第24話
ぎくり。
その一瞬の反応を、おそらくウェリナは見抜いたのだろう。はぁ、とそれはそれは深い溜息をつく。
「見縊られたもんだな。俺の気持ちが、あんな小娘ごときに靡くとでも?」
「いや、だからさ……そういう言い方すんなって……」
でも言っちゃうんだよな。そうでも言わなきゃ収まらないほどお前は今キレているんだ。わかるぜ。俺にだって覚えがある。マジで腹が立つと、誰が傷つこうがお構いなしに怒りの刃をぶん回したくなるんだ。
その誰かの中に、発言者本人が含まれていようがな。
そうやってウェリナが、俺だけでなく奴自身も無神経に傷つけているのがなぜか俺は悲しい。
「あーもう、悪かったよ!」
カトラリーを置き、俺は両手を軽くホールドアップする。
「ええそうです。ぶっちゃけお前とマリーちゃんがくっつけばいいと思ってました! ……けどさ、俺だって色々しんどいわけよ。何にもわからないまま、いきなり見知らぬ国の王子様をやれって言われて……んで、殺されかけたと思ったら、今度はお前にぐいぐい攻められて」
そうは言いながら、これはちょっと嘘が入ってるなと頭の片隅で俺は思う。
事実、そのあたりの混乱はとっくにクリアしている。今の俺を惑わせているのは、だから、全く別のトピックだ。
「なるほど。確かに……アルの気持ちを考えていなかった」
「……アルの気持ち」
違う。
これは、アルカディアの気持ちじゃない。今この身体に入ってんのは全くの別人で、その別人は、未知の世界で生き延びるためにどうにかアルカディアを演じているにすぎない。
ああ、そうか。要するに俺は、こいつに嘘をついている今の状況を後ろめたく感じているんだな。
そうだ。そうに違いない。
そういうことにしておこう。
「――!?」
そんな俺の思考を無遠慮に切り裂く甲高い悲鳴。今のは……メイドさんの誰かか? いや、この声には確かに聞き覚えがある。
「……ランカスタ嬢か」
俺とほぼ同時に声の主に思い至ったらしいウェリナが、唸るように吐き捨てる。うーん、何もそこまで毛嫌いする必要はないだろうに。って、今はこいつのリアクションに突っ込みを入れている場合じゃねぇ! そう思い立ち、慌てて席を立つと、相変わらずテーブルの向かいで優雅にカトラリーを動かすウェリナに怪訝な目を向けられる。
「何だ」
「は? いや、お前こそ何やってんだよ! マリーちゃんの身に何かあったらどうするんだ!?」
「心配ない。メイドが対応する。彼女らの手に余る問題なら、いずれ報告が入るだろう」
「困ってる奴をほっとけるのかって話をしてんだ!」
言い捨て、俺は食堂を飛び出す。
くそっ、いくらマリーのことを良く思っていないからってあの態度はないだろうがよ。相手が誰であれ、助けを必要としているなら手を伸ばす。それが騎士ってやつじゃねぇのか? いや、騎士かどうかは関係ない。人間なら誰しも持つべき最低限の善意ってやつで――
ああ。そっか。
だから俺は、すんなり受け入れられたんだ。
前世での一度目の死。でもあれは、人間として仕方のない死だった。目の前で誰かが死にかけていて、俺はそいつに手を伸ばした。結果、俺は死んじまったわけだが、でも、別にそれで良かった。だって俺は人間として死んだのだから。
そんなことを考えながら、俺は屋敷の廊下をひた走る。
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