第10話

   

「宮下はどうしてそんなにも固い決意で自殺をするのか」


 大輔は知世の核心を突いた問い掛け――「……それってつまり私たちに宮下君の自殺を止めることはできないってこと?」――を受け流して話を更に進めた。


「今日、何か決定的な出来事が宮下に起きたのか? 例えば、やってもいない窃盗の濡れ衣を着せられたとか」


「んぐッ!?」と知世が分かりやすく狼狽した。


 そんな知世の姿を見せられてしまった大輔は、


「いや、今思い出してみてもあれは最低の行為だったな」


 何故かいじわるな追い打ちをしてしまうのであった。


「ううう、うるさいわね。確かに誤認逮捕……じゃなくて誤認告発だったけど。可能性のひとつとして明示しただけじゃない。間違ってたってわかったらすぐにリセットしたんだから。リセットしちゃえば全部、全部、無かったことになってるはずだったのよ! ……なのに。本当になんで真田君は覚えてるのよ……」


「可能性の一つにしては思いっきり振りかぶってた気がするが。『南河君のお財布を盗んだ人物。それは――宮下ワタル君! アナタよ!』だったか」


「す……過ぎたことどころか完全に無くなってることをいつまでもぐちぐちと……」


 知世は一度下を向いた後、勢い良く顔を上げて大輔に言い放った。


「やるからには思いっきり全力でやらないと意味がないのよ!」


 その顔が赤いのは興奮のせいかそれとも羞恥心からか。知世は再び下を向く。


「……リセットする前のことを覚えてる人がいるなんて思わないじゃない……」


「宮下も――」


 と大輔もそれ以上は知世をつつかずに本題へと戻った。


「――俺みたいに巻き戻される前の事を覚えていると思うか?」


「……多分だけど。それはないと思う」


 知世も本題についてきてくれた。


「どうしてそう思う?」


「行動が……なんていうんだろう。全部『一回目』な感じがするから」


「うん」と大輔は頷くだけをして知世に次の言葉を促した。


「真田君の行動と比べて……うーん。なんとなくとしか言えないけど。違う気がするのよね。……ごめん。はっきりとは言えなくて。でも。宮下君は覚えてないと思う」


「……いや。俺も同じように感じていた。でもやっぱり言葉で表すのは難しいよな。『なんとなく』同士だけど意見が一致して良かった。……宮下ワタルは巻き戻される前の事を覚えていない――という事にしよう――となると今日、宮下は『窃盗の濡れ衣は着せられていない』という事になる。一番最初の回は例外として、それ以降の自殺は今日の宮下に何か大きな出来事があったせいではなくて、これまでの日々で積み重なってきたネガティブな感情がたまたま今日という日に蓄積の限界を超えたって事なんだと思う。宮下にとっては今日一日だけの問題ではなかったんじゃないか」


 大輔の仮説に知世は「ああ。そっか」と軽く頷いた後、


「だったら。もっともっと深くリセットして、そのネガティブが積み重なる前の日々からやり直す?」


 と首を傾げた。大輔は、


「いや」


 とすぐに首を振った。早とちりした知世に年単位で世界を巻き戻されでもしたら、かなわない。


「自殺の理由が『明確な原因は無い日々の積み重ね』だとしたら、それこそ高校で宮下と同窓生になってから卒業して完全に離れるまでの三年間、彼を付きっ切りで見守らないといけなくなる。フォローし続けないといけないという事になる」


「私も真田君も宮下君の為に学校生活を送らないといけなくなるってことね」


「そう。この案もまた現実的ではない。却下だ」


「じゃあ、どうしたらいいの。……どうしようもないのかな」


 弱気を打ち消そうとするかのように知世は「ああ、もうッ」と頭を振った。


「振り出しから全然、話が進まなくない? 作戦会議になってないよ」


 大輔に勿体ぶっているつもりはなかったが確かに前置きが長くなっていたかもしれない。先を急ごう。


「やっぱりヒントは三例目。俺たちが目を離してからも一日、正確に言えば半日かもしれないが宮下は生きていたという事実だ」


「だから、それは飛び降りようとしていた宮下君を物理的に止められたからでしょ。でもそれを毎日は続けられないって話になったじゃない」


「本当にそうなのか?」


 大輔は知世の答えを待たずに続ける。


「ゲームじゃあるまいし。物理的に阻止したボーナスでその日はクリアになるなんてルールがありえるのか?」


「ありえるのかって言われても。実際にあったんだからしょうがないじゃない」


 知世は「何が言いたいのよ?」と大輔の事を軽く睨んだが、大輔は勿論、怯んだりせずに話を進める。


「俺が思うに。宮下がその日に死ななかった理由は飛び降りを阻止された事自体ではなくて、その後に俺たちと話をしたからじゃないのか」


 大輔は知世に口を挟ませずに「覚えてるか?」と続けた。


「……このまま線路に飛び込むとか。しないよ。……君たちに迷惑はかけない」


「……少なくとも今日は。もう死のうとしたりしないよ」


 それらはあの日に宮下が口にした言葉だ。


「そんな口約束にもなってないようなただのオシャベリで? ……律儀ね」


 知世は半信半疑の顔をする。


「そういう生真面目な性格だからこそ自殺なんて道を選んでしまうのかもしれないな……。閑話休題。宮下は話せば分かる、話が通じるとも言える。今から積み重なった死にたい理由を全て排除する事は難しくても、それ以上に『生きたい』とか『生きなければいけない』と思う理由を与えてやれれば、作ってやれたら死なないんじゃないのか」


「どうにかして宮下君に『もう二度と自殺しようなんてしません』て言わせようっていうの?」


「そこまではっきりとは難しいと思うが。言葉にさせられなくても、とにかく明日も明後日も生きたい、生きなければいけないと思わせられれば」


「うーん。まあ。言いたいことはわかったけど」


 知世が言った。


「具体的にはどうするの?」


 大輔が答える。


「それを今から二人で考えよう」


「…………」


「…………」


 互いに互いの顔を見合ったまま、数秒。その沈黙を破ったのは知世の方だった。


「……おーけー。がんばって考えましょう」


 ――そうして立てられた「作戦・其の一」は、


「そうだ。宮下君を遊びに誘いましょう。人生は楽しいことでいっぱいで、いま自分から死ぬなんてもったいないと思わせましょう。楽しいことと言えば『遊び』よね。カラオケでもゲームセンターでもボーリングでも何でもいいから」


 であったが知世が実際に宮下ワタルを遊びに誘ってみると、


「……いいです」


「うん。じゃあ行こう」


「じゃなくて。いらないです。行かないです」


 と素っ気なく断られてしまった。


「何で急に長崎さんがおれを……誰かに何か言われたんですか? ……サイアクだ」


 宮下ワタルはそう言い残して窓から落ちた。作戦失敗である。


「……ああ。親しくもない異性から急に誘われたら悪質なドッキリかと思うわよね」


「もしくはカワイソウな宮下を見兼ねた先生に頼まれた優等生の長崎が義務的に優しくしてくれようとしていたと思われたか。どちらにせよプライドは傷付くわな」


「うーん。人選ミスだったかしら。次は真田君が誘ってみなさいよ」


 というわけで。続いては「作戦・其の一の2」だ。


「宮下。放課後、付き合ってくれないか?」


「……何で」


「宮下と遊んでみたいと思ったからだ」


「……だから何で」


「…………」


「…………」


 この作戦も失敗に終わった。


 反省会だ。


「そもそも一緒に遊びに行こうというところに無理があるんじゃないか」


「うーん。この前は一緒に帰ったりしたのに」


「あれは一緒にというか俺たちが無理矢理に付き添っただけだが」


「じゃあ今回も無理矢理に連れ回して遊べばよかったのかな」


「その状況で宮下に『楽しい』とか『死ぬなんて勿体ない』とか思わせる事は無理だろう。宮下と遊ぶ事はあくまでも手段であって目的はその先だからな」


「うーん。じゃあフツウに遊べるようにまずは宮下君とフツウに仲良くなるべき? 仲良くなるには一緒に遊ぶのが手っ取り早いけど、まずは仲良くならないと一緒には遊べないから……ってアレだね。『にわとりが先か、たまごが先か』問題」


「どちらかと言うと『服を買いに行く為の服が無い』の方が近いかもな」


「あー……うん。まあ、どっちでもいいんだけど」


「そうだな。どちらでも良い話だ」



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