第6話 転生令嬢は家族が優しい

庭で咲き誇る花を見ながら、私は窓枠に頬杖をついている。

深々とため息をつく。

私の理想の男性、ラフェルの姿を見たのは一ヶ月も前である。

お父様の依頼を受けて準備期間を終えると、南の地方へと行ってしまったのだ。

会う前はレティとティドの二人と過ごす時間に満足していたはずなのに、会えないと恋しさだけが募っていく。


『お土産、楽しみにしていてください』


そう言って笑っていたラフェル。

これって、脈アリってやつだよね?

帰って来たら、デートに誘ってもいいのだろうか。


「お嬢様、そろそろ支度をお願いします」


ラフェルとデート。

街をブラブラするのもいいけど、ラフェルは人目を気にしそうだし却下。

花とか嫌いじゃないみたいだし、植物園を散策も捨て難いなぁ。

甘い物は食べられないわけじゃないけど好みではないって言ってたし、カフェはやめといた方がいいかな。

ラフェルの好きな場所を紹介してもらうのもいいな。

ラフェルは出身は北の方らしいし、故郷の方に旅行に行くのは⋯⋯もっと仲良くなってからならいける?

う~ん、考えれば考えるほど楽しみだな。

早く帰って来ないかなぁ⋯⋯。


「お嬢様っ!今すぐ支度をしますよ!」


チラリと横を見ると仁王立ちしたレティ。

その手に持たれているのは趣味じゃないゴテゴテと宝石のついた赤いドレス。


「そのドレスは着たくない」


襟ぐりが開いたドレスを着たら、ムチムチの胸がうっかり転がり出たらどうするんだ。

見た人達が気の毒過ぎる。


「仕方ないじゃありませんか。これ、贈り物なんですよ?」


今日はお父様の商会の会食に参加することになっている。

これは副商会長のロンゾが贈ってきたドレスなのだが、あからさまに成金感が出ているし、目にするのも嫌だ。

ロンゾは私の婿になれば、自分が商会長になれると思っているのだ。

お兄様を差し置いて、なれると思っているあの傲慢さが大嫌いだ。

何よりも丸々とした手で私の手を撫で回す不躾さも苛立つ要因である。

確かにこの世界ではイケメンかもしれないが、私から見たら彼は不細工だし、我慢がならない。

もし、ラフェルが選んでくれたドレスなら、趣味じゃなかろうがどんな物でも着こなしてみせるけど。


「贈ってきたからって、切る必要はないでしょ。趣味が悪い物を身につけるなんて嫌よ」


鼻を鳴らして拒否し、違うドレスを物色しに衣装部屋へと向かう。

レティが文句を言いつつも後ろから追いかけてくる。


「お嬢様なら何でも似合うと思うのですけど」


残念だとため息をつくレティだが、私のロンゾ嫌いを分かっているから意識を切り替えて、違うドレスを選んでくれた。

その手に持たれた淡いピンク色のドレスは私のお気に入りの物だ。

フリルのついたドレスは未婚の内しか着れない物だろうし、今の内に着ておかないと。

それにしても改めて見ると私の衣装部屋には見事にピンクや白といった色が溢れている。

今まで可愛いから、綺麗だからと選んでいた色なのだが、脳裏をかすめた色を思い出して目を細める。


「ねぇ、レティ。今度の服は翡翠色がいいわ」


そろそろ仕立ての時期だろう。

流行遅れの物を着るとお父様の商会の評判に関わるから、定期的に服を新調している。

まぁ、私は歩く広告塔なのだ。

私が着た服は飛ぶ勢いで売れるらしく、お父様やお兄様、商会の人達は


「翡翠色、ですか?それなら明るめの色がよろしいですね」


そう、ラフェルの目の色みたいな綺麗な翡翠色。

春の野山のような明るい色がいい。

レティは話が早いから助かる。


「ねぇ、ラフェル達はまだ帰らないの?」


「そうですね、お帰りになるという報告は来ておりません」


シュンと項垂れる私にサッと着付けをしてくれるレティ。

会食に行くのは憂鬱だ。

しかし、綺麗な服を着るのは嫌いじゃない。

鏡の前でクルリと回ってみると、ヒラリと裾が揺れる。


「お父様達を待たせたらいけないわね。早く行かなくちゃ」


お父様達とは玄関ホールで待ち合わせをしている。

階段を降りて行くと、お父様とお兄様が何やら話しこんでいた。

二人とも丸い体にピッタリとしたスーツを身につけていて、髪もワックスで固めている。

う、ん⋯⋯見慣れているからかそこまで違和感がない。


「アリーゼ!今日はまた一段と可愛らしいな!」


お父様が両腕を広げている。

これはハグしたいってことだよね?

イソイソとお父様に近づくとやっぱり抱き締めてくれた。

お兄様も嬉しそうに目を細めている。


「こんなに可愛い妹がいたら、どんな女性にも心惹かれなくなってしまうよ」


私のコテで巻いてハーフアップにした髪を手に取り、唇を落とす。

お兄様がシスコンなのは知っているけど、私は早くお姉様が欲しいんだけどな。


「ランベルトもアルベルトも、褒めるのはアリーゼだけですの?」


私の後ろから来たお母様がニッコリと笑っている。

お母様は少し濃い赤色のドレスで、普通なら派手に見えるだろうけどアクセサリーを極力減らしているからスッキリして見える。


「あぁ!ナタリア!今日の装いも素敵だ!まるで火の女神のようだな!」


お母様の手を取ったお父様が口付けを落とす。

それを微笑みつつも嬉しそうに受け入れるお母様の様子に胸がホッコリとする。

相変わらず、夫婦円満な両親を見て、私とお兄様は顔を見合せて笑う。

私の家族が仲良しで、すっごく嬉しい。


「あら、アリーゼ?ロンゾさんの贈ってきたドレスは着ないの?」


私のピンク色のドレスを見たお母様が不思議そうにしている。


「私の趣味じゃないんだもの」


唇を尖らせて不満を訴えると、お母様が笑う。


「そうね。贈る相手の好みに配慮するのは当然よ。だから、今回のことはロンゾさんが悪いわ」


珍しく冷ややかなお母様の言葉に目を瞬かせる。

お父様に視線を向けると、ウンウンと大きく頷いていた。


「親は子どもには幸せになって欲しいものよ。ロンゾさんはどこか独り善がりな所があるようだから、心配をしているの」


「お母様⋯⋯」


「アリーゼが嫌なら、ロンゾを副商会長から外してもいいんだぞ」


そう言って笑うお父様は私に甘過ぎると思う。

けれど、お母様も当然とばかりに頷いているし、お兄様に止めて欲しくて視線を向けると⋯。


「僕達のアリーゼが欲しいなら、それなりのことをすべきだよ。好みすら知らないなら、話にならない」


フンッ!と鼻を鳴らし、お兄様までダメ出ししている。

確かにロンゾのことは嫌いだけど、私の家族からも酷評ばかりで少しだけ可哀想かも。


「アリーゼが幸せなら、私達はそれでいいのよ」


お母様がそう言って、私を抱き締めてくれる。

お父様もお兄様も私達を抱き締めるようにして腕を回して、まるで団子みたいになってしまった。

それでもお母様達の気持ちが嬉しくて、私は涙が出そうになって、鼻の奥がツーンとするのを我慢する。


「旦那様⋯⋯皆様方、そろそろ出発しないと間に合いません」


セバスの渋い声に私達は我に返る。


「いけない!早く行かなくちゃ!」


「セバス、家のことは任せたぞ」


「アリーゼは僕がエスコートするからね!」


「セバス、レティ!行ってきます!」


ドタバタと馬車に乗りこむ私達。

そんな私達をセバスとレティが苦笑しつつも、頭を下げて見送ってくれた。

私達家族揃っての外出は何だかんだこんな感じ。

時間前に玄関ホールに集まっているのに、出かけるのはギリギリ。

それでも嫌だとは思ったことは今まで一度もなかった。

むしろ、こうやってお父様やお母様、お兄様と一緒に過ごせるのは私がどこかの家へと嫁ぐまでかもしれないのだから、今の内に思い出をいっぱいつくっていきたいとすら思う。

馬車の中でも話は尽きない。

笑い声に満ち溢れた私の自慢の家族。

最初は皆して体が丸いことを嫌だなぁなんて思っていたけど、人は外見も大事だけどそれだけじゃないと思わせてくれたこの人達に感謝を。

大好きな家族に囲まれて、私は幸せだ。



■■■■■



「これはこれは、我が商会の宝石姫にお目にかかれて、このロンゾは幸せ者です」


大仰な仕草で私の手を取ろうとするロンゾは間に立ったお兄様に邪魔をされて、眉間にシワを寄せた。


「アルベルトさん、どうされたのですか?」


私の前からどこうとしないお兄様に目元がピクピクとしている。

何度馴れ馴れしいのは嫌いだと言っても理解はしてくれないのだな、とため息をつく。

前回に会った時に手の甲にキスをされ⋯⋯普通はするフリなのに思いっきりブチュッとされた⋯⋯私はあまりの嫌さに平手打ちをしたのだけど覚えていないのだろうか。

この世界での挨拶は必ずしも手の甲にキスをする必要はない。

だって、私達は貴族ではなくて平民だしね。

それなのにいつもベタベタと触られることをお兄様に愚痴っておいて良かった。


「アリーゼに触れる許可は出していないよ」


ピシャリと言い切るお兄様。

お兄様ったら、カッコいい!

思わず両手を胸の前で組んでキラキラとした目で見ると、こちらを見たお兄様は嬉しそうにしている。

そして、腕組みをしたお兄様はロンゾを睨み上げた。

背は低いし、ロンゾ以上に丸い体型なんだけど、貫禄は充分ある。

まぁ、この世界ではお兄様はかなりの美青年だし、そんな人に睨まれた相手は顔色を青くするばかり。

怒った美人は迫力があるから、たぶんそれだよね。


「これは失礼を⋯⋯」


謝罪をしつつも私の方をチラチラと見てくるロンゾ。

背中まで伸ばした髪の毛先を指先でクルクルと弄っている。

まるで取り成して欲しいと言わんばかりの態度を私は見なかった振りをした。

男の長髪は好きじゃない。

ラフェルの短く整えられた黒髪を思い出し、より一層忌避感が増す。


「お兄様、食事が冷めてしまうわ。早く席につきましょう?」


ギロリと再度ロンゾを睨んだお兄様は私のお誘いにニコリと微笑む。


「アリーゼ、行こうか」


屈辱に体を震わせるロンゾに声をかける者はいない。

その様子を見つつ、私は静かに目を細めた。

副商会長になるには彼の能力はあまりにも平凡だ。

実力主義のはずの商会でどうしてそんなことになっているのか。


「お兄様⋯⋯」


「ん?あぁ⋯⋯大丈夫だよ。膿は早々に片付けるからね」


おっとりと笑うお兄様だけど、手腕は確か。

お兄様が大丈夫だと言うのなら大丈夫なのだろうと胸を撫で下ろす。


「アリーゼは優しいね」


ナデナデと頭を優しく撫でられ、私はほんの少しだけ寂しくなる。

私は家族に愛されている。

その愛ゆえに汚い面は見えないように、関わらせてもくれないことを知ったのはいつだっただろう。

私だって商会の為に何かしたいのに。


「この度、火竜の心臓が手に入ったことで王弟殿下の薬は無事につくることが出来そうだ」


お父様の報告にどよめきが起こる。

目の前のステーキに舌鼓を打っていた私も目を丸くする。


「これも商会長がS級冒険者への協力の打診をしてくださったからですね!」


「そのS級冒険者によると、火竜がまるでバターのように簡単に斬り捨てられていたと聞きましたぞ」


「あのような逸材をどこから見つけてこられたのか、商会長の慧眼はまことに素晴らしい」


揉み手でゴマをする人達。

あからさまなヨイショにお父様は静かに聞いていて、微かに笑みを浮かべた表情が変わることはない。


「しかし、S級冒険者ともなれば報酬はかなりの物になるのでは?」


ロンゾの言った内容に会食の場がシン⋯と静まり返る。

視線を向けるとニタリと笑うのが見え、顔を顰めた。


「ふむ、そのことだが⋯⋯」


「まさか、そのどこの馬の骨とも分からぬ者に商会の宝を渡すつもりではありますまいな?」


おい、お父様が言いかけたのを遮るなよ。

イラッとしたのは私だけではないようで、お母様もお兄様も顔が怖い。

他の人達は雲行きの怪しいやり取りにオロオロとしているが、やはり気になるようで私の方をチラチラと見ている。

商会の宝が私を指すことを誰もが理解しているようだ。

ハッキリ言って、私なんてただの甘やかされたお嬢様で、報酬としてもらってもいいことなんてないんだけど。


「⋯⋯ロンゾ」


お父様の声は落ち着いていた。

しかし、私もお兄様も体をビクリと震わせた。

いつも明るく優しいお父様だけれど、私達兄妹が商会の理念に反した行いをすると烈火のごとく怒る。

だが、声を荒げて怒るのではなく⋯⋯。


「そうか。お前は我が商会にS級冒険者すら雇うことが出来ないと言うのだな?大事な娘を差し出さないと、冒険者にすら言うことを聞かせれないと?」


いつもは細いお父様の目が大きく見開かれ、爛々と光っている。

ここに来てようやくロンゾは自分が怒りを買ったことに気づいたようだ。

普段なら止めてくれるお母様は食後の紅茶を飲んでいて、動く様子はない。


「そ、そんなことは⋯⋯」


「お前の父は祖父の代から世話になっている恩人だ。だからこそ、いつかお前が商会をつくる為にも副商会長として学んでくれたらと思っていたが⋯⋯」


ひんやりとしたお父様の声音にロンゾの顔色は真っ青だ。

お兄様に言われたことで懲りていたら良かったのに。


「随分と勝手な真似をアレコレとしてくれていたようだが、それも今日で終わりだ」


「何か私がやったという証拠があるのですか!?」


お父様が指を鳴らすと、黒い影が背後に立つ。

スラッとした体つきの人だ。

真っ黒なローブに真っ黒な仮面。

私の勘が言っている⋯⋯あの人はイケメンに間違いない!

一体どこから現れたのか、ザワつく室内に興味がなさそうにお父様の手に紙の束を渡した。

手袋をはめた指は長く、どこかで見たような気がして私は首を傾げた。

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