第32話

「……っ、」

 俺の問いに、ウェリナはあからさまに硬直する。器用でそつのないウェリナにしては、いっそ滑稽なぐらいわかりやすい反応だ。そんな男が思いがけず見せたボロを、やはり俺は、可愛いと感じてしまう。

 頭で考えればおかしな情動だ。ただ、不思議と困惑は少ない。

 むしろ、今あるのは妙な納得。やっぱりなぁ、と、俺は心の深い場所でこの感情を受け入れている。本当はずっと知っていた。その兆しに気付いていた。向き合うことを先送りにしていただけで。

 俺、こいつのこと結構好きかも。

 いや……多分、かなり好き。

 そして、一度それに気付いてしまうと、例えばウェリナの精悍な顔だとか広くて逞しい胸板だとかが、なぜか、強烈に意識されてしまう。ああ俺、こんな綺麗な奴に惚れられて、迫られてんだ。こんなに完璧で万事そつのない男が、俺の些細な失言一つに本気で傷ついてる。

 別にそれで嬉しいわけじゃない。俺はサディストじゃない。

 ただ、俺の言動が――ひいては存在が、こいつの中に響いて波紋を作る。その現象そのものが愛おしくて、もっと、もっと掻き回したくなる。

 俺のことしか考えられないように。

「……っ」

 今度は追いすがるように口づける。身を乗り出し、つま先で伸び上がりながらウェリナとの身長差を埋める。ウェリナは、今度は逃げない。むしろ俺を抱き寄せ、そのまま深くくちびるを絡ませる。

 そんな俺たちのくちびるの間には、しかし、相変わらず薄皮一枚ほどの何かが挟まっている。それが、俺にはどうしようもなくもどかしい。文化祭の演劇で、ラップを挟んでキスするみたいな。いや、俺は主役なんか貰えるわけもなくて普通に村人Bとかやってたんすけどね。あくまで喩えとして。

 で、この薄皮の正体なんだが……わからない。わからないから余計にもどかしくて、さらに深くくちびるを重ねる。頭の角度を忙しく変えながら、一番いい感じで重なるポジションを二人して探す。で、二人して探すもんだからせっかく見つけたポジションもすぐにズレる。いやお前、いいからじっとしてろよと俺は内心ちょっとキレているんだが、多分それはウェリナも感じていることで、でもやめられないし、同じ理由でウェリナもやめられないんだろう。

 もっと、もっと。

 もっともっと深く、お前と重なりたい。

 やがて、ウェリナの指が俺のシャツのボタンにかかる。指は、普段の器用さが嘘みたいにガシガシと引っ掻くようにボタンを外す。ようやく外れ、くつろげられた俺の首筋を炙る、ハッ、ハッ、と焦りを含んだウェリナの吐息。これは……止まんねぇな。そして俺も、今更止められない。

 ぎゅっと首筋を吸われた瞬間、頭の底がじんと痺れる。

 で、結局俺は受けなの? それとも攻め? あーもうわからん。わからんが、正直もうどっちでもいい――

「……アル」

 その、不意に耳元で囁かれた声に。

 俺はなぜか、唐突に我に返る。ほとんど反射的にウェリナを突っぱね、そんな自分に俺は面食らう。

「っ!?」

「えっ」

 せっかく盛り上がったところをいきなり引き剥がされ、呆然となるウェリナ。そんなウェリナを、申し訳なさを噛みしめつつ俺は見上げる。ごめん。わかってる。いきなり困るよなこんなの――でも。

「お、俺は……あ、いや」

 それ以上の言葉を継げないまま、俺はその場を後にする。むしろ緊急離脱、なんて表現の方がしっくりくるなと自嘲しながら、でも足は止められず、そのまま図書室も後にした。

 ウェリナは追ってこなかった。むしろ引き止められても困るからちょうどよかった。こんな醜い感情、いや願望を、あいつに暴かれるわけにはいかない。

 なんでそこでアルなんだよって。

 俺じゃないんだよ、って。




こいつが隠し持つ「怖い」って感情じゃないかと思う。最後の一歩を踏み出せない

「アル……っ」

 キスの合間、鼻先で囁かれた

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