第7話 はじめての魔獣料理:調理編



 ささやかな命のやりとりを挟みながら、数十分。

 ハルはリューズの手伝いも借りて、魔獣の肉を丁寧に切り取っていった。

 皮を取り、太い血管や肉の筋を取り除き、衛生面に不安のある外側の肉を削ぎ落とす下処理をし、使わない部分は魔獣の死骸と一緒にリューズの火精で燃やして貰い。


「そうしてできあがったのが、こちらのお肉たちになります」

「おぉー。こうなると、スーパーで売ってるようなお肉と変わらないねー」

「すばらしい手際だな、ハル。王国の料理番でもこれほどの手際を持つものはそうそういないぞ」



 ミコトがカメラを持ちながら、リューズが感心の声を上げながら、テーブルの上に乗った三つの肉の塊を見る。いずれも赤身が強く、ルビーのように濃い赤色をしていた。

 肩ロース、内モモ、バラ。いずれも、特に猪肉などで美味しく食べられる部位としてメジャーな部位だ。



「それにしても、随分と小さくなったな。良い肉とは、スネイルホーン一頭からこれだけしか取れないのか?」

「戦っている様子から分かってはいましたけど、身体のほとんどが筋肉でできているんですよ」



 一般的にスーパーに並ぶような柔らかい肉は、牧場で十分な餌を与えて育てられた家畜の肉だ。野山を駆けまわり、厳しい自然の中で生きる動物は、脂肪をほとんど持たない。無駄のない赤身肉はとても固くて、そのまま美味しく食べる事は難しい。



「固い肉を柔らかくする調理法も沢山ありますが、いずれも手間や専用の道具が要りますから。今回は肉本来の味で美味しく食べられる部位を用意しました」

「ごく……た、楽しみにしているからな、ハル!」



 リューズの目はキラキラと輝き、口の端からは既に涎が垂れてきている。

 ハルとしては、何としてもリューズの気持ちに応えたい所だ。

 しかし、用意した塊肉の前に立ったハルは、既に先行きが暗そうな予感を感じ取っていた。

 正面からカメラを構えていたミコトも、どことなく不安げな顔でハルを見てくる。



「ねえ、ハルくんこれ……」

「と、とりあえず。それぞれの肉の特徴を知る所からだ」



 ハルはまず、それぞれの部位を薄切りにして焼いてみる事にした。

 はじめての、異世界の生物の焼き肉。肉が跳ねたり勝手に燃え出すようなファンタジーを心配したものの、特に変わった事は無く、ごくごく普通の焼き肉ができあがった。



「見た目は、完全に赤身の多い焼き肉だな……ともかく味見してみよう。はい、ミコトも」

「うぅ、もう未来が見えちゃってるけどなぁ」



 まずはいちばん脂身の乗ったバラ肉から。

 生き物でもっとも脂が付きやすい箇所な事もあり、焼き肉からはいかにもジューシーそうな脂が滴っている……の、だが。

 ハルは、渋るミコトと一緒に箸を持ち、ぱくりと一口。

 肉を噛み締め、咀嚼し、もぐもぐ味わって。

 その顔色が、みるみる内に悪くなる。



「うわぁん、ぜんぜん美味しくない~~!」

「に、臭いが強すぎて、味がさっぱり分からない」



 初めて食べた異世界の肉の味は、率直に言って不味かった。

口中に広がるあまりの不快感に、ミコトが目尻に涙まで浮かべてハルを見る。



「ハルくん、どういうこと? さっき、お肉本来に臭いは無いとか言ってなかったっけ!?」

「予想はしてたけど、脂身のクセが強すぎるな……」



 適切な解体作業ができた事で、肉に嫌な匂いが付く事は抑えられた。

 しかし当然ながら、肉そのものにも匂いがある。その匂いは、大半が脂身から発生している。

 脂身の臭いは、その動物が食べたものの影響が大きいらしい。外国産の肉は臭いが違うとよく言われるが、これは飼料にしている草が違うからなのだとか。

 雑食の、特に他の動物の肉を食べる動物は、脂身の匂いも相当臭くなると言うが……



「……ちなみにリューズさん、スネイルホーンって、何を食べる魔物なんですか?」

「肉食で血の気の多い魔物だ。生物なら何でも喰うが、これほど大きく好戦的な個体。大半は、分不相応に狩ろうとして返り討ちになった冒険者だろうな」

「ヘー、ボーケンシャですかー。珍しい名前の生物もいるんですねー」



 どう考えても深掘りしたら不幸しかもたらさない話題だったので、ハルとミコトはそれ以上考える事をやめた。

 はじめての魔獣肉と最悪な出会い方をしてしまった二人は、一気に重くなった箸を動かし、残り二つの部位も味見してみる。

 肩ロース。背中側のロース肉の中でも特に赤身と脂身のバランスが良く、高級肉に分類される部分だ。しかし、脂が乗っているという事は、臭いのキツイ魔獣肉では完全に逆効果だった。二人は二連続で渋い顔をする。

 諦めの気持ちで口に運んだ三つめの部位で、転機が訪れた。



「んむっ。これはあんまり臭くないかも」



 暗かったミコトの顔がぱっと明るくなる。

 内モモ。動物の身体の中でも特に柔軟な筋肉が集まっていて、脂身が少ないながらも赤身そのものが柔らかいのが特徴的な部位だ。

 これまでの脂の臭みをほぼ感じず、不快感がなく味わう事ができた。



「いや、不快感がないどころか……めちゃめちゃ旨くない?」

「分かる! ちょっと固いけど、肉の味が濃くて、噛めば噛むほど味がする! 牛や豚とも風味が違って、ガツンってパンチのある感じ」



 魔獣、スネイルホーン。体中から生える湾曲した角を、時に剣のように振るい、時に盾のようにして敵の攻撃を防ぎ、縦横無尽に戦場を駆け回る。そんな野生の騎士と言うべきような獰猛さがギュッと閉じ込められたような、濃密な味わいが感じられた。

 これだ。ハルとミコトは揃って顔を見合わせて頷き合う。



「肉の味が分かれば、後は料理するだけだ。いよいよ僕の腕の見せ所だね。ミコトは火の用意をお願い」

「了解。うー、わたしもお腹空いて来ちゃったなー」

「な、なあハル。私もちょっと味見を……」

「もうちょっと我慢してください。せっかくだから、リューズさんにはとびきり驚いて欲しいので!」



 ハルは内モモ肉の塊を手にし、いよいよ調理に入る。

 味見によって、肉本来の旨みで勝負できる事が分かった。ならば、リューズさんの『くさくてまずい肉』という観念を壊すためにも、肉本来の旨みで勝負しよう。



「まずは厚めに切った内もも肉を、フォークで刺すっ」

「きゅ、急に生肉を突いてどうしたんだ? 何かの儀式か、それともストレスが溜まってるのか!?」

「こうすると、肉の繊維が細かく切れて柔らかくなるんです。あと、味付けが肉の奥まで浸透して、臭みも抜けやすくなります」



 リューズに説明しながら、肉に強めの塩胡椒を振って下味と臭い消し。肉に穴を開けると肉汁が多少流れ出てしまうが、これほど旨みのある肉なら気にするほどではない。

 下準備を終えたら、ミコトが着火してくれた焚き火コンロの前に移動する。



「下味を付けた肉を、潰したニンニクを揚げた多めの油で焼きます。香味油で肉の臭いを更に消します」



 肉を焼くという調理法は、一万年以上も昔、人間が火を使うようになった頃から始まり、全世界で行われている原初の料理法だ。ステーキの焼き方には、数千年の歴史の中で探求されてきた正解がある。



「最初は強火。肉の全ての面に焼き色を付けます。側面までこんがりと焼き色を付けたら──ここでウィスキーを投入」

「おわっ!? 肉に火が付いたぞ。ハルは火精を使えるのか!?」

「お酒に火を付けてアルコールを飛ばしただけですよ。こうすることで、更に肉の臭いを飛ばします」



 おいしさとはつまり、五感を刺激する味や匂いの計算式だ。プラスとなる旨みを増やし、マイナスの要素は極力ゼロに引き下げる。

 臭い消しは多少やりすぎなくらいでちょうど良い。それで逃してしまう旨みがあったとしても、この魔獣の肉の旨みは揺るがない。



「やっぱり、料理してる時のハルくんの顔は別人みたいにキリっとするねー、カメラ回してると、ドキュメンタリー映画撮ってる気持ちになるもん」

「肉ひとつ焼くのにこんなにも工程があるのか、まるで魔術の詠唱のようだな……これがこの世界の常識なのか? それとも、ハルはこの世界における特別な魔術師なのか?」

「んー、リューズさんの方もいいね。その初見の反応、めっちゃ異世界って感じっ」



 ミコトがウキウキでカメラを回している。料理しているハルからしても、目を丸くしてフライパンの上の肉を眺めるリューズの反応は心地良い。

 思えば最初の頃も、ハルの料理を眺めるミコトの反応がウケて再生数が伸びたんだったな──ハルはふとそんな事を思い返した。



「フランベも終わって、肉全体に焼き色が付いたら、フライパンにたっぷりのバターを投入。弱火に変えて、溶けたバターを回しかけます」



 アロゼと呼ばれる、フレンチ発祥の調理法だ。油を上から繰り返しかける事で、肉全体に油が浸透する。これで、内モモ肉にやや不足していた肉の脂身の旨さをカバーする。



「しっかりと油を中まで浸透させたら、肉をフライパンから引き上げます」

「よ、ようやくできたか! さっそく食べよう。今すぐ!」

「まだですステイです。焼いた肉をアルミホイルで包みます。最後の仕上げに、肉に残った熱を全体にいきわたらせるんです。その間にソースを作ります」

「まだあるのか! ただ肉を焼くだけに、私の朝の鍛錬よりもやることが多いぞ!?」



 唸るリューズに苦笑しながら、ハルは肉を引き上げたフライパンを再び焚き火コンロに。

 肉を引き上げた後に残ったのは、アルコールを飛ばしたウィスキーと溶かしたバターに、焼いた肉から溢れた肉汁が混ざったもの。つまり、旨みの塊だ。これが、肉に最高に合うソースの素になる。



「すりおろしたタマネギとニンニクを投入。軽く色が変わるまで熱を加えたら、仕上げに醤油を加えてひと煮立ち」

「くぅッ、なんだこの香ばしい香りは。腹が鳴るのが抑えられないッ!」

「とろみが付くまで水分を飛ばして──これが、肉にいちばん合うソースの完成です!」



 休ませた肉を薄くカットし、皿に盛り付ける。焼き色は完璧なミディアムレアだ。宝石のように赤い断面が美しい。

 最後の仕上げに、肉の上から、とろみのある上品なブラウン色のソースを回しかけて──



「できました! 魔獣、スネイルホーンのステーキ、ウィスキーバターソースです!」



 ハルはできあがった渾身の一皿を、既によだれを仕舞う努力を放棄したリューズの目の前に差し出した。



「おぉ……おぉぉぉぉ……!」



 キラキラと輝くリューズの目は、料理というよりも芸術品を目にしたようだった。

 スネイルホーン。

 全身に生えた角で獲物を狩り、覚悟の足らない新人冒険者を何人も葬る凶悪な魔獣。

 野営の際に一度食べたものの、臭くて固くて脂ギトギトで、泣きながら食べたマズい肉。



「これが、本当にあのスネイルホーンだというのか……!?」



 真っ白な陶器の皿に乗せられた、均一にカットされたステーキ肉は、空に輝く陽光を浴びて光り輝くようだ。



「嫌な臭いがまったくしない。それどころか、今まで嗅いだ事のがないほど芳しい香りだ。仄かに赤い断面からは清水のように透明な脂が染み出ているし、皿を動かせばふるふる揺れるほど柔らかい! こんな肉、果たして王族でも食べているのかどうか……!」

「どうぞ召し上がって下さい。リューズさんのために焼いたんですから」

「私のため……ほ、本当に食べるぞ。いいんだな? 後から冗談なんて言っても聞かないからなっ!? 罠だとしても食べちゃうからな!?」



 リューズは何度もそう聞き返す、ハルとミコトはにこやかな笑顔のまま。ミコトはしっかりとカメラを持ってリアクションを逃さない構えだ。

 リューズはごくりと喉を鳴らし、手にしたフォークでステーキ肉を一切れ刺して──肉は全く抵抗なくフォークを通す。傷を付ける事すら鍛錬が必要なスネイルホーンの肉がだ!──恐る恐る口に運び。



「っ────あむっ」



 食べた。

 口にした瞬間に、リューズはぴたりと喋る事を止めた。

俯き、口だけがもぐもぐと動いている。

 いつまで経っても、リューズが何の反応もしない。



「……りゅ、リューズさぁ~ん?」



 カメラを持つミコトがおそるおそる近付いて、カメラが、俯いたリューズの顔を映し出す。



「……、………………………………ふぐっ」



 そんな声をひとつあげて。

 次の瞬間、リューズの翡翠色の瞳から、ボロボロっと噴水のように涙が噴き出してきた。



「わわっ、泣いてる!? どうしたのリューズさん。もしかしてお口に合わなかった!?」

「逆だ! まさかこんな、こんなにも……う、うう……っ!」



 感極まったように涙を流しながら、リューズは立て続けにステーキ肉を一口、二口。



「肉は溶けるように柔らかく、それでいて噛むほど味が染み出してくる! 肉に絡まるこのソースはなんだ、味がまったく言葉で説明できない! 舌が喜びに震えているぞ。こんなに旨い肉は食べたことがない!」

「っ……!」

「旨すぎる、ゆっくり味わいたいのに食べる手が止められない! スネイルホーンの肉をこんなにも絶品に変えてしまうとは、我々の精霊術よりよっぽど魔法じゃないか!」



 泣くほど喜んで肉にかぶりつくリューズ。

 その様子を見て、ハルの胸にもふつふつと喜びがわき上がってくる。



「っくぅ、ひぐ……私のような木っ端騎士が、まさか、こんなにも旨いものを口にして許されるなんて……! 言わせて貰おう。私は騎士団の秘密任務を台無しにした大戦犯だが、それでも今日は私の人生で最高の日だ! うっうっ、うぅぅ……旨いぃぃ……!」

「……ふふっ。だってよハルくん。良かったねぇ」

「うん。泣くほど喜んでもらえるなんて、料理人冥利に尽きるよ」



 ミコトが軽く肘で突いてくるのに、ハルも笑って応じる。

 自分の料理を「おいしい」と言って、感動してくれる。この瞬間を超える喜びを、ハルは人生の中で知らない。

 こんなに喜んでくれるなら、とことんリューズを驚かせて、喜ばせてしまいたくなる。



「ぐす、ぐしゅっ。ああ、肉が消えていく。私の宝物がもうたったの半分に……」

「凄いよハルくん。リューズさん、感動しすぎてステーキに感情移入してる」

「そんなにがっつかなくても、おかわりならまだまだありますよ」

「何だと!? まだあるのか!?」



 さすがにステーキを焼き直すには時間が掛かるけれど、それを見越して作っていたのがあるのだ。

 ハルは、もう一台の焚き火コンロに乗せていた小ぶりの鍋を手に取った。

 蓋を開ければ、ステーキとは全く異なる、スパイシーな香りが広がる。

 ミートソースのような料理だ。たっぷりの挽肉に、細かく刻んだ野菜や豆を混ぜて煮込まれている。具材は山盛りで、スープというよりはペーストのようだ。漂う香りにはジューシーながらピリッとした刺激的なものを感じる。



「チリコンカンです。挽肉をベースに、豆や野菜、トマトソース、唐辛子などを混ぜて作る煮込み料理です。まあ、チリコンカンの部分は缶詰の出来合い品で、挽肉と炒めただけですが」



 ステーキの肉を用意している傍らで、ハルはもう一品用意していた。

 こちらに使用している肉は、味見では不評だったスネイルホーンのバラ肉を使っている。そのまま焼いただけだと臭いがキツくてとても食べられなかったが、逆に臭いさえなんとかできれば、内モモ以上にジューシーで旨い味わいに変貌する。



「たっぷりのスパイスと野菜を使える煮込み料理なら、肉の臭いはほとんど気になりません。胡椒にカレー粉も足してとびきりスパイシーに仕上げてみました」

「えへへ。こういう料理はね、トーストしたパンと合わせたら飛び上がるくらい美味しいんだよ! はい、リューズさん。火傷しないように気をつけて召し上がれっ」



 トーストの方は、ミコトが事前にパンを用意してくれていた。

 こんがり焼いたバゲットに、スパイシーな挽肉をたっぷりと乗せて──かぶりついた。トーストと歯で噛み切るサクッと小気味いい音が鳴る。

 さて、どんな反応が見れるかと、ハルとミコトはカメラを構えてリューズに注目する。



「どうですか? さすがにこの味は異世界でも未経験なんじゃ──」

「くっ、殺せ!! いっそ殺せぇ!」

「急にどうしたんですか!?」

「やっぱりおかしい! 労働先でこんな幸せな事が起きる訳がない。やっぱり罠か。それとも敵の幻術か!? 殺すならいま殺せ、この料理が残っている内に。幸せに浸れている内に!」

「落ち着いて、リューズさん。ステーキも焼けばまだまだありますから!」

「ステーキも、まだ、ある……? ハルは天使なのか? なあ、私ってやっぱり死んだんじゃないか? ここってヴァルハラなんじゃないのか?」

「死んでませんよしっかりしてくださいリューズさん! さっきから感情の高低差すごいですねリューズさん!?」

「あっはっは、このシーンいいな~。動画にするとき、台詞全部にテロップ入れなきゃ」



 感動しすぎて感情がバグってしまったリューズを必死に落ち着かせるハル。それをカメラに収めながらけらけら笑うミコト。

 美味しい料理が産まれた瞬間、空気は一気に明るく楽しくなった。まさしく料理の魔法だ。



「う~、リューズさんが美味しそうに食べるから、わたしも我慢できない! いただきま~す!」



 ミコトもフォークを手に、スネイルホーンのステーキを一口。

 口に含んだ瞬間に、表情筋がへにょっと緩む。



「んふふ、ん~~~! おいひぃ~~~~……! お肉の味がすっごく強いのに、ジューシーですっごく柔らかい! 前に食べた猪よりもずっと好きかも!」



 ミコトも、はじめての魔獣料理を大変気に入ってくれたみたいだった。リューズほど勢い良くはないものの、お肉をひょいぱくひょいぱくと食べていく。



「やっぱりハルくんは料理の天才だねぇ。あんなに匂いの強かったお肉をこんなにおいしくできちゃうなんて」

「僕も初めての食材で、やりがいがあったよ……はい、付け合わせのフライだよ」

「わぁ、揚げ物まであるの? いただきま~す!」

「わ、私にもだ。私にも食べさせてくれ!」



 ハルが差し出してきたのは、深皿に山と盛られたフライだ。ミコトとリューズは一目散に手を伸ばし、黄金色の衣に包まれたフライを一口。



「んっ! んまぁ!? なにこれ、すっごくおいしい!」

「うまい。どれもこれもうますぎる! まったく君は何なんだ、やっぱり魔術師じゃないのか!?」



 一口サイズに切りそろえられた、円盤状のフライだった。

 サクサクの衣を歯で裂くと、シロップのようにまったりとした、魚介にも似た旨みの塊が口いっぱいに溶けだしてくる。




「濃厚なのにどこかさっぱりしてて、肉との相性も抜群だな。幾らでも食べられてしまいそうだ!」

「なんとなく、ナッツみたいな香ばしさがあるね。いつの間にか用意してたけど、これって何の揚げ物なの、ハルくん?」

「クレイワーム」



 ピシッ──と、空気が一瞬で凍り付いた。

 ミコトが目を見開いて、フォークで刺したフライを見つめ。

 リューズが、咥えたばかりのフライを、口の中でザクッ、むにゅっと噛みしめる。



「クレイワームを、よく洗ってからフリットにしたんだ。即興の料理だけどイケるでしょ」

「わ、我々の世界でも乞食虫と忌み嫌われるクレイワームを……? なぜ?」

「なぜって、おいしそうでしたから」

「おいしそう? 君を捕食しようとした、あの白くてうねうねした奴がおいしそうだと!?」

「日本でだってハチの子をごちそうとして食べるんです。片手で握れない大きさの虫なんて、ほぼA5ランクの牛肉の塊みたいなものですよ」

「違うと思うよ、絶対違うと思うなぁハルくん!」

「いやあ、ぶっつけ本番でしたが、味わいも調理法も完璧。白子みたいにクリーミィでおいしいでしょ。僕、何だかんだこれがいちばん気に入っちゃったかも」



ハルはそう笑って、ステーキ皿からフライを摘まみ上げ、笑顔で一口。目を見開く二人の前で、サクサクもにゅもにゅと美味しそうに咀嚼する。



「さ、フライのお代わりもありますからね。まだまだじゃんじゃん食べちゃってください!」

「こ、この世界、実は我々が思うよりずっと怖い場所なのか……!?」

「怖いよぉ。ハルくんの料理人魂、ときどき倫理が通じなくて超怖いよぉ~~……!」



 そんな、二人を震え上がらせるような一幕がありつつ。

 三人は、初めての異世界の肉に舌鼓を打つのだった。


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