神の下僕は元の世界へ帰りたい

D沖信

第1話

 少女は夢を見た。古く懐かしく苦しい記憶。

 狭い部屋に閉じ込められ出来損ない扱いされる日々、そして助けの為に手を伸ばしてくれた青年の姿を…燃え盛り滅ぶ世界を…


 夢から覚めて目先に迫る自身の窮地からもう一度自分を救い出して欲しいと願うのだった。


 ―――


 青年は夢を見た。何も無い広い荒野、竜の頭をした巨大な悪魔のようなモノと対峙する男が叫ぶ。


「これで元の世界に帰れるんだ、神様の戯れも終わりだ!」


 剣を引き抜き咆哮する敵に飛び掛かり敵の首を一刀両断したかに見えた。しかし瞬時に治癒したソレの鋭い爪に腹を刺し貫かれる。

 瞬間、閃光と共に夢の場面は大木をくり貫いた広間に飛ばされる。男が叫んでいたくだんの神がいる部屋であった。倒れた男を前に姿を現したのは金髪碧眼の少女、彼女は男を見下ろした残念そうに呟く。


「駄目ね、貴方の負け」


 何が起きたか男は理解出来ず悔しそうに叫ぶ。


「待てよ、勝ったはず!剣は届いたんだ!確かに両断して…」


「届いても負けたのよ。でも大丈夫、やり直すだけだから…貴方が居ればいつか必ず…」


「やり直すだけって…俺が元の世界に帰れるって約束はっ…!」


 ごめんなさいと悲しそうに謝る神を見て男はそれ以上何も言えなくなる。ゆっくりと死に行く男、周囲はおぼろ気になり暗闇に包まれる。


 けたたましく鳴り響く目覚ましの音に起こされた青年が嫌な夢を見たと酷い寝汗をかきながら目を覚ました。


 ―――


 地球、日本のとある高等学校の放課後、青年は友人達と下校途中に遊びに行く話をしていた。

 左目が隠れる髪型をした青年の名前は浜松翔はままつかける、高校二年生である。

 太めの友人の一人がゲームセンターに帰りに寄ろうと提案して翔が話にのり、もう一人の友人である眼鏡の青年が嗜める。


「制服で遊び歩きは校則で禁止されているだろう、全く翔ものるなよ…」


 天然パーマで眼鏡の青年は河内智樹かわちともき、オールバックで太めの友人は猪尾忠俊いのおただとし


「お堅いなぁカワちゃんは、行かないのか?」


「はぁ…僕は行かないなんて言ってないぞ?」


「じゃあ着替えてから駅前のゲーセンに集合な」


 猪尾が軽い口調で河内の言葉を聞き入れるも思慮の浅さに河内が軽くため息をつく。三人は学校の駐輪場で自転車に跨がり街で再会する約束をして翔は帰路につく。


 数分後、何事もなく閑静な住宅街の一軒家に帰宅しすぐに着替え携帯で二人に帰宅し出る連絡を入れ家を出ようとする。

 台所から顔も出さずに母親の声がする。


「晩御飯までには帰るのよ、遅くなるなら必ず連絡ちょうだいね」


「わかってるよ、行ってきます!」


 勢いよく家を飛び出し自転車に跨がり勢いよく集合場所へ向かう。

 目的地に最初に到達したのは翔であった。人通りを眺めながら到着した事を連絡しようと携帯を取り出そうとポケットに手を入れる。すると電話が鳴り響き咄嗟に取り出し確認する。画面には非通知の文字が表示されている。

 不信に思いながらもきっと二人の内のどちらかだと思い通話に出る。しかし、受話器の先から二人のものではなく少女の声がしてくる。


『繋がった、今度こそ…』


「だ、誰ですか?間違い電話じゃないですか?」


 突然の間違い電話に驚き戸惑っていると猪尾達が揃ってやってくる。


「翔っちおまたせー」


「電話か、誰と話してるんだ?」


 二人に返答しようとすると通話が切れている事に気付く。


「間違い電話だよ、やっと繋がったって」


「何回もかけ直してたのかね、はは気にすんなよ」


 猪尾がせせら笑いしながら自転車を止め、相づちを打つ河内を見て翔も楽観的にそうだなと笑い三人はゲームセンターに向かおうとする。

 入り口で同じ学校の学生服を着た二人の女子生徒に遭遇する。二人の顔には見覚えがあった。クラスメイトで翔も名前だけは知っている。

 クラスの女子の中でもムードメーカーで底抜けに明るく茶髪でポニーテールの西園寺晴さいおんじはるとミステリアスで悪く言うと陰気な雰囲気の目元が隠れる程に長い前髪と三つ編みの夜間黒姫やまくろひめ、クラス内の女子の交流にうとい三人は陰と陽の珍しい組み合わせだと感じていた。茶化すように猪尾が河内の真似をして注意する。


「制服で遊び歩くのはコウソツで禁止されてるぞ!」


 呆れながらも翔がすぐに「校則な…」とツッコミを入れる。


「いや、別にゲーセンに用がある訳じゃ…」


 西園寺が言い訳をしようとした瞬間突然また翔の携帯が鳴り出すと同時に周囲が急に暗くなる。突然の出来事に巻き込まれた女子を含め五人はパニックになりながら目の前が光に包まれて真っ白になっていく…


 気付けば五人は大木をくり貫いたような広間にいた。訳も判らず呆然とする女子を尻目に猪尾が何かに気付いたように叫ぶ。


「これってまさか例のアレでは!?ほら!」


 四人は顔を見合わせなんの事だろうと思い戸惑い夢じゃないのかとざわめいて。説明をしようとする猪尾の言葉を遮るように翔の電話越しからした声がする。


「何か期待してるようだけど多分違うわよ?ん?待って…なんか多い」


 五人の前に姿を表したのは赤い着物に金髪碧眼、おまけに黒い小さな角がある端的に言って奇妙な少女だった。


「まぁいいわ、どうせ残るのは翔だけだろうし」


 少女は頭を抱えながら言い放つ。


「俺?俺がなんだって?」


「あ、そっか…説明し直さなきゃいけないのか…私は神鳴かなり、端的に言うと神様よ」


 神鳴と名乗る少女が淡々と説明を始める。


「私達、一族と言うのかしら、色々な世界をすべているんだけど結構不和でね、命のやり取りしてるんだけど…」


 命のやり取りという言葉に全員がまたパニックになり各々叫びだす。それを神鳴が一喝して黙らせる。


「まだ説明の途中!大丈夫、負けても私が死なない限りやり直せるから」


 翔が素早くツッコミを入れる。


「いや君の命の心配じゃなくて俺達巻き込むなよ!」


 そうだそうだと喚く河内と猪尾。


「いえ、翔少なくとも貴方には関係あるから聞きなさい」


 名指しされた翔に巻き込まれた四人の視線が集中する。


「翔は前任者の魂を引き継いでいるの、いえ世界の時を戻したから本人なんだけど、兎に角貴方には頑張って貰うから!」


 ぽかんと口を開いたまま何も言えない翔に河内がそっと肩を叩き同情する。


「お前勇者だったんだな、頑張れよ…」


「いや、知らんし!別の人に頼めよ!俺ら普通の学生だぞ!」


 叫ぶ翔から目をそらす河内、猪尾は哀れみの目を向けてくる。そんな男子を一瞥して西園寺が神鳴に尋ねる。


「わ、私達…少なくとも私と黒姫は関係無いよね?」


「ごめんなさい、今は元の場所には帰せないの、四人にも協力して貰うわ」


 信じられない話に空気が凍りつき全員の動作が止まる中、最初に開口したのは河内だった。


「協力?帰れないだって?そんなバカな!」


 楽観的でも声が震えながら猪尾が茶化す。


「あ!分かった!ゆ、勇者パーティーってやつだな!分かるぞー」


「猪尾少し黙れ」


 頭が痛くなる言葉に眉間を押さえながら河内がぼやく。


「皆は関係ないはずだ、俺がやるべき事なんだろ!?」


 翔が一歩前に出て神鳴に問い質す。


「貴方一人では駄目だった、だから…そう!仲間を作ればいいのよ!」


 この状況を正当化するように自分に言い聞かせるように神鳴が答える。


「どうやっても帰れないのですか…?」


 今まで黙っていた夜間が声を発した。


「貴方達のいた地球は隔絶した場所にあるの、兄弟からの侵攻のないようにね、だから終わるまで帰れない」


 侵攻と言われて絶句する面々。


「つまり戦いが終われば!何とかなれば!帰れるんだよな?!」


 食い気味に翔が確認し、それに神鳴が黙って頷く。希望が少しでもあるという事を聞いて安堵する者、未だに納得のいかない者、不安そうに翔を見る者、その中で安堵していた猪尾がハキハキと嬉しそうに神鳴に手を出しながら聞く。


「じゃあオレらに対抗するための力とか頂戴よ女神様!」


「無いわよ、便利な能力なんて」


 一同その言葉に首をかしげ、冷静になった猪尾が怒鳴る。


「チート能力無しで、しかも素手でなんとかしろって言うのかよ!」


 チート能力ってなんだよというツッコミを我慢しつつ殴りかかりそうな猪尾を翔が止める。


「落ち着け猪尾、取り敢えず神様だってなんの策も無しに今まで他の俺を戦わせてた訳じゃないだろ!?…ないよな?」


「勿論よ、装備は実費だったけど訓練はさせたわ!」


 何と言うか無茶苦茶な話で五人全員が絶望する返答が返ってきて再度パニック状態になる。


「全く困った妹だこと」


 そんな様子を見かねたのか視界外の上空からふわりと神鳴と同じ金髪の大人な女性が降りてきた。

 神鳴がギョっとして「姉さん…」と身構える。つられて翔達も後退りする。


「安心していいわよ。私はこの子、神鳴側だから」


 神鳴をつつきながら翔達に笑顔を向ける。その姿を見て猪尾が頬が緩み「本物の女神様だ」と讃え、河内が猪尾の頬をつねる。


「不和なのは別の兄弟でねー。私は神楽かぐら、可愛い神鳴のサポート役なのよ、本当よ?能力?っていうのは渡せないけど武具はプレゼントしてあげる」


 神鳴が姉と呼んだ者の提案を翔が確認する。


「その…全員分…ですよね?」


「ええ、勿論」


 女性は指で丸を作りウインクする。すぐに神鳴が割って入ってくる。


「どうして急に…いえ、どうやってここが…いえいえ、聞きたい事は山ほどあるけど、兎に角!姉さんは余計な事を…」


 神楽と名乗る女性は神鳴を更につっついて答える。


「今回だけだと思ってるのー?あなたの言う以前の翔君の訓練は私がしてたのよ?貴女の秘密も知ってるしお姉ちゃんに分からない事はないのよ」


 姉の凄みに神鳴が押し黙る。


「元の世界に帰る為にもお友達共々頑張ってね?」


 神楽が指を鳴らすと翔達の前に継ぎ接ぎの旅行鞄が出現する。不思議そうに五人がそれを見つめる。


「ほらさっさと鞄開けて。貴方達の武器を取り出して頂戴」


 急かされるままに翔が猪尾に押される形で鞄の前に出される。四人が不安そうに翔と鞄を交互に見る。


「えーい、ままよ」


 鞄を開けると中は真っ暗だった。しかし次の瞬間きょとんとした翔目掛けて刀が柄から飛び出して来る。咄嗟に受け止めて呆気にとられていると後ろから「すげえ」だのと感嘆の声がする。

 まじまじと翔は刀を観察する。朱色の鞘をした刀でなぜか手にしっくり来る感覚、不思議と重さを感じない事に驚きを隠せないでいると神鳴がなにやら喚いていた。


「ちょっと何時ものと違うじゃない!あれ刀じゃない!」


「そ、そうね…どうしてかしら」


 神楽は何か思い当たる節があるのか複雑な表情でわざとらしく不思議そうにしていた。


「えーっと、これでいいんだよな…?」


 翔が不安そうに友と神鳴達を交互に見る。神鳴は納得してなさそうだが神楽が激しく頷くと猪尾が翔の隣に歩き出て次は俺の番だと主張する。


「刀とかカッコいいじゃねえか!オレだって!」


 いつの間にか閉じていた鞄の口を開けると銀色の持ち手がスッと差し出されて猪尾が嬉しそうに持ち上げる。それは銀一色の手斧だった。


「…いや、斧って…剣じゃないんかーい!」


 猪尾が少し残念そうに斧を掲げる。


「なぁ重くないのか?」


 翔が尋ねると猪尾もハッとして斧を上下させる。


「重くねぇ!すげぇ、なんだこれ!」


 嬉々として手に入った武器を見せつけるように河内に歩み寄りニヤニヤした表情で言う。


「すげぇぞ、カワちゃんは何が出るんだろうねぇ」


「武器だけで喜ぶなよ、あと危ないから振り回すな」


 河内は肩に回された猪尾の手を振りほどきながら前に出て鞄を開く。今度は長い槍が現れる。それを手に取り河内も少し嬉しそうに槍を軽く素振りしてみせて猪尾の所に戻る。その様子に猪尾は少し文句を言っているようだった。


「自分だって喜んで振ってるじゃねーか」


 西園寺と夜間が一緒に前に出てきて翔に本当に開けていいか聞いてくる。翔は笑って何も言わない神様二人を見てから一歩離れてどうぞと合図する。

 西園寺が鞄を開き先端に宝石のような装飾がある杖とも思えるデザインの武器を引き抜く。


「なにこれ?」


 本人にはよく分からない武器が出てきたのを見て夜間が説明をする。


「多分杖…じゃなくてメイスっていう鈍器だと思う」


「ど、鈍器ぃ?ちょっとダサくない?」


 鈍器らしく床に振り下ろす動きをしながら文句を言っている。


「凄く軽いし威力あるのかしら…」


 ドゴっという鈍い音を立て床に大きな窪みを作る。思いの外強い威力に全員が引きつった笑い声を出す。そして気付いた時には黒姫が鞄から武器を取り出していた。出てきたのは柄に紫の装飾がされていること以外普通な鞘付きのナイフだった。

 河内と猪尾が様子を見ようと近づいてきてナイフを見て西園寺と共に憐れみの表情をする。

 それぞれの武器を手に持った所で鞄が神楽の元に飛んでいき神鳴と共にそれをキャッチする。


「それぞれの武器の説明は後でしてあげる、それらを持ってまずは私の世界に来て勉強して貰うことにするわ」


 準備が終わったのを見て神鳴はニコリと笑みを浮かべながら指を鳴らす。すると突然五人の足元に穴が開いて全員無慈悲に落とされる。悲鳴をあげながら落ちる翔達を見送った後にわざとらしく神楽が神鳴に言う。


「あ、目的地を伝えてなかったわ…どうしましょう」


「どうしましょう…って姉さんが迎えに行くんでしょ?」


 困った顔をして神楽が手を合わせてお願い事をしてくる。


「私向こうでは役目があるから、知ってるでしょ?だから連れてきてー、他の兄弟は手を出してこない中立の世界だから大丈夫よ、ね?」


 怪しいと感じながらも神鳴は承諾しまずは姉を見送るのであった。


(今までとは違う事が多すぎるわ、疑ってももう遅いけど姉さんは一体何を考えているのかしら…?)

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