第11話
「今から急に信用を得たり、仲良くなる事は難しいとして。それでも宮下に警戒感を抱かせずに交流するには……必然性が欲しいな」
「必然性? たとえば?」
「この前の『飛び降りを阻止した俺たち』が『心配だから付き添う』のような」
「あー。なるほど……で。どうする気?」
――「作戦・其の二」だ。
まずは宮下を捕まえる。
「宮下。ちょっと話がある」
「……なに?」
続いて、
「連絡先の交換をしよう。宮下のケータイ番号を教えてくれ」
「は……? ……なんで」
「まあまあまあ。悪い事にはならないから」
「いや……普通に怖いでしょ」
「まあまあまあまあまあ……」
「マアマアじゃなくて。ちょ、ちょっと、おれのスマホ――」
多少、強引にでも宮下ワタルの電話番号を入手する。
「な、なにを……」と震える宮下ワタルの行く末は見なくとも分かってしまうので、知世に頼んでさっさと世界を巻き戻してもらう。
「すると俺は『まだ宮下には接触していない』状態なのに。宮下のケータイの番号を入手している――しっかりと記憶しているので」
大輔のスマホから彼のスマホに電話を掛けるだけで宮下ワタルは、必然的に大輔や知世と一緒に居たくなるという寸法だ。電話番号の入手方法や「その回」を簡単に犠牲にしている、軽んじている、弄んでいる等の批難はあろうが細工は流々、仕上げを御覧じろだ。
「……知らない番号だ。…………。…………。……はい。どちらさまですか?」
「……もしもし。宮下ワタル君のケータイで合っていますか?」
「はあ。あってますが」
「では。本日のあなたのラッキーパーソンは『親しくないクラスメート』です」
「……は?」
「『親しくないクラスメート』と放課後を過ごせばあなたはとても幸せになるで……あ、切りやがった。宮下の奴」
これでも大輔は真剣に取り組んでいた。
その隣で耳をそばだてていた知世は笑って良いやら怒って良いやらの困り顔をしていた。
「そりゃあ切られるでしょうよ。オレオレ詐欺なんて目じゃないレベルで怪しかったわよ。いまの電話」
それでも大輔は諦めない。
「……だが伝えたい事の八割九割は聞いてもらえたはずだ」
まだ作戦の途中だ。重要なのは過程ではなくて結果だ。
大輔は本作戦の遂行を目指して突き進む。
「宮下」
「……なに?」
「今日の放課後、一緒に」
「さっきの電話って真田君……? ……どこで俺の番号……いいや、もう」
「遊んでみないか? カラオケでもゲームセンターでもボーリングでも何でも」
「…………。……頭オカシイんじゃないの?」
「お、おい。宮下。待てって」
「…………」
取り付く島もなく「作戦・其の二」もこの後「明確な失敗」を迎えてしまった。
「……難しいな」と大輔は溜め息を吐いた。
「成功するまで何十回でも何百回でもリセットはするけど、何十も何百もパターンが無いのよね。正直、もう既にネタ切れな感じが……」
「……いっそ飛び降りさせるか。それで宮下の気が済むなら」
ぼそりと大輔は呟いた。
「諦めたら人生終了だけど? 宮下君の」と知世が勢い弱くツッコんだ。
「見捨てるわけでも見過ごすわけでもない。宮下が飛び降りる事は分かっているんだから先回りをして地面にクッションか何かを置けないだろうか。スカイダイビングやバンジージャンプで人生観が変わるなんて話も聞くし、パラシュートもゴムも付けずに本気で死のうと思って飛び降りたなら人生観が変わらないわけはないだろう。多分だが。それでもう自殺なんてしようとは思わないメンタルになってくれれば」
「そうね。この際だから。なんでもやってみましょう」
知世は「でも」と付け足す。
「校舎の三階から落ちても大丈夫なクッションてけっこうな厚みが必要だと思うけどどこから持ってくるの?」
「ああ。それだが体育でもたまに使っている高跳び用の分厚いマットを持ってこられないかと。陸上部の備品かもしれないが使ってたり使ってなかったりするだろう」
「なるほどね」と知世は頷いてくれたが――この高校で使用していた競技用マットは幅200センチ・長さ300センチ・厚さ50センチで重量は60キログラムもあった。
重さだけを見れば高校生男子が一人でも運べそうだが問題はその大きさだった。校庭わきの体育用具室から普通校舎の窓の下にまでこっそりと引っ張ってくる事自体は頑張りさえすれば無理ではないもののどうしても時間が必要になってしまう。
「あ……」
初回のチャレンジではマットを移動させている最中に宮下ワタルが窓から落ちた。
六時間目の後の終礼が終わってから体育用具室に向かうから間に合わないのか?
大輔は終礼をサボって体育用具室に先回りしてみたがその頃、教室では「真田君が居ない?」「早退? もうすぐ終わるのに?」「カバンなんかはまだ残ってるわよ」「どうした? 事件か?」と軽く騒ぎになってしまっていた。「前」に宮下ワタルが数学の授業に参加していなかった時とはえらい違いの反応だった。そのような状況で大輔が「こっそり」と大きなマットを移動させる事は無理だった。――やり直し。
「長崎。悪い。やっぱり手伝ってくれ」
と、か細い女子の手も借りて出来る限りに急いだ三回目もまた間に合わなかった。
「……一人二人じゃ無理か。でも誰にどうやって手伝ってもらう? こんな事をする理由をどう説明すれば良いんだ。宮下の飛び降り後を考えるとあまり大事にはしたくないんだが」
「んー。普通にクラスの皆に頼んで、マットを動かしてもらって、『ありがとー』で済むんじゃないの?」
知世が不思議そうな顔で言った。冗談では無いらしい。
「……そんなに簡単な話か? 何で、どうしては聞かれるだろう。マットの設置後も何が起こるのかと居座られるかもしれない。無理だろう」
無理じゃなかった。
「長崎さんが言うなら」
「手伝うよ」
「むしろ手伝わせてくださいレベルで」
何でもどうしても聞かれずに人手は十分に集まった。
マットの設置後も、
「みんな、ありがとう。すごく助かっちゃった」
知世が笑顔を見せると、
「いやいやいや。どういたしまして」
「こちらこそ手伝わせてもらってありがとうだよ」
「自分も何かやった感があるよな。正義を成した的な」
誰もその場に残ったりも後ろ髪を引かれている様子もなく皆、晴れ晴れしい笑顔でさっさと去って行ってしまった。
何とも簡単な話だった。
「――ね?」と知世が振り返った。大輔は眉間にシワを寄せる。
「長崎って……何なんだ?」
「ただの完璧美少女よ。ふふん。日頃の行いのおかげよね」
「……どうかしているのはクラスメートたちの方なのか? 何なんだ……」
何はともあれ、これでいつ宮下ワタルが落ちてきても大丈夫だ――と思っていたがいつまで経っても落ちてこない。見ている人が居ては落ちづらいかと思って大輔も知世も少しだけ離れた場所に隠れたりしていたのだが。
しばらくして――。
「キャーッ!!!」
遠くの方から悲鳴が聞こえた。尋常ではない声だった。
大輔と知世は顔を見合わせて、悲鳴が聞こえてきた方へと向かった。
集まりつつあった野次馬の流れに乗って二人が行き着いた場所は普通校舎の反対側だった。廊下ではなくて教室がある校舎の南側だ。
この高校の校舎にはベランダが無かった。三階にある教室の窓から身を乗り出せば地面まで一気に落ちる事が出来てしまう。
「……そうなるか」と大輔は呟いた。
一階にある三年何組だかの教室のすぐ横の地面に宮下ワタルは張り付いていた。
「死ぬつもりで飛び降りるんだから。マットが下に敷いてあるのが見えたら別の場所から落ちるわな。それはそうだ……」
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