豪勢だろう、文句言うな」


 ちょうどそんなタイミングで神鳴とアキトがやってくる。


「ふっ、えらく質素な晩飯だな」


 皆の皿の上を見てアキトが呟き二人が一緒にいるのを見て色々と察した神楽が茶化すようにアキトに同じ席に座るように言う。


「カグラ先生と違って栄養欲しいんでな、もう少し盛らせて貰うとするさ」


 アキトは挑発するように含み笑いをして肉の乗ったオーダーをして離れた席に向かう。その様子を見て少し羨ましそうに猪尾が呟く。


「あいつ絶対友達とかいないぜ…陰険ヤローだ」


「クールで格好いいんじゃないのか?手のひら返し凄いな」


 河内が呆れた目で猪尾を見た。神鳴は翔達と同じ質素な料理を持って翔達と同じテーブルにつく。

 神楽が意気消沈な面々に苦笑いしながら謝る。


「私基準で頼んじゃってごめんなさいねー、次からはもう少しちゃんとしたのお願いするわ」


 もっとじゃなくてもう少しなんだとその場にいた全員が思うのだった。

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