第27話

 いや、どういうことだってばよ。

 俺に婚約解消の意志がないのは今更言うまでもない。イザベラとの婚約解消は即ち王太子としては完全におしまいルート。まぁ、アルカディアとウェリナは後で田舎に引っ込みイチャラブ暮らしを夢見ていたようだが、俺に言わせりゃンなもん是が非でもノーセンキューなわけで。

 しかし、何だって今更そんな噂が……

 イザベラとの関係は、順調に修復できているものとばかり思い込んでいた。舞踏会でもエスコートを許され、しかも彼女は、その舞踏会に俺が送ったドレスを身に着けてもくれた。……えっ、それとも、この期に及んでまだ悪役令嬢モノの強制力が働いているのか? んで、俺はバカ王子として破滅……あ、いや、それは本来のアルカディアが望んだトゥルーエンドで、むしろ好都合……いやだから、それは本来のアルカディアの話であってだな、俺の場合は……って、あーくそっ、頭がごちゃごちゃするっ!

「いや、それはないない! だって俺、イザベラちゃんのこと超愛してるし? っつーか、どこソースだよそれ……」

「ソース?」

「あー……要するに、噂の火元はどこなのかなって話」

「ああ、そういう……いえ、私も噂で聞きかじった程度ですし、ただ……イザベラ様が殿下との関係を気に病んでいらっしゃるのは本当です。事件の後、教会でその件について司祭さまに懺悔なさるのを、私、横で聞いておりましたから」

 うーん、それは盗み聞きと言うのでは? んで、それを第三者にべらべら漏らすのは守秘義務とやらに反するのでは? いや、ここは異世界だ。個人情報保護なんて高等な概念は存在しない。

「殿下が襲撃を受けられたのが、イザベラ様をお屋敷へ見送られた直後ということもあって、今回の件でも責任を感じておられるようです。あの時、お見送りを断っておけば、と……まして外では、殿下は生死の境を彷徨うほどの危険な状況と噂されておりますし」

「ああ……」

 なるほど。それは確かに、気に病んでも仕方がないかもな。むしろこの場合、事件の一報を彼女がどう受け止めたか、そのあたりの想像が足りていなかった俺が悪い。まぁ、それが婚約破棄説とどうリンクするのかは知らんが……

「ありがとう。そういうことならさっそく手紙を書いて、イザベラに安心してもらおう」

 するとマリーは、なぜか怪訝な顔をする。

「ん? どした?」

「あ、いえ……噂では、殿下はイザベラ様を嫌っておられるとのことでしたので、その、イザベラ様を気遣う言葉を仰るのが、正直、意外、と申しますか……」

 あー、それはきっとアルカディア時代の話が尾を引いているんだろう。確かに、あの頃のイメージを引きずるなら、いきなり婚約破棄説がポップアップするのも不思議じゃない。

「心を入れ替えたのさ。こんなバカ王子を健気に愛してくれる女性を、毛嫌いする理由があると思うかい?」

 言い残すと、さっそく俺は自室に向かう。

 マリーの言葉が事実なら、俺は早急に対策を打つ必要がある。まずイザベラに手紙を書き、俺が無事であることを伝える。これは、先日の件でこれ以上彼女が気に病むことのないように、との措置だ。

 同時に、俺の側に婚約解消の意志がないこともきっちり伝える。何にせよ、むざむざイザベラを手放すわけにはいかない。彼女こそは正真正銘、俺が今のウェリナルートから離脱するために必要な鍵なんだ。

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