第35話

「ああ……意味がわからない」

 俺の部屋に置かれたテーブルの向かい席で、食後の紅茶を苛々と啜りながらウェリナは吐き捨てる。

 話題の中心は、もちろん昼間に屋敷へ凸ってきたカサンドラ妃だ。その晩、久しぶりに二人きりの夕食を終えた俺たちは(マリーはカサンドラ妃と通じていたということで、念のため部屋に軟禁されている)、そのまま俺の部屋に移り、夜風を楽しみながら食後の紅茶を楽しんでいた。

「なぜ追い返さなかった。他の人間ならいざ知らず、王太子である君なら、彼女に退去を命じることも可能だったはずだ」

「いやいや、俺だってヤバいとは思ったさ! けど、なぁ……」

 うーん、この違和感をどう言語化したものか。

 少なくとも俺の目には、カサンドラが俺の情報を目当てに凸ったようには見えなかった。むしろ……そうだ、マリーがしたためていたあの分厚い報告書(?)が目的だったように思える。が、仮にあれが本当にウェリナの調査に関する報告書だったとして、カサンドラが、最終ターゲットである俺の登場にあそこまで無関心だったのは、やはり、妙だ。

 と、いった話をウェリナに話して聞かせたところで、おそらくウェリナには伝わらないだろう。

「まぁいい。とにかく以後は、たとえ妃殿下であっても追い返すように」

 もはや敬語すら用いずに言い捨てると、ウェリナは飲み終えたカップを置く。

「ところで、アル」

 その、ひどく湿り気を帯びた低音に不覚にも俺はぞくりとなる。カップから目を上げると、そこには、声と同じだけ濡れた双眸。

「な……何だよ」

 強いてそっけなく返しながら、内心で俺は少し焦っている。こいつの声で痺れる耳の奥だとか、なぜか熱を持つ頬だとかを、絶対に看破されたくない。

「昨晩のあれは、何だったんだ」

「うえっ!? あ、いや……何のことかな……」

 うう、やっぱり突っ込まれたか。そりゃな、こいつとしちゃ降って沸いたラッキーできっちり言質を取っておきたいところだろう。記憶をなくした今のアルとでも、少なくともあそこまではイケるってことをな。

 でも。

 悪いが〝俺〟には、その願いに応えることはできない。そして……そのことに、本当はこいつも気付いているはずなんだ。

「質問を質問で返すみたいで悪いんだが……実は俺も、聞きたいことがあってさ」

「聞きたいこと?」

「ああ。お前が読んでた本のことなんだけど」

 するとウェリナは、切れ長の目をはっと見開くと、身構えるように表情を険しくする。ただ、その目に浮かぶのは怒りではなく、緊張、さらに言えばそう、怯え。

 もっとも、それは俺に言わせればすでに想定済みのリアクションで、なので、あえてそ知らぬふりで続ける。

「何なんだ、その……〝転生〟、って」

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悪役令嬢モノのバカ王子に転生してしまったんだが、なぜかヒーローがイチャラブを求めてくる 路地裏乃猫 @eroneko

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