第5話 転生令嬢は胸が高鳴る

謝ると決意したはいいものの、お父様とラフェルは応接間にこもってまだ出て来ていないようだ。

もう午後のティータイムの時間は過ぎてしまったけど、話が長くない?なんて文句を言いたくなる。


「お嬢様、ラフェル様が出て来たらお知らせしますよ」


気を利かせてセバスがそう言ってくれたけど、あまり時間が経つと決意が揺らいじゃいそうで怖い。


「お嬢様、中庭のベンチで待ちましょう」


ウロウロと応接間の前を行ったり来たりしている私を見て、レティがため息をついて提案する。

うぅ⋯⋯今日はレティにため息ばかりつかれている気がする。

それにしても何で中庭のベンチ?

意図が分からず首を傾げる私。


「中庭は応接間からよく見えます。お嬢様を見ると、大体の男はフラフラと引き寄せられるはずです」


えっと、その言い方だと私って食虫植物みたいじゃない?

思わず顔を引きつらせる。

真面目な顔をしてレティも冗談を言うのだな⋯⋯え、冗談だよね?

その背後でセバスが大きく頷いているのは気の所為ということにしておこう。

と言うか、大体の男は⋯ということはもしかしたらラフェルは来ないかもしれないじゃないか。

そうなったら、私は崩れ落ちる自信がある。


「何よりも眩い日の光の中で花を眺めるお嬢様、最高です。私が見たいので、早く行きましょう」


日の光に当たったら汗をかくし、ただでさえ開いているか分からない目がもっと細くなってしまうから苦手なんだけどな。

ガシッと私の手を掴んだレティに引きずられるようにして歩く。


「お嬢様、お疲れなら抱き上げましょうか?」


いつの間にやら傍に控えていたティドの言葉に私は大慌てで自分の足で歩き始める。

こんな丸くて重い体を抱き上げさせるわけにはいけない。

持ち上げた瞬間にティドがギックリ腰にでもなった日から私は部屋に引きこもるだろう。

実は、過去に冗談として聞き流して、ガチで抱き上げられたことがあるのだ。

あの時の周囲のティドへと向ける羨ましそうな視線!

いやいや、役得だったのは私の方だ!

しっかりとティドの筋肉を堪能したことは墓場まで持っていこう、うん。


「今日は天気がいいので花々も美しく咲き誇っていますね」


無表情なのに鼻歌を歌っているレティ。

どうしてこんなにも機嫌がいいのだろうか。


「お嬢様。そこに立ってみてください」


「え、ここ?」


レティが指定したのは花壇の近く。


「もう少し体を斜めにして、そのまま髪を耳にかけるのです」


それをする意味がサッパリ分からない。

分からないが言われた通りにするしか選択肢はなさそうで、体の位置を直してから髪の毛へと手をかける。


「ねぇ、これをしたら何かあるの?」


そう問いかけた瞬間に突風が吹き、髪を押さえて目を瞑る。

風はすぐに止んだ。

この時期の中庭は急に風が吹き抜けるから、帽子を屋敷へと置いてきたのは正解だった。

ヒラリヒラリと空に巻き上げられていく白い花びらが目に映り、あまりの綺麗さにホォ⋯と吐息をつく。

乱れた髪を耳にかけてから視線を戻すと、そこにレティもティドもいなかった。

どこに行ったのかと目を瞬かせていると、足音が聞こえて振り返る。


「⋯⋯⋯⋯あ」


大きく目を見開いたラフェルの翡翠色の目に私が映っている。

限界まで開いたつもりなのに細い私の目。

日差しのせいで顔は赤いし、汗もかいているし、正直言うと見苦しい。

どうしてこんな姿をそんなに見るのだ。

あまりの恥ずかしさに踵を返す。

取りあえず、どっかに隠れてしまいたい。

そう思って駆け出そうとする私の腕が後ろから引っ張られた。

ドンッと硬い何かに背中が当たった。


「す、すみません!そんなに強く引っ張ったつもりはなかったのですがっ!」


アワアワと焦っているラフェル。

私の腕を掴んでいるラフェルの手は大きくて、ゴツゴツとしていた。

これが剣だこってやつなのだろうか。

お父様もお兄様も武器を使うことがないから、ペンだこはあるけど、こんなにも皮膚は硬くない。

不思議な感触にラフェルの右手を持ち上げ、両手でムニムニと触れる。

ラフェルの手は爪が短く切られていて、小さな傷跡が無数にある。

私の手の二倍くらいの大きさだろうか。

自分自身の丸くて小さな手をその手に重ねてみる。

指、なっが!


「あ⋯⋯う、あ⋯⋯アリーゼ⋯⋯そろそろ、その辺で止めて、もらえませんか?」


夢中になってラフェルの手を弄んでいた私は、恥ずかしそうに掠れた声で請われて、ようやく我に返った。

思いっきり握り締めて何なら撫で回さんばかりに触れまくった手と、耳どころか首筋まで真っ赤になってもう片方の手で顔をおおっているラフェル。


「う⋯⋯うわぁああぁ!ご、ご、ごめんなさいぃ!」


私って、痴女だったの!?

男性の手に対して無心になって何をやらかしているのだろう。

いや、まぁ、心躍るくらい素敵な触り心地だった。

この硬い皮膚も傷跡もラフェルの努力の結晶であり、とても愛しいものだと感じた。

慌てた私は両手を上に上げて、降参のポーズをした。


「ごめっ!つい、大きな手だなって!お父様やお兄様と違う、戦う人の手だと思ったら、つい触っちゃったの!きっと、ラフェルは今までたくさんの苦労と努力をしたんでしょうね。だから、こんなに素敵な手なのよ!」


ひ、ひぃいぃ~!

私は自分自身が力いっぱい力説してしまった内容に頭が真っ白になる。

と言うか、応接間での態度を謝るどころではない。

セクハラする雇い主の娘なんて最悪だ。

半泣きになった私はうつ向く。

何でこうなるのだろう。


「ありがとうございます」


ポツリと聞こえてきた声に私は目を瞬く。

恐る恐る顔を上げると、ラフェルが微笑んでいた。

細められた瞳は輝いていて、軽く弧を描いた薄い唇はほんの少し綻んでいる。

め、め、目があまりの神々しさに潰れそうデス。


「手を褒められるとは思ってもみませんでした」


自分の手をしげしげと見るラフェル。


「手の美醜に拘る人は少ないですから、この手を俺が誇ってもおかしくはないでしょうか?」


「お、おかしくなんてないわ!だって、こんなに大きくて頼りになりそうな手はめったに見れないもの!」


何ならずっと手を繋いでいて欲しいくらいだ。

勢いこんで言い募る私にラフェルが目を瞬かせる。

そのキョトンとした感じはどこか幼げで、つい抱き締めたくなってしまう。

あぁ、ダメダメ!

心頭滅却しなくては、このままでは更なるセクハラをしてしまいそうだ。

こんな時に思い出せばいいのは、お父様のデレッとした顔か?それともお母様の怒りのあまり扇子をへし折った時?お兄様が柵の穴にはまった所?

グルグルと回る思考を遮るようにラフェルの呟きが聞こえた。


「何だか、アリーゼと話していると自分に自信が持てそうです」


ぐはっ!

頬を赤く染め、照れているラフェルに胸を射抜かれた。

胸元の服を握り締めて倒れるのを堪える。

ラフェルって、すっごく可愛くない!?

こんな所で倒れでもしたら、ラフェルに変な子だと思われてしまうし、服を汚してレティに怒られるのも嫌だ。

息を荒げている私に気づき、ラフェルが眉を寄せた。


「気分でも悪いのですか?」


初めて現れた理想の男性に心配される現状は最高としか言いようがない。


「大丈夫だよ」


鼻血⋯⋯鼻血は出てない?

興奮し過ぎて鼻血出したことが何度かあるから、そっちの方が心配。


「そ、うですか」


ホッとしたような、残念そうな声。

私が大丈夫じゃないって言ったら、屋敷までお姫様抱っこで運んでくれたのだろうか。


「お姫様抱っこがご希望なんですか?」


私の考えていることが聞こえてた?

ギギギと油の切れた玩具のようにラフェルを見ると、「声に出ていましたから」と苦笑された。

何てこった!

恥ずかしさに身悶える。

考えていることをうっかり喋るとか笑えない。

今までこんなことはなかったのに、ラフェルの前だとどうして私はポンコツになってしまうのか。

いや、まぁ、ラフェルがそれでも可愛いと思ってくれるならいいんだけども。


「アリーゼの為なら、お姫様抱っこでも何でもしてあげますよ」


ニコリと笑うラフェルは後光が差していると思えるほど、輝いて見えた。

ら、ら、ら、ラフェルが⋯⋯何でもしてくれる?

あ~んなことや、こ~んなことを頼んでも、私の為に、してくれる!?

無駄にこういった時だけ回転の早い私の頭は、あはんでうふんな妄想を始めてしまい、罪悪感からキラキラしているラフェルから目を逸らす。

たぶん、ラフェルはそういった意味で言ったんじゃないのだろう。

常識範囲内での好きな物を買ってくれる、デートに行ってくれるとかだと思う。

でも、本当に何でもしてくれたら⋯⋯。


「アリーゼ、頬が真っ赤ですよ?」


困惑したようなラフェルの声に私は顔を手で隠す。

あぁ、もう!

照れているのもバレてしまうなんて、私はどうしてしまったのか。

これでラフェルが自信をつけて、甘く口説いてくれたらなんて⋯⋯考えるだけで最高だ。


「⋯⋯ラフェルの女たらし」


唇を尖らせて呟くと、やっぱり不思議そうに首を傾げている。


「俺が口説いても、普通の女性は真っ青になって逃げると思うのだけど?アリーゼは変わっていますね」


「変わっててもいいもん」


「そうですね。そのおかげでこうして普通に話してもらえるので俺としてはありがたいです」


本当に嬉しそうに話すから、ラフェルが今までどんな気持ちで生きて来たのか考えて胸が痛くなった。

普通に話すことすらしてもらえず、どんなに悲しくて辛かったのだろう。


「それにアリーゼのおかげで仕事ももらえましたしね」


仕事という言葉にハッと顔を向ける。

目が合うと、大きく頷く。


「ランベルトさんから正式に依頼を受けました。火竜の心臓が必要らしいので、準備が出来しだい行ってきます」


火竜の心臓!?

お父様ったら初めてあった人になんて無茶振りをしているの!?

しかし、私もラフェルに対しては似たようなものであり、血の繋がりを感じてしまった。

南の地にある火山の火口に群れでいると言われている火竜の心臓は、重度の凍傷や体温低下の治療に使われる。

しかし、火竜は単体でも一個騎士団並みの戦闘能力がある為、うっかり群れに遭遇したら死ぬ可能性が高い。

だから、その討伐はチームを組んでいる上位冒険者達も渋る。


「そう言えば、王弟殿下が雪山で遭難された時の凍傷がまだ癒えていないって聞いたわ」


不慮の事故で遭難した王弟。

その不慮の事故は何番目かの王子を庇ったせいであり、国王陛下や王妃殿下が治療薬を探しているらしい。


「火竜は動きが単調なので、わりと簡単に倒せるんですよ」


ピクニックに行くとでも言うかのようにアッサリと言うラフェル。


「一人で行くの?」


「ランベルトさんの商団の方も一緒にですよ」


うちの商団の人達はお父様が選別したスゴイ人ばかりだし、容姿を理由にラフェルを疎むことはないだろう。

しかし、S級冒険者といえども想定外の事態があるかもしれない。


「大丈夫、なんだよね」


「えぇ、もちろん。指名されることは少ないですが、これでもS級冒険者ですから」


不安に顔を曇らせる私に笑いかけるラフェル。

会ったばかりだというのにラフェルと離れがたく感じてしまう。


「南の方には美味しい果物がたくさんありますね。アリーゼはお好きですか?」


「好きよ」


「ではお土産に持って帰ります」


ラフェルは穏やかな顔で目を細め、口角を引き上げた。

悪戯っぽい表情もいいなぁ。

ボンヤリと見惚れる私。

すると、また風が吹き抜けていった。


「今日は風が強いですね。転んだらいけないので⋯⋯」


目の前に差し出された大きな手に頬が熱くなる。

これって、握ってもいい、んだよね?

今までエスコートを申し出てくれた男性は多かったが、可能な限り断ってきた。

胸がドキドキし過ぎて苦しい。


「俺の手が嫌いではなければ良かったらエスコートをさせてください」


なかなか手を握らない私に私以上に頬を赤く染めたラフェルがそう言ってくれる。

これを言うのにどれだけの勇気を振り絞ったのだろうか。

微かに震える手を見下ろし、私は微笑む。


「嬉しい」


手を重ねると、彼の指がピクリと動く。

少し体温の低い大きな手。

触れているとやっぱり安心感がある。


「レティとティドはどこに行ったのかしら」


何だか気恥ずかしくて、レティ達を探すが目の届く範囲にはいないようだ。


「お二人なら、あそこの木の所でからこっちを見ていますよ」


ラフェルが指さした方向を見ると、確かに木に隠れるようにしてこちらを見守る二人がいた。

何かジェスチャーで庭の奥の方へ行けと言っている。

そこで、私は今の状況を思い出す。

せっかくエスコートしてもらっているのだから、屋敷へ行くよりも庭の奥にある温室へ行くのもありではないだろうか。

あそこにはいつでも使えるようにティーセットも用意してあるし、ゆっくりとお話が出来る。


「応接間では感じ悪くしてしまって、ごめんなさい。ラフェル、良かったら一緒に温室へ行きませんか?」


驚いた顔をするラフェルを見上げて、目を潤ませる。

断られたらどうしよう?


「お仕事の話とか、ラフェルの好きな物の話を聞いてみたいのだけど⋯⋯ダメ、かな?」


「⋯⋯驚きはしましたが、ダメじゃないですよ」


私の顔を見て目を瞬かせたラフェルが破顔する。

顔をクシャクシャにして笑うと、少年みたいな雰囲気になることを知った。

早鐘を打つ胸を押さえ、私はラフェルを温室へと案内する。


どうしよう?

会ったばかりなのにラフェルが好きだなんて、私って惚れっぽかったの?

あぁ、でも、ラフェルが笑うだけで私も嬉しくなるのは悪くない気持ちだなぁ。

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