第8話

 新しく仕立てた礼服に袖を通し、姿見の前に立つ。

 これまでクローゼットを占領していた痛い衣類はすべて処分した。代わりに今、クローゼットを占めるのは城下でも腕利きと名高いテーラーお手製の礼服で、いま俺が身に着けているのも、銀灰色の髪に合わせたダークグレーのジャケットと白パンツ、白無地のシルクのシャツという実にオーソドックスなアイテムだ。奇抜さや尖った個性は極力排し、どこまでもシンプルに仕上げたデザインが、未来の国王にふさわしい品格を若き王太子に沿えている。

 いやあ、変われば変わるもんだなあ。

 転生した当初の、毒キノコが足をつけて歩いているかのような痛いビジュアルが今では嘘のようだ。手紙では俺のエスコートを渋っていたイザベラ嬢も、これなら納得の仕上がりだろう。

「お似合いでございますよ、殿下」

「ありがとう」

 着替えを手伝ってくれた侍女の賞賛に、俺は貴顕らしい上品な笑みを返す。こうした笑みも随分と顔に馴染んできた。当初は鏡とにらめっこで練習を強いられた俺だが、今ではわざわざ鏡を覗く必要もない。

「さて、と」

 懐中時計を一瞥し、改めて気合を入れ直す。

 そろそろイザベラ嬢が宮殿に到着する頃合いだ。彼女は到着次第、俺の私室に通すよう侍女たちに指示している。私室といっても、前世のそれのような築古マンションの狭っこい六畳間ではない。一泊ウン十万の高級ホテルのスイートを思わせる広さと間取り。贅を尽くした内装。これが、俺の今世における私室である。

 もっとも、私室といっても機能面で言えばむしろ応接間に近い。それも、その王族個人の応接間だ。

 これは俺も転生した後で思い知ったことだが、王族はとにかく顔と人脈が広い。地元ギルドの長から、果ては他国の王族に至るまで。そうした客を個人的に王宮へと招くさい、いちいち謁見の間を使うわけにもいかない。その点、私室なら気軽に招き入れられるわけだ。

 とはいえ、王族の客ともなると揃って貴種揃いだから、さすがに前世のようなしょっぱい六畳間に通すわけにもいかない。床に積んだ漫画本や雑誌を脇に押しのけながら、ソファ代わりのベッドを勧めるわけにはいかないのだ。

 今回招いたイザベラ嬢にしてもそうだ。精霊五侯の一角、岩の精霊の加護を受けるシスティーナ家は、この加護ゆえに所領に多くの鉱山を抱える国内有数の資産家でもある。そんなとびっきりのお嬢様をお招きするには、都心の高級スイートぐらいじゃ間に合わない。それこそ、赤坂離宮あたりを貸し切るぐらいでなければ。んで、幸運にも(むしろ当たり前か?)俺の私室は、そのレベルの格は充分すぎるほど充分に備えていた。

「殿下、イザベラ様がご到着です」

「ありがとう。すぐに行く」

 今一度、鏡の前で身だしなみをチェック。うん、問題なし。その上で「ヨシ」と気合を入れてから、改めてイザベラ嬢が待つであろう俺の私室に向かう。

 俺、ことアルカディア君がイザベラと婚約したのは、潤沢な資金力を誇るシスティーナ家との繋がりを王家が望んだからだった。要は政略結婚である。この結婚によって、王家は財政的な後ろ盾を得、システィーナ家は王太子の閨閥というステータスを得る。

 当然ながら、当事者たちにこれを拒む権利はない。ところが、世のバカ王子たちは、そうした拒否権ナシの婚約をいとも易々と破棄してみせる。まぁ、だからこそのバカ王子なんだろうけども。

 俺はまぁ、そんな間抜けとは違うがな、ふふん。

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