ビール〜唐揚げ〜いかがっすか〜

久石あまね

トリあえず、球春到来。

 「ビール〜唐揚げ〜いかがっすか〜!」  


 ガラガラの大阪ドームに売り子の兄ちゃんの大きな声が響き渡る。


 カッコいいな〜、お兄さん。僕はそう思った。    


 大阪ドームはあまり客が入らない。


 内野席も一塁の後ろぐらいからもう自由席。指定席なんかほんの僅かだ。今じゃ考えられないが。


 そうここは20年前の大阪ドーム。


 僕はタイムトラベラー。


 大阪ドームの天井の隙間から試合を観ている。 


 近鉄にはタフィローズ、中村紀洋、礒部公一。


 ダイエーには松中信彦、城島健司、斉藤和巳。


 尋常ではない、そうそうたるメンバーだ。

 

 当時、僕は近鉄ファンで学校から帰るとリュックサックを背負って家を飛び出しバスと電車に乗り、南海なんば駅で父親と待ち合わせをして、大阪ドームまで地下鉄を乗り継ぎやって来た。


 試合は六時から始まるが、南海なんば駅で待ち合わせするのが、六時なので、ドームに着くといつも2回の表ぐらいになっていた。


 試合開始時刻の六時から試合が観たいと思っていたが、父親の仕事の都合上、時間的にこれ以上早くから試合を観るのは不可能だった。


 僕はいつも売り子のお兄さんから、唐揚げを買い、父親はビールを買った。。


 「ビール〜唐揚げ〜いかがっすか〜!!」


 売り子のお兄さんが大きな声を張り上げる。


 僕は売り子のお兄さんを目が合うまで見つめて、目が合うと、右手を挙げる。  


 お兄さんが僕に気づいた。


 「すいませ〜ん」


 父親が声を掛ける。


 「ビールと唐揚げ」


 「はいっ、ありがとうございます!〇〇円です!!」


 トリあえず、唐揚げ。


 トリあえず、ビール。


 天井から観る、小学2年生の僕は本当に身体が小さく、まだ世の中を知らない。


 いつまでも知らないままでいてほしいが、そんなことは不可能だ。


 この世の不条理は誰にも平等に訪れるとは限らないが、それもまた自然の摂理と云うものだろう。


 誰しもが不幸になる権利を持ち、誰しもが幸福になる権利を持っている。


 野球場というのは、勝ち負けが決まり、その結果、勝利の歓喜に浸り帰路つく者がおり、敗北の屈辱に顔を赤らめ怒りに震えながら帰路につく者もいる。


 野球場という場所はある意味、人の人生を表しているのではないか。


 人間の人生にも喜び、悲しみ、怒りがある。


 野球場という場所はそれらを一瞬のプレーを観て体験できる。


 ものすごい所ではないか。

 

 それに野球場に行けば、トリあえず、唐揚げがある。


 トリあえず、唐揚げ。


 勝負はここから始まる。


 感動はここから始まる。


 球春到来。


 野球場に行こう!

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