第2話 転生令嬢は街に行く
「ねぇねぇ、レティ!あのお店にも行きましょう!」
ウキウキと足取り軽く⋯と言っても実際の足音はドスドスだけど⋯店から店へと興味を移す私の後をレティが追いかけてくる。
私、こう見えても体力はあるのだ。
デブな上に体力もなかったら、目を当てられないと毎日ランニングとかのトレーニングをしている。
それなのに一向に痩せない自分の体質が恐ろしい。
「お嬢様、あまり走ると転びます」
しかめっ面で苦言を呈すレティ。
機嫌が悪いわけではなく、私達を少し離れた位置から見ている護衛の男に意識が向いているだけだ。
私の外出の時に付き添ってくれる、うちの商会で護衛として働いているテッドだ。
糸目ではあるが、スっと通った鼻筋と筋肉隆々の体格をしているせいで女性にはモテないらしい。
前の彼女には「あなたの筋肉にはついていけないわ」なんて言われて、一方的にフラれたのだとか。
いやいや、護衛の人がヒョロヒョロってしていたら、何か安心出来ないでしょ。
ごつい体型でドッシリと構えてくれているテッドこそ護衛中の護衛であり、安心して身辺警護を任せられる。
前の彼女はテッドの仕事への理解が無さ過ぎだと思う。
その辺、レティは理解があるお得物件だ。
テッドと結婚して、私の傍にレティがずっといてくれないかな⋯なんて密かに思っている。
だから、ぜひとも二人にはくっついて貰いたい!
「レティさん、良かったら荷物を持ちますよ」
「いえ、テッドさんの手を煩わせるわけにはいけません」
護衛は目に見える範囲にテッドしかいないけど物陰とかに隠れているから、テッドが荷物持ちをしても大丈夫だ。
むしろ、荷物持ちの為に配備されているのだから、さっさと渡せばいいのに。
でも、テッドに声をかけられた瞬間にレティの頬に赤みがさしたことに気づき、私はニヤニヤと二人のやり取りを見守る。
「そう仰らず。荷物を持つのは男の役目だと思って任せてください」
サッとレティの手から荷物を取っていくテッド。
女性に優しい良い人だ。
目が合うと、ニコリと笑って距離をとる。
私が男嫌いだと勘違いしたお父様が常に距離をとるように言い聞かせているからだ。
そのせいでレティとテッドの距離も開いてしまうのは残念である。
「お嬢様、カフェに行きましょうか」
私が何も考えずにあれもこれも買ったせいで荷物は山のようにある。
それを両腕に抱えているテッドが少し休めるようにしてあげたいのだろう。
どっちにしろ歩き回ったせいでお腹も空いているし、丁度いい。
「どんなカフェなのかな」
嬉々としてレティに笑いかけると、周囲からの視線が突き刺さる。
帽子を被っているとはいえ、顔を隠していないから美貌(笑)が丸見えだからだろう。
人に見られるのは好きじゃない。
不快に視線を向けると、皆して頬を赤く染める。
気持ち悪いなんて言ったら失礼かもしれないが、見ず知らずの人をガン見する常識のなさは咎めてもいいだろうか。
ヒソヒソと話し声までする。
私とレティの容姿を比べる内容が多い。
キッと睨みつけるとそそくさと逃げて行く人達。
「お嬢様、私は気にしていません。と言うか、お嬢様と比べられたらほとんどの人が不細工ですから」
レティは穏やかな表情で私を窘める。
そこは気にして欲しいなんて言っても、きっとレティを困らせるだけなのだろう。
「レティ!カフェに行こ!」
スルリとレティの腕に抱き着き、先を急かす。
今から行くカフェには個室もあったはずだ。
嫌なことがあった時には甘い物でも食べて気分転換に限る。
個室ならレティも周囲を気にせずに食べれるはずだし、面と向かって言えない人には言わせておこう。
「お嬢様は本当に優しい方ですね」
私は優しくなんてない。
だって、私にとったらレティはとても綺麗な理想の女性なんだから。
■■■■■■
辿り着いたカフェはテラコッタ色の屋根をした可愛い雰囲気の所だった。
入った瞬間にどこからともなく「ホォ⋯」と感嘆のため息が聞こえた。
ふ⋯⋯美人なのも考え物だ。
どうせ、私に見惚れてしまったとかそういう落ちなのだろうけど、ドヤ顔をするほど嬉しくはない。
人間、平凡が一番注目を浴びないから良い。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれた店員はチョコレート色のエプロンをしていて、可愛い制服にテンションが上がる。
と言っても接客業だから、店員はこの世界で美人とか可愛いと呼ばれる人達。
でも、レティにもテッドにも普通に接客をしてくれるから心地好く過ごせそうだ。
「すみません。ただ今、個室に空きがありませんので二階のテラス席はいかがでしょう?」
眉を八の字に下げて謝る店員からレティへと目を移す。
レティが大きく頷いたのを確認して、案内してもらうことにした。
大通りに面したテラス席だが、二階だからあまり視線を気にしなくてすみそうだ。
「お嬢様は何を注文されますか?」
メニューを開いて渡してくれるレティにお礼を言う。
「ん~⋯⋯ベリーのケーキもいいし、チョコレートケーキも気になる。あ、チーズケーキはソースが選べるんだね。それにしようかな。レティは何にする?」
「そうですね」
う~んと顎に手を当てて考え込むレティ。
ウェーブのかかったミルクティー色の髪に陽の光に当たって、優しそうな印象が強くなっている。
対する私は淡い金色だから、傍から見たらギラギラしているかもしれない。
やたらと眩しそうに目を細めているテッドには申し訳なさ過ぎる。
ウェーブのかかった髪って柔らかそうでいいな。
自分の真っ直ぐな髪を指に巻き付けるがスルスルと滑って様にならない。
「私はティラミスと季節のフルーツのケーキにします」
ケーキの味の邪魔にならないように二人揃って紅茶も頼む。
ついでにテッドのお持ち帰り用のナッツのクッキーを注文しておく。
基本的に職務中には食べちゃダメらしい。
「んぅ~!このベリーのケーキ、美味しい!」
「あぁ、ほら、お嬢様。頬にクリームがついていますよ」
マナーなんて気にせずに食べる私に苦笑するレティ。
取り出したハンカチで頬を拭ってくれる。
面倒見がいい専属メイドに出会えて、私は幸せ者だ。
壁際で待機しているテッドなんて、面倒を見るレティを微笑ましそうに見ていて、あれ?これって両思いなんじゃない?なんて私のテンションも爆上がりだ。
「季節のケーキは葡萄ですけど、お嬢様、一口いかがですか?」
「もらう!」
パカッと口を開ける私の口にケーキを入れてくれるレティは本当に良いお母さんになると思う。
「レティもはい、どうぞ!」
ケーキを差し出すと、恥ずかしそうに躊躇ってから食べてくれる。
何て言えばいいのだろうか。
拾った野良猫が懐いてくれたような嬉しさを感じる。
こんな感じで終始、レティとイチャイチャしていると扉の外が騒がしくなった。
テラス席は一つしかないのに、何で外で揉めているのだろうか。
「少し見てきます」
私が気になったことに気づいたティドがサッと扉の外へと向かう。
チラリと通りを見下ろすと、店の前には豪奢な馬車が止まっているのが見えた。
「お嬢様」
帰って来たティドが耳打ちをする。
どうやら、後から来た"身分の高いお客"がテラス席を所望しているらしい。
店側は私達を通しているので断っているようだが、客が身分を盾に騒いでいるのだとか。
あまりの無作法っぷりに帰って行く客も出てきている。
店を楽しみたいなら、店側の都合も考えてあげたらいいのに。
フゥとため息を着く。
「仕方ないわ。店の人にその客に会わないように帰れるように出来るか聞いて来てちょうだい」
せっかくの美味しい紅茶とケーキが台無しだ。
「よろしいのですか?」
レティが眉間にシワを寄せて尋ねてくる。
「いいのよ。どこかの貴族なのでしょうし、揉めごとでこの美味しいケーキが食べられなくなるのは嫌だもの」
「⋯⋯そうですね」
豪奢な馬車についている紋章は王族のものだった。
店側が断固として断ることは難しいだろう。
そう考えると店側が言い出す前に帰ることで心象が良くなるし、何だったら次に来た時に融通を効かせてくれるかもしれない。
「お嬢様、準備が出来たそうです」
ティドが扉の所から私達を呼ぶ。
その後ろには本当に申し訳なさそうにしている店員がいた。
「お客様、大変申し訳ありません。ご配慮頂いて、ありがとうございます」
深々と下げられた頭を見下ろし、私は朗らかに笑う。
「また今度来るからいいのよ」
「お客様⋯⋯」
店員の目が潤む。
私、何か変なことを言った?
キョトンと首を傾げて、レティ達を見ると何故か誇らしそうに胸を張っていた。
「こちら、当店からのお詫びの品です」
鉢合わせしないように従業員用の通路で店の外へと案内してくれた。
最後に手渡されたのはケーキの箱。
中には頼んでいなかった色々な種類のケーキがギッシリと詰まっていた。
「まぁ!お母様達へのお土産になるわ。ありがとう」
こういった気遣いをしてくれるなんて有り難い。
「またのご来店をお待ちしております」
再び、深々とお辞儀をしてお見送りをしてくれる店員に手を振って、店を後にする。
「お嬢様って人たらしですよね」
困ったと言いたげに頬に手を当てたレティの言葉に目を丸くする。
普通にお礼を言っただけなのに。
「レティさんがお嬢様を心配する気持ちがよく分かりましたよ」
「そうでしょう?無自覚にファンを製造して回るものだからわ、目が離せないわ」
レティとティドが私の話で盛り上がっている。
少し近くなった距離感を嬉しく思うけど、何だか納得がいかない。
「もう!二人とも酷いわ!こうなったら、違う店に行くわよ!」
私が機嫌を損ねたと慌てる二人を連れて、違う店へと向かう。
大通りには色々な人達が楽しそうな顔をしつつ、ショッピングをしている。
人混みを歩くのはあまり得意じゃない。
視線が気になるだけじゃなく、この丸い体は横幅があるから人にぶつかってしまうからだ。
「あっ!」
ドンッ!と硬い何かにぶつかった。
後ろに向けて転びそうになった私の手を引っ張ってくれる大きな手。
「すまない、大丈夫か?」
耳に届いたのは腰にくる重低音。
あまりにも素敵な声にすごい勢いで顔を上げた私はそのまま固まった。
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