第4話 転生令嬢はモヤモヤする

屋敷に帰って来ると、執事のセバスが出迎えてくれた。

お父様の執務の手伝いをしているセバスは白髭の似合うダンディなおじいちゃんだ。

体格は丸々としていたが、数ヶ月前に体調を崩して細くなってしまったことが本人としては悲しいらしいけど、私はセバスが元気になってくれただけで嬉しい。


「ただいま、セバス!お父様はいるかしら?」


「おかえりなさいませ。旦那様は執務室におりますよ」


「そう。あの、私がお客様を連れて来たと伝えてくれない?」


パチリと瞬きをしたセバスが私の後ろに立っているラフェルへと視線を向ける。

しばらく見つめ合うラフェルとセバス。

動いたのはセバスが早かった。

何かに満足したように頷き、私へと笑いかけた。


「素晴らしい御仁ですね。セバスはお嬢様の人を見る目に感服です」


ただ見つめ合っただけなのに何が分かったのだろうか。

しかも私まで褒められた?

時々、セバスはよく分からない。

ラフェルのことは気に入ったようで丁寧な対応をしてくれるようだ。

顔が~⋯って言わないうちの執事は出来た執事だと思う。


「案内は私がするわ。セバスはお父様に早く伝えて来て」


「かしこまりました」


サッと一礼をしたセバスが身を翻す。

足音もなく去って行くセバスをラフェルがポカンと見つめている。


「あの、ラフェル?どうかしたの?」


「え、あ⋯⋯あの人って、"眠れる虎"じゃ⋯⋯?」


"眠れる虎"って何?

そんな厨二病めいた通り名をセバスが持っているとは思えないけど。

お父様の執事になる前は「ちょっとおイタをしていました」なんて話していたっけ。


「セバスはセバスよ」


私からすれば気の利く執事でしかない。

いつもお父様を支えてくれて、何なら尻を引っぱたいて働かせる敏腕執事・セバス。

そう言えば来月はセバスの誕生日だ!

何をプレゼントしようか。


「ラフェル様⋯⋯お嬢様はこういう方ですので」


「良くも悪くも大らかなのですね」


後ろでヒソヒソと話し声がする。

内容までは聞き取れなかったけど、レティったら私よりもラフェルと仲が良さそうじゃない?


「お嬢様のお父上は⋯⋯」


お父様のことについて知りたそうなラフェルだけど、私はずっと気になっていたことを聞くことにした。

このままだとレティを相手に嫉妬に狂ってしまいそうだ。

少しでも私も仲を進展させたい。


「あの、ラフェル。私のことはアリーゼと呼んで欲しいの。あなたはわたしの使用人ではないのだから、名前で呼んでもいいと思うのだけどダメかな?」


上目遣いにお願いをする。

と言うか、ラフェルの背が高いから自然とそうなっちゃうのだけど、口元に拳を当てて、ぶりっ子っぽくしてみる。

これ、可愛い子がすると効果的面だよね。

私自身はこのポーズを鏡の前でしたら吐いちゃうくらい似合わないと思うけど、この世界の人達は簡単に落ちちゃうから不思議だ。


「つっ!お、お嬢様が構わなければ⋯⋯その、ぜひ」


一瞬で真っ赤になったラフェルは口元を手でおおって、すごい勢いで私から顔を逸らした。

ラフェルもこの世界の価値観で生きてきたからか、私の顔とかを可愛い、綺麗って思ってくれているようで嬉しい。

嬉しいけど、本当に今のが可愛かったかと問い詰めたくなってしまう。


「じゃあ、私のことをアリーゼと呼んでみてくれる?」


「⋯⋯アリーゼ」


呼ばれた瞬間に胸が激しく脈打つ。

耳まで真っ赤にして恥ずかしそうに頬を染めているラフェルは色気ダダ漏れで麗しい。

こんな素敵な人に名前を呼ばれると、私の名前が尊い物のように思えた。


「はい、ラフェル」


何て幸せなのだろう。

嬉しくて、この時間が愛しくて私は微笑む。

真っ赤なラフェルもいいなぁ。


「お父上と⋯⋯あ、アリーゼは仲がよろしいのですか?」


名前を呼び慣れない様子のラフェルの辿々しい問いかけにクスクスと笑う。

バカにして笑っている訳ではなく、微笑ましくてつい笑ってしまったが不快ではなかっただろうか。

ラフェルを見ると、頬に赤みはあるものの私をジッと見ていて、笑ったことを怒っている様子はなかった。


「そうね⋯⋯お父様達に愛されている自覚はあるわ。私が好き勝手して生きていられるのはお父様やお母様、お兄様のおかげだもの」


お父様がお金を稼いで、お母様が屋敷を取り仕切ってくれるから生活に困ることはない。

お兄様も学校を卒業して、楽しそうにお父様の仕事について回っていて、次期商会長は勤勉だ~なんて皆が褒めてくれている。


「だから、お父様達の憂いを少なくしてあげたいと思うの」


親から愛情を貰えない子も世の中には多い。

私は親にも兄弟にも恵まれている。

だから、お父様達が私を愛してくれるように愛を返してあげたいし、何でも喜ぶことをしてあげたい。

と言っても、さすがにこの年でお父様の膝の上に座るのは遠慮したい。

昔はよくお父様の膝の上で座ってはお仕事の書類を一緒に覗いていたっけ。

懐かしいけど、かなりウエイトが重くなっているし、お父様の膝が壊れたら皆に迷惑がかかってしまうから、お父様が何を言っても断固として断る所存だ。


「良いご家族さん達なのですね」


「えぇ!自慢の家族よ!屋敷の使用人も大好きだわ!」


ほんの少しだけ声に混じった悲しげな色。

遠くを見るような憧憬の声音。

気づいたけど、ラフェルの目には拒絶が浮かんでいて、私は話を終わらせることにした。

家庭の事情は様々ある。

ラフェルが話したくないのを無理に問い詰めるつもりはない。

いつか、話してくれたらいいな。

その前にもっともっと仲良くなれると嬉しいのけど。

応接間に入ると、ラフェルはキョロキョロと室内を見ている。

我が家は商人の家だ。

応接間は顧客を招くこともある為、なるべく華美に整えられている。

朝に庭で摘んできた花を活けている花瓶は隣国に居を構えるブランドの一点物だし、ローテーブルやソファーはうちの商会の職人が腕によりをかけて造った力作である。

落ち着いた色合いの壁紙ではあるが金で所々絵付けをされているし、カーテンは遠い国の最高級品。

それぞれが良い品物を使っているが主張し過ぎないようにまとめられていて、居心地はいいはずだ。

うちのメイド達はセンスが良いのだ。


「素敵な部屋ですね」


ラフェルの言葉に嬉しくなる。


「何だか、温かい」


目を細めるラフェルは拝みたくなるほど無防備で、とても輝いて見えた。

いつまでも見ていたいと思えるほど⋯⋯。


「アリーゼ!」


バタンッ!と音を立てて扉が開く。


「あ、あ、アリーゼが、お、男を、連れて帰ったんだって!?」


転がりこむように中へと入ってきたのはお父様だった。

私よりは少しスリムだけど、丸いお父様の姿にラフェルがサッとお辞儀をした。


「初めまして、ラフェルと言います」


お辞儀をする姿すら麗しいとか、最高過ぎる。

私はヨダレが垂れそうなのを堪える為に拳を握り、斜め前で様子を見ているレティの生温かい視線に気づかないふりをした。

ラフェルの姿を目にしたお父様は何故かプルプルと震えている。

何だか、ゲームのスライムみたいな動きだ。

そして⋯⋯。


「い⋯⋯いかんっ!許さんぞっ!」


お父様は唐突に怒鳴り出した。


「お父様?」


キョトンと目を丸くする。

ラフェルの何を許さないと言うのだろう。


「そのような醜い面で、私の可愛いアリーゼを貰おうなど、絶対に許しはせんからな!」


は⋯⋯?


「お前は自分がいかに醜いのか分かっているのか!?お前なんかがアリーゼを幸せに出来るはずもないだろう!?アリーゼが他の者達に後ろ指をさされて生きていかなくてはならなくなるではないか!」


お父様が大変失礼な勘違いをしている。

私とラフェルは今日初めて会ったし、屋敷に招いたのは確かにお父様に紹介する為だけどお仕事としてだし、何ならラフェルは私の容姿を可愛いと思ってくれていたら万々歳だがゾッコンなのは私の方だ。


「お前のような醜い男は私の屋敷から即刻出て行け!」


仏の顔も三度まで、という言葉が前世ではあった。

ラフェルに⋯⋯無理を言ってついて来てもらったのに醜いと三回もお父様は言った。

ーーー許せない。

私の目の前が真っ赤になる。


「今すぐ、この部屋から出て行くのはお父様だわ!」


ラフェルの前に立って、お父様を睨みつけた。


「アリーゼ!私はお前の為に⋯⋯」


私の顔を見たお父様が音を立てて固まった。

何て、情けないのだろう。

お父様は凄腕の商人だと信じていた。

商人だからこそ軽率に容姿で判断しないと思っていたのに、ラフェルと話をすることもなく屋敷から追い出そうとするなんて!


「あ、アリーゼ⋯⋯何で、泣いて⋯⋯」


お父様がオロオロとするのを冷めた目で見る。

頬を伝っているのは涙か。

ラフェルを馬鹿にされたムカつきのあまり、血の涙が出たのかと思った。


「ラフェルはS級冒険者なのよ!縁があって、お父様が抱えている難題を手伝ってくれるって言ったからお連れしたのに!」


近くのソファーにあったクッションをお父様の顔面に向かって投げつけた。

狙い違わず顔面で受け止めたお父様は頭の血が下がったのか、目を白黒させている。


「え、あれ⋯⋯アリーゼの、彼氏じゃ⋯⋯ない?」


「アリーゼと恋人になるには俺は不釣り合いだと自分でも思います」


頬をかきながら、苦笑するラフェル。

いつかは!いつかはラフェルと恋人になって、イチャイチャ出来たら!なんて夢見ていた私の願いが木っ端微塵になる。

よりによってラフェルに拒絶されている!?

フラリと体が傾きそうになり、足を踏ん張って堪える。


「普通に仕事の話を聞きに来てくれたのかい?」


さっきとは別の意味でオロオロとしているお父様。


「困っているとアリーゼに聞きましたので」


アッサリと頷くラフェルにお父様は顔を青くして赤くしてと大忙しだ。


「それは申し訳ないことをした。アリーゼが男を連れ帰ったと聞いて、頭に血が上ってしまったんだ。本当にすまない」


深々と頭を下げるお父様にラフェルは何度も頷いている。


「アリーゼは可愛い上に綺麗ですから、心配するのも無理はないですよ。お父上のお気持ちはよく分かります」


「君⋯⋯何て話の分かる子なんだ!さっきは醜いと言ってしまったが、見れば見るほど愛嬌のある顔じゃないか!」


それ、ただ単に娘の可愛さ自慢を聞いてくれる相手が出来たことが嬉しいだけでは。

分かっているのに、胸の中で渦巻く怒りは出口を求めて荒れ狂う。

お父様の暴言を何も気にしていないラフェルは大人として当たり前の対応をしているだけ。

けれど、どうして?

あなたはあんなことを言われてもいい人じゃないし、お父様に怒ってもいいと思う。

ギリッと噛み締めた唇が痛む。


「アリーゼ?」


不思議そうに首を傾げるラフェル。

その胸元を掴んで、何で?どうして?と詰ってしまいたくなるのを堪える。

窓から射し込む太陽の光に照らされたラフェルは私の目から見ると芸術品のように美しい。

こんなふうに思う私が他の人から見たらおかしいのは分かっているのに⋯⋯。


「ラフェル、お父様の話を聞いてあげて」


どうして私はこんな拗ねたような言い方しか出来ないのだろう。


「あ⋯⋯は、い」


戸惑った様子のラフェルを置いて、私は応接間を出た。

何て感じの悪い⋯⋯。

自分が嫌になる。


「お嬢様、後悔するくらいならしなかったらいいのですよ」


レティの言葉に項垂れ、ため息をついた。

それでも胸のムカムカは治らない。


「レティ⋯⋯」


ジワリと涙がにじんだ。

困ったと言わんばかりのレティはそれ以上何も言わずに、私の手を引いてくれた。


「お嬢様の好みを理解出来るのはこの世界で極小数なんですよ。お嬢様のような美しい人が、ラフェルのような人相の人を慕うのは何か裏がある⋯⋯なんて思われても仕方ないくらいなんです」


旦那様の心配は当たり前なんです、と呟くレティに私は目を揺らす。

帰り着いた自分の部屋は、淡いピンク色で統一された可愛らしいものだ。

私が好きな物を集めてつくられたお父様達の愛情の証。

誰の目から見ても可愛くて綺麗だと言われる私を何不自由ないよう育ててくれている優しい人達。

きっと、私自身が気づかない内にたくさんの心配や迷惑をかけてきたのだと思う。

それでも注がれる愛情を疑ったことはない。

だからこそ、私が素敵だと、カッコいいと思ったラフェルを認めてもらいたかった。

私だけが価値観の違う世界は、どこか孤独で苦しかったから。


「私は⋯⋯」


言いかけた言葉は途中で止まった。

果たして私は前世の記憶がなくても、ラフェルのことを素敵だと感じただろうか。

ラフェルに失礼だろうがおかまいなしに、お父様と同じようなことを言ってしまったかもしれない。

違うと否定をして欲しくて、縋るようにレティを見ると、彼女は真っ直ぐに私の方を見ていた。

その視線から感じる信頼にズキンッ!と胸が痛む。


「⋯⋯私は優しくなんかない」


他の人から見たら優しく見えるだろうけど、私は自分の欲望に忠実なだけ。

綺麗、美しい、可愛い、カッコいい。

世間から見たら醜女醜男であっても私から見たら尊いほどに素敵な人達で、だから、私はレティやティド、それに⋯⋯ラフェルに興味を持った。

私がどんなに素敵だと言っても三人とも変な顔をするだけで本気にしないだろう。

お父様やお母様達も濁すように笑うだけで、私の言いたいことを理解しているとは言えない。

あの人が素敵、この人が素敵と普通に皆とお喋りをしてみたかった。

うつ向いて涙を堪える私の頭上に降ってきたのは、どこか怒っているレティの言葉だった。


「いいえ。これだけはハッキリと言わせてもらいます。お嬢様はお優しい方です。いくらお嬢様でも私のお嬢様を貶すのは許しません」


腰に手を当てて、怖い顔をしているレティに目を丸くする。

美人が怒ると迫力があるって本当だ。


「⋯⋯レティ、私のこと好き過ぎじゃない?」


ズビッと情けなく鼻水をすする。

見るに見かねたのか、レティがハンカチを差し出してくれた。

え、これで鼻をかんでもいいの?

レティを見上げると大きく頷く。

可愛らしいレースのハンカチはレティのお気に入りなのに私が汚してもいいのだろうか。

まごまごと鼻をかむかで悩んでいると、問答無用で鼻にハンカチを押し当てられ、反射的にチーンッと思いっきりしてしまった。

けれど、レティは怒るでもなく、よく出来ましたと言わんばかりに私の頭を撫でてくれた。


「もちろん、私はお嬢様が大好きですよ。他にもティドに旦那様や奥様、お嬢様を好きな人は大勢おります」


どうしてこんなにお美しいのに、ご自身に自信がないのでしょう?とため息をつかれる。


「お嬢様はクヨクヨ悩まず、好きなようにされたらいいのですよ。これが好きっ!て笑うお嬢様が私達には何よりも可愛らしく見えるのですから」


「⋯⋯そうなんだ」


私が好きな物は、ピンクのドレス、可愛いリボン、お母様のクッキー、お父様の優しい手、それにレティのつくったハンカチ。

それに⋯⋯ラフェルが笑う顔。

愛想笑いじゃなくて、はにかむような自然に浮かんだ笑顔が尊過ぎる。

ずっと、見ていたい。

けれど、応接間を出て来る時の戸惑った表情を思い出して、ズーンッと落ち込んだ。


「お嬢様、悪いことをしたと思った時はどうするのです?」


今日が初対面なのだ。

ここで悪印象を残せば、今後の関わりに響いてくるのは分かりきっている。

ニコリと笑いかけてくるレティを見つめ、私は決意した。


「ちゃんと謝る!」





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