第19話
晩餐を終えると、そのまま俺はまっすぐ部屋に戻る。
この世界は文明レベルのわりに、どういうわけか上下水道、果てはガスや電気の類まで割ときっちり完備されていて、俺は客室に備えられたシャワールームで身体を洗い、清潔な衣類に着替える。
この国、というより世界では、精霊の力なるものが人間の暮らしと密接に関わっている。
ここでいう精霊とは、水や雷、炎などの制御をつかさどる不可視の存在のことで、この世界の人間はそうした存在とコミュニケーションを取り、さらには力を貸りることで文明を発展させてきた。要は精霊文明、というやつだ。俺がこの見知らぬ異世界で、元の世界と同様シャワーから噴き出るあったかいお湯で毎日じゃばじゃば身体を洗えるのも、そんな精霊文明のおかげだともいえる。
とまぁそんな感じで身体をスッキリさせると、今日の出来事もすっきりさっぱり頭から洗い落ち――ない。全っっ然落ちない。無駄どころか逆効果だった俺の努力。アルカディアもとい俺を取り巻くヤバすぎる状況。いや、それだけならまだマシっつーか、アルカディアとウェリナが恋人同士だった? は? なんっっっだそれ! しかもあのノリから察するにウェリナの野郎がアルカディア(のガワを纏った俺)にも同じ関係を求めているのは明らかで……
うーーーーーーーん。はぁ。
「寝るか」
つーか疲れた。体力的にというより精神的に。頭も知恵熱(本来の用途は違うらしいが)でぼーっとするし、ともかく、これ以上あれこれ考えてもロクなことにはならん気がする。そもそも俺は本来、そこまで頭の良い人間じゃない。バカの考え何とやら、である。
ベッドに潜り込み、目を閉じる。まぁ一晩寝て起きれば、頭も心もリセットされて多少マシなアイディアも浮かぶだろう。頼むぜ明日の俺。見てのとおり問題は山積みだがまぁ何とかしてくれ……
……。
…………。
………………………………………………………………………………。
「ね、眠れねぇ、っっ!」
おそらく百回ぐらいは寝返りを打ちまくったあとで、とうとう俺は観念する。
そう、眠れないのだ。そりゃそうだ。まだ宵の口だもんな。普段ならこの時間は、最近ハマりだした楽器を適当に触ってる頃だ。なのでまぁ、そう簡単に寝付けないのは仕方ないとして、だ。
原因は多分、それだけじゃない。
――君の方は、役目を忘れてはいないよね?
「役目って……何だよ」
いや、本当は気づいている。俺だって、いい加減子供じゃないしな。その上で、しかし俺は、王太子権限でここを飛び出すこともしない。今の王宮は危なっかしいから。それも、一理ある。けどそれは、ただの自分向けの言い訳にすぎない。
――これからたくさんのことを思い出してもらわなきゃいけない。わかるだろ?
「……っ、」
囁くようなウェリナの、どこか熱を帯びた声が耳の奥によみがえる。脳裏を撫でるそれはジンと疼くような熱を生み、やがてそれは神経を通じて右手へと伝わる。奴に握りしめられた右手。決して強引ではないのに、そう簡単には振り解くことを許さない手指の感触を頭ではなく肌で思い出したその時、静まり返った寝室に、コン、コン、と控え目なノックの音が響く。
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