第10話
ウェリナは、いつぞやの儀式と同じ礼服を身に着けていた。
ウェリントン家の守護精霊は風。そのイメージカラーである緑を基調とした細身のジャケットには、家格を示す勲章のほか、ウェリナ自身が獲得した勲章も飾られている。十八歳の若さでよくもまぁ……
「随分とお早いご登場ですね、殿下」
「ああ。一曲でも多く彼女と踊りたいからね」
言いながら俺は、傍らのイザベラに片目をつむってみせる。するとイザベラは、あからさまにぎょっとした顔をする。悲しみ。
「ははっ、あれほどパーティー嫌いだった殿下が、まるで別人のようだ」
ぎくり。さすがは元ルームメイト。アルカディア君のことなら何でもお見通しってか。
冗談はさておいて、改めてコイツには用心しなくては。事実、アルカディアは昔から、こうした賑やかな席をひどく嫌っていたそうだ。バカ王子とくれば、呼ばれなくてもこの手の集まりに馳せ参じては場の空気を凍らせて回るのが常なんだがな。まぁ、奴のキャラクターや立ち位置を踏まえるなら、逆に、極度のかまってちゃんだったのかもしれない。その場にいる全員に構ってほしい。じゃなきゃ顔なんか出しませーんってやつ。
そんなかまってちゃんのケアを、学年首位をキープしながら二年も続けた男だ。アルカディアのことなら、それこそ身体の一部ぐらいに知り尽くしていることだろう。
が、そのことと俺の生存計画は関係ない。
「子供じゃあるまいし、いつまでも引き籠ってばかりはいられないだろ? それに、彼女のことも放ってはおけない。一人でダンスパーティーに参加させるなんて恥を、我が婚約者にかかせるわけにはいかないからね」
そうとも。別人に見えようがどうだっていい。実際、別人なんだからな。今の俺は、本来のキャラを逸脱してでもバカ王子をやめる必要がある。
「……なるほど」
小さく呻くと、なぜかウェリナは真顔で黙り込む。……って、だからその不意打ちイケメンはやめろ!
その切れ長の双眸が不意に俺を射貫いて、またしても俺は心臓が止まりかける。ほんっと健康に悪いイケメンだなコイツ!
……って、あれ?
「僭越ながら、どうか今一度、ご自身の立場を思い出して頂けますよう」
言い残すと、ウェリナは踵を返して足早に立ち去ってゆく。その逆三角の背中を見送りながら、俺は、たったいまウェリナに向けられた視線を思い出す。
間違いない。あれは……怒りだった。それと若干の焦り。イザベラとの仲に嫉妬していたのか? いや、だとすれば当然含まれているはずの嫉妬の色が、奴のエメラルドの瞳には一切見られなかった。
どういうことだ……?
悪役令嬢モノのヒーローである以上、てっきりイザベラへの届かぬ恋を胸に秘めているものとばかり思っていた。
だからこそ奴らヒーローは、悪役令嬢がバカ王子に婚約破棄を告げられるや速攻でアタック、「こんなケチのついた令嬢に婚約を申し込む男性なんていらっしゃらないわ」と嘆き、あるいは「これで自由な人生ゲットだぜ!」とガッツポーズをキメる悪役令嬢に、恐怖新聞のごとく新たな恋の物語を叩き込むのだ。
それは、ウェリナも例外ではないはずだった。だからこそ俺はイザベラへの接触を警戒したし、彼女への恋心を匂わせでもしようものなら蹴飛ばしてでも追い払うつもりだった……なのに。
「殿下、踊りませんか?」
「えっ、あ――」
イザベラの声に我に返る。そして今更のように彼女の存在を思い出すあたり、俺も相当調子を狂わされている。
何もかもあいつのせいだ。あいつが全部悪い。
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