パレちゅうだっていいじゃない?(KAC20246)

つとむュー

パレちゅうだっていいじゃない?

「大変だよ、大変!」


 俺は慌てて家族のもとに走る。

 今日はずっと楽しみにしていた休日で、千葉県の夢の国に来ている。

 が、低気圧通過の影響で強い風が吹いているのだ。

 その結果、懸念していた事態に。


「パレちゅうだよ、パレちゅう!」


 パレードが中止になってしまった。

 あんなに楽しみにしていたパレードが!

 すると中学生の娘が鬼の形相に変わり、俺の手を取り建物の影に引っ張っていく。


 えっ、うちの娘ってこんなに行動力があったっけ?

 それに力もかなり強い。

 困惑しながらも俺は理解した。それだけ娘の悲しみは深いのだ。

 パレードのコース、見やすい場所、友達に聞いたりしてずっと調べていた。

 娘の悲しみを和らげようと俺はおどけてみせる。せめてもの父親の勤めだ。


「しょうがないよ、天気のことだから。ネズミだけにちゅうちゅうちゅうだね」

「黙って!」


 娘は俺を壁に押し付けると、背伸びをしながら必死に手で俺の口を塞ぐ。


「大声でバカなこと言わないで! めっちゃ恥ずかしいよ」

「もごもごもご(バカとはなんだ)」

「パレちゅうじゃないよ、風キャンって言うの。おじさんは黙ってて」

「もごもごもご(パレードが中止だから「パレちゅう」じゃないか)」

「それに風キャンはアプリで教えてくれるの。わざわざ表示を見に行って叫ぶなんて老害そのものだよ」

「もごもごもご……(頼むから老害なんて言葉を使うのは二十年後にしてくれ……)」


 衝撃的な言葉が胸に突き刺さる。俺は思わず首を垂れた。

 俺の悲しみを察知した娘は、ようやく表情を緩めてくれる。


「ゴメンねパパ、ひどいこと言っちゃって」

「もごもごもご(俺も悪かった)」

「これから言うパーク用語を覚えてくれるんだったら、手を離してあげるから」


 静かに俺は頷いた。



 ◇



「まずは、パレル」

「パレる?」


 「る」で終わるから動詞だな。

 「ダベる」、「トラブる」は俺たちも使っていた。

 それなら俺にも分かるはず。


ードに参加す

「ブブー。パレード・ルートのことだよ。飛び入り参加は老害だからね!」


 ぐえっ、頼むからその言葉は使わないでくれ。

 これは娘の愛の千本ノックなんだ。くじけてたまるもんか、根性なら負けやしない。


「次は、ポジる」

「ポジル?」


 むむむむ、今度も「る」で終わるのか。

 「る」は動詞と思いきや、さっきの「る」は「ルート」だったぞ。

 じゃあ、今度もルートだな。

 ということは——


ーさん・ャングル・ート!」


 ゴリラのポーさんといえば、パークの人気者の一人だろ?

 ポーさんがいるのはジャングルに決まってる。


「ブブー。場所取りのことだよ。ポジション確保だからポジる」


 なんだよ、今度は動詞かよ。

 でも娘は嬉しいことを言ってくれる。


「でもパパ、ちょっとずつ近づいてるよ。ポーさんが出て来るなんて、パークのことがわかってきたんじゃない?」


 そうか、そうだよな。

 なんだか俺もそんな感じがしてきたよ。


「今度は、地蔵」

「ジゾウ?」


 なんか日本語みたいだな。

 でも、ここはアメリカ発のパークだし、さっきの答えが惜しいって娘が言ってくれたんだから、何かの略語のはず。


「ジゾウ、ジゾウ、ジゾウ……」


 俺は必死に知恵を絞る。

 そうか。わかった、わかったぞ!

 

ジたん・ッコン・キウキ!」


 ジジたんだってパークの人気者じゃないか。

 お客が群がっているのを何度も見たことがある。

 握手なんてしてもらえたら、ファンは卒倒ものに違いない。


「惜しい、惜しいよ、パパ」


 娘がだんだん笑顔になってくれているのが分かる。

 どうやら間違っているようだが、確実に答えに近づいているのだろう。


「地蔵だよ地蔵。日本語の地蔵。これはね、ポジってたり、混雑で列が動かないことを言うの。ほら、お地蔵様みたいに動かないでしょ? ポジるってのはさっきやったから分かるよね?」

「お、おう!」


 そして娘は最後の問題を出した。


「これが最後よ。とりあえず」

「トリあえず?」


 ポーさんとジジたんで惜しかったということは、次はパークのメインキャラに違いない。

 それはネズミーくんだが、「トリあえず」にはネズミーくんの文字は含まれない。

 いや、待てよ。パークにはネズミーカントリーというゾーンがあったじゃないか。

 そうか、カンーか……。「ネズ」とか「カン」とかじゃ分かりにくいもんな。

 そういえばニュースで、ネズミーカンーのイラストマップがすごいって報道されてたような気がする。

 ここはさっきの地蔵にちなんで、日本語も織り交ぜて——


「わかった! ネズミーカンー・圧倒的イラストマップだ」

「おおおおっ!」


 ついに娘は歓喜の声を上げてくれたのだ。

 やった、やったよ、俺はやったのだ。


「すごいよ、パパ。ちょっとだけ違ってるけど、そんなのは問題じゃないよ」

「そうだよな、そうだよな」

「とりあえずっていうのはね、アトラクションに乗った直後に出口のショップでキャラグッズを買うことなの。分かってくれたよね?」

「ああ、分かったよ。俺はもう老害じゃないよな?」

「これ実行してくれたら老害じゃないよ、パパは最高だよ!」


 こうして俺は、娘のレクチャーのおかげでパークを思う存分楽しむことができたんだ。

 財布がずいぶんと軽くなってしまったのは不思議なのだが……。

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パレちゅうだっていいじゃない?(KAC20246) つとむュー @tsutomyu

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