第23話
五度目の1球目――カツンッと当てて内野ゴロ。大輔が一塁に向かって走っている最中に世界は巻き戻された。
六度目の1球目――振り遅れたバットが上手い事ボールにミートして、打球は一、二塁間を抜けた。大輔は一塁を蹴って二塁に走る。悠々セーフの二塁打だった。
見学者たちからも今回は溜め息ではなくて拍手と歓声が届けられた――が無情にも世界は巻き戻される。
(……長崎のお望みはあくまでもホームランか。)
世界が巻き戻されると同時に全力疾走の疲労も消えたが精神的な疲れは抜けない。
(まるで修行だな。)
呆れを通り越して大輔は感心すらしてしまう。知世が時々、口にする「完璧」とはこのようにして作られていたのだろうか。
もう随分と昔の事のようにも思えるが知世が宮下ワタルに全力で窃盗の濡れ衣を着せていた時のように、大輔も全身全霊を込めてホームランを打とうと挑み、そして大勝利してみせねば、このループの地獄からは解放されないという事か。
(……俺の場合は長崎による強制だが。長崎は自主的に繰り返していたのだと考えると……恐ろしい執念だな。)
その後も繰り返された「1球目」は十回を超えて、二十回を超えた。
そして訪れた二十七度目の1球目――カーンッ! 見事に振り抜かれたバットから放たれた打球は大きな弧を描いて外野の頭を越えていった。
――ホームランだ。
「マジかよ……」とキャッチャーが立ち上がる。
大輔は打球の行方を眺めながらゆっくりと駆け出した。
完璧なまでのそのスイングは「運動が苦手でも嫌いでも無い」大輔が微妙なアジャストを繰り返した結果でもあったが半分以上は偶然の所産だった。とてもではないが「実力だ」と胸を張る気にはなれない。
(これは……ホームランを打てた、ループの地獄から解放されるという喜びよりも、申し訳無さが先に立つな。罪悪感というか……。)
何とも言い難い気持ちに陥る大輔の耳に、
「ホームラぁーン!」
と知世の嬉しそうな声が聞こえた。
(……全く。仕方が無いな。)
ついさっきまで引きつっていた大輔の頬が勝手に緩む。
この顔を知世に見られたら何か……弱みを握られるような気持ちになってしまった大輔は見学者たちやチームメイトたちからの歓声にも応えずに前だけを向いてダイヤモンドを一周する。
「さ、真田ぁー!」
「初球ホームランて……」
「すっごいな。マジで。マジですっごいなぁ」
見学者からチームメイトから相手チームの人間からも大輔は声を掛けられる。
「なんなの!? なんなのお前!」
「野球やってたのか? いまもやってんのか? どこのチームだ?」
「俺はやるヤツだと思ってたよ。真田って漢は」
ホームベースに戻ってきた大輔はバシバシと気安く体も叩かれまくった。
……これが知世の望んだ未来なのか。
ちらりと目を向けてみると知世は唇を横に引いて大層御満悦の御様子だった。
その意図は全く分からないが知世もこれで気が済んだ事だろう。
一仕事を終えた気持ちで大輔は息を吐いたが――およそ30分後の五回の裏。
前の打席でホームランを放った際にコツを覚えでもしたのか、大輔は第二打席でも大きなヒットを打った。
「ナイバッチぃー!」
前の打席でホームランを打ってから何故だか妙に距離が縮まってしまっている気がするチームメイトたちから大きな掛け声をもらった直後だ――。
(……欲張り過ぎだろう。流石に……。)
――ぐにゃりと世界が歪んだ。巻き戻される。
長崎知世からの要求はあくまでも「ホームラン」だった。
(……またループの地獄が始まるのか……。)
大輔は以前、授業の真っ只中にその他の人間を全て無視して知世を問い詰めた事があったが今また同じ事をしたとしてもし知世が世界を巻き戻さなければ大輔はとてもおかしな人間だと皆に思われながら今後の高校生活を送らなければいけなくなる。
頭に血が上っていたあの時に比べればとても冷静な今の大輔には、目の前の打席をほっぽり出して知世に真意を尋ねに行くような真似は出来なかった。
――カーンッ!
結局、大輔は2打席連続でホームランをかっ飛ばす事になってしまった。掛かった打席数は前回の27を大きく上回る41だった。
(二打席目の最初にヒットを打てたのは本当にただ運が良かっただけだったんだな。コツなんて全く掴めていなかった。)
対外的には2打席連続のホームランだが大輔本人にとっては2本とも大変な苦労の末にようやく打てた「1/27」と「1/41」だった。
(調子に乗らないようにしないとな。)
大輔は気を引き締める。
直後の六回表。相手チームのキャッチャーで四番がまるで意地の長打を放った。
低い角度で直線的に飛んでいった鋭いライナー性の打球は、ホームランにこそならなかったが外野の真横を通り過ぎてフェンスに直撃した。
その外野というのが大輔だった。
(……凄いな。流石は野球部……と見惚れている場合じゃないか。)
転がるボールを大輔がもたもたと追い掛けている間にあわやランニングホームランかと思われたがそこは野球部、冷静に見極めたらしく、大輔が拾ったボールを中継の内野手に向かって投げ返した時にはもう打者は三塁上で立ち止まっていた。
――世界が巻き戻る。
(んん……!?)
「今度は何だ? 長崎は俺に何をさせるつもりだ……?」と考えている大輔の真横をライナー性の打球が通り過ぎる。
さっきは(……凄いな。)と少しだけぼんやりとしてしまっていた大輔だが今回はすぐにボールを追い掛ける。
(これをさっさと拾って三塁に送球。アウトにしろって事か。)と思っていたらまた――ぐにゃりと視界が歪んだ。
相手チームのキャッチャーで四番が打席に入る。大輔のチームの素人ピッチャーが大袈裟に振りかぶって第一球を投げた。まずは見逃しのストライク。続く第二球目が打たれるわけだが……。
(あのライナーを捕れというのか? タイミング良く横っ飛びでもして。直接。)
大輔の疑問に「YES」と答える代わりか――相手四番の打ったボールが勢い鋭く大輔の真横を通り過ぎるなり――また世界は歪み始めた。
(……長崎は俺に漫画の主人公にでもなりきれと言いたいのか。やり過ぎだ。)
だがその「やり過ぎ」をやり遂げねばループは終わらない。
大輔は「はあ……」と息を吐いて意を決する。
何処に飛んでくるのか分かっているボールを、今度は遠くへ打ち返すのではなくて捕球するだけだ。比較的にではあるがホームランを打つよりは簡単だった。
カキン! と打たれた瞬間にサイドステップをして打球の正面に立った大輔は怖がらずに顔前で捕球する。
一回のチャレンジですぐに成功をしてしまった。ループの地獄には嵌らなかったがその分、ズルをしてしまった感が強かった。申し訳無さが倍増する。
「うわ、おしい! 抜けてたらランニングホームランまであったんじゃね?」
「また真田かよぉー!」
「何なんだお前、イチローの生まれ変わりか!? ってイチローまだ死んでねー!」
大声援を大輔は複雑な気持ちで受け止めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます