第22話

   

「ピッチャーびびってるぅ、へいへいへい!」


「うっせーぞ、南河ぁ。てめえが打席に立ったらぶつけてやっからな!」


 放課後の校庭。大輔はクラスメートの男子たちと共に野球部の一・二年生部員たちとの練習試合に参加していた。


「これってどういうことなの?」


 有言実行で見学に来ていた知世が尋ねる。


「今日は三年生と顧問の先生が他校との試合で居ないから。残された一・二年生も本当は地味な筋トレなんかをやっておくように言われてたらしいんだけど。誰が言ったんだか、三年も顧問も居ないんだったらこっちも試合しちまうかーみたいなノリで」


 スタメンからは外れてしまった代打要員の宮下ワタルが答えた。


「鬼の居ぬ間に洗濯ね」


「え? 鬼? どうなんだろう。そこまで厳しい先生じゃないみたいだけど」


「……そうなのね。それで。どうして宮下君たちが野球してるの? 宮下君て野球部じゃなかったわよね?」


「ああ。うん。ウチの高校の野球部は一・二年生だけだと10人しかいないらしくて。部員だけだと人数が足りなくて試合が出来ないからって、C組の長谷川君が――あ、長谷川君は野球部なんだけど。各クラスの部活に入ってない人に声をかけてて」


「それで宮下君とか真田君も参加することになったのね」


「うん」


 つまり、部活動の時間に遊びで野球の試合をしているという事で良いのだろうか。野球部が。素人を相手に。最上級生と顧問の先生が居ない隙を突いて。


「あとで怒られるにしても言い出しっぺでもある野球部側に全責任があるわよね――てことで。何も気にせずにがんばってー! かっとばせー! ホームラーン!」


 二回の裏。3-0で負けている場面でバッターボックスに立っていた大輔は知世の応援を受けながら苦笑する。


「だから、俺は野球もバスケもサッカーも――チームスポーツはやってこなかったと言っただろう。毛も生えていないド素人が仮にも野球部のピッチャーからホームランなんて打てるわけがないだろうに」


 ――ぶんッ。


 ――ぶんッ。


 ――ぶんッ。


 空振り。空振り。空振り。三球三振でアウトだった。


 見様見真似にしてはなかなかに鋭いスイングをしてみせた大輔だったがホームランどころか球に当てる事すら出来なかった。


「真田大輔」らしからぬ姿に見学者たちから溜め息が漏れる。応援に来ていた人間は知世だけではなかった。二人のクラスメートや他のクラスからも――プレイする気は無いがチラッと見て行こうかなという男子やそもそも声を掛けられていない女子など――放課後に予定の無かった連中が暇を潰しにやってきていた。


(――っと。)


 気合を入れ過ぎてしまったか三度目にバットを振り切った直後、大輔は軽く目眩を起こしてしまっていた。


「準備運動が足りていなかったかな」


 バッターボックスを出てチームメイトたちの元へ戻ろうとした大輔に、


「おい待て。打席から外れるときはタイムかけろよ」


 相手チームのキャッチャーが声を掛けてきた。


「は……?」


「真田は野球部じゃねえからこの程度のルール違反でアウトにはしねえけど」


「いや。俺はもうアウトになっただろう?」


「だからそこまで厳しくはしねえって。次からは気を付けろよって話だよ」


「……んん?」と一度は眉間にシワを寄せた大輔だったがすぐに、


(長崎の仕業か――?)


 と気が付いて知世の方を見た。


「がんばってー! 真田くーん。ホームラン! ホームラン!」


 知世はすっとぼけた顔でしきりに「ホームラン」と叫んでいた。


(……まさか。俺にホームランを打たせる為だけに世界を巻き戻したのか? 長崎の奴、何を馬鹿な事をしているんだ。)


 軽く知世を睨み付けていた大輔に、


「おい。真田。何してんだ。カラダ痛えとかじゃなきゃさっさと打席に戻れよ」


 相手チームのキャッチャーからまた声が掛けられる。


「ん、ああ。悪い」と大輔は今すぐ知世の元に駆け寄って強く叱り飛ばしてやりたい気持ちを抑えて、バッターボックスに戻ったが――。


 ――ぶんッ。


 ――ぶんッ。


 ――ぶんッ。


 と。またもや空振りの三振に終わってしまった。


(これで分かっただろう。三回が六回になった程度でド素人が野球部の球を――。)


 と知世に視線で訴えている途中でまた大輔の視界がぐにゃりと歪んだ。世界が巻き戻る。


「ピッチャーびびってるぅ、へいへいへい!」


「うっせーぞ、南河ぁ。てめえが打席に立ったらぶつけてやっからな!」


 大輔のチームメイトである南河の野次と、それを受けて相手チームのピッチャーが返した怒号が校庭に響いた。


 次の打順は――大輔だ。


(おいおいおい……。本気か? 長崎。本当に俺がホームランを打つまでこれを繰り返すつもりなのか……?)


 大輔にとっては三度目の打席だ。世界が巻き戻されたので肉体的な疲労は無い。


 7球目のボールがどれだけのスピードで何処に投げ込まれるのか大輔には分かっていた。大輔にとっては7球目だが相手ピッチャーにとっては1球目なのだ。


 巻き戻される前の世界の記憶を全く持っていないピッチャーは、対戦相手の大輔が極端に変わった事でもしてみせない限り、「1球目」と同じボールを放ってくる。


 大輔にとっての「7球目」は「1球目」と「4球目」と同じボールだ。


 三度目の1球目だった。


 野球経験が乏しい大輔であっても全く同じボールの三度目ともなれば――カキンッ! だ。


「ホームラーン!」


 知世が手を叩いた。


 が、


「……オーライ!」


 天高く舞い上がり過ぎた打球はピッチャーの頭上も越えられなかった。ピッチャーフライだ。結果、エラーも無くボールはピッチャーのグラブに収まった。


 三球三振どころか大輔の「三度目の打席」は1球でアウトになってしまった。


 ――世界が巻き戻る。


(長崎ぃ……。)


 四度目の1球目。


 大輔は知世に対する気持ちも込めて「ふんぬっ!」と力任せのフルスイングをしてやった。


 カスンッとバットに擦られたボールは勢い鋭く後方に飛んでいった。ファールだ。


 すると、


(2球目は遠くの下で確か「外角低め」とかいうやつ……――じゃない!?)


 続いて投げられた球はスピードこそ想定と同じようなものだったがコースは「内角高め」であった。大輔の記憶には無いコースだ。知らない球だった。


 ――ぶんッ。


 と勿論、大輔のバットは空を切る。


 一度目の打席も二度目の打席も1球目には空振りをしていたからこそ2球目に同じボールが投げ込まれていたのだ。相手ピッチャーも「そうきたのならこういこう」と思考する。今回は1球目のボールを大輔がファールにした事で一度目の時や二度目の時とは違った2球目を投げられてしまった。未来が変わったのだ。


 こうなってしまうともう大輔には打てない。


 相手は野球部のピッチャーで大輔はド素人だ。初見の球を打てるわけがない。


 ――ぶんッ。


 あっという間の三球三振だ。


 見学者たちの溜め息を聞き流しながら大輔は考える。


(となると確実に来る球が分かる1球目が勝負か。……「勝負」か。別に俺はホームランなんて打てなくていいんだが。長崎が諦めてくれ――ないよな。やっぱり。)


 世界が巻き戻されてまた大輔の打席となる。



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