第2話

 穴から落ちた先で目を覚ました翔は辺りを見渡すも一緒に落ちたはずの友達はいなく刀を片手にポツンと海岸に居た。まさか海に落ちて流れ着いたのかなどとボーッと考えるがすぐに探さないとと意識をハッキリさせると不意に背後から名前を呼ばれる。驚き振り返ると夜間と神鳴が立っていた。


「あ、えっと…夜間さん…?と神様?一体何がなにやら…」


「神鳴!仰々ぎょうぎょうしく神様なんかじゃなく名前で呼んで欲しいわ、説明は後でするから起きて頂戴」


 服の砂を払いながら立ち上がり何か言おうとすると先に夜間が言葉を発する。


「私も黒姫って名前で呼んでください、あんまり名字は好きじゃないですから」


 恥じらいと戸惑いながらも翔が二人の名前を確認しながら言うとはにかみながら神鳴が歩きながら現状の説明をしてくる。


「よろしい、じゃあちょっと説明するわね、二人以外の三人は別の場所に落ちたみたい…多分姉さんの仕業ね、後で問い質すとして、一緒に姉さんのいる都市まで来て貰うわ」


 翔が質問をしようとすると神鳴がピシャリと遮る。


「言いたいことが沢山あるのは分かるけどもう少し説明を聞いて、この世界には…」


 海岸から草原に移り神鳴が何かを伝えようとした時に説明より先にその何かが姿を表す。二足歩行する犬の頭をした生物、所謂モンスターであった。


「皆の知らないあんな感じの生物がわんさかいる世界って伝えたかったんだけど、もう必要ないわね」


「い、犬の頭した人?確かコボルトってやつか」


 生まれてはじめて邂逅するモンスターに怯え戸惑う二人に鼓舞するように神鳴が声をかける。


「大丈夫、落ち着いてその武器で退治すればいいのよ」


「武器をまともに振ったこと無い人間に言うアドバイスじゃないぞ!」


 へっぴり腰でツッコミをしつつ覚悟を決めた翔は刀を引き抜きコボルトとジリジリと間合いを詰める。しかし、此方を警戒していたモンスターだったのか武器を抜かれ驚き逃げ出してしまった。

 呆気に取られてほっと安堵する翔と黒姫だったが神鳴が気まずそうに二人に嫌な事実を伝える。


「あー、向こうから遠吠えがするわ、群れ意識があるモンスターだと思う、仲間を呼ばれる前に逃げましょう」


 青ざめて急ぎモンスターの逃げた方向とは逆に三人は駆け出す。


「こんなんで神鳴の姉さんのとこ辿り着けるのかよー!」


「文句あるなら適当な仕事した姉さんに言ってよねー!」


 あわただしい中、翔は神鳴に質問を投げ掛ける。


「一旦あの空間に帰って仕切り直しって出来ないのか?そもそもこんな危ない世界でいきなり実戦って危ないだろ!」


 翔の質問に神鳴が険しい顔をして答える。


「その…二人を戻すにはやっぱり姉に会わないと…」


「神鳴は何か戦える能力とか無いのか?」


 翔が続けざまに質問をする。


「あるけど、戦闘向きじゃないから…」


 走り疲れた三人が立ち止まり息を切らしながら黒姫が神鳴に別の質問をする。


「あの…神鳴さんのお姉さんがいる場所ってここからどのくらい遠いのですか?」


 一瞬の沈黙のあと神鳴が胸を張り鼻を鳴らして自信ありげに答える。


「大丈夫!姉さんの世界なら事前に調べてあるわ!地理の情報も覚えてるし現在地が解ればすぐよ!」


 自信ありげな回答に二人は辺りを見渡して翔が素朴な疑問をぶつける。


「んで、現在地をどうやって知るんだ?民家も見当たらないぞ?」


 アワアワと回りを見渡した神鳴がようやっと重要な事に気が付く。今の場所が気になった後、更に疑問が沸いてくる。ここから目的地の距離は?この世界はどんな世界なのか?

 翔達は初歩的な事を失念していた事に気付いた。質問の洪水に神鳴が泣き出しそうになるがそんな暇もなく先程逃げ出したと思われるコボルトが仲間を引き連れ今度は四匹、翔達に追い付き威嚇するように棍棒を振り回してくる。


「ヤバいな見付かった、武器まで持ってきたぞ…」


 刀の柄に手を当て翔は震える脚に喝を入れ一歩前に出る。


「わ、私も戦います!」


 黒姫もナイフ片手に横に並び立つ。

 交戦の意思を感じ取った先頭にいた一匹が飛び掛かってくる。初めての命のやり取りに立ち向かうように絶叫しながら翔は意図せず居合いの形でコボルトの胴を一刀両断する。

 先方がやられたコボルトは翔の気迫に臆したのか後退りしながら唸る。黒姫も小さな悲鳴を上げ両断されたコボルトを見て目の前で起きた出来事に震える。翔が刀を構え殺生の昂りで息も絶え絶えに声に出す。


「掛かってこいやぁ!」


 残った三匹が一匹の合図で横に広がりあっという間に翔を囲むように動く。そしてそのままの勢いで一斉に飛び掛かかってくる。翔はすかさず正面の相手に向かっていく。

 翔の奮起に感化されたのか側面から狙っていたコボルトを背後から黒姫が深く一突きし、もう一方に神鳴が体当たりをする。

 翔がコボルトの首を一撃で切りつけ倒す中で、他の二匹は致命傷に至らず、姿勢を崩した二匹を翔は振り返り見る。突き刺したナイフを振りほどかれて転ぶ黒姫、怒り咆哮と共に棍棒を振り下ろそうとするモンスターに向かい翔は駆け出す。

 端から見たら間に合わない距離だったがなぜか翔から見てスローモーションに見え振り下ろす前に到達し背後から一撃を与え倒し、神鳴の方を見る。手を伸ばし此方を見る神鳴の背後に棍棒を振りかざすコボルトの姿が見えた。まだ間に合うと思い走り出そうとする翔を制止する神鳴の声がする。


「来ないで!大丈夫だから!」


 瞬間棍棒が振り下ろされ神鳴が地面に叩きつけられる。惨劇に黒姫が悲鳴を上げ翔が神鳴の名前を呼びながら走り出す。しかし、異変に気付き脚を止める。獲物を仕留め喜ぶコボルトが突如苦しみだしひっくり返るように倒れ、神鳴の倒れた周りの地面の草が枯れ始める。


「な、なんだ…神鳴?」


 危険を感じた翔は神鳴を気に掛けつつ一歩ずつ後ろに下がる。

 神鳴の周りの草が一通り枯れると同時に頭から流れた血を拭いながら神鳴がスッと立ち上がりため息をつく。


「よかった、近付かなかったようね…最悪な気分、うぇ」


 嘔吐えずきながら着物の土を払い翔達に近付く。


「あぁ、私死なないから…」


「神鳴さん本当に大丈夫ですか?」


 三人集まりどっと疲れて座り込む。

 痛むのか頭を押さえながら神鳴が説明を始める。


「さっき言ったように私死ねないの、殺しても周りの命吸って蘇るって感じ、それが私の神としての能力って所かしら」


 へらへらと笑いながら目は寂しそうに話を続ける。


「後はもう一つ黒姫を庇うために使ったやつ、小さい空間の時間を操作出来ることかしら」


 翔はスローモーションになっていた時のことを思い出して納得する。


「凄いじゃないか、どうしてそんな力あるのに兄弟喧嘩を俺なんかに頼るんだ?」


 当然の疑問をぶつけるが返事は沈黙だった。


「まぁいいか、こんな修羅場もう勘弁して欲しいもんだ…」


 ばつが悪そうにしていた黒姫が翔と神鳴に謝罪する。


「私余計な事しましたよね、ごめんなさい」


 落ち込む黒姫に対し慌てて翔がお礼を言う。


「突出しちゃったのは俺だし、謝ることなんかない、助けてくれて二人共ありがとう」


 返り血を受け緊張から抜けて震える手を見て翔は苦笑いする。


「普通に学業に勤しんでたのにいきなり…喧嘩もまともにしたことないのに修羅場に投げ出されて…最悪な一日だ」


 神鳴が最初に会った時と変わって態度を改めて平謝りする。


「ごめんなさい、でもチャンスがあの時しか無かったの…次いつ呼べるか分からなかったし、呼べなければいつ貴方達の世界が発見され侵攻されるか分からなかったから」


 精一杯の言葉に翔は立ち上がり神鳴に手を差し出す。


「勝てば帰れる、負けたらやり直し…だっけ?拒否したら日常が崩壊って言うならやるしかないんだよな!」


 手を取り神鳴も立ち上がる。


「詳しい事情は今度してくれればいい、今はハチャメチャなお姉さんに会いに行かないとだろ」


 神鳴は黙って頷き翔は黒姫にも手を差し出す。


「巻き込んで悪いがもうちょっとだけ我慢してくれな」


 理不尽な目に遇いながらも気丈に振る舞う翔の手を取り黒姫も口角を上げて立ち上がる。


「どこに向かえばいいか分からないが取り敢えず歩こう!文明があると良いんだがなぁ」


「あるわよ、少なくとも街も国家も、ロールプレイングゲームって言うんだっけ?そういうものをイメージしてもらった方が判りやすい世界だから」


「あぁ…やっぱりそういう感じなのか。ゲームとかよく知ってるな、モンスター見た時からなんか察してたよ…」


 ふふんと自慢げに鼻をならす神鳴を見て翔はため息を吐く。

 黒姫がそんな二人に質問する。


「それってどれくらい広い世界なんですか?何日も歩きますか?」


 歩き続ける三人は分かる訳も沈黙が流れる。

 耐えられなくなった翔は苦い顔をして口を開く。


「おい、神鳴なんか言えよ…気まずいだろ」


「どのくらい歩くかなんて考えてもみなかったわ…」


 また沈黙、黒姫が次々と嫌な指摘をしていく。


「食事とかどうするんでしょうか?お金は?」


 少し前まで楽観的だった三人はまた嫌な予感にみるみる青ざめていく。


「あー、くそ!やっぱりろくでもねぇ疫病神様だな畜生!考え無しに放り出しやがって!」


「仕方ないじゃない神楽姉さんが補助すると思ってたんだもの!こんな事になるなんて予想してなかったわ!」


 口喧嘩を始める二人をなだめるように黒姫が謝る。


「ふ、二人共落ち着いてください…変なこと聞いてごめんなさい」


「黒姫は悪くないぞ、状況整理したらこいつの姉さんが悪いって話だからな、多分」


 三人の前に石畳で整備された道が見えてくる。希望が見えた翔と神鳴が目を輝かせ喜び走り出す。それに遅れて慌てて黒姫も走り出す。


「やったわ、これでまずは街を探せそうよ!」


「まずは…だな。人通りがあれば良かったんだがこっからはまだ見えないな…さて、どっちに行こうか」


 翔が道の続く先を眺めて二人に問いかけ、黒姫が片方の道を指差して答える。


「多分こっちの方が街が近いと思います…私達海岸から来ましたが港町みたいなものは見えませんでしたし…でも海沿いなら港町はあるかなって…」


 黒姫はだんだん自信が無くなり声が小さくなっていく。


「つまりあっちが海側ってことか、戦ったりして方向感覚ぐちゃぐちゃで俺はわかんねぇや」


「あの…日の位置で方向は何となく…」


 日の位置まで意識してたとは、と二人が驚嘆していると黒姫は恥ずかしそうに何度も「多分ですが…」と呟いていた。

 安心した所で翔の頭にはぐれている三人の事がよぎり心配になり顔を曇らせる。


(あいつらは俺達より事情を知らないはずだ、無事でいてくれ…)


 ―――


 一方、翔が目を覚ますより少し前、翔達の苦労を全く知らない河内達三人は立派な都市のど真ん中で武器を片手に伸びていた。

 城壁とシャボン玉のような膜がドーム状に覆う立派な都市で街行く人々が突如降ってきてそのまま伸びている三人を見ようと人だかりを作っていた。

 ざわめきに気付き最初に目を覚ましたのは河内だった。人だかりに驚きすぐに猪尾を揺さぶり起こす。


「おい、猪尾!起きろ!」


「なんだよ母ちゃん、まだ眠い…って、んん!?」


 頭を叩かれゆっくりと体を起こした猪尾は飛び上がる。奇怪な物を見る複数の目に囲まれ恐怖で過呼吸を起こす。更に河内は平静を装いながらもゆっくりと残る西園寺の肩を叩き声をかける。


「おい、西園寺!起きてくれ」


 欠伸をしながら西園寺も体を起こし目を擦る。そして周囲の様子に恐怖で体を強張らせる。


「ちょっと…なによこれ…眼鏡くん?」


「河内だ…、僕も今起きたばかりで…分からない」


 三人が背中を合わせて震える中、街の中央の一際大きな建物の方から声が上がる。


「ちょっと道を空けてー」


 三人には聞き覚えのある声だった。人をかき分けて前に出てきたのは装いを改めて魔法使いのような姿をした神楽だった。


「皆さん騒がせてごめんなさいね、私の客人なんです」


 ニコニコしながら頭を下げそう言うと周りの人は「先生が言うなら…」等と呟きながら解散していく。


「ちょっとズレちゃったみたいね、ごめんなさいねー」


 手を合わせてわざとらしく謝る。三人は呆気にとられてその様子を見ていると神楽が腰に手を当て自己紹介を始める。


「カグラ先生って気軽に呼んでね、ここはそういう所だから、まぁ説明は後、取り敢えず着いてきて」


 マイペースに飲み込まれそうになるところを堪えて河内が翔達の事を尋ねる。


「翔はどこなんですか?」


「黒姫もよ、いないんだけど?」


 西園寺がハッとして河内に合わせて尋ねる。


「手違いで別の場所に落ちたみたいね、大丈夫!二人には多分神鳴がいるから!」


 多分というところが異様に小さな声になっていたがしっかり聞こえていた。不安になりながらも立ち上がり黙って神楽に着いていく三人に歩きながら神楽が説明をする。


「ここは私の管理する世界のある種の中心、永世中立の魔法都市よ」


「西洋風の建物!え?魔法!?すげぇ、マジもんの!」


 猪尾が突然謎の言葉に河内が聞き返そうとすると西園寺が先にツッコミをする。


「バカね、なんでそんな嬉しそうなのよ」


「だってよ、異世界だぜ、オレこういう世界憧れてたんだよなぁ」


 楽観的な発言に河内がため息をつく。

 神楽が都市の中央の城のような建物の玄関口で三人を歓迎する。


「ようこそ魔法学院ジャニアスへ、まぁ生徒じゃないからまだうろちょろしないでね?」


 猪尾は尚も喜びキョロキョロと辺りを興奮しながら観察している。


「この世界では大きく六つの国家があるんだけど魔法技術だけは共有財産として学校を中心に中立都市として作られたの、まぁそういう世界設計な訳、三人は私の研究棟の元で一時的に生活してもらうわ」


 説明の途中で黒いコートの男性が神楽を呼び止め一行が立ち止まる。


「ちょっといいか神楽…」


「あら、私からも丁度頼もうと…」


 小声で話し合う二人に聞き耳を立てようとする河内達、教師と思える程の年齢の男性は三人をチラッと見て嫌味な笑顔を向けてくる。嫌な予感に三人は愛想笑いを返しサッと姿勢を正す。


「じゃあ、お願いね」


「ああ任せてくれ、しかし全く…」


 男はぶつくさと愚痴を呟き頭を掻きながら去っていく、神楽は三人を振り返って男について説明する。


「彼は私の部下?同僚?うん、まぁそんなところよ、あんまり気にしないでね…さぁこっちよ」


 しばらく歩き神楽の私室に到着する。


「彼に迎えに行かせたから今日のうちに到着するはずよ、貴方達の部屋を用意するからここで待っててね」


 三人は大人しく案内された部屋に入るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る