第9話 精霊騎士団、接触




 ──霞ヶ関。

 謎の生物とその狩人についての情報を探っていた環境省の会議室では、数時間前、謎のYoutuberが行った生放送の動画によって、爆発したような大騒ぎとなっていた。

 動画に映ったあの生物は何なのか。本当に地球上に存在する生物なのか。あの騎士は何者で、動画に映った奇怪な能力はなんなのか。見せられた映像は、果たして本当に現実なのか。

 仮眠を取っていた公人までたたき起こして総出で情報を集める、バケツをひっくり返したような騒ぎは数時間もの間続いた。



 そして、現在。

 慌ただしかった会議室は今、水を打ったような静寂に支配されている。



 会議室に着席した人々の視線は、ただ一点、ホワイトボードの前に立つ二人に向けられている。

 鎧を纏う、騎士だった。

 錦糸のように柔らかな銀色の髪を伸ばした男性。青みがかった髪を編み上げてお団子にした、天井に届きそうなほど大柄な女性。いずれも溜息が出るほどの美貌だ。



「──以上が、我々がこの世界に来た理由および、この世界に起きている事態のあらましです。ご静聴いただきありがとうございました」



 銀色の髪の男性は、十分近くにわたる説明を終えると、深く頭を下げた。

 その瞬間、ざわっと会議室中に動揺が広がった。



「こことは別の世界……世界同士がつながる裂け目に、魔獣……」

「馬鹿げている。ここは出版社じゃないんだぞ」

「ですが、動画に映っていた謎の生き物が本物だとしたら、納得のいく説明はそのくらいしか……」



 顔をつきあわせ、小声で囁き合う。胸に宿っている感情は、いずれも困惑や戸惑い、そして不安だ。

 銀の髪の騎士は、しばらくその戸惑いをさせるがままにしていた。囁きに耳を傾け、それから柔らかな笑みを浮かべる。



「我々は、こうして貴方がたの前に姿を見せる事はそもそも想定していませんでした。魔獣、裂け目──我々の世界のひとつでも皆様の目に触れれば、混乱は避けられませんでしたからね。本来は、全てを秘密裏に処理するつもりでした」

「それが、一転して我々の前に姿を見せたのは、あの生放送があったからという訳だね」



 椅子に座っていた年増の男が、手を上げて聞いた。

 銀の髪の騎士が深く頷く。



「はい。残念ながら、我々の仲間ヘマによって、皆様に我々の存在を知られてしまった。放置していれば混乱を大きくするだけ。そのため我々は方針を変え、皆様へのご理解と協力を仰ぐことにしました」

「理解と協力」

「そう警戒なさらず、要求は至ってシンプルです。貴方がたこの世界の政府機構には、世間に対する我々の存在の隠匿と、我々および魔獣への一切の干渉を絶つ事をお願いします」



 銀の髪の騎士の言葉に併せて、隣の巨漢の女騎士が二本の指をぴっと立ててみせる。



「我々は変わらず、自分たちの世界が皆様の世界と交わる事は避けたいです。ですから、噂がこれ以上に拡大することを防いで欲しいのです。動画を映画の宣伝として誤魔化すなり、実は大きな熊だと報道したり、やり方はお任せします」

『…………』

「ああ、ご安心ください。魔獣は我々の手のみで殲滅します。決してこの世界の市民の皆様を傷つけはしません。皆様は、ただ見て見ぬ振りをしてくださればいいのです」

「そんな事を言われて、はいそうですかと頷く訳にいくか!」



 声を荒げたのは、精悍な肉体をした若い男性だった。彼は強い敵意を滲んだ目で二人の騎士を指さす。



「精霊騎士団だか何だか知らんが、つまり今の状況は、所属不明の軍隊が、我が国で軍事行為に及んでいるという事だ。それを見て見ぬふりをしろだと!?」

「はい、言いようによっては仰る通りです。ですが我々は、この世界のためを思ってこそ──」

「白々しいぞ。動画に映った魔獣とやらが、お前達が用意した兵器でないとどうして言い切れる。お前達こそが、この世界の侵略者かもしれないじゃないか!」



 男性の大きな声に、会議室の半分ほどが同意の声を上げる。銀の髪の騎士に納得しようとしていた人達の目も、一気に疑いの色が強くなる。

 どんどん強くなる疑惑の声に、男性は静かに深呼吸した。隣に立つ巨漢の女性が、おろおろと心配そうに身体を揺らす。



「やはり政治機構は無能じゃありませんね。そう簡単に納得はしてくれませんか」

「り、リーダぁ。みんなすっごく怒ってるよ、どうするの?」

「ちゃんと考えがありますから落ち着きなさい。はぁ、面倒臭い。コレだからバレるなと言っていたのに」



 誰にも聞こえないくらいの音量で、小さく毒を吐き。

 銀の髪の騎士は、ぱっと明るい笑みを浮かべて見せた。



「まあまあ! 皆様の心中はお察しします。聞きたい事は山ほどあることでしょう!」



 突然の明るい声に、居並ぶ人達は戸惑いに眉を持ち上げる。



「ですが、こと今の状況において、皆様がいちばん疑問に思うべきことは何だと思いますか?」

「それはさっきも言った通り、お前達が敵かどうか、ただ一つだ! 場合によっては、この部屋を出ることは許さんぞ!」

「皆様、私達がどうやってここまで来たかご存じですか?」



 一方的に突き付けられた疑問。会議室の誰もがはたと顔を見合わせる。

 そうだ、この二人の騎士は、情報の収集に大わらわな会議室にふらりと現れて、この場を仕切りだしたのだ。

 甲冑姿なんていう目立つ格好で。入口には警備もいるはずなのに。



「光精、静唱」



 銀の騎士が、静かに囁く。

 その瞬間、騎士の姿が、シャボン玉に包まれたような虹色の膜に覆われた。膜はぐにゃりと歪み、一秒もかからずに騎士の姿を掻き消してしまう。



「消え……た……!?」

「失礼。こちらのお水を拝借しますよ」



 その声は、先ほど声を荒げた男性の背後から聞こえた。

 いつの間にか移動していた騎士が、コップの水をひょいと摘まみ上げる。



「水精よ、力を貸しておくれ」



 騎士が囁くと、それに応じるようにして、コップの中の水がふわりと浮かび上がった。

 水は無重力空間のような球体を作ると、会議室の中央にふわふわと移動する。

 驚きに見開いた人々の目に見つめられながら、水球は静かにたゆたい──くんっと形を歪め、その球体から大量の鎌を産み出した。



「粛唱──絶迅流」



 その場の誰も、何をされたのか分からなかった。

 人間の脳が認識できたのは、全身に吹き付ける烈風と、パァン──! という鋭い破裂音だけ。

 瞬きをしたときには、水球は振り抜き終えた鎌を仕舞う。

 空中に浮いていた水が落ちる。それと同時に、とすっと軽い音。

 会議室の床に、色とりどりの布の欠片が落ちる。

 それは、男達が首に巻いていたネクタイだった。

 会議室に居並んだ数十人、その全員のネクタイが、一つ残らず首元から真っ二つに切り裂かれて落ちていた。



「っな──あ──────!?」

「おっと、危ない。どうぞ椅子にお座りください」



 何をされたのかを理解した壮年の男が、こみ上げてくる恐怖に崩れ落ちる。それを銀の髪の騎士が支えて座らせた。



「驚かせてしまいすみません。ですが、デモンストレーションがあった方がご理解頂けるかと思いまして」



 銀の騎士はにこやかな笑顔を崩さない。

 しかし、今や会議室の空気は、完全に一人の騎士が掌握していた。



「ご覧頂いた通りです。我々は、皆様の世界とは異なる理の、戦闘に特化した技術を保有しております。各地の魔獣が我々の策略? ご安心ください。もし我々が皆様と敵対するのであれば、そんな無駄な事はいたしませんから」

「…………」

「精霊騎士団ひとりひとりが、先ほどの私と同じ事ができます──その力が、まだあなた方に触れていない。それこそを、我々からの信頼の証とお考えください」



 空気が一気に恐怖に転じる。

 その前に、騎士は大きく手を広げた。



「この私、精霊騎士団特別遠征隊隊長キュネス・テルミアはたった今約束いたしましょう! 我々が持つ力は、我々がもたらしてしまった魔獣を滅ぼし、この世界に平和をもたらすためだけに使われると!」

「────────」

「証拠はありません。ですが、精霊騎士団は嘘は言いません……どうやらこの世界にも騎士道精神という言葉があるようだ。それに免じて、我々を信じて頂けると幸いです」



 騎士の言葉に異を唱える者は、今度こそ一人もいなかった。













(まったく面倒くさい。最初から素直に信じておけば、怯えもせずに済んだものを)



 水を打ったように静まりかえった会議室の様相を一瞥し、キュネスは内心でそう毒づいた。

 後ろでずっと控えていた大柄な女騎士が、ぐっと身を屈めてキュネスの耳元で囁いた。



「さすがですね、隊長。あんなにピーチクうるさかったおじさん達が、一斉にお口一本線になっちゃいました」

「この程度、どうと言うことありませんよ。余計な手間という他ない」

「でもでも、ちょっと強さ盛りすぎでは? あんな風に精密な精霊使役、隊長と私くらいしかできませんよぉ」

「声を落としなさいリィルゥ。どうせこれ以上に深く関わる事はないのです。せいぜい過剰に怯えさせておきましょう」



 キュネスは静かに嘆息する。

 これだから存在を知られたくは無かったのだ。

 彼らは国の安全を守るのが仕事なのだ。魔獣も、異世界の来訪者も、『居る』と分かってしまえば無視する訳にはいかなくなる。

 もっと野心的な輩は、世界を繋げる裂け目、および裂け目の向こうのキュネス達の世界を、新たな公益や侵略の相手と考え、手ぐすねを引いて思索を巡らせいるかもしれない。

 いずれの場合においても、一刻も早く魔獣を殲滅し、裂け目を閉じるという精霊騎士団の目的においては、邪魔でしかない。

 件の動画を思い出し、キュネスはチッと舌打ちをした。



「アレだけ人目を避けろと言ったのに、無能めが。魔獣二匹、動きを御す事もできんのか」

「リューズちゃんは災難だったねぇ。まさか戦ってる所を生放送されるなんて」

「憐れみは不要です。我が精霊騎士団において、任務を遂行できないのは偏に罪深き弱さです。まったく、終わったらどう折檻をしてやりましょうか」

「やぁ、隊長ってばこわ~い☆」



 キュネスが氷のような声で言い、リィルゥと呼ばれた巨漢の女騎士が笑って嘯く。

 ともかく、仕事はつつがなく終わらせなければならない。現地人との接触はここで切り上げ、早急に収束させなければ。

 キュネスは今一度、会議室の面々に向けて美しい笑みを取り繕った。



「それでは、皆様。先ほどお願いした通り、我々の存在はどうか厳重に秘匿頂きますようお願いいたします。それが、皆様の世界の平穏のために最適な選択なのですから」



 そう言って、話を終わらせようとした時だった。

 突然ドアが開かれて、汗を浮かべた若い公人が会議室に飛び込んできた。



「失礼します! 至急耳に入れたい事が──っ──!?」

「構いません。どうぞそのまま話してください」

「いや、で、ですが……?」

「話してください。貴方の持ってきた問題について、私こそがもっとも当事者たる存在です」



 若い男は、会場の異様に静まりかえった空気に一瞬驚くも、キュネスの立ち振る舞いに気圧されたようだった。手にしていたタブレット端末をキュネスに見せる。



「おおよそ魔獣の発生報告でしょう。ご安心ください。どこであれ、我ら精霊騎士団が責任を持って対処を──」



 言いながら、キュネスはタブレットに目を落とし。

 タブレットに映るものを認めた瞬間、息が止まった。









「…………………………は?」









 動画に映っていたのは、とある動画投稿サイトだった。

 つい数分前に投稿されたらしい、『新企画紹介!』と銘打たれたその動画を再生すると。



「はろはろ~。『なかよしキャンプ』のミコトですっ」

「カメラを撮ってるハルです」

「そして~、今回からなんと、わたし達の動画に新メンバーが誕生しちゃいました! さあ、自己紹介をどうぞっ」









「りゅ、リューズだ! 得意な事は魔獣の討伐、好きなことは食べる事だ! よろしく頼む!」

「何やってんだあのクソ馬鹿はァァァァァァァァァ!?」









 たった今世界の諸問題の最先端になった環境庁の会議室に、この世界に来て依頼いちばん大きなキュネスの叫び声が響き渡った。





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なかよしキャンパーYoutuber、女騎士さんと魔獣を食べてバズる オリスケ @brava-novel

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