第3話 夜更けの襲撃……?




 ──バタタタッ



「……ん?」



 静まりかえった夜に響いたその音が、ハルの耳を妙にざわつかせた。

 ハルは、ソファベッドから起き上がって窓の外を覗く。外はとっぷりと暗い夜だった。月明りで仄かな銀色に光る空を、鳥の群れが飛んでいる。

 ポケットからスマホを取り出して確認すると、時刻は午前四時半だった。

 ハルの気配を感じてか、後部座席の仕切りカーテンを捲ってミコトが顔を覗かせた。



「むにゃ……どうしたの、ハルくん?」

「ミコト。鳥って、夜にも飛ぶものだっけ」

「んむー……?」



 寝ぼけ眼のミコトは、急に聞かれた質問の意図が分からず、とろんとした目を訝し気に細めるだけだ。

 鳥は人間以上によく眠るし、夜目も利かない。真夜中に飛ぶなんて、命の危険でもない限りしないはずなのだが。



「近くに野生動物でもいるのかな。なんだか、いつにも増して静かな気がする」

「よく分かんなけど、気にしすぎだよ~。戸締りはしてるし、私達のお城が動物に壊される訳ないんだから」

「……まあ、それもそうか」



 あっけらかんとしたミコトの意見に、ハルも納得した。ミコトが大きくあくびをするので、なんとなく感じていた緊張感が一気に掻き消える。



「ふぁ~~……ふ。ハルくんのせいで変な時間に起きちゃった。トイレして二度寝しよ」



 ミコトが寝ぼけ眼を擦りながら、ベッドから起き上がった時だった。

 いきなり横から殴りつけるような衝撃がして、二人のキャンピングカーを激しく揺さぶった。



「きゃああ!? なになになにっ!?」

「っミコト、危ない!」



 キャンピングカーが大きく傾き、開いた戸棚から食器が跳ね上がって辺りに散らばった。ハルがミコトを引き寄せ、落ちて来る皿の雨から助け出す。

 衝撃は一度で終わらず、ガゴッ、ゴガンッ! と荒々しい音が連続して響く。それはキャンピングカーの床を登り、天井を数度叩くと、一気に止んだ。最初に衝撃がきた反対側で、重いものが地面を蹴りつけるような音が遠ざかっていく。

 お互いを抱き合って息を潜めていたハルとミコトは、ギギッと首を回してお互いの顔を見つめる。



「な、何かがキャンピングカーを乗り越えていった……?」

「何かって何!? くま? 熊なの!? アクロバット練習中の新種の熊!? つまりパルクーマってコト!?」

「お、落ち着いてミコト。何にせよ通り過ぎていったみたいだし、もう安心──」



 半泣きのミコトをハルがなだめようとした、その時。

 再びキャンピングカーを衝撃が襲った。

 巨大な岩が何十メートルも上から振ってきたような、ドゴオンッ! と重い衝撃。頑丈なキャンピングカーの天板が、べっこりと激しくへこむ。

 そのへこみの中心から、巨大な刃物が飛び出してきて、ハルとミコトの眼前十センチの空間を突き抜いた。



「「きゃああああああああああ!?」」



 ミコトは叫んだ。ハルもミコトに負けない女の子のような叫び声を上げた。

 天井を突き破って出てきたのは、物語でしか見たことのないような両刃剣のようだった。それも、べっとりと血で濡れており、キャンピングカーの床にボタボタと血だまりを産んでいる。



 まるで、たったいまキャンピングカーの上で、何かを突き刺したみたい──



 二人が抱き合って凍り付いているうちに、剣は引き抜かれて天井から外へと消えていった。ダンッと天井を蹴って、数秒前の大きな音と同じ方向へと足音が遠ざかっていく。

 ハルは呆然と、遠ざかっていく足音を見送り、ぶち破られた天井を見る。



「夢じゃ、ない、よな……」

「わわ、わわわわわわぁ……! わぁ、わぁ……!?」



 ミコトはもうすっかりキャパオーバーで、まともな言葉を発せていない。

 一方のハルはミコトと違い、起きた物事があまりに異常すぎたお陰で、冷静を失わずにいれた。彼の頭の中は今、疑問と困惑が埋め尽くしている。

 最初にキャンピングカーに激突してきた奴は、少なくとも熊なんかじゃない。熊にあんな動きができる筈がない。

 天井を突き破ってきたあの剣はもっと意味不明だけど、少なくとも人が使う道具である筈だ。



 ──得体の知れない誰かが、得体の知れない何かを狩っている。

 ──自分たちはいま、誰も見たことのない事象に直面している?



「やばいよハルくん。よく分かんないけど大ピンチだよ! はやく逃げた方がいいってこれ!」

「……追いかけよう」

「そうそう、今すぐ通報して人気のある町の方まで──へ?」



 ハルは防寒用のジャケットを着こむと、戸棚から撮影用のハンディカメラと懐中電灯を取り出した。



「待って待って、追いかけるって正気!? よく分かんないけど絶対ヤバいよ、死んじゃうかもしれないよ!?」

「危ないかもしれないけど、それ以上にアレが何なのかを突き止めたい。カメラで捉えられたら絶対にバズるよ」

「バズ……!?」



 ミコトは顎が外れるほど口を開けてハルを見つめる。

 長く続けた動画作成の日々と、ミコト以上の再生数に対するハングリー精神が、ハルに自分でも驚くほどの勇気を呼び起こしていた。



「いま、なんだか世の中を騒がせるものすごい物を見たような気がしてならないんだ。一介の動画人として、こんな驚きの光景を見逃す訳にはいかないよ」

「あ、う、えぇ……!? ほ、本当に行く気……!?」

「もちろん、ミコトに無茶はさせないよ。僕が一人で行ってくるから、車の中で待ってて」

「ちょ、待って待って。勝手に話進めないの!」



 ミコトは半泣きでうぅーと唸り、やがて覚悟を固めたように、自分のほっぺをぱんっと叩いた。



「わ、わたしも付いてくよ! 『なかよしキャンプ』は二人で一つのチャンネルなんだから!」




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