除け者
三鹿ショート
除け者
久方ぶりに教室へと入った私を、同級生たちが笑顔で迎えてくれた。
しばらく顔を見ていなかったが、大きな変化を見せている人間は、存在していなかった。
だが、それは、彼女を除いた場合の話である。
俯いている彼女の後頭部には、掃除に使うような雑巾や、何者かの残飯が置かれていた。
机上には、あらゆる罵詈雑言が書かれており、私が彼女の姿を眺めている今も、男子生徒たちが彼女めがけて、野球に使用する球を投擲していた。
私がこの教室からしばらく姿を消すことになるよりも以前の彼女は、虐げられるような人間ではなかったはずである。
何故、彼女は、あのような状態と化したのだろうか。
無言で彼女を見つめていたことから、私の疑問を察したのか、眼前の友人が口を開いた。
いわく、彼女の強大な味方だった男子生徒が引き越しのためにこの学校から離れたことが理由らしい。
それまでの彼女は、姿を見ただけで誰もが逃げだすようなその男子生徒に対して、自身の肉体を使うことで味方とすることに成功すると、まるで自分までもが立派な存在であるかのように振る舞っていた。
彼女だけならば、恐れるような存在ではないのだが、その隣に恐ろしき男子生徒が立っていることで、人々は彼女に対して恨みを抱きながらも、報復することができなくなってしまったのである。
しかし、くだんの男子生徒が消えたことで、人々は己の怒りを露わにすることができるようになった。
その結果が、眼前の光景だということである。
事情を知った私は、自業自得という言葉を思い浮かべていた。
***
それからも私は、学校内において虐げられる彼女の姿を、何度も目撃していた。
床にぶちまけられた弁当を食べさせられ、落書きされた運動着で授業に参加させられ、下着姿で校内を走り回るように命令され、男子便所で性欲の処理をさせられるなど、一体、どれほどの恨みを買ったのかと思うほどに、彼女は毎日のように虐げられていた。
それでも、私は彼女が強い人間だと思った。
何故なら、凄惨な目に遭いながらも、彼女は学校に姿を見せ続けていたからだ。
もしも私が彼女と同じ立場だったのならば、自宅に引きこもっているだろう。
何故、彼女は登校を続けているのか、疑問を抱いた私は、彼女に問うた。
声をかけてきた私に何かされるのだろうかと身体を震わせたが、私が疑問を口にしただけだったことから、彼女は私から目をそらしながらも、
「学校に来なければ、自宅に火を放つと告げられたのです。私の家族までも巻き込むわけにはいかなかったために、私は登校を続けているのです」
くだんの男子生徒が存在していた頃は、彼女ほどの悪人を目にしたことはないと思っていたのだが、意外にも、家族は大事に思っているらしい。
だが、最初から他者に対して傍若無人の振る舞いに及ぶことがなければ、不幸になる人間は存在していなかったはずである。
やはり、今の彼女の状況は、因果応報だった。
***
自宅に入ってきた彼女は、我々の姿を見ると同時に、動きを停止させた。
その気持ちは、理解することができる。
自身の母親や妹が、他者が与える快楽によって阿呆のような表情を晒していれば、そのような反応を見せたとしても、仕方が無いだろう。
私は彼女の妹に腰を打ち付けながら、
「安心すると良い。きみに対する私の恨みは、きみの母親と妹の味を知ったことで、解消されたからだ」
彼女が私を糾弾することがないのは、私もまた、彼女によって苦しめられていたからである。
私がしばらく学校に姿を見せることができなかった理由は、彼女の愛の告白を受け入れなかった私に対する報復として、くだんの男子生徒に暴行されただけに留まらず、階段の上から突き飛ばされたことによる大怪我で、入院していたからだった。
だからこそ、彼女は私に報復されたとしても、文句を口にすることはできないと考えているのだろう。
やがて彼女の母親と妹との行為を終えた私は、彼女の肩に手を置くと、
「他の生徒とは異なり、これからは私がきみのことを虐げることはない。それどころか、きみの愚痴を聞くことも可能である。私との時間が、きみにとっては唯一安心することができるものだと思ってくれて、構わない」
しかし、彼女が反応を示すことはなかった。
私は肩をすくめると、彼女の自宅を後にした。
***
それからも、彼女は虐げられ続けていた。
だが、彼女が私を頼ることはなかった。
彼女に対する恨みは既に消えているにも関わらず、何故だろうかと、私は首を傾げた。
除け者 三鹿ショート @mijikashort
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