第7話
途中、ウェリナの野郎に水を差されるかたちになった俺だが、その後も王子としての修行はぬかりなく続けた。
この世界にもどうやら四季があるらしく、俺が転生した頃はまだ庭にしつこく残っていた雪も、ひと月も過ぎる頃にはすっかり融け、さらに一か月が過ぎる頃には、庭の木々は可憐な花々に彩られていた。日本で言うサクラに似た花が宮殿の庭や練兵場を彩り、何となく宮殿の人達も浮足立ち始める頃、その催しは開かれる。
サクラを見る会。
では、ありません。でもまぁ主旨としては一時期話題になったアレと似たようなもので、国王主催で貴族たちを宮殿に招き、一緒に庭の花々を愛でましょうというもの。国王の名のもとに開かれる催しなので、当然ながら内容は国家の威信をかけた豪華仕様。テーブルを飾るはえりすぐりの珍味酒肴。国内屈指の音楽家たちがフロアを盛り上げ、この会のためにわざわざドレスを新調する貴族も多いという。
さて、勘の良い――あるいは、悪役令嬢モノに通暁する方はこの辺りでピンと来て頂けるだろう。
そう、この会こそが本来、俺が悪役令嬢に婚約破棄を突きつけるイベントだったのだ。悪役令嬢モノではえてして、バカ王子はできるだけ人目のある場所で婚約破棄を切り出そうとする。より多くの社会的ダメージを悪役令嬢に負わせたいがためである。
逆に、ここで彼女に婚約破棄を切り出さずにおけば、俺の脱破滅ルートはようやくフラグが立つわけだ。
ただ。
実のところ、問題はまだまだ山積みだった。その筆頭が、この世界の主人公こと悪役令嬢イザベラ=システィーナとの関係である。
彼女とアルカディアの関係は、案の定、最悪を絵に描いたような状況だった。
手紙のやりとりは皆無。舞踏会でも、アルカディアが彼女をエスコートしたことは一度もないという。他にも、イザベラに見せつけるように浮気をする、人前で平然と悪口を言う、等々……いやぁ、逆に感心するよ。将来を約束された女性に、よくもまぁここまでカス対応を貫けるもんだ。前世で二十年陰キャ非モテをやってきた俺に言わせれば、最上のフルコースを目の前でゴミ箱にぶちまけられるようなもん。城の廊下で噂を耳に挟んだ時は、正直、リアルに殺意を覚えたね俺は。
だが、そこは俺も悪役令嬢モノを知り尽くす男。当然、イザベラ対策もぬかりなくやらせて頂いた。
まず、これまでの非礼を詫びる手紙を出しまくり、宝石や花といったプレゼントを送りまくった。返送されなかったということは、一応、受け取ってはもらえたのだろう。実際、彼女からはお礼の手紙も何通か頂戴した。まぁ……文面はいずれも、最低限の礼を述べるだけのじつにしょっぱいものだったけど。
だが、そうした融和政策の甲斐もあり、例のサクラを見る会、もとい国王主催の晩餐会でのエスコート役が許されたときは思わずガッツポーズが出た。
こんな感じでイザベラのエスコート役を射止めた俺は、改めてダンスの練習を励みに励んだ。加えて、立ち方や歩き方も徹底的に叩き直した。その甲斐もあってか、元は猫背で貧相なモヤシ男だったアルカディア君の背筋は、晩餐会当日を迎える頃には水で戻したワカメぐらいにはシャッキリしていた。
その上で、改めてコイツの容姿を見直すと、これがまぁかなり映える。顔の良さは初日から認識していたが、当初はどこか小物じみた印象が強かった。が、今はどうだ。この堂々たる王太子っぷり。やっぱイケメンってのは顔だけで仕上がるわけじゃないんだな。全体のバランス、佇まいも重要なポイントなのだ。
一方で、やはりこのビジュアルではどう転んでも悪役令嬢モノのヒーローにはなれないなぁと納得もする。
あの手の作品でヒーローとして求められるのは、美しさと逞しさを併せ持つカッコいい系の高身長イケメンだ。一方、アルカディア君はウェリナに比べると背が低く、顔も、どちらかと言えばカワイイ系。女装すればそのまま女の子でも通りそうな顔立ちは、確かに、ヒーローとしてはお呼びじゃないだろう。
ん? 高身長ハイスペイケメンに、低身長女顔……
ふと脳裏によぎった嫌な予感。それを俺は全力で黙殺すると、鏡の前で両頬にパンと闘魂を注入する。そうとも、セオリーなんざ今の俺にはどうだっていい。俺は、生き延びなきゃならんのだ。破滅ルートが確定した世界で、そんなくそったれな世界のルールに従う馬鹿がどこにいる。
俺が、俺こそがヒーローになるんだ。
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