第3話 転生令嬢は理想の男性に出会った
目と目が合った。
形のいい切れ長の目の中、澄んだ翡翠色の瞳にポカンと口を開けた私自身が映っている。
黒いフードを被っているがそこから覗く黒髪は柔らかそう。
鼻筋はスッと通っていて、薄い唇が物言いたげに開いているし、右側の唇の下に小さなホクロ。
日に焼けた肌に服の上からでも分かる筋肉質な腕。
屈んでいて正確には分からないが背はかなり高い。
これぞ、私の求めていた理想の男性の姿。
「あ⋯⋯あ、あ⋯⋯」
あまりの感動に声が出ない。
そんな私の様子に悲しげに歪む顔。
その顔すらも魅惑的で、潤む翡翠色を目に焼きつけるように凝視する。
「すまない」
形のいい唇が紡いだ言葉に思考が停止する。
何故、この人は謝っているの?
あきらかに私の方がぶつかって、この人は私を転ばないように支えてくれた。
しかも力を入れ過ぎないように細心の注意を払って⋯⋯。
え、この人は全然悪くないよね?
「い、いやいや、私の方が謝らないと!」
ようやく回り出した思考。
悲しげな色を浮かべる目を覗きこむ。
「助けてくださってありがとうございます」
ニコリと笑いかける。
その瞬間、頬に赤みがさしたのを見逃さなかった。
良かった!
少なくとも私の容姿はこの人にとって不快なものではないようだ。
まるで直視することが出来ないとでも言うかのように泳ぐ彼の視線。
けれど、それは恥ずかしがっているだけらしく、チラチラと私を見ては目を伏せている。
何としてでも、この人とお近づきになりたい!
ここで会ったのも何かの縁。
きっと神様が私へ与えてくれたチャンスに違いない。
今の私の目は獲物を狙う狩人のようだろうが、そんなことはどうでもいい。
私から慌てて離れて行く手を握りこみ、上目遣いで見上げる。
「あの良かったら、お礼をしたいのですが」
ボンッ!
音が聞こえそうなほどの勢いで男性の顔が更に赤くなり、握った手が汗をかき始める。
私だって恥ずかしい。
こんなに近くで男性といたことなんてないし、手を握るなんて小さい頃にお父様と手を繋いだ時以来じゃないだろうか。
けれど、触れた大きな手は温かく、不思議なことに汗も不快に感じない。
むしろ、緊張しているのかな?可愛い!なんて思えば愛しくも感じた。
「あ、う⋯⋯」と呻いている男性に留めとばかりに首を傾げてみた。
「ダメ、ですか⋯⋯」
自然と潤む目。
お母様が紫水晶のようだと褒めてくれる瞳はキラキラとしているはずだ。
魅入られたように私を見つめている男性。
ここで断られたら、本気で泣くかもしれない。
初対面の相手にこんなことをするなんて、普段の私なら絶対に有り得ないだろう。
だが、男性の容姿はあまりにも私の好みどストライクだったのだ。
周囲から視線が突き刺さる。
傍から見れば、美少女を泣かせる醜男だろう。
少しでも良心があるなら、私の望みを叶えてくれるはずだ。
「お嬢様!どうされたのですか!?」
背後から追いついてきたレティの声が聞こえた。
せっかく良いところだったのに、男性は我に返ってしまったようだ。
「あ、いや⋯⋯俺もぶつかったから、お礼をする必要はありませんよ」
断られてしまった。
もう少しだったのに!
レティが男性の顔を見て、一瞬目を見開いた。
その反応を見た男性が顔を逸らしながらソッと私の手を外す。
悔しげに悲しげに歪んだ顔。
あ、これ⋯絶対に誤解された。
自分の容姿が見咎められたと思っているに違いない。
たぶんレティは私が常日頃から理想の男性として語っている容姿をしたこの男性に驚いただけだと思うんだけど⋯。
「連れの方も来たようですね。お互いに今度は気をつけましょう」
翡翠色の目が伏せられた。
この人が私との縁をここで終わらせようとしているのが感じられた。
長いまつ毛がフルリと震えるのを見つめ、私はショックを隠しきれず、レティへと視線を向けた。
「⋯⋯レティ」
泣きそうなのを堪える私。
察したレティの動きは早かった。
「お嬢様を助けてくださり、ありがとうございます」
そう言ってレティが深々と頭を下げている間に男性の退路を塞ぐようにテッドが立った。
見事な連携に男性が目を瞬かせる。
キョトンとした顔すら美麗過ぎて、私の下降していたテンションが爆上がりした。
この人、何て可愛くて素敵なのだろう!
「転びそうな女性を助けるのは当たり前のことです」
ひ、ひぃやぁ~!
女性に優しいとか最高過ぎる!
男性の尊さに拝みたくなり、プルプルと震える私にレティが頬を引きつらせた。
心なしかティドも残念なものを見るような目でこちらを見ている気がする。
見た目は美少女でも私の中身はこんなものなんだから仕方ない。
「素晴らしい心がけだと思います。ところであまり見かけない方ですが、ご職業など聞いてもよろしいですか?」
ギラリとレティの目が光る。
まるでお見合いに来た人を査定しているようだ。
「あ、あぁ⋯⋯俺はソロで冒険者をしています。この街には一昨日着いたばかりなのです」
この世界には魔法もあれば魔物がいて、剣や魔法が当たり前である。
もちろん、冒険者という職業があって、冒険者ギルドに登録をすれば誰でもなれるが、その仕事内容は魔物退治から要人の護衛、素材の収集など多岐に渡る。
お父様も荷物運搬の護衛によく冒険者へ依頼をしている。
「黒いローブを着ていて、ソロで冒険者⋯⋯ということは、もしや、S級冒険者のラフェル?」
ハッとしたティドが呟く。
E・D・C・B・Aとランクが上がって行く冒険者の中でもS級になれるのは英雄級の依頼をこなしたほんの僅か。
世界中を探してもS級として活動しているのは片手の指の数だと聞いている。
世界の国という国が喉から手が出るほど欲しいS級冒険者が目の前にいるなんてすごいことだ。
「そうです」
頷いた男性⋯ラフェルは心配そうに私を見る。
視線を受けて、ようやく自分自身が呼吸すら忘れていたことに気づいた。
「驚かせるつもりはなかったのですが⋯⋯」
眉を下げるラフェルの姿に私は歓声を飲みこむ。
耳と尻尾の幻影が見えた!
しょげた犬みたいな様子に興奮してしまう。
「ラフェル様」
ラフェルに思わず名前を呼ぶと、翡翠色の目がこちらを向く。
途端に私の胸はドキドキと早鐘を打ち始める。
「S級冒険者ではあるが身分は平民です。様なんてつけなくていいですよ」
い、やっほぉ~い!
名前呼びしてもいいの!?嬉し過ぎる!
狂喜乱舞する私の内心を分かっているレティが咳払いをした。
「そう言えば、旦那様が近々難しい依頼を冒険者へしたいと仰っていたような⋯⋯」
あ、それ、私も聞いた。
確か、採取が難しいある素材を手に入れたいと言っていた気がする。
A級冒険者でも難しいかも、なんて頭を抱えていたっけ⋯⋯だから、S級冒険者に依頼をすることが出来たら大喜びをすると思う。
しかし、S級冒険者は難易度の高い依頼を山のように抱えている為、依頼をしても受けてもらえるかは分からない。
それこそ、知り合いで気安く頼めるような間柄だったらお父様の悩みもすぐに解決するかもしれない。
ラフェルが優しいといってもさっき出会ったばかりの私達を気にかけてくれるとは思えな⋯⋯。
「ここで会ったのも何かの縁です。内容しだいではありますが俺で良かったら、依頼を引き受けますよ」
本気で言ってるの?
内容も聞いていないのに引き受けてもいいなんて言ったらダメでしょ。
S級冒険者の人を雇うと高額だって聞いたことあるけど、この様子だと格安で引き受けてくれそうだし、お父様は喜ぶかもしれないけど⋯⋯本当にいいの?
驚きに思わずラフェルの顔をマジマジと見つめてしまう。
「べ、別に下心があるわけじゃありませんよ!困っている人に手を貸すのは当然のことでしょう!?」
慌てふためいて言い訳をするラフェル。
別に下心があるなんて疑ってもいないが、そこまで否定されると自信がなくなる。
私、美少女なんだよね?
運命の相手のように私に一目惚れして欲しいとか過ぎた望みなのだろうか。
ションボリと肩を落とす。
「お嬢様、屋敷へ誘う良い機会ではありませんか?」
レティが耳元で囁く。
思わずレティを見つめると頑張ってというようにサムズアップされた。
そうだ。
お父様を紹介するという名目で屋敷へ招待が出来る!
もう少しだけ一緒にいられるじゃないか。
私の希望を叶えようとしてくれるレティに胸が熱くなる。
「コホン⋯⋯ラフェル、お父様を紹介したいの。屋敷へ来て頂けない?」
期待をこめてラフェルへと視線を向けた。
「俺で良ければ、喜んで」
気軽に頷いてくれるラフェル。
優しい!
初対面で怪しいかもしれない私の誘いを受けてくれるなんて、何て良い人なんだろう。
ウットリとラフェルを見上げると、不思議そうに首を傾げた。
どこか幼さを感じさせる仕草が可愛い。
「馬車を待たせていますので、一緒に屋敷へ行きましょう」
ラフェルに夢中で頭の動かない私の代わりに段取りしてくれるレティの頼もしさよ。
ティドの生温かい視線が向けられている気もするが、こんなにもカッコいい人は初めて出会ったのだ。
少しくらいこの幸運に浸っても許して欲しい。
■■■■■■
ガタゴトと揺れる馬車。
向かい合うようにして座るラフェルは戸惑った顔をしていた。
「お嬢様は、その、俺の容姿は気にならないのでしょうか」
問われて、首を傾げる。
気になる⋯⋯?
そりゃ、気になるに決まっている。
神様が私の好みを詰めこんでつくってくれたとしか思えないラフェル。
馬車の中だからと被っていたフードを外した彼は私の目から見ると光り輝くようだ。
短く整えられた艶やかな黒髪に触れたい、なんて言ったら痴女だと言われるだろうか。
隣に座ったレティが肘で私を小突く。
「前髪を上げていると、顔がよく見えて嬉しいかも?」
せっかくの綺麗な顔が長めの前髪に隠れてしまって、とても残念だ。
そんなことを考えていた私は思っていたことを口に出してしまっていたらしい。
ハタ、とラフェルの動きが止まり、眉間に深いシワが寄った。
「こんな俺の容姿をお嬢様に見せるのは申し訳なさ過ぎます。何だかお嬢様を汚しているような気分になります」
申し訳なさ過ぎる?
一瞬、思考が止まる。
これほど私にとっては完璧で美しい容姿をしている彼は世間からは冷たい目で見られているのだろう。
ラフェルの言いたいことが分かるとばかりに頷くレティ。
当たり前のように自分を卑下する言動に私の中で湧き上がったのは怒りだった。
「どうしてそんなことを言うの?人の顔なんて薄皮一枚剥いだら皆同じじゃない。どんなに頑張っても太らない人は太らないし、背の高さは自分では選べないわ。容姿で人を卑下するのは最低な行いよ」
自分を貶める言い方をするのは彼が歩んで来た人生がそうさせているのだろうと分かってはいる。
初対面の挙動不審な私に親身に接してくれる懐の広さと優しさを持つラフェルは本当に素晴らしい人だと思う。
それなのに容姿が悪いからと虐げるような低俗な人達の言葉を二人が気にしていることが許せなかった。
「私は皆に可愛いとか綺麗と言われるけど、それは表面上のことだわ。私の内面まで見て言ってくれる人は極小数だもの。人がなんと言っても気にするな⋯⋯とは言わないけれど、あなた達自身が自分のことを貶めるのはいけないと思うわ」
私の言葉にラフェルが目を見開く。
容姿のせいで辛い思いをしてきたはずだ。
人に言われる前に自分を貶めることで自分の心を守っているのかもしれない。
けれど、生まれ持ったものを変えることなんて出来はしないのだから、今ある自分を誇って欲しかった。
「お嬢様はとても変わっている方なのです」
苦笑したレティが補足してくれる。
て言うか、変わっているってどういうこと!?
「ちょっと、レティ!あなたにも言っているのよ!?」
「えぇ、分かっております。お嬢様は私の自慢のお嬢様です」
嬉しくて堪らないといったようにレティの目尻が下がる。
その笑みに絆されそうになるが、私は目を吊り上げた。
「そうやって私の機嫌をとってもダメなものはダメなんだからね!レティは私の大事な専属メイドなのよ!レティのことを悪く言うような人達、私がお仕置をしてやるんだから!」
私の持てる全てを使ってでもその相手に報復をしてみせる!と意気ごむ私。
「ありがとうございます、お嬢様」
ついにクスクスと笑い始めるレティ。
私は本気で言っているのに!
唇を尖らせて、そっぽを向く。
「お嬢様は優しいのですね」
しみじみと呟くラフェル。
「えぇ!お嬢様はとても優しい方です」
二人とも間違っている。
私の目から見ると、ラフェルもレティも美男美女なのだ。
価値観の違いなのに優しいと評される度に最近は胸が痛むようになってきた。
騙しているようで居心地が悪い。
「自分を貶めるな、ですか。俺はS級冒険者にまで登り詰めたのですから、誇ってもいいでしょうか」
自分の手を見下ろし、ポツリと呟くラフェルに私は大きく頷いた。
「当たり前だわ!だって、S級冒険者はすごいのだもの!誰もがなれるわけじゃないわ!」
「ありがとうございます、お嬢様」
フワリと幸せそうに微笑むラフェル。
神々しいほどの笑みを真っ直ぐに向けられて、思考が一時停止をする。
なんて、なんて素敵な顔をしているの!
笑うとほんの少しだけ目尻が下がるということを発見した。
そうするとより一層優しそうな雰囲気になるよつだ。
いつまでもこの笑顔を見ていたい。
私が彼の心を揺さぶったことがこれほど嬉しいと思うなんて自分でも驚きだった。
この人の傍にいれば、私はもっと多くのことを感じられるのだと予感がした。
やっぱり、ラフェルを逃がすわけにはいかない。
何としてでも私にメロメロにさせたい。
「お嬢様、欲望が丸出しになっていますよ」
レティに小声で指摘され、我に返る。
大口を開けて惚けているのをラフェルに見られるなんて、あまりにも恥ずかし過ぎる。
慌てて椅子に座り直すと、そんな私の様子を不思議そうに見つめつつ首を傾げるラフェル。
その拍子に前髪が偏り、こちらを見つめる翡翠色の瞳がハッキリと見えた。
「綺麗な目、だわ」
「あぁ⋯⋯この目の色は母譲りで、前髪で隠してはいますが実の所、かなり気に入っています」
はにかんだ笑みに昇天しそうだ。
カッコいいと可愛いって同立するものなのか。
「お嬢様の目も綺麗ですね」
「そ、そうかしら」
社交辞令だとしても嬉しい。
にやけてしまいそうなのを必死に堪える。
「いつぞや見た洞窟の奥で眠る極上の紫水晶のようです」
心の奥底まで見通すように私の目を覗きこんでくるラフェル。
カァッと頬が熱を持つ。
極上の紫水晶って言われた!
「あ、あぁ、ありがと⋯⋯」
私の顔は真っ赤だろう。
何とかお礼を言った私は目を伏せる。
これはヤバい!
無意識だろうけど、ラフェルの言葉のチョイスは私を口説いているみたい。
本人にその気がないのに私ばかりが好きになっていっている気がする。
メロメロにさせる前に私の方が夢中になってしまっているじゃないか。
「お嬢様はとても可愛いですね」
キラキラとした笑顔でそんなことを言わないで欲しい。
嬉しくて小躍りをしたくなっちゃうから。
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