第23話

 とはいえ、座して待つだけというのも何なので、一応のつもりでお膳立ての方法も考えてみる。

 ウェリナのマリーに対する第一印象は、残念ながら芳しくはなかったようだ。が、マリーの方は問題ない。ありゃ完全に恋する乙女の目だった。で、問題は、ここからいかにしてルートを構築するか、なのだが……

 とりあえず、ギャップ萌えを狙ってみるか。というか現状、それぐらいしか取れる選択肢は残されていなさそうだ。

 現在のマリーに対する悪印象を、驚きと意外性とで覆していく。不満はないが退屈な貴族ライフに突如舞い込んだトラブルの種。でも、そんな彼女のおかげで灰色の日々に彩りが生まれて……気付くと彼女の姿を目で追っている! なぜだ!? 彼女から目が離せないドキドキ!

「ランカスタ嬢から目を離すな」

 そう、居合わせたメイドのテレジアに耳打ちし、ウェリナは足早に屋敷に奥へと消えてゆく。そういえば……あいつ、ひょっとして俺とマリーに釘を刺すためだけに宮殿から戻ってきたのか? ふん、暇な奴め。

「ええと……というわけで、君はしばらくこのお屋敷で暮らしてもらうことになるけど……いいかい?」

 するとマリーは「はい!」と、それはそれは元気に頷く。

 目は満々と星を湛え、頬はつやつやとして明らかに血行が良い。ううむ、改めてイケメンの力、恐るべし……

「う……うそ、推しカプと一つ屋根の下に? ……やっばい超よだれ出る、てか今すぐ壁になりたい……」

「ん? どうしたの?」

「あ、いえいえいえ! 何でもございませんですハイ……ぐへへ」

「……はぁ」

 何となく笑い方が汚い気がしたが、まぁ気にしない。ヒロインと一口に言っても最近はほら多様性の時代だからね。

 と、そんな調子でマリーの滞在は決まり、一応は客として部屋も宛がわれる。ただ、どういうわけか彼女の方は半ば軟禁状態に置かれ、俺のような自由は許されない。部屋の前にはメイドが待機し、マリーが外に出たいとぐずるたびにやんわりと押し留めているようだ。

 夕食も、マリーだけは部屋で摂らせるよう指示がなされているのか、食事を乗せたカートが部屋に運ばれてゆく。一方、俺はというと、昨晩と同じく食堂でウェリナと二人で摂ることに。いや、一応彼女も客だろ? それに女の子がいた方が絶対楽しいじゃん。ところが、食堂に現れたウェリナは早くも極寒の怒気を纏っており、結局、文句らしいことは何も言い出せないまま俺はテーブルに着く。

 とはいえ、ここで黙っていては状況は何も好転しない。何にせよこの、間違ったルートにデンと鎮座するヒーローを本来の世界に引き戻してやらにゃならん。本来。つまり乙女ゲームの。

「あー……可愛いよなぁ、マリーちゃん」

「は?」

 その「は?」に込められた超高密度の苛立ちに、俺は危うくカトラリーを落としかける。いや、補導された直後のヤンキーでもそこまで見事な「は?」は出せないぜ?

「えっ、いや、なにキレてんだよ……俺はただ、素直な所感を述べただけだろ? 実際、可愛いし。あの子」

「マリー=ランカスタ。十六歳。ランカスタ男爵家の三女。七歳の時に精霊教会に預けられ、以来、聖女としての修行を積む」

「……ん?」

「治癒の力は同年代の少女の中では随一。将来的には大聖女クラスの力を得る可能性も高い。一方、性格は粗忽、粗雑、短慮かつ軽率で、幹部職として抜擢される可能性は極めて低い」

「ちょ……ちょっと待て。何なんだ、その色気のない説明は……」

 するとウェリナは、手元のパンをちぎりながら不快そうに鼻を鳴らす。あー……これは相当拗ねてんなぁ。

「色気のある話が聞きたければ、そちらの方面も調べてある。――喜ぶがいい。彼女は処女だ」

「おい!」

 今度はさすがにカチンとくる。俺は別にそういう話をしたいわけじゃないし、何より今のはマリー……というか、女性一般に対し失礼だろう。彼女を道具に使おうとした俺に、今更こんなことを言える義理がないのはわかっちゃいるが。

 それと……もう一つ。これ以上、こいつに誰かを侮辱するような言葉を口にしてほしくない。

「お前が、彼女の来訪を快く思っていないのはわかってる。けど……何もそこまで毛嫌いするこたぁないだろ? 確かに、そそっかしいし空気が読めないところはある。けど、根は決して悪い奴じゃない。むしろ、俺の危篤を知ってすぐに駆けつけてくれたんだ。いい子だよ、彼女は」

「随分と持ち上げるじゃないか」

 手元のパンに落ちていた目が、不意に俺を睨む。その目は恐ろしく冷たいのに、射貫かれる網膜は焼かれたように熱を持つ。

「べ、別に、持ち上げてるわけじゃ……」

「それとも……俺に宛がおうとでも考えたか?」

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