第18話
ウェリントン家の本拠は東方の国境地帯にあり、彼の一族は、普段は領内のマナーハウスで暮らしている。ウェリナは本家の長であることと、国王直属の魔法騎士団に属していることから、現在は一人で王都の屋敷に暮らしているそうだ。
そんなウェリナの屋敷は、さすがは貴族様のお住まいらしい豪華な仕様だった。ホテルと見紛う膨大な部屋数に、明らかに大家族用と思しき食堂、応接室、それに図書室。遊技室なんてものもあり、中を覗くといかにも高価そうなビリヤード台やダーツの的が置かれていた。
随分とリッチな独り暮らしだなぁぁオイ!
独り暮らしどころか、アパート代が勿体ないからって埼玉の奥地から毎日都心の大学に通っていた俺とは雲泥の差だよ!
ともあれ、この日は屋敷の探索だけで一日が潰れ、夕方、今度は食堂に呼ばれる。
二十人は掛けられそうな長卓のまん中に、向き合うように置かれた二人分のテーブルセット。その、ウェリナの側は今はまだ空席で、しかしメイドのナタリーが言うには、普段ならこの時間は王宮から戻っているらしい。今日は特別、仕事が立て込んでいるのかもしれない。
ウェリナが食堂に現れたのは、ツマミ代わりにアミューズで出されたチーズセットをぼちぼち食い終える頃だった。
「おつかれ。お前も飲むか?」
ちょうどそこへナタリーが、ウェリナの分の食前酒を盆に載せて運んでくる。ところがウェリナはまっすぐに俺に歩み寄ると、俺の手から飲みかけのグラスを奪い取り、くい、と一気に飲み干す。えっ、これ結構キツめの酒なんだが……
それをゆっくり嚥下したあとで、ウェリナはにやりと口の端を上げる。その挑発めいた笑みに、俺は不覚にもドキリとなる。って……だからその不意打ちイケメンはやめろ!
狼狽する俺をよそに、ウェリナは何事もなかったように自分の席に着くと、今度はナタリーから受け取った自分のグラスを行儀よく舐めはじめる。いやほんと、何がしたかったんだお前は。
やがて、パンとオードブルが運ばれてくる。朝とは違い、パンはバゲットでまとめて運ばれるのではなく、なくなるたびに都度サーブされる仕様らしい。俺は……バゲットでまとめて運ばれる方が好きなんだけどな。気軽にもりもり食えるしさ。
「忙しいのか、仕事」
「まぁ……多少はね」
「そっか。まぁ、大変だよな貴族ってのは。地位が高い分、役割も多いしさ」
ノブレス・オブリージュ。貴族制度が滅びた本邦では手放して久しい概念だが、この国では未だに現役で息づいている。
「偉いよな。士官学校を出てまだ一年そこらでもう要職に就いてるんだもんな」
「精霊五侯の家長には自動的に椅子が用意される。それだけの話だよ。俺自身の力じゃない」
「それでも……すごいと思うぜ、純粋に」
するとウェリナは、奴にしては素直な照れ笑いを見せる。
「ありがとう。まぁ俺の場合、仕事で成果を出すぐらいしか家のために出来ることはないから」
それは暗に、世継ぎは期待するなと言っているのか。確かに……俺を愛し抜くってのは、つまり、そういうことなのだ。少なくとも、この異世界においても男同士で子をもうけられるなんて話は聞いたことがない。
「ちなみに、嫁さんを貰う気は――……ない、よな」
つい語尾が尻すぼみになったのは、言葉尻も待たれずウェリナに鋭く睨まれたからだった。うう、イケメンのキレ顔、マジで怖え。なのに綺麗なのがまた。
「世継ぎに関しては心配いらない。叔父のところに優秀ないとこがいてね。彼が成人するのに合わせて家督を譲るつもりだ」
「え? ……マジで?」
というか、そんな話をさらっと口にするコイツの無欲さが怖い。逆に言えば、アルカディアへのあの執着は何なんだという話になるからだ。
まぁ、いっか。これ以上は藪蛇だ。
オードブル、スープと続き、次はポワソンが運ばれてくる。何でもない日の夕食ぐらい、わざわざコース仕立てにしなくても良いのにと思うが、今の俺は侯爵家に招かれた王太子であり、相応のもてなしをしなくては失礼にあたる、という話なのだろう。……うーん、居心地は良いんだが、尻の据わりは悪い。早いとこ事件の真相を暴いて、王宮に戻らなくては。
「それで……王宮じゃ何かわかったのか?」
するとウェリナは、それまでの寛いだ表情をぎゅっと強張らせる。
「まぁ、ね。ただ、今はまだ君に話せる段階じゃない」
要するに、あれこれ情報は集まってはいるが玉石混淆、今はまだ、そこから真実らしきものを洗い出している段階……というわけか。
「じゃあ逆に、ある程度情報がまとまったら、俺とも共有してくれるんだな?」
するとウェリナは曖昧に笑むと、「そうだな」と気のない声で答える。これは……何も教える気のない顔だ。どっちにせよ俺は蚊帳の外ってか。いや、一応襲われた当事者なんだが。
「ところで」
魚の皿を引かれ、アントレが運ばれてきたところで、今度はウェリナの方から切り出してくる。
「君の方は、役目を忘れてはいないよね?」
――これからたくさんのことを思い出してもらわなきゃいけない。わかるだろ?
「……っ」
この流れでそれを切り出してくるか。こいつ。
確かに、できる限りこいつの力になりたいとは願ったが、ソッチはサービスの範囲外なんだよ! そもそも、俺はアルカディアじゃない。恋人のガワを被るだけの赤の他人と乳繰り合ったところで、楽しくも何ともないだろ。
赤の他人……か。
「あ、ああ……努力するよ」
とりあえず苦笑いでごまかしてみる。そのくせ、赤の他人、という気付きになぜかショックを受ける自分が確かにいて、そのことに俺は困惑していた。
今朝あいつに撫でられた右手の甲には、じんじんと熱がぶり返していた。
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