第14話
目を覚ますと、見慣れない天井が目に入った。
少なくとも、アルカディアの部屋のクソド派手なベッドの天蓋ではない。かといって、本来の俺の部屋――日本の築古マンションの物置じみた六畳間でもない。飴色の梁と、薄緑色の天井。王宮の寝室ほどではないにせよ、かなり上等な屋敷の一室だろう。そんな上等な部屋のベッドに、どうやら俺は寝かされているらしい。
そういえば、この鼻腔を満たす匂いには覚えがある。柑橘に似た、でもどこかほろ苦い香り。一体どこで――
「うぉああ!?」
思わず飛び起き、ベッドの上で三角座りのまま頭を抱える。そうだ、これはウェリナの匂い。そして意識が途切れる間際、俺は、あいつと……えっ、じゃあ俺、つーかアルカディアって、ウェリナとそういう仲だったわけ?
――君のことは、命に代えてでも守る。約束しただろ。
ぐっ、何なんだ。あいつの声を思い出すと、なんかこう頭だとか身体の奥がじんと痺れてしまう。……が、何より不可解なのは、それが決して不快ではないこと。昨日のキスにしても……いや、いやいやいや、あれは不愉快だった! キモかったし不味かったし、いっそゲボでも吐いてやりゃよかった!
「マジで何なんだよ……ったくよぉ」
不意にノックの音がして、反射的に俺は布団を被り直す。が、瞼だけは、部屋の様子が伺えるよう薄くうすーく開いておく。
そうこうするうちに部屋のドアが開いて、戸口から見覚えのある男――ウェリナ=ウェリントンが現れる。寝具に漂う匂いから何となく察していたが、やはり、ここは奴の屋敷で間違いなさそうだ。
「おはよう、アル」
それは、明らかに俺に向けられた挨拶で、その、あからさまに親密さを含んだ声色に改めて俺は思い知る。やはり、昨晩のあれは夢ではなかったのだ。奴の言葉も、それにキス――いやいや、マウストゥーマウスも。
そのウェリナは、今はカッターシャツにパンツという、宮殿で見かけた時よりもかなりラフな格好をしている。元の世界で言えば休日のお父さんスタイル。いわゆる部屋着、というやつだろうか。
やがてウェリナはベッドの縁に腰を下ろすと、そのまま身を捩りながら俺の顔を覗き込んでくる。……って、近ぇよバカ! そんな国宝級の顔面を寄せられたら、いくらノンケの俺でも、なんかこう、ドキドキしちまうんだよ!
「ごめん……間違ってるのは、わかってる。でも……どうしようもないんだ」
鼻先で囁かれる声は甘く、でもどこか苦しげで、そんな義理もないのに俺は胸が苦しくなる。ただ肝心の、奴の言葉が意味するところはわからない。間違っている? どうしようもない? 一体、何の話だ……?
その時、何かがさっと頬を撫で、思わず俺は身構える。するとウェリナは、弾かれたように慌てて手を引き、それから、ひどく重い溜息をつく。
その甘い溜息に。
俺のどこか深い場所が、ぞく、と痺れる。
いやいやいやいや、だから俺は違うからな? なんつーか、とにかくこいつは顔が良すぎるんだ。男でさえ下手するとコロっといきかねない顔なんだ。……それだけの話なんだ。な?
「ずっと……愛してた」
最後に俺の頬をひと撫ですると、ウェリナは名残を惜しむように、振り返り振り返り部屋を出ていく。その背中を、薄く開けた瞼越しに見送りながら、まじかよ、と俺は思う。
どうやらウェリナが惚れていたのは、イザベラではなくアルカディアの方だったらしい。いや驚いたなぁ。てっきり悪役令嬢モノと思いきや、まさかBLモノだったとはね。うん、何となく、二人の対格差を意識した時から薄々察しちゃいたが……
えっ、じゃあどうすりゃいいんだ俺は。これまでのテンプレは通用しない。悪役令嬢モノのバカ王子として破滅する代わりに、BL作品の攻めだか受けとして(受けなんだろうなぁ多分)生きていかなきゃなわけだ。
マジか。いや、マジか。
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