第13話
「宮下ぁー!」
と大輔は思わず叫んでいた。その音は「やったー!」に似ていた。
「はははははッ!」
大口を開けて、気が付けば高笑いしていた。
「な……んで……?」
宮下ワタルが寝起きのような声を出す。大輔は、
「とりあえずは生きているな。良し。体に痛みはあるか? ああ、無理に動くな」
ようやく宮下ワタルの自殺を阻止してやれた事による興奮の為、普段よりもずっと高いテンションで彼に接してしまっていた。
「真田君! 宮下君はッ?」
言いながら知世が駆け寄ってくる。
「あー! すごい。よかった。生きてるじゃない。宮下君」
知世はぱっと笑顔を咲かせた。それは本当に嬉しそうな顔だった。本人だけでなくその表情を見た者もつられて嬉しく思ってしまうような笑顔だった。
「ながさき……さん?」
宮下ワタルはゆっくりと体を起こした。
「動けるか?」
「無理しないで」
大輔と知世の言葉が重なる。宮下ワタルは表情をふっと緩める。
「びっくりはしてるけど。痛いとかは別に無くて。おれ、どうなったんだ……?」
「三階から落ちた」と大輔は端的に答えた。
「……ああ。そうだ。それなのに。おれ……」
「落ちる宮下を長崎が見て、叫んだ。俺はカーテンでクッションを作って宮下を受け止めようとした。思ったようにはならなかったが結果的に宮下の命を救う事は出来たようだ」
嘘は言っていない。だが言葉は選んだ。大輔は自分や長崎知世が宮下ワタルの飛び降りを予め知っていた、予見していたとは思われないように説明をしていた。
「……死ねなかったんだ」
「はっはははは……!」
宮下ワタルの呟きが大輔の笑い声に掻き消される。
意図してそうしたわけではなかった。自分の口で「宮下の命を救う事は出来た」と言葉にした事によってそれを改めて認識した大輔は単純に気が抜けたのだ。
先程、体を起こした宮下ワタルとは反対で大輔はその場に寝転がった。
「良かった。疲れた。大変だった。宮下。もう死のうとするな。頼むぞ」
「本当よ。宮下君が死なないように高跳びの分厚いマットまで勝手に拝借したりして大変だったんだから。あ、先生にみつかって怒られる前に戻しておかないと。みんなもう帰っちゃってるかしら」
知世は「ごめん。ちょっと行ってくるから」とこの場を離れた。
「……みんな?」と宮下ワタルは残っていた大輔に顔を向ける。
「真田君と長崎さんと……あと他にも?」
「ああ、いや。宮下が飛び降りようとしていた事も実際に飛び降りた事も知っているのは俺と長崎の二人で、他の皆は長崎に体良くマットの移動を手伝わされただけだ」
大輔は言ってやった。
「大袈裟な話にはなっていない」
「……そっか」
「大袈裟にした方が良かったか?」
大輔は真面目に尋ねていた。自殺しようと思った事がない大輔には、自殺しようとしていた人間の考えを推し量る事は難しかった。
「え……ううん。別にみんなの注目を浴びたくてしたわけでも――」
宮下ワタルは言った。
「――誰かに対する当て付けでもなかったから」
「……そうか」と大輔は思わず苦笑いを浮かべてしまった。クラスメート全員が居た教室で宮下ワタルに「――真田君のせいでおれは死ぬんだ!」と叫ばれてしまったのはいつの事だったろうか。
あの時の宮下ワタルは「死ぬ勇気」だの「かまってちゃん」だのとも呟いていた。
「宮下は……自殺未遂というか、本人的には完全に自殺遂行だな――誰かにかまってもらう為の振りでもなくて本当に飛び降りやがった。そんなものは無い方が良いのに死ぬ勇気を発揮させてしまった。普通は死ねないぞ。死にたいと思っても」
「……うん」
「そこまでした理由、宮下は話したいか? 話した方が楽になるか? 俺で良ければ聞くぞ。……死にたい気持ちを残したまま後でまた自殺を試みられるのも困るしな」
余計な一言だったかもしれないが大輔は正直な気持ちを添えつつ尋ねてみた。
「うーん……」と宮下ワタルは少しだけ考えた後、
「自分でもなんとなくとしか……。なんか、なんか、もう死にたいと思っただけで」
笑うみたいに表情を緩めた。断言しているわけではなかったが宮下ワタルの「死にたい」はもう過去形になっているように聞こえた。
「バンジージャンプじゃないがやっぱり人生観が変わるか? 三階もの高さから飛び降りてみると」
大輔は大真面目に質問していた。宮下ワタルは、
「……ははッ」
と今度ははっきりと笑った。
人生観とまで言うと大袈裟になってしまうかもしれないが宮下ワタルの内面は飛び降りる前と飛び降りた後で確実に変わっていた。けれどもそれは三階の高さから死ぬつもりで飛び降りたからなのか、それとも、これまで交流のほとんどなかったクラスメートの真田大輔に命を救われたからなのかは分からない。
「どうかな。真田君も飛び降りてみれば分かるかも」
「んん」と大輔は眉間にシワを寄せる。
「――オススメはしないけど」
宮下ワタルの冗談に大輔は「ふッ」と苦笑した。
もしかしたら今こうして初めて他人と腹を割って話している事自体が宮下ワタルを変えているのかもしれない。
「宮下。本当に体に痛みはないのか? 特に頭だ。気持ちが悪いとかふらつくとか」
「うん。ない――と思うよ」
「今はアドレナリンだかで興奮していて自分でも気が付いていないだけかもしれないからな。後で必ず病院に行けよ。校舎の三階から飛び降り自殺を図りましただなんて馬鹿正直に伝えなくても良いから。そうだな。階段の上から下まで一気に落ちたけどその先に運良くクッションになるものがあったお陰で体の何処にも痛みは無いんですが念の為に検査してもらえませんか? くらいの事を言って」
本来であれば、恥も外聞も関係無くすぐさま救急車を呼んで精密検査を受けさせるべきだろうが。今回の件には長崎知世が関わっていた。もしも後で診てもらった時に医者から「すぐに病院に来てもらえていれば後遺症も残らずに済んだ」というような事を言われてしまっても知世が居れば世界を巻き戻してもらえる。その時に救急車を呼べば「すぐに病院に行く」事が出来る。
気が付けば大輔も自分の都合で好き放題、世界を巻き戻そうなどと考えてしまっていたが――したとしてもそれで最後だと大輔は考えていた。
後でした宮下ワタルの検査に何の問題は無く、このままもう二度と世界を巻き戻さないで済むのならその方が良い。
済し崩し的に行ってしまっていたこの度の乱用はただ、宮下ワタルの命を救う為のものだった。無事に救い終わったのなら、これ以上はもう好き勝手に世界を巻き戻すべきではないというのが大輔の基本的な考えだった。
それは自然の摂理に反するから――というよりはこれまでに受けてきたしわ寄せに対する憎悪や嫌悪感のようなものが大輔の考え方の根底にはあった。
その辺りの事はまた後で長崎知世とじっくり話し合いたいと大輔は思う。
「……どうも」と宮下ワタルが口を開いた。
「なんか……おれよりもおれの心配してくれてない?」
「俺が助けた命だからな。宮下ワタルの命の所有権は俺にある……とまでは言わないがせめて粗末にはしないでくれ。これでも命懸けで助けたつもりなんだ」
冗談半分、本気半分で大輔は訴えた。
「……うん」と宮下ワタルは神妙に頷いた。
「でもどうしておれが落ちる瞬間にこの場所に居たの?」
「あー……難しいな」と大輔は言葉を濁した。
長崎知世が世界を巻き戻せるだなんて事実は当然、話せない。大輔にしてみれば他人の事であるし、仮に話しても理解はされず、信じてももらえないだろう。酷い目で見られるのが落ちだ。
「偶然……でもないな。んー。何だ。強いて言えば……運命か。はははは」と大輔は笑って誤魔化そうとした
「運命……? ……はは」と宮下ワタルも笑ってくれた。
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