第8話 この出会いって、運命なんじゃない?
魔獣、スネイルホーンの肉を美味しく食べて、しばらく後。
「改めて礼を言わせてくれ。君たちのお陰で、身も心も蘇ったようだ」
お腹いっぱいになり、食後のお茶を味わったリューズは、二人に深々と頭を下げた。
「まさかあのスネイルホーンがあんなにも旨い料理に変貌するとは。この世界の技術はすごいな……いや、それを使いこなすハルがすごいのか」
「そうそう、ハルくんは凄いんだよ。みんなを幸せにしちゃう天才料理人なんだから!」
「ミコトが言っちゃうんだ」
ハル以上に誇らしげに、むんっと胸を這るミコト。ハルの方は苦笑するも、褒められるのは当然嬉しい。
魔獣料理を食べ終える頃には、リューズはすっかり二人と打ち解けていた。二人を見る目は、親しい友人に向けるような柔らかなものへと変わっている。
「やはり、旨い飯とは素晴らしいな。腹が膨れただけでなく、心の欠けていた穴を埋められたようだよ。君達のお陰で、守ろうとしている世界が素晴らしいものだと認識できた。戦う力が漲ってくる」
「……」
先ほどまで旨い旨いと泣いていた人と同一人物とは思えない。凜とした、心地よくも強い口調に、ハルは思わず聞き入ってしまう。
改めて見ても、リューズは絶世という言葉が相応しいほどの美女だった。宝石のような翡翠色の瞳には、食事によってエネルギーが補充され、強い意志の輝きに満ちている。
戦う人の目。文字通りに住む世界の違う、強い人の目に、ハルは引き付けられるようなものを感じる。
「……リューズさんは、これからどうするんですか?」
「やることは変わらない。各地に潜む魔獣を倒し、最終的に世界を繋げる裂け目を封じる」
「魔獣って、どのくらいこの国に入り込んでるんですか?」
「詳しい数は我々も把握できていないんだ。一匹たりとも逃す事はできないから……殲滅任務はこの先も長く続くだろうな」
遠い目をしてリューズが言う。
スネイルホーンのような恐ろしい魔獣が、日本のどこかに生きている。その想像が、ハルとミコトの背筋をサッと冷やす。
「どうか心配しないで欲しい。精霊騎士団は受けた恩を決して忘れない。このリューズ・アドランシア。命を賭けて君達の世界を守ると誓おう。君達が魔獣を目撃する事は二度とないはずだ」
「でも、それじゃあリューズさんは、これからもずっと森で過ごすって事ですか?」
ハルの質問に、リューズは苦々しく溜息を吐いた。
「しょうがない。魔獣は危険な生物で、元は我々の世界が撒いた種だ。この世界の民間人を巻き込む訳にはいかない」
「た、確かに、あんなこわい生き物、自衛隊でも勝てるかどうか分かんないけど……」
「今日、君たちは私とは出会わなかった。そう考える事が、もっとも正しい選択さ……ああ、そうさ。たとえ今日のような旨いご飯を二度と食べられず、暗い森の中でひとりぼっちで寝泊まりするとしてもな……フフフ」
先ほどまで見惚れるほどだった美貌を卑屈に歪めて、乾いた笑い声を上げるリューズ。
このままハル達が別れを告げれば、リューズは明日から、孤独で過酷な任務に再び身を置く事になる。
そんな過酷な環境に心を磨り減らすリューズの姿は、やっぱり、かつてのミコトと重なって見えた。
「ハルくんハルくん」
ふと、ミコトに服の裾をちょいちょいと引っ張られた。
隣に座っていたミコトは、神妙な顔で耳打ちしてくる。
「わたし、このままリューズさんとサヨナラするのは間違ってると思う」
「うん。僕も同じ気持ちだよ」
ハルの胸に宿るのは、料理人としてのプライドだ。
自分の料理を食べてくれる人には、みんな笑顔で生きて欲しい。
けれど、おいしいご飯は心と体に元気を与えられても、問題そのものを解決する力はない。
必要なのは、かつてミコトを元気にしたものと同じ。「いつでもおいしいご飯が食べられる」という安心感だ。
「それにさ……リューズさんの撮れ高、ヤバい」
「それ。本当にそれ! 戦いは超カッコいいし、めっちゃ綺麗だし、食べるだけで面白いし。宝の山だよ。頭の先からつま先まで撮れ高でできてるよ!」
息を荒げるミコト。その手元にはハンディカメラ。そこには、魔獣と戦う勇姿から、料理に感動するリアクションまで、リューズの姿がしっかりと撮られている。
誰も見たことのない異世界の魔獣、美しい異世界の女騎士。
──とてつもない、バズりの気配がする。
「わたし思うんだ。この出会いは、わたし達が大バズりするための、運命の出会いなんじゃないかって!」
「うん。このチャンス、絶対に逃す訳にはいかない」
ミコトが言い、ハルも力強く頷く。
そうして、完璧に揃った動きで首を回し。
陰鬱な顔で明後日を見る女騎士に、にっこり笑顔を向けた。
「リューズさん」
「ちょっと、提案したい事があるんだな~」
「…………む?」
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