第5話 女騎士さんと世界の危ない事情


 二人が謎の女騎士と怪物の戦いに巻き込まれている頃。

 生放送を視聴していたどこかの誰かが、さっそく動画の切り抜きを作って各種SNSに投稿。

見たこともない怪物の死体や、怪物と戦う甲冑騎士の姿は、広大なネットの海へと解き放たれた。



 よくできたCGか、いや現実か。議論が議論を呼び──勢いづいた有志が、フォロワー数一桁のアカウントが数日前に投稿していた『畑を荒らすヤバい害獣』の動画を発見。一気に現実味を帯びた話題は、燃料を投下された炎のように更に湧き上がる。

 数時間後には、著名なネットニュースサイトが一斉に『日本に潜むモンスターとそのハンター!? アウトドア系Youtuberが撮影に成功』という記事を投稿し、件の怪物は一斉に世間の知れ渡る所になるのだった。

 生放送を切って保存された動画には視聴者が殺到。ハルとミコトがサイトを確認するまでに三〇〇万再生を記録し、二人を卒倒させるのだが──それはもう少し経ってからの話。











「やっっっっっ……て、しまったな……………………」



 山の峰から顔を出した朝日が、完全に登り切るくらいの時間が経った後。

 陥没したキャンピングカーの近くに場所を移したハルとミコトの目の前には、頭を抱えて蹲る女騎士がいた。



「事前に聞いてはいたんだ。この世界の科学という術には、誰もが見たものを世界中に伝える力があると。だから絶対に見られない、もし見られたら忘却処理を徹底しろと言われていたのに……まさか、処理をする暇すらないとは……うぐぐ、ぬおぉぉぉ……!」



 女騎士は頭を地面にめり込ませ、物凄い勢いで落ち込む。

 秘密にしておいてくれと頼まれた女騎士に対して、『もう手遅れだ』と説明したのが少し前。どういうことだと詰め寄る彼女に対し、動画投稿サイトという存在や、Youtuberという職業の説明をするのに十数分。

 生放送で公開されていたという意味を把握した時の女騎士の青ざめ方は、ハルとミコトの胃がキリキリ痛むほど凄いものだった。



「す、すみません。事情はまだ分かってませんが、僕達のせいで大変な事にしてしまったみたいで」

「いや……君達が謝る事ではない。元を正せば、人の生活圏まで魔獣を逃がし、討伐に時間をかけた私のミスだ」



 言葉の通り、女騎士は二人に怒りを向ける事はなかった。彼女ははぁ~~……と重い溜息を一つ。顔を上げて、改めて二人に向かい合う。



「バレてしまったなら仕方がない。改めて名乗るとしよう──私の名はリューズ。精霊騎士団特別遠征隊第六師団の兵士、お前達の住むこことは別の世界から来た、いわば異世界人だ」



 自然と、ハルとミコトは顔を見合わせた。

 異世界人。作今のアニメや小説でよく聞くようになった言葉だ。そういうファンタジーな単語が出てくるだろうと予想はしていたものの、いざ口にされると驚きが全身を駆け巡る。



「えっと……いいの? さっきまでは、わたし達に秘密にするよう言ってたのに」

「問題ない。本来は誰にも知られるつもりは無かったが、バレた時のプランも用意している。巻き込んだ君達に説明をするのも、私の義務だろう。元よりこの計画の達成は、困難を伴うと予想されていたからな」

「その計画というのは、どういう?」



 ハルは今からでもカメラを回そうかと思ったが、それ以上に興味が勝った。リューズは頷き、続きを語る。



「魔獣──先ほど私が狩ったアレは、本来は私達の世界に生息する生物だ。見て貰った通り、いま現在、魔獣が君達の世界に流れ込む次元帯異常が発生している」



 その後、二人が聞いた話を纏めると、おおよそこんな所だった。

 リューズ達の世界では、ある大きな争いがあった。

 長く続いた争いは苛烈を極め、争いの規模は日を増すごとに拡大。最終決戦時には、世界を巻き込む程の大きな魔術が使われようとし、それを阻止するための決死戦までが行われたらしい。

 幸いにも、世界崩壊の大魔術は本格的な発動を前にして阻止に成功。戦争は終結し、世界は平和になったかに思えた。

 しかし、発動こそ防げたものの、大魔術はその余波だけでも無視できない爪痕を残していた。

世界のあちこちに、別の世界へと繋がる亀裂が確認されたのだ。



「この世界へと繋がる裂け目は五六個。ニホンという国では四つが確認されている」

「そんなに沢山……あの。それって、世界の危機って奴じゃないの?」



 顔を青ざめたミコトが、おそるおそる挙手をして聞く。

しかし、リューズはあっさり首を横に振る。



「それほど深刻ではない。例えれば、ベッドシーツに虫食いの穴が空いた程度のものだ。裂け目が開いた場所も、閉じ方も判明している。手間は掛かるが、裂け目そのものは大した問題ではない」

「ああ、なんだ。わたしてっきり、もうすぐ世界が滅んじゃうのかと……」

「だが、開いた裂け目をくぐって来たもの。こちらの方は大問題だ」



 一瞬緊張を解いたミコトの笑顔が、再びサッと青ざめる。なにせ、その裂け目を潜ってきたものの危険性を、その身で思い知ったばかりだ。



「私達が裂け目の存在を知った時には、私達の世界の危険な生物──魔獣が裂け目を潜ってしまった後だった。その正確な数は、こちらでも把握できていない」

「あんな大きな怪物が、まだまだ日本にいるってコト……!?」

「だから私たちが派遣されたんだ。次元の裂け目を潜り、この世界に解き放たれた魔獣を討伐する……可能な限り、人知れずにな……そう、人知れずに……はぁーー」



 リューズは最後に深々とした溜息を吐き出して説明を終わらせた。

 つまり、極秘に終わらせるべしとされた任務が、たったいま失敗に終わったという事だ。ハルが生放送で全世界に拡散してしまったせいで。

 空気が重すぎる。ハルはせめて空気を和らげようと口を開く。



「あの……助けてくれてありがとうございます。動画を流してしまった事は本当に申し訳ないけれど、僕たちはリューズさんに命を救われました」

「やめてくれ。そもそも民間人を危険に晒したのが言語道断。あんな低級の魔獣に手こずる自分の軟弱さが悪いんだ……」

「軟弱なんてそんな。リューズさんは凄く強かったですよ! それに、僕たちの世界を助けに来てくれたって事は、僕たちの救世主じゃないですか!」



 感謝を伝える意味でも、せめて元気になって欲しい。ハルはあくまで、そんな善意の気持ちで言っただけだったのだが。



「救世主、か……はは、ははは……」



 その言葉のどこで、彼女のスイッチを押してしまったのか。

 薄暗く淀んだリューズの瞳から、ツゥーっと一筋の涙が伝った。



「つらい、もうやめたい」

「りゅ、リューズさん……!?」

「救世主だと? 鋼精としか契約できず、戦争でもろくに戦果を上げられず。別世界なんて僻地への左遷も断れなくて、スネイルホーン二頭すらサクサク狩れないポンコツ弱小騎士の私が? 救世主? 悪い冗談だ、はは、ははは……」



 リューズは分厚い鎧で覆った膝を抱えて、ころんと転がってしまった。擦れた笑い声を上げて、静かに泣き笑いをしている。

 それは本当に、数時間前に魔獣を相手に一歩も引かずに戦った騎士と同一人物なのだろうか。ともすれば、はじめて魔獣を見た時以上に夢を見ているような気持ちで、ハルとミコトは顔を見合わせる。



「戦争を必死の思いで生き延びて、やっとのんびり暮らせると思ったのに、追加任務なんてあんまりじゃないか……私が異世界でひとりぼっちで寂しく残業している間にも、きっと皆は適当に裂け目を管理しながら、終戦を祝ってどんちゃん騒ぎしてるんだ」

「どんちゃん……で、でも。バレちゃった時の計画もあるんですよね? だったら、これまでみたいに隠れなくても……」

「いいや、ただ、この世界の上層部への接触と説明を行うだけさ。私のような末端ざこ騎士のやることは変わらず、人目を避けて、暗い森でせっせこ魔獣を狩るだけさ」

「……」

「ああ、動画で撮られたって事は、私のミスで素性が知れた事も筒抜けか。お給料ちゃんと出るかなぁ、始末書何枚書かなきゃいけないのかなぁ。帰った時に私の居場所はあるかなぁ……くすん」



 想像以上のどんよりした様子に、ハルもミコトも返す言葉を探せない。

 ミコトがハルの耳元に口を寄せて囁く。



(ねえハルくん、もしかしなくてもリューズさん、めちゃめちゃブラック労働してない!?)

(うん。期限なし、援助もなし、ノルマは激高。しかもずっと前から野宿して暮らしてたみたいだし……こんなの、僕の胃だってねじ切れるよ)



 どうやらリューズも相当な苦労を抱えているらしい。あんなに強いのに自分を「ざこ騎士」呼ばわりなんて、異世界はどんだけヤバいんだ。

 そんな風に二人で耳を寄せていると、リューズが立ち上がった。

気落ちしたリューズが見上げるのは、中央部分をべっこりと陥没させたハル達のキャンピングカー。


「改めて本当にすまなかった。今回の件は、一重に私の弱さが招いた事だ。怖がらせたばかりか、君達の家まで潰してしまった。すぐに直そう」

「気にしないでください。保険もかけてますし、後でどうにでも──へ? 直す?」



 ハルが聞き返した時には、リューズは既に動き出していた。

 傍らに置いていた冑を手に取り、何か呪文のようなものを囁く。

 すると、まるでジグソーパズルみたいに、冑が複数の鋼片へと別れて宙を舞った。

 ハルとミコトが呆気に取られている間に、鋼片は鳥のように宙を舞い、キャンピングカーに吸い込まれていく。



 ──ベキ、ガコ、ベコンッ



 キャンピングカーが激しく揺れて、まるで萎れた紙風船に空気を入れ直すようにして、歪んでいた車体がみるみる修復されていく。

 ものの十数秒で、キャンピングカーは、新品同然の姿へと戻ってしまった。



「「っ……!?」」



 二人はあんぐり開けた口を塞げないまま、お互いの頬をぐにぃっと引っ張る。もちろんちゃんと痛かった。



「冑に宿った鋼精に、元の形へと修復させた。内装までは直せないが、これで容赦してくれ」

「容赦も何も……って、リューズさん? どこに行くんですか?」



 ハルが振り返った時には、リューズは既に背を向けていた。傍らに放置されていた魔獣の死骸をむんずと掴む。



「私は魔獣の後処理をしなければいけない。この世界に存在してはいけない奴だからな」

「処理って、そんな大きい物をどうするんですか?」

「一部の仲間は爪や牙を魔術の素材にするが、私はそういった活用はできない。細切れにして、一部を食べ、残りは焼却する」

「食べ……待って、いま食べるって言った? 食べれるのコレ!?」

「ああ。不味いがな」



 そう言って吐いたリューズの溜息は、これまででいちばん暗くて重たい物だった。



「臭くて、硬くて、汚くて血の味がする最悪の肉だ。でもしょうがない。この世界との接触は禁じられているから、これ以外に食べるものはないんだ……」

「っ……!」

「せいぜい、山に生えてる草と一緒に煮込んで気を紛らわせるくらいかな。たいていは苦みが増すだけだが……はは、下っ端のポンコツにはお似合いの飯だよ」



 瞬間、これまでにないほど強い気持ちが、ハルの全身を駆け巡った。



 ──こんなに凄い人が、まともなご飯も食べられていない?



 それは、かつてブラック企業に追い詰められたミコトの顔を見たときに感じた時と同じ感情。

 理不尽に対する怒りだった。



「はは……みじめだと笑ってくれて構わないよ。巻き込んでしまった君らには、私を嘲笑う権利があるからな」

「笑ったりしませんよ」



 気付けば、ハルは立ち上がり、強い言葉で言い返していた。

リューズがきょとんと目を丸くする。



「ミコト、キャンピングカーから調理器具を持ってきて」

「わ、分かった」



 ミコトが頷き、駆け足でキャンピングカーに向かう。



「お、おい、君達……?」

「リューズさんには、助けて貰った恩と、迷惑をかけてしまった責任があります。それに、おいしい物を食べる事は、すべての人が願っていい当然の権利です。料理人の端くれとして、いまのリューズさんを見過ごす訳にはいきません」



 ハルはミコトが持ってきてくれた調理器具から包丁を取り出し、リューズに対して宣言した。



「その魔獣、貸して下さい。僕がそいつを、美味しく料理してみせます!」

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